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断片の集積

日々の断片を記憶に残すために集積する



主にポルトガルでの生活について

今日、カイス・ド・ソドレにあるリベイロ市場に立ち寄ったのち、カスカイスへショートトリップしてきた。カスカイスはリスボンから電車で30分程度の(大まかにいえばだが)テージョ川と大西洋との交点に位置する港町である。カスカイスに行った目的は、川、海沿いということで今行っているベレンのモニュメンタルエリアの課題の手掛かりとなる何かを見つけられないかということと、ソウト・デ・モウラの最新作パウラ・レゴ美術館、アイレス・マテウスによる灯台美術館を見るためである。


市場はつい最近見学に行ったルームメイトがよかったと言って写真を見せてくれ、想像以上に面白そうだったので行ってみた。空間は結構おもしろかったのだが、何せ生鮮食品を扱う市場なので(一部土産物屋、本屋もあるが)観光客と同じ立場の僕にとっては特にすることもなく、さらっと見てすます。市場よりも興味深く、時間をかけてじっくりと見学したのはカイス・ド・ソドレ駅。ここは地下鉄と川沿いを西へ(カスカイスへ)と走る鉄道とテージョ川を対岸へ渡る定期船の3つの交通機関の終着駅となっている。地下鉄と地上駅とのつながりや、鉄道駅と定期船乗り場のつなげ方、鉄道線をそのまま伸ばした長方形のボリュームに角度を振った別のボリュームをぶつけることで隙間を作り、そこから光を取り入れる方法など、学ぶべきところが多い。勉強不足で誰が設計したのか知らないけれど、なかなかかっこいい駅なのだ。


さて、カスカイスへ。鉄道はテージョ川に沿ってリスボン市内を走り、一度内陸に入ったのち、またカスカイスに近づいてくると川(海)沿いに出るのだが、リスボン市内の川沿いとカスカイス寄りの川沿いの風景は驚くほど違う。千葉の海岸沿いと沖縄のそれくらい違う。海岸線が人工護岸か砂浜かという違いもあるし、川に対する視線の角度も違う。リスボンは人口地盤だから川に対する視線の角度が弱い。


心地よい海岸沿いを列車で進み、カスカイスに着く。ついてまず大体の方向と自分の感覚を頼りにマテウスの灯台美術館へ向かう。もとは貴族の館であるというカストロ・ギマラニス伯博物館を右手に見て、細い川を渡る昔ながらの石造りの橋を渡ると左手の河口付近に何やら面白い灯台とそのもとに立つ白いタイル張りの建築を発見する。事前に写真で見ていたのとはテクスチャーも違っていたし、マテウスのその作品が灯台美術館だということも灯台のもとに立っているということも知らずに行ったので、まさかそれが自分の目的地であるなどとは夢にも思わずに、ただ何となく面白そうだなとふらふらと引き寄せられていくと、そこには写真で見たことのある景色が広がっていた。そこにたどりついてみると、その美術館は美術館とは呼べないほどのちいさな代物であるということ、雑誌などに載っている新築部分はレセプション・カフェ・トイレ・バックヤードの機能しか持っておらず、展示スペースは灯台の周りを囲む小さなボリュームのリノベーション部分であることがわかる。そして、新築部分よりもリノベーション部分のほうが空間のつなぎ方、シークエンスが断然面白い。友達はここを訪れて「まあまあ」だと言っていたけれど、僕は結構好印象であった。確かに新築部分は部屋と部屋は独立していて内部空間に空間のつながりとか関係性とかいった面白さはないし、二次元的な形態操作しかなされていないけれど、この場所のコンテクストを考えると、既存を残した設計、既存を生かすため新築部分はなるべくボリュームを小さくし、そのボリュームの前に海へと広がるオープンスペースを作ってやることでエントランスを入ってすぐ正面に灯台が見えるというデザインはすんなりと理解でき、しっくりくるものだった。


いい建築をみるといい気分になるなと思いながら、海沿いの曲がりくねった道を「あのカーブの先には何が見えるのだろうか」という好奇心とともに歩いて行くと、地獄の口と呼ばれる波が岩を削ってできた洞窟にたどりついた。ここがまたよかった。波が打ち寄せると、おかしな形の岩にあたり、砕けて、真っ白な泡があたり一面に立つ。いつまで見ていても見飽きなかったけれど、団体の観光客が来たのでパウラ・レゴ美術館へ向かう。オレンジ色の二本の塔は遠目から見てもよく目立つ。周辺は緑が多く、ヴィヴィッドなオレンジも木々に中和されて、うまく風景に溶けあっている。緑の中を斜めにカットインしてエントランスに向かうのは瀬戸大橋の近くの谷口吉生による東山魁夷美術館みたいだなんて思いながらエントランスをくぐる。エントランスホールには3つの展示室と二つの通路(片方はカフェへもう片方は地下へ)が通じているのだが、どこの展示室から見ればよいのかがわからない。とりあえず一番近くの展示室に入ってみると晩年の作品が展示されているので、これは違うと思ってすぐに出る。実はそこは最後の展示室であった。この美術館は回廊状に展示空間が連なっており、一度順路に入れば迷うことはない(むしろ非常に分かりやすい)し、空間構成も悪くなかったと思うけれど、その導入の部分は分かりにくかった。それから、二本の塔が展示空間とは全く関係のないショップとカフェという機能を充てられていたこと、中庭に対して光窓が開けられているのに(作品を守るために?)すべてロールカーテンでとじられていることなど残念な部分が多かった。光の取り方とか、細かい部分まで気を使っていることは分かるのだけれど、それが何を意図してやっているのかはあまり読み取ることができなかった。要はあまり効いていないってことだと思う。中庭に面した光窓だって、もしすべてが開かれていたらそれはそれで気持ち悪かったと思う。


パウラ・レゴの絵はなんだかフリーダ・カーロを思い出させた。迫力があるのだけれど美しくはないことや、黒い線による輪郭のせいだと思う。


カスカイスはさらっと行くのにちょうどよい街で、今日の僕の気分には適していた。


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リベイロ市場 


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カイス・ド・ソドレ 二つのボリュームの間のスリットから落ちる光


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二つのボリュームは角度をずらして配置されている


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マテウスによる灯台美術館。新築部分


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灯台とタイルが貼られたリノベーション部分


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新築とリノベーションの接合部分


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地獄の口


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パウラ・レゴ美術館


火曜日に予定通り授業の一環としてコシェ(馬車)の美術館へ行ってきた。ここはベレンパレス(現在の大統領の別邸)の一角にあるのだが、そのはす向かいの軍事施設跡への移転が決まっており、来年のオープンに向け計画が進んでいる。後期の僕らの設計課題はこの美術館の設計となり、ただ敷地は現在の課題のベレンモニュメンタルエリアの中で自由に設定してよいとなるよう(状況はどんどんと変化するので確証はないが)。


話し好きなおばさんが延々と説明してくれ、コエ―リョも飽きている。


パリからの先生も一緒に行ったので、僕はパリの先生とセルジオの近くに常にいるようにして、セルジオに英語で通訳してもらう。そのおかげでいろいろと情報を得ることができた。たとえば、リスボンに住んでいるポルトガル人は誰でも幼い時に学校の勉強でここを訪れるということ(現にこの日も幼稚園生くらいの子供たちが手を取り合って見学にやってきた)、美術館内で火事がもし起きたら馬車すべてを救出するのは不可能だということ、馬車だけではなくフェイクの馬も一緒に展示したほうがよいこと(子供たちはどうやって動くの?モーターはどこについているの?と質問するという。僕らが見ても馬車をひくのに馬が何頭必要なのか?馬と馬車はどうやって接合されるのか?などはよくわからなかった)、昨晩この馬車たちの間にテーブルを出してポルトガル大統領と南アフリカ大統領との会談・会食が行われたということ、屋根瓦が熱を吸収してしまい、その下に断熱材が入っていないため夏の暑さがひどく、馬車の木が収縮して壊れてしまうこと(現在は空調で守られているが、一年目の夏は悲惨な状況になったらしい)、新しい美術館の計画は1Fがピロティで2Fにコシェがガラスケースに入れられあたかもアクセサリーのように展示されるのだが、説明してくれた彼女はコシェがガラスケースに入れられてしまうことや、そもそも移動手段であるコシェが地面から切り離されて展示されることに疑問を感じていることなどだ。



個人的には暗い大空間の中にコシェが整然と並んでいるのは、子供のころにテレビで見たアメリカの古い自動車倉庫を思い出させた。その映像を思い出すことなんて今までなかったのだけれど、子供のころに夢見た理想空間であるそこは、僕の中の核になっている大事なものである気がして、体からふっと気負いが抜けた気がした。なぜだかはわからないけれど、そうやって昔の僕が今の僕を助けてくれるときがたまにある。小さなころは今以上に車が好きだったのだ。


それから、これらの馬車はどういった空気の中で見るかによって大きくその印象は変わってしまうなと思った。それはただ単純に明るい光の中で見るか、暗い光の中で見るかによって馬車の装飾の金の光り方が変わるということだけではなく(暗い光の中では歴史の重みを感じさせる金だが、明るい光の中では装飾過多に感じる)、現在の美術館のような停滞した空気の中で見ると馬車は歴史的記念物としてとらえられるが、もし、たくさんの光に満ち溢れたフレッシュな空気の中で見たら、馬車はまだまだ現役の「生きたもの」として感じることができるのではないか。そして、その両方の空間を作って馬車を展示してやること、また可能ならば一年に一度くらいは実際に馬車を動かし、ベレンをパレードし、それも展示の一部とするべきではないかと感じた。



馬車博物館はエントランスも小さくて分かりにくいし、明確なファサードも持っていないけれど、中に入ってみるとかなり面白い空間が広がっている。もし、ベレンを訪れる機会があったらぜひ足を運んでみてはどうだろうか。



それから、昨日はプレゼンがあると思って大学へ行ったら論文のエスキスが全員分終わらないため(ポルトガル人の学生はこの論文、といってもA4で5枚の簡単なものなのだが、の提出が来週の月曜に迫っており、これを出さなければ卒業できないのだ。僕らもこの論文を書かなければならないのだが、卒業とは関係ないので、期限は決めないとコエ―リョは言った。そしてこの論文はそこまで大切ではないとも言った)、プレゼンは来週に持ち越しとのこと。で、すでにエスキスが終わった何人かの奴らが「寿司」を食べに行くから一緒に行こうと言う。また冗談だろ?って聞いたら、これは本当だと。だまされたつもりでついて行ったら、2台の車に分かれて本当に寿司バーにたどりつく。10ユーロでバイキング形式で食べ放題、寿司のほかに餃子、春巻き、焼きそば、チャーハン、海老フライ、天婦羅、鳥の照り焼き、焼き鳥、味噌汁などがあり、そのほかに生の肉やエビ、イカ、サーモンなども置いてある。これらは皿にとって持っていくと鉄板で目の前で焼いてくれる。予想通り中国人による日本料理で寿司はそこまでおいしくなかったけれど、餃子や春巻きなどの中華料理や鉄板焼きはおいしかった。それから、やはり味噌汁がうまい。安い旅館の朝食みたいな味だったけれど、味噌汁を飲むと体が温まって、心が穏やかになる。日本人でよかったって思った。



最後にひとつ。リスボンは冬になって雨期になり、緑が青々と茂り始めた。落葉樹は葉を落とし始めたのだけれど、地面が今まで荒れ果てた大地のように土が表出していたのが緑の草で覆われ出したのだ。そして、スタジオの奴によれば春になるとこの緑は一斉に黄色い小さな花をつけ、あたり一面が黄色く染まるらしい。きっととても美しいのでしょう。そして桜が日本に春の訪れを告げるように、その小さな黄色い花たちがリスボンに春を伝えてくれるのだろう。


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見学に来ていた幼稚園生たち。


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おばさんの説明を聞くクラスメイト達とこの美術館で最も古いコシェ(1619年に作られた)。


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暗い空間に整然と並んだコシェたち。幼い時に映像で見たアメリカの古い自動車倉庫を思い出した。


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2Fには馬具の皮製品などを修復する空間も備えられていた。これは普通では見ることのできない部屋である。

今週末も課題に追われていた。そしてものすごく疲れた。その理由の一つはろくに寝ていないから。そして、もう一つは思うように課題が進まないから。都市計画をするというのは難しい。広範囲にわたり一人で都市計画をするということはものすごくエゴイスティックなことに思えてしまう。何もないところに作るならまだしもそこには住民がいて、すでに都市がある。もちろんそれが手掛かりにもなるのだけれど、そしてもちろん手を加えたほうがよいところも見つけられるのだけれど、それと同じくらい、いやそれ以上に変えたくないところも見つかる。半ば自棄になって、きっと都市計画家は計画する都市には深入りしないで、神の視線で地図を見つめて「こんなかんじっ」ってやってんだよなんて友達と話したり、今まで「大事なのはコンテクストだ、こんな考え方僕には理解できない」って思ってたタブラ・ラサの欲求がちょっと分かった気になったりする。日本にいるときに友達に「おまえは(興味の対象が)都市計画じゃなくて都市の中の建築だよね」って言われて、自分でもそう思っていたけれど、この課題をやることでそれを痛切に感じる。全体のコンセプトが大事だってことは分かっているんだけど、どうしても細部から考えていってしまう。そっちのほうがやりやすいから。でも、都市レベルでものを見たときにでかいコンセプトがあるってこと(それが明確でフィジカルであればあるほど)は気持ち悪い気がする。それぞれの部分がそれぞれに個が立っていて、それらがうまくつながっていればそれでいいと思う。まあ、うまくつなげるっていうのが難しいわけだし、そのためには何かしらのコンセプトが必要になるのだけれど。


俺には都市計画は出来んってちょっとひよったりもするけれど、この課題をやることで都市計画が身近に感じられて、そんなに面白くないけれど役に立ちそうだからと思って持ってきた都市計画の世界史の本を何度も読み返す。今じゃその本がすごく面白い。好きこそものの~ですね。こっちの都市と建築のクラスの違いが明確になってきたけれど、今のところ都市を選んで良かったなって思う。今までは都市のことを本気で考えていなかったということがわかったし、都市計画が好きになったし(研究分野として、だけれど)、思考の幅が広がっている。


さて、とりあえず今日プレボをみんなで壁一面に貼り、プレゼンを更に別のパリから来た先生(これで3人目。いったい何人来ることやら。今回の先生は割と好感が持てた。それから、パリから先生が来たときの良い点は他の学生も英語でプレゼンしようと努力してくれること。ポルトガル語とフランス語はそれなりに近いからフランス人の先生もある程度は理解できるようで、ポルトガル語でしゃべる学生も多いし、そういう学生の時はコエ―リョが補足で通訳するのだけれど、英語でプレゼンしてくれる学生が多いと僕らとしては助かる。最近では積極的に英語のできる学生かセルジオのところに寄って行って、通訳を頼み時間を無駄にしないようにしているけれど、そういう迷惑をかけないでも済むしね)にプレゼンした。全員は無理だったので僕は水曜にやることに。3/5くらいの学生がプレゼンし終わったところで時間が迫ってきていたのだけれど、コエ―リョがこっちを向いて「日本人どっちかやれ」という。二人ともまさかそんな唐突なふりが来ると思っていなかったので焦る。そんとき俺はガムを噛んでたのでこりゃまずいと思って東大生に先にやってもらう。そして速攻でガムを捨てて準備する。コエ―リョはどっちかやれって言ったけれど、なんか俺にも来る予感がしたから。東大生がプレゼンをしている間に授業終了の時間は過ぎてしまい周りの学生はランチに行く用意を着々と進める。で、東大生のプレゼンが終わったら予想通りコエ―リョが「お前もやるか」って聞いてきた。「やる!」って即答したけれど、今日やらなくてもプレゼンする機会はあるのかって聞いたら水曜にあるって言うから水曜にすることに。だって時間が過ぎていてクラスの雰囲気もざわざわしだしているし、先生たちの集中力もかけてきている気がしたから。それに、しゃべる内容をもっとクリアにする時間もできるしね。

明日も授業があるのになぜ水曜かというと、明日はクラスの皆で馬車の美術館(これの設計が後期の課題になると思われる)に見学に行くから。これも今日唐突に言われたことだけれど、かなり楽しみ!こういう唐突な小さなイベントをコエ―リョはたくさんおこす。パリから先生がすでに3人来たし、ポルトガル人の美術館の専門家というおばさんやオランダからアムステルダムの住宅地におけるモニュメンタルエリアの話(モニュメンタルエリアというよりはベルラーヘとかクラメル、デ・クラークとかいったアムステルダム派によるソーシャルハウジングのデザインとその配置計画の話、そこにおけるモニュメントの話だと僕は感じた)をしてくれた若い先生も来た。こういうワールドワイドな中で授業を受けることができていることをうれしく思うとともに、日本という島国のデメリットも痛感する。日本だったらこんなに頻繁に海外から先生が当たり前のように来るということはないものな。


今日、授業が終わり、寮に戻ってすぐに眠りに落ちる。週末ほとんど寝ていないからね。今日は完全な休息日にしようと思いつつも、それでいいの?という自問もおこる。今日は今日のためにあるのか明日のためにあるのか。今日という一日が明日のためにあるのなら、今日という一日を無駄にしちゃいけないのではと。でもゆっくり休むことが明日につながると言い聞かせて眠りに落ちる。その後、目覚めてeasyjetで冬休みパリ行の計画のリサーチをする。200ユーロくらいで行って帰ってこられるよう。もう一度授業予定を確認してネットの調子の良い時に早めに予約を取ろう。といってももうすでに遅いけれど。


そうそう、さっきから週末寝ていないと書いているけれど、ずっと課題をやっていたわけではない。昨日は課題で寝ていないけれど、金曜は寮のパーティーだったし、土曜はアエリス・マテウスの事務所にインターンに来ているという東大生(今博士?修士?よくわからんけれど年上の方)と一緒にファドを聴きに行った。いつかは行こうと思っていたファドをこんな形で見るとは。しかもその店は観光化されていてツアーの日本人がたくさんいたし。あんまりだったな。もうちょっと良いところでファドを聴きたい。でも、その店に行ったのはそのインターン生がその日の昼にコルク工場やコルク畑の見学に行き、そのコルク会社の社長さんによる接待だったから。彼女は知り合いを通して、見学会に参加し、その見学会というのがカスタマーに向けた説明会だったらしい。で、そのカスタマーの接待の場になぜか僕らもお邪魔させていただいたのだ。だから、ただでファドが聞けて飲み食いできた。ありがとうございました。

それから、昨日はフットサルもした。昨日はなかなかよかった。だんだん動けるようになってきている。体が動けるようになってきているから判断のスピードも上がり、周りも見えるようになっている気がする。やっぱりどんなに忙しくても少なくとも週一でフットサルしたいなあ。


これがここ最近の出来事と感じたことの断片。

さてもうそろそろ夕食だ。

完全に試合のことを忘れていたんだけど、夕食を食べにキッチンへ行ったらやけに多くの奴らがテレビの前に群がっていて、テレビを見ている。最初ポルトのチャンピオンズリーグの試合をやっているのこと思ったけれど、よく見たら代表戦じゃないか!

ちょうど後半が始まったところ。17日アウェーっていうのは知っていたんだけれど、感覚として、こんなに第一戦と第二戦の間が短いと思っていなかった。前半は0-0で折り返していた。デコ、クリスティアーノ・ロナウドは出場しておらず、ピッチ状況がものすごく悪い。

思ったよりもポルトガルがゲームを支配しているのと思って見ていたら、相手ゴール前で中央のシマオから斜め左前のナニへスルーパス。そのパスがディフェンスにあたってコースが変わり、ディフェンスがキープしようとしたところにナニが猛然と襲いかかりそのボールを奪取し、キープ。ディフェンスがボールを取りかけていたためボスニアのセンターバック2枚は押し上げようとしており、そのせいで真ん中にいたリエゾンとやや後ろにいたラウル・メイレレスのマークが外れる。ナニは近くのリエゾンでなく遠くのラウル・メイレレスを選択しパス。ゴール前に走りこんでパスを受けたラウル・メイレレスはワントラップで寄せてくるディフェンスよりも間一髪速く、素早くシュートしグラウンダーのシュートがゴール左隅に決まる。この得点が決勝点となった。


この一点はポルトガルにとって大きな大きな意味をもった。仮に逆転されて負けたとしても1-2ならばアウェーゴールによって出場が決まるからである。そして、そんなことを危惧する必要もなかった。前回の試合ほど危ない場面はなかったし、ボスニアが先取点をとられたことで攻めるリズムを上げてくることもなく、ゲームの流れが終始落ち着いていたからである。

ポルトガルに圧倒的な強さは感じなかったし、一点取ってからは淡々と試合をこなしていったという感じであまり面白さもなかったけれど、とりあえず勝ってよかった。W杯までロナウドの怪我が治り、よいFWが見つかればW杯で割といいところまでいけるような気がする。それからやっぱりチームにリズムをつけることのできる技術を持ったボランチが欲しい。カルバーリョ、ブルーノ・アウべス、ぺぺという後ろのセンターラインは結構安定感があるから、そこにもう一人よいボランチが絡んでくるとかなりいいと思う。


それから、今日の試合、パウロ・フェレイラが出ていた。僕にとってはすごくうれしいし懐かしい選手。ポルトガルのサイドバックというとパウロ・フェレイラとヌノ・バレンテというのが僕の中のイメージだから。華々しい中盤の陰に隠れて全然目立たないし、オーバーラップもほとんどしないけれど、確実に自分の仕事をこなし、安定感があり、ポジショニングがよくて、味があるサイドバック。だから、今日出ているのを見つけた時は本当にうれしかった。まだ、代表でやっていることも驚きだったけれど、相変わらずうまいなあと。最後の場面ではちゃんと体を投げ出してくれるし、前線へのパスがぶれることもないし、シマオや途中出場のデコが悪いピッチに足を取られたり、イレギュラーするボールに対応できなくて何度もボールを失う場面があったのに対してトラップがぶれることもない。これからもぜひパウロ・フェレイラをスタメンで起用してくださいな、監督。


南アフリカのスタジアムのピッチ状況はどうなんだろうか。今日みたいな悪いピッチばっかりだと、ポルトガルは厳しいかもしれない。それから相変わらずシュートを打てる場面なのにパスを選択してチャンスを失ってしまう場面がチーム全体で何度かあった。そんなに崩そうとしなくてもいいじゃないかと思う。そこは至急改善されるべき。でも、昔からきれいにパスで崩すのがポルトガルのサッカーだし、中盤は次々といい選手が出てくるのにFWは出てこないとかずっと昔から言われていることだから、これはもう治らないのかもしれない。シュートを打たなければ点は取れない。小学生の時に教えられる基本的なことだけれど、ポルトガルのサッカーを見ているとそれを実感する。


とりあえず勝ってよかった。

17/11/2009 ポルトガル1-0ボスニア・ヘルツェゴビナ W杯出場決定!

久しぶりにブログを書く。今週末は課題に追われていて何もできなかった。そして今日、印刷して持っていったら「今日はまだ提出日じゃない」といわれる。いつ変った?先週末は今日だって言っていたじゃないか。まあ、うけいれよう。仕方ないしやったことは無駄にならないから。唯一悔いが残るといえば印刷してしまったこと(前も書いたと思うがこっちは印刷代がばかにならない)と睡眠時間が削られたことか。

今日とりあえず作って持っていったことで周りの学生からいろいろアドバイスをもらうことができたし、先生と話して今後何をすればよいかも分かった。何をすればよいかというと、まず、もっと深く細かくモニュメンタルエリアについて分析しなければならないということ。モニュメントの分析ではなくてモニュメンタルエリアの分析をしろと。モニュメンタルエリアにあるものすべてがモニュメントなわけではない。いくつかのモニュメントによってモニュメンタルエリアは形成されているが、そこにはモニュメンタルエリアを形成する他の機能や空間的特徴、デザインがあるはずで、モニュメントに付随してどういう機能があることで、どういう空間があることでそこがモニュメンタルエリアになりえているのかを分析しろということ。これはかなり大事なこと。でも、いろいろ考えているとモニュメンタルエリアって何?っていう当たり前の疑問にぶつかる。自分の中でまだはっきりとした答えを出せていない。そこが自分の中で定義できれば道はだいぶ開ける気がする。今日の提出を機にどんどん課題のスピードが上がっていくような気がしていたんだけれど、周りを見るとどうもそうでもない様子。ということはまだまだ迷っている暇があるということだから大いに悩もう。


課題の話はそれくらいにして今日は書かなきゃいけないことがある。 それはもちろんサッカーのこと。先にも書いたが今週末は課題に追われていて金・土・日で唯一外出したのが土曜の夜の大事な大事なW杯予選、プレーオフ第一戦。対ボスニア・ヘルツェゴビナ。結果は1-0でポルトガルの勝利。とりあえずよかった。でも、試合内容は決してほめられたものじゃない。前半の35分ごろまでは早い時間で先制点も取り、ボールもよく回るし、ゲームをほぼポルトガルが支配していて「これは事故が起きない限り負けることはないな」と思っていた。しかし、前半終了間際10分くらいはポルトガルの集中が切れ危ない場面が続いた。それでも、試合の中ではそういう場面は必ず訪れるものだと割り切れるくらいの危険さで、それほど心配はしていなかった。

しかし、後半30分過ぎからナニ、デコ、シマオ・サブロサと中心選手を立て続けに変え(ナニはともかくデコとシマオの交代は意味がわからなかった。こういうことをしているから監督が非難されるのだ)、その結果ボールのおさまりどころを失ったポルトガルは残り7分程度をボスニアに支配され、何度も決定機を作られた。最大のピンチは後半終了間側に訪れ、右からのクロスをどフリーであわされ、シュートがクロスバーにあたった場面。そのこぼれ球をまた別の選手にどフリーで詰められ、そのシュートもポストを直撃した。なぜあそこまでディフェンスが混乱に陥り、後手に回ったのかわからないが、それ以上に2本のシュートがゴールポストと悲しい口ずけを交わしたことののほうが不思議だ。本当にポルトガルのゴールが何かしらの強い力によって守られていたとしか思えない。


冷静に振り返ると、前半のようにボールを動かしゲームを支配することができれば第二戦もそこまで心配することはないと思う。しかし、終了間際の混乱の陥り方は異常だったし、試合の最後がそういう状態で終わったということがファンに強い不安を残す結果となった。少なくとも僕は第二戦がすごく不安な気持ちになりながら帰途についた。第一戦の勝利、しかもホームで無失点での勝利ということで普通に考えればW杯出場に大きく近づいたと言えるのだろうけれど、あの戦いぶりをみると第二戦逆転でのボスニアの出場という可能性も大いにあると思う。そうならないことを切に願うが。


それから個人的な意見だけれど、やっぱりワントップをリエゾンに任せるのは不可能だと思う。ボールが全くおさまらないし、おさめようとすると体格で勝るボスニアディフェンスに簡単につぶされるのだから簡単にはたけば良いのにそれもできない。もちろんボールがおさまらなくともインザーギのようにそれを補って余りある得点感覚を持っていれば別だが、そんなものも備えていない。この試合も何度かナニから絶妙な、斜めにゴールに向かいながらもカーブがかかりマイナスに戻ってくる、スピードの速い、本当に絶妙なクロスが入ってきたのにディフェンスに体を抑えられて触れることすらできなかった。リエゾンのディフェンスを振り切る動きだしに合わせてドンピシャのタイミング、位置に出しているのに触ることすらできない。あれじゃあサイドアタッカーも出しようがないだろ。

それからラウル・メイレレスもそんなによくはない。ボールは収まるけれど、パッサーとしての資質に優れていない。特に速攻に対応できない。カウンターのチャンスでシマオが出しやすいように自分でスペースを作って斜めに走りだすのにそこにスルーパスが出せない。メイレレスを経由するとリズムが悪い意味で落ち着いてしまう。今のポルトガルにはスルーパスを出せる選手がいない。デコも一時ほどの切れはないように思う。ポルトガルというとどうしてもルイコスタのどうやって感じ取っているのかわからない、針の穴を通すようなスルーパスをイメージしてしまって、それと比較しちゃいけないことは分かっているんだけど。

ぺぺはさすがレアルでプレーしているだけあって、安定感もあるし存在感もあるけれど、ぺぺとの組み合わせでもう一人ボールを動かせるボランチがいたら最高なんだが。前回ハンガリー戦を観に行ったときはぺぺは出ておらず、ペドロ・メンデスがボランチで出ていたのだが、ペドロ・メンデスはなかなか良かった。まさにチームの潤滑油になっていたと思う。俺が監督だったら中盤はぺぺ、ペドロ・メンデス、デコ、シマオ・サブロサ、ロナウド(ナニ)かな。いずれにしろ、早くロナウドにはけがを治して戻ってきてほしい。今のポルトガルを見ていてデンジャラスだと感じる選手、何かを起こしてくれるんじゃないかとわくわくさせる選手がシマオ・サブロサ(と、まあ、時によってナニも。でもナニは空回ってしまうこともある)しかいない。


長くなってしまった。サッカーのこと話しだすと言いたいことがたくさんあって止められなくなる。


そういえば研究室の友達から久しぶりにメールが来た。なにやら、僕が発ってからいろいろな変化があり、彼も頑張っている様子。負けないようにしなければ。


それから、twitterはしませんよ。いろんなものをそぎ落としていかなければならないと思っているし、余計なものに縛られたくないので。そもそも僕は携帯すら必要ないとずっと思っていたのに今じゃメールがないとやっていけない、怖い。ブログだってコミュニケーションツールというつもりでやっているわけじゃない。あくまで日記というつもりでやっている。そこのところをはっきりさせておかなければ。そのうえで、読んでくれている人がいるというのはとてもうれしいです。


なんだか最近、読まれることを前提に書いていた気がする。これからは自分のために、あくまでも自分のために書いていこう。


断片の集積
ルススタジアム、キックオフ直後。


断片の集積
試合終了後。センターサークル内で喜び合うポルトガルの選手達とファンへのあいさつへ向かうボスニア・ヘルツェゴビナの選手達。