断片の集積 -19ページ目

断片の集積

日々の断片を記憶に残すために集積する



主にポルトガルでの生活について

思ったことや感じたことはいくらでも書けるけれど、こうやってかしこまって旅行のことを書こうとすると何か肩肘張ってしまって疲れるし、言葉も出てこないから、さらっと書く。


一日目、レンタカー屋を出るのに一苦労。マニュアル車だからね。しかもトップバッターが一番車に乗りなれていない人だったし(ドライバーの順番は前日の大富豪で決定)。何とか九大生がドライバーに変わったことでリスボン脱出成功。


最初の目的地はモウラオン。城壁とそこに組み込まれた教会が町の中心。周りは潟と牧草地で、羊たちが草をはむ。
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ここで、ドライバーが僕になった。最初はエンストして、テンパってサイドブレーキを下げるのを忘れてどうなる事かと思ったけれど、なんとか乗りこなし、次の目的地へ。


次の目的地はルス。小さな町であるが、僕らの大学の先生をしているパシェコの設計した美術館と墓地がある。

美術館は斜面をうまく利用したデザイン。一見ボリュームはすべて地下に埋まっているように見えるのだが、スロープを下りていくと徐々にエントランスがあらわになってくるしかけ。
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小さな美術館であり、内部の空間のつながりという意味では少し期待はずれな面もあったが、石の積み方といったディテールの処理や、ポルトガルの強い太陽光をいかにしてうまく内部に取り入れるかという面では非常に参考になる部分が多かった。
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トップライトもただ設けるのではなく、壁と天井の操作で方向性を出し、光の向きを制限する。そして、大きな開口は中庭に面して設けている。この中庭はかなりの高さの壁で囲われている。にもかかわらずこれだけの光が差し込んでくる。ポルトガルでは美術館に容易に開口を用いてはいけないなと実感。それが特に馬車のようなデリケートなものなら特に。
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続いての目的地はモウラ。ここも城下町だけれど、時間が遅くて城壁内には入れず。

近代建築もあったけれど、まあまあだったので割愛。でも、こういうポルトガルらしい家の連なりはいいよね。
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そして、この日はモンサラシュ泊。モンサラシュは城壁の中に町が形成された、オビドスのような街。城壁内のホステルはいっぱいだったり、オフシーズンのため開いていなかったりしたのだが、城壁の外の4つ星ホテルに交渉で安く泊まれることができた(ツインルームに2,3で5人泊まったことと暖房器具が壊れていたことがその理由)。このホテルは朝食もおいしかったし、文句のつけようがない素晴らしいホテル。客室も広々としているし。下の写真が僕らの泊まった部屋の前。僕らは離れに泊まった。
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で、2日目。モンサラシュ観光。
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上の写真はオビドスのよう。ただ、オビドスほどぎらぎらしていなくて居心地が良かった。観光客もオビドスほど多くないし。


城壁の外にはこんな景色が広がる。ちゃんと丘の上を選んで城を建てていることが分かる。ここも潟の近く。
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そして、城壁内の教会の前の広場。この広場は我らがコエ―リョ監のポルトガルの広場を集めた本の中で個人的に気になっていたものだったので、出会ってびっくり(この町にあるとは知らなかった)。

なんかいいんだよね、空間がさ。思っていたより狭かったけれど、居心地は良い。モンサラシュはこの旅の中でも一二を争うベストスポット。
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さて、で次の目的地ヴィラ・ヴィソーサへ。ここも見どころは広場と城壁。ただし、ここは街が城跡の外にでき、城跡は美術館(オープンしていなかったが)となっている。

街路樹がオレンジで、ゆったりと人のための空間がとられた広場。この広場の手前側には教会がある。教会が今でもしっかりと地域に根付いて役割を果たしているから、広場の存在が重要になってくる。
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城跡はいい具合にさびれていた。
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二日目最後はエルバス。ここも城壁都市なのだけれど、ここは現在も活発な街を包含する大きな城壁をもつ丘と、その近くに二つの完全なる星型の要塞を持つ丘が存在しており、星形要塞は面白かった。
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星形要塞からみたエルバスの街。
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夕焼け。
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星形要塞の中。完全なる要塞って足を踏み入れたことがなかったので興味深かったけれど、そこに入ってしまえばそこがどんな形をしているのかをつかむことは難しい。侵入できつ部分は限られていたし。それでも僕らは中心を目指して、暗い建物の中へと扉の隙間から侵入した。中心にたどりつくことは出来なかったが、この探検は楽しかった。5人いるといろんな人がいるってことが改めてわかったし。僕なんかはどんどん進んで行ってしまうタイプだけれど、気味が悪いとか罪悪感から「やめよう」て言うやつもいるしね。
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この日は3日目の目的地、ポルタレグレまで行き、そこに泊まった。ポルタレグレには僕が最もポルトガルらしい建築を作ると感じる建築家、カヒーリョ・ダ・グラサの教会などがある。

2に続く。 は~しんどい笑

僕らの大学のポルトガル人が東京のワークショップで知り合ったという日本人(現在スイスに留学中)にリスボンを案内するのに同行した。


つまりはリスボン人によるリスボンツアーといった趣。ほぼ知っている場所だけれど、日本語と英語とポルトガル語が入り混じりながらいろんな話をしつつ街を歩くのは楽しい。初めてCCB(ベレン文化センター)の中のミュージアムにも入ったし。展示は現代写真であまり理解できないものも多かったけれど、何故かその展示を見ながらいろんなことを考えた。


人は「あの人とずっと一緒にいたい」とか、「あんな奴なんかいなくなればいい」とか、「もう一度だけ何処かで偶然出会えたら」とか、「もう二度と顔も見たくない」とか思いながら生きるんだろう。それはきっと普通のことなんだろう。そして切ないくらい強く心から「あなたに会いたい」と思うことのできる“あなた”が心の中にいれば“二度と顔も見たくないあいつ”のことなんて忘れてしまうことができるんだろう。そしてそれはとても素晴らしいことなんだ。

なんでこんなこと思ったのかわからないけれど、そんなことを考えながら美術館の中をふらふらしていた。

僕には会いたい人っているのだろうか、そして僕に会いたいって思ってくれる人はいるのだろうか。


昔飛行機で隣の席に座ったおじさんは人間の罪は生きること、与えられる罰は悩むことと言っていたけれど、僕にとっては生きるってことは一人じゃいられないってことで、悩むってことは理想を描くってことだ。

もしこの世界に人が一人しかいなければ理想を具現化することはたやすいかもしれないけれど、描くことのできる理想はとてもちっぽけでつまらないものだろう。

現実世界にはいろんな人がいるから理想を具現化することは難しいけれど、いくつもの夢や希望、理想を描くことができる。

そんなことも考えていた。


そして戻ってきてyoutubeを見ていて斉藤和義の良さを再確認した。決してめちゃくちゃ歌がうまいというわけではないけれど、声や歌い方やすべての点においてかっこよくてセクシーで切なくて優しくてちょっとあきらめていてでもすごく求めている。 すごくいい。


旅行の話はまた明日。 こうやってダラダラ伸びていくんだよね。プロジェクトにしろコンペにしろリミットがあるってことは大事だな笑

テスト終了後無気力にダラダラと2日くらい過ごし、自分で髪を切った。結構バッサリと。この4カ月で大分伸びてしまっていたからね。


先週の土曜日からは5日間かけて、車をレンタルし、リスボン組5人全員で普通の観光客の行きそうもない小さい村などを攻めてきた。パシェコ(先生)の設計した美術館や我らがコエ―リョの設計した広場なども訪れた。

車はマニュアル車で最初はどうなる事かと思ったけれど、5人中4人は国際免許証を持ってきており、日本でも割と乗りなれている人が多かったので、まあ何とかなるものだ。

この旅行は写真も含め今後詳しく書く。


昨日この旅行から帰ってきて、今日はついに移民局へ行った。時間は3時過ぎまでかかったけれど、手続き自体はあっさり終わり(待ち時間が長い長い)これで一安心。


夜はフットサルに誘われ久しぶりの運動。でも今日のフットサルはひどかったなあ。ボールを持ちすぎるやつが同じチームにいるとリズムがつかめないしやる気もなくなる。もっと簡単にボールを動かせよ!


そんなこんなの一週間。


ポルトガルのホテルは20ユーロ強出せばかなり良いところに泊まれる。本当に物価が安いよね。

それからホテルのテレビでフットサルの国際試合を見たんだけれど、プロのフットサルって攻めるときと守るときが結構明確に分かれていて(もちろんボールを奪取したら攻守が入れ替わってすぐにカウンターに移るんだけれど、あまりそういう場面はなかった。シュートが枠を外れて相手ボールになるか、ディフェンスもしくはキーパーにあたってコーナー、キックインになるかという感じ)、攻めるときと守るときでキーパーを変えるんだということを初めて知った。攻めるときはフィールドの選手がキーパーのユニフォームを着て入り、一番後ろでボール回しに参加し、攻めと守りが入れ替わった時点でその選手はレガースやキーグロをつけた正規のキーパーと入れ替わる。

こんな風にやるなんて知らなかった。でも、フットサルを見るのはそんなに面白くはないな。こんなこと書くとフットサル選手に怒られそうだけれど。僕は楽しくサッカーができればそれで十分。サッカーってこんなに楽しいんだっていうことがもっと多くの子供たちに伝わればいい。


話がずれちゃった。楽しい旅行のことを書こうと思っとったのに。まあいい、今度ちゃんと書こう。

昨日、みんなの前でプレゼンをして前期が終了した。


都市から建築まで一気に駆け抜けた。


いろんなことを言われたけれど、テストの審査員としてやってきた他のクラスの先生に「これはそんなに重要じゃないこと、でもとても大切なことだけれど、まず最初にプレボの見てくれがとてもきれいでビジブルで良い」と言われたことが一番うれしかったかも。


パリから帰ってきてからの2週間は本当に毎日が一日4時間睡眠でハードだった。でも、そのことを覚悟の上でクリスマス休暇は遊びまくったわけだし、ずっとダラダラやるよりもメリハリをつけたほうがよいしね。


ちなみに僕らのクラスのテストが日本人の中で最後だった、

そんなこんなで前期が終わり今日はみんなでふらふらしてカフェでトランプをして遊んでいた。すごくゆったりとしたよい時間が流れていた。すべてから解放されてふわふわしている。


それで帰ってきていまTOMOVSKYの音楽を聴きながらこれを書いている。まったり、まったりと。


僕らが課題に追われて時間の感覚をなくしている間に日本ではセンター試験まで終わってしまったらしい。早いもんだ。そしていろんなことが動いているんだね。名波の引退試合が行われて一つの時代が終わったり、志村氏がいなくなってしまったり、小沢健二が13年ぶりにツアーを行うことが発表されたり。辛うじて民主党政権は続いているようだけれど。個人的には2大政党制は変えなければならないと思う。物事ってそんなに単純じゃないのにみんなあらゆることをシンプルに理解しようとしているように日本にいるときは感じていて、小政党が議席を失っていく様はまさにそのことを象徴しているように僕には感じられた。難しいことは無理にわかろうとしなくてもよいんじゃないかな。ただ受け入れてみればよい。心のどこかに留めておけばいつか分かるかもしれないし、現在のちいさい頭で無理に定義して、その小さい頭に収まるように整理してしまうことはもったいないことだと僕は思う。


それに僕はあまのじゃくだから、物事を一義的に「これはこうだ」って言われると「それは違うんじゃない?」って戦いたくなってしまうんだよね。


でも、座右の銘メーカーってので遊んだら俺の名前だと「人生は難しく考えるほど解けないパズル」ってのがでたから、今年は考えすぎないようにしようかな笑


まあ、そんなこんなで、僕は日本より一足先に春休みに入った。テストを受けた日の午後にセルジオから講評と「これで前期は終了です」という言葉をもらい「いっぱいい旅をしなさい」といわれ、別れてきた。旅に出る先は課題が忙しくて全然まだ考えていない。どこに行こうかな。


最後に、卒計、修論と追い込み期だと思うけれど風邪だけは気をつけて皆さん頑張ってください。

なんかこう書くと上から目線みたいだけれど、「頑張ってください」としか言いようがないもんな。


本当に頑張ってください。日本戻ったら全部チェックするからね!

あっという間に月日は過ぎて、2010年を迎えた。そして、あっという間に高校サッカーの決勝とか名波の引退試合とかがやってくる(はず)。


僕は年越しをパリのシャンゼリゼ通り(凱旋門の足元にほど近いところ)で迎えました。たくさんの仲間とともに年を越し、黒人の若者に交じってシャンゼリゼ通りを疾走し、手持ち花火をうち、エッフェル塔を見、満員の地下鉄やバスを乗り継いでなんとかパリ組の寮に戻った。


こんな年越しは二度とできないと思うし、本当に楽しくてよい経験だったけれど、やっぱり正月は日本がいいなと思った。家で迎える新年の静けさ、すべてのストレスから解放されて穏やかな気分で迎える新年。それはいつもと変わらない朝なのだけれど、近所の人々とあいさつを交わすたびに、新しい年になったんだなって実感するあの感じ。 素晴らしい。 海外にいることで日本の良さが分かることもある。


さて、2週間の冬休みをフルに利用した旅行で僕はたくさんの人と出会って、たくさんの人の優しさに触れ、たくさんの美しい景色を見、たくさんの素晴らしい建築を訪れ、たくさんの都市に身をゆだねた。

時間がないので簡潔にいえば、ベルギーの地方都市はどれも素晴らしい(結局、ゲント組の優しさとベルギーの素晴らしさのせいでゲントに4日間も滞在した)ということと、サヴォワ邸は傑作だということ。


サヴォワ邸は欠けているところが一つもないというかすべてのバランスが正解というか、正確な建築だなと思った。他にもたくさん建築を見たのだけれど、最後に見たサヴォワの印象が一番強い。

周辺のコンテクストにも頼らず、平面な大地(地理的なコンテクストにも頼らず)に何もないところから、一つの完結した完璧な建築を生み出すことができる人はやはり天才なんだと実感した。

正直に言って、その前に見たラ・ロッシュ邸が僕にとってはいろんな意味でせまく感じて、実はコルビュジエってそこまですごくないんじゃないのって思っていたところに思いっきりすごいストレートを入れられた。


いままで見た住宅建築でアアルト自邸が一番感動したのだけれど(これは初めて一人で行った海外旅行だったとか、まあいろいろ純粋ではない個人的理由も含まれていると思われる)、サヴォワはそれに張るかそれ以上かぐらいに感動した。自邸って言えばベルギーでオルタ自邸も見てきた。これもまた素晴らしい。いろんな建築を見ることができて僕は幸せだなと、いろんな人のおかげだなと感謝する。


本当に楽しい旅で、いろんな人と話し、出会い、少し旅疲れも持ち合わせてリスボンに戻ると、もうすぐに最終テストが待っていた。やばい。終わらせなくちゃ。時間がない。


で、今日の帰りのバスを待つ間一人でいろんなことを考えていた。なんだかうまくいかなくて、どうしたらいいのかわからなくて、でもいろいろ考えて、周りとか、他の人とか関係なく、自分が納得できるかなんだって改めて思う。

卒業設計は評価していただいたこともそうだけれど、本当に楽しく、自分が思っていることを形にできて(不十分なところもあったけれど)、一応納得できたということがよかったんだよなって。今はいろんな雑念があって、迷っちゃて、よくない。自分で選んでリスボンに来ようと努力して、自分で選んでこのスタジオをとっているのだから、自分に甘えちゃいけない。そう言い聞かせて頑張る。


こうやって自分に言い聞かせていることが卒計と向き合っている4年生へのメッセージにもなっているね。


僕が言える立場かどうかはわからんけれど、人に何言われようと、自分の考えてきたこと、感じてきたことを信じて、楽しくブレずにやってください。僕も頑張ります。

それから、あなたが必死であれば、多少無茶を言っても友達や手伝いの人は協力してくれるはずです。こんなにも多くの人に支えられているのかって実感できたことは卒業設計で得た一番大事なものだったと思います。

熱くなってください。


いい写真いっぱい撮ったけど、時間かかるからアップはしない。ごめん。


今年もよろしくお願いいたします。