だいぶ前から計画していたことだけれど、昨日、おとといでブラガに行ってきた。ブラガはポルトよりもさらに40kmほど北にある街で、宗教の街である。「リスボンは楽しみ、コインブラは学び、ポルトは働き、ブラガは祈りの街である」といわれているらしい(某ガイドブックより)。前からこの週末にブラガにいく計画を立てていたのはソウト・デ・モウラの設計した素晴らしいスタジアムでブラガ対ベンフィカの首位決戦が行われるからである。また、ブラガの街や巡礼地ボン・ジェズスにも興味を持っていたからだ。
前日のポルト試合をテレビで見ていると途中で「明日の首位決戦のチケットは完売した」というインフォメーションが入った。しかし、現地に行けば何とかなるだろうという希望的観測と、仮に試合が見られなくともスタジアムや教会やボン・ジェズスや街の雰囲気を感じることができればそれでいいと言い聞かせて、朝早く寮を出た。
9時前にバスターミナルに着いたのに11:30までバスがないと言われる。時刻表を確認すると9:30と9:50にもブラガ行きのバスがあることがわかり、尋ねてみると、9:30のバスは満席、9:50のバスはいろんな所をまわっていくからブラガに着くのは夜の11:00だと言われる。そんなことってあるのか?ポルトから帰るとき出発一分前にチケット買っても乗れたぞと不信感を覚える。それとともに、いったいどれだけの人がブラガに向かっているのだろう?試合のため?そうだとしたらすごいけれど、試合を見られないどころか泊まれないんじゃないかとだんだん不安になってくる。まあ仕方ない、寛容な心で待つしかないなと思っていたら、急激な腹痛に襲われる。こんなに祝福されない旅も珍しい、やはり行くべきではないのかと少し萎えてしまうが、もし、バスにもう乗り込んでいたら、腹痛に襲われたときにトイレには行けなかったとプラスに考えてみる。行ってみて、やってみなければ良いか悪いかの判断なんてできない。それに、ずっと誰かと一緒にいるから一人になってみることも必要だよと自分で自分を納得させる。
バスを待つ間に先輩から借りた中沢新一の「僕の叔父さん 網野義彦」を読む。びっくりするくらい面白い。なぜ今まで網野義彦を読まなかったのだろうかと後悔する。日本に帰ったら、読むべき本がまた増えた。
僕が日本に帰ったとき、貸してくれた先輩はもう卒業してしまっているが、この本を返すことを口実に会いに行こうと思ってポルトガルまで持ってきた。この本も僕と一緒にメキシコ、ポルトガルと旅している。しかし、この本を借りたときはこの本をブラガで読むことになるとは思わなかったな。
さて、4時間半以上バスに揺られてブラガに着く。このバスも満席でびっくりしていたのだけれど、ファティマで9割が降りた。ファティマでなにかあったのだろうか。
ブラガについてまずスタジアムを目指す。道路標識のestadioを頼りに歩いていたら、人が侵入してはいけないバイパスに迷い込んでしまう。どうしたらよいのかを考えながら、どんどん進んでいくと、対向車線の向こう側に歩行者道路つきの一般道を見つける。そこで、片側4車線のバイパス(制限速度90km/h!)を強引に横断し、反対側にたどり着いてみると、バイパスと一般道の間には高さ1m程度の段差があり、さらに1m程度の柵がなされていた。それでも、このままバイパスにいるのは危険極まりないと感じたので、見つけた電柱につかまり、スタントのように一般道へ降りた。まさかブラガでこんなことをすることになるとは。
散々探し回ってなんとかスタジアムを見つける。目の前に写真で見ていたものが現実のものとして現れるのはものすごく興奮するのだけれど、今回に限ってはそんな気持ちを抑え、そわそわした気持と共にチケットオフィスにまず向かった。ダメもとで聞いてみると、一番高い席のみ残っているという。60ユーロもするが、ここで見なかったら絶対後悔すると思ったので迷わず購入する。今回の旅は計画性など何もなく、「後悔するのだけは嫌だ」という気持ちだけで動いている。前日のチケットソールドアウト報道をうけて、一緒に行こうって言ってた友達は躊躇してブラガ行きをやめた。しかし、僕はもし行かずに寮でテレビを見てスタジアムに空席を見つけてしまったら後悔すると思ったので、僅かなうすぃ可能性を信じてブラガまで来て、いささか60ユーロは高いと思いつつも、今月これから切り詰めていけばよいとチケットを購入した。こういうやり方は計画的ではないかもしれないが、その方が楽しいのだ、絶対。
チケットを確保できたわけであるし、試合に向けてスタジアムを囲うすべての柵のゲートは閉まっており、スタジアムを見学することもできなかったので、歩いて中心部に戻る。街のスケールや大雑把な方向感覚をつかみながら、目についた教会に寄り道しながらユースを目指す。さすが祈りの街というだけあってブラガにはたくさんの教会がある。そして、土曜の夕方だというのにそのほとんどで礼拝が行われている。礼拝時は人であふれているので後ろからそっと空間を体感し、雰囲気に体を預けることしかできないのだけれど、このときに見学した2つの教会は一般公開されていなかったということを後で知る。ラッキーであった。教会はどこもきれいで、神聖だった。
ユースを探し歩き、たどり着いてみると、びっくりするほどすいていた。10人部屋のドミトリーに僕と高校生くらいじゃないかと思われる若い黒人の男の子との二人きりであった。彼は英語が話せないようであまりコミュニケーションをとることはなかった。せっかくの出会いなので残念。ユースは10ユーロで朝食付き。
チェックインして荷物を置き、すぐに街へ出る。軽めの夕食をとり、街中をふらふらしたり、思ったことをノートに書きつけたりしながら時間をつぶしていたのだが、だんだん気持ちがそわそわして落ち着かなくなってくる。これは僕のみならずブラガの街じゅうがそうであった。広場に集まって応援歌を歌いながら気持ちを高めている集団やバーでビールを飲みながら大声で話している、ブラガのユニホームを身にまとったやつらがたくさんいて、そうでない、スタジアムにはいかないであろうレストランの店員までもがふわふわと心ここに非ずという感じであった。
で、我慢できなくなって一時間以上も前だったけれど、スタジアムに向かった。ブラガのシャツを着た集団と、ベンフィカのシャツを着た集団は同じくらいいたように思うが、喧嘩することもなくわくわくしながらスタジアムへ向かう。
スタジアムについた時点でもまだ一時間以上ある。ちょっと露店を冷やかしたりもしたが(露店で売っているグッズの8割はベンフィカのものであった。ブラガのホームゲームだというのに)、スタジアムの中に入って手持無沙汰になることもないだろうと、近くにいた警備員に自分の席の位置を確認して、ゲートをくぐる。
ゲートをくぐると、目の前に光をたたえ、美しく輝くスタジアムが現れた。この瞬間は本当に体中が興奮しているのが分かった。そして、初めてこのスタジアムをネットで見せてもらった時のことを思い出した。あれは2年の駅の課題のときだ。この課題は仮構の構造を考えることが重要なテーマの一つになっていたのだけれど、TAの先輩がアイデアの一つとしてこのスタジアムを見せてくれたのである。そのとき、世界にはすごいことを考える人がいるもんだなあと漠然と思ったことを覚えている。どこか遠い世界の果てにあるなんだかすごいスタジアムくらいに思って、自分とは関係のない遠いところにあると思っていた建築が目の前に現れた時の感動は言葉では言い表せない。
写真を何枚も撮りながら時間をかけてゆっくりとスタジアムに近づいていく。至福の時間をゆっくりとかみしめる。
スタジアムに入ると図面や写真だけではわからない色々なことがわかり、サッカーファンから建築ファンの視点に変わる。まず、岩壁と一体となっている方のスタンドにはスタジアムの周りをまわってアクセスすることができず、グラウンドの下が地下通路になっていて、そこからアクセスするということ。他の多くのスタジアムのようにエリアごとに区切られていないため、観客席の同じレベルで端から端まで移動できるということ。一番前の席はグラウンドレベルとほぼ同じで、逆に見にくいのではないかと思うほどの高さ(選手の目線と同じ高さ)に設けられているということ。デザインは非常にシンプルで、だからこそ美しく、構造的にこれを成立させるのはここでなければ不可能だったのではないかと思わせられた。それから、本当に荒々しい岩壁がむき出しになって、ピッチに迫っているっていうことを確認して、ものすごく感動した。ディーテイルまで、さんざんスタジアムを堪能し、写真をたくさん撮っているとグラウンドの方から歓声が。何かと思ってそちらを見るとブラガの選手がアップをしに出てきたところ。ベンフィカファンからはものすごいブーイングが起こる。僕が座った席はベンフィカファンの席だったので、必然的にベンフィカを応援せざるをえなくなる。ベンフィカのファンは熱く、試合開始前と試合中に一回ずつ発煙筒がたかれる。
ウォームアップする選手たちを見、試合開始までの時間をカウントダウンする電光掲示板を見ながら気持ちを盛り上げていく。そして、試合が始まる。スタジアムについたときは空席も目立ったけれど、この時点で、空いている席はほとんどなかった。ほんとにチケットは完売したみたいだ。
ゆっくりとした立ち上がりだったけれど、急にゲームが動く。開始7分で、唯一ブラガで知っている選手であるウーゴ・ヴィアナがものすごいFKを直接たたきこむ。ベンフィカファンの応援がヒートアップする。選手たちも相当熱くなっており、ジャッジがあいまいで、審判がゲームをコントロールできていない。15分前後にアイマールのFKからベンフィカが完璧なゴールを決めた、ように見えたのだがまったく意味のわからないファールで取り消される。試合はますます熱くなり、かなりの数のイエローカードが飛び交う。前半終了間際、ドリブルで抜け出したサビオラがエリア内で完全にひっかけられて審判の笛が鳴る。完全に潰されたとはいえ、ここまでブラガ贔屓のこの審判がベンフィカにPKをとるのかと感心していたら、まさかのシュミレーション行為でサビオラにイエローが出る。僕はほぼ目の前で見ていた(つまり、ほとんどのベンフィカのサポータの目の前でそれは起きた)のでわかるけれど、あれは何があってもシュミレーションなどではない。この二つのプレーで僕は心の底からこのゲームでベンフィカを応援することを決める。その後、ファールでプレーが切れたタイミングで前半が終了する。そのまま選手はロッカールームに向かったのだけれど、何があったのかわからないのだけれど、その戻る途中で両チームほぼ全選手入り乱れてのもみ合いがおこる。ベンフィカファンはペットボトルや無理やり取り外したスタジアムのシートをグラウンドへ投げ込んでいた。その結果、後半から警察に囲われて試合を見ることになった。そして、全く何の放送もなかったのだけれど、後半両チームの選手が出てくると、お互い10人になっていた。
後半はベンフィカがほぼボールを支配しているのだけれど、決定的なチャンスは作れない。一方ブラガはウーゴ・ヴィアナがうまくリズムをコントロールしてぎりぎりのところでベンフィカの一方的な支配になるのを防いでいる。代表では目立った活躍ができず、こっちに来るまで存在すら忘れていたウーゴ・ヴィアナだけど(若い時はルイ・コスタを継ぐ男といわれていた)、すごくうまくて心打たれる。ベンフィカからしたらものすごく嫌な選手である。で、ずっと攻めているのに点が取れないという嫌なリズムになってきたときに、ミスで奪われたボールを速いテンポでつながれ、完全に崩されてブラガに決定的な2点目が入る。77分のことである。これはベンフィカの戦意をそぎ、ブラガの勝利を決定づけるのにあまりあるゴールであった。このあとベンフィカはアイマールとサビオラを下げてしまう。そして、ベンフィカファンはまるで敗戦を受け入れたくないとでも言うように続々と帰っていく。
結局ゲームはそのまま終わり、ブラガが首位に返り咲いた。試合終了のホイッスルを聞いたときのブラガの選手の喜びようが(まるでカップ戦で優勝したかのようであった)この試合にかける意気込みを示していた。
試合を総括すると、レフィリングのひどさがあったとはいえ、ブラガの気迫がベンフィカに勝っていたと思う。ベンフィカはどこか集中にかけていたように思う。ありえないようなミスもいくつかあったし。1-0で終わらずに2点目をとったブラガはシーズンが終わったときにもかなりいい位置にいるのではないかと思わせる強さを感じさせた。そして、ウーゴ・ヴィアナのうまさが一番印象に残った。ゲームの落ち付け方、視野の広さ、チームのスピードを一人でコントロールしていた。それから、ベンフィカのサポーターは目が肥えていて、負けている状況でボールを持ったまま少しでも周りを探すような素振りをすると「早くボールを動かせ」ってものすごいブーイングが起きる。この中でやってたらそりゃうまくなるだろうし、ポルトガルのパスサッカーの原点を見たような気がした。チームはファンがつくるってのは本当かもしれない。日本のクラブも見習わなければならない。
ゲームが終わっても名残惜しくて少しスタジアムに残っていた。そして発煙筒をたいたりしていたベンフィカのサポーターがいた一画は混乱を避けるために警察が囲い込み、取り残されていた。
確実に60ユーロ以上の価値があった。建築もサッカーも勉強し、存分に楽しみ、大興奮した。すごくいい経験ができた。もう一度ここにきて、今度は純粋にブラガを応援したいと思った。
ユースにもどるともう12時を軽く回っていて、シャワーを浴びてすぐに眠りについた。
ここまででもうありえないくらい長くなってしまったので、2日目は簡単にすます。
朝から細かい霧雨が降り、どんよりとした天気。この日の目的はボン・ジェズスというブラガ郊外にある巡礼地に行くことであったので、ユースで食事をとるとすぐにバス乗り場へ向かう。まだ朝早かったため、ボン・ジェズスに向かうものは誰もおらず、一人ボン・ジェズスにつく。着いたところから、良い雰囲気。日本で言うと三井寺のような感じがした。キリストの受難の場面を描いた彫刻が最後の晩餐からひとつずつ祀られる小さな建物を眺めながら山道を登っていく(これらの彫刻も美しい)。するとガイドブックに載っている階段に出る。霧がかかっているせいで、階段の先がどうなっているのかがよくわからず、僅かに聖堂の尖塔がおぼろげに見えている。これらの景色は本当に美しかった。カメラの電池が一日目で切れてしまい写真を撮ることができなかったのだけれど、写真に撮ることができないから、記録に残すことができないから、だからこそ神様が特別な景色を用意してくれたのではないかと思うほど霧と森と聖なる様々な要素の絡み合いは美しかった。日本に帰ってからも一年に2回くらいボン・ジェズス参りをしたいと思った。本当に思った。そして、聖書を読みたいなって思った。昔ちょっと読んだことがあるけれど、全然キリストのことを知らないなと。せっかく、美しい彫刻や絵画を見てもそれがどんな場面なのかわからないのはちょっとさびしい。わかった方が楽しいもんな。
ボン・ジェズスにいたく感動したので、裏山の方まで登って一人きりになってふらふらしてみる。霧のせいでなんだか天上の地にいるような気分になる。心がすごく穏やかになる。ブラガに来て良かったと神に感謝する。
街に戻ると、今度はカテドラルに行く。雨をしのぐ目的と共に、いつも礼拝をしていてアプスの方までちゃんと見ていないから見たいと思って行ったのだけれど、今回もまた礼拝をしている。少し礼拝の様子を見ていたら、外の雨がどんどん強くなってきたので、最後まで礼拝を見ることにする。礼拝が終わり、人がいなくなると、カテドラルを一人占めすることが出来、じっくりと細部まで見学することができた。そして、椅子に座り、教会の空気に身を預けていると、パイプオルガンの練習が始まった。小さな音で美しいテーマをゆっくりと弾き、大きな音で和音が鳴ったとき、その美しさと音の圧力に鳥肌が立った。雨がやむのを待ちながらかなり長いことオルガンの音を聴いていた。広いカテドラルにどのように音が響くのかを知りたかったから、少しずつ場所を変えながら美しい音にうたれていた。これもまたとても素晴らしかった。
結局、ボン・ジェズスを堪能し、街の中心のカテドラルを堪能し、キリスト教に心を洗浄されたまま4時間半かけて夜10時にリスボンに戻ってきた。
ブラガは本当に良かった。スタジアムも試合もボン・ジェズスも街の雰囲気も何もかもが。ポルトガルで一番住みたい街かもしれない。
あと二回くらいは留学中にブラガに行きたいなと思った。今度はカメラの充電器をちゃんと持っていこう。
強攻策で行ったブラガだったけれど素晴らしい経験ができた。本当に行ってよかった!
ゲートを入った瞬間、目の前に現れたスタジアム。息をのみ、しばしの間立ち止まってしまった。
人々はわくわくしながらスタジアムに吸い込まれていく。客席への入り口となるボディチェックをするゲートと、逆側の岩壁と一体となった客席へとつながる地下通路が交互に存在している。
試合開始10分前くらいに照明が一段と強くなり、気分が盛り上がる。
試合開始前の整列。ベンフィカはアウェイの黒いユニホームを着ている。
発煙筒がたかれる。これは試合前。試合中にたかれたもう一本の発煙筒はちょうど僕の席の前方でたかれたため、煙に巻きこまれ、白い煙で少しの間試合が見られなくなった。
90分はあっという間に過ぎた。ファンにあいさつするブラガの選手たち。喜びかたがこの試合にかける思いを示していた。
試合が終わり、静けさを取り戻したスタジアムと2-0というブラガファンにとってはうれしくて仕方ない結果を示す電光掲示板。
本当に良い経験ができた。今シーズン、今までで一番熱い試合を見ることができた。


