僕らの大学のポルトガル人が東京のワークショップで知り合ったという日本人(現在スイスに留学中)にリスボンを案内するのに同行した。
つまりはリスボン人によるリスボンツアーといった趣。ほぼ知っている場所だけれど、日本語と英語とポルトガル語が入り混じりながらいろんな話をしつつ街を歩くのは楽しい。初めてCCB(ベレン文化センター)の中のミュージアムにも入ったし。展示は現代写真であまり理解できないものも多かったけれど、何故かその展示を見ながらいろんなことを考えた。
人は「あの人とずっと一緒にいたい」とか、「あんな奴なんかいなくなればいい」とか、「もう一度だけ何処かで偶然出会えたら」とか、「もう二度と顔も見たくない」とか思いながら生きるんだろう。それはきっと普通のことなんだろう。そして切ないくらい強く心から「あなたに会いたい」と思うことのできる“あなた”が心の中にいれば“二度と顔も見たくないあいつ”のことなんて忘れてしまうことができるんだろう。そしてそれはとても素晴らしいことなんだ。
なんでこんなこと思ったのかわからないけれど、そんなことを考えながら美術館の中をふらふらしていた。
僕には会いたい人っているのだろうか、そして僕に会いたいって思ってくれる人はいるのだろうか。
昔飛行機で隣の席に座ったおじさんは人間の罪は生きること、与えられる罰は悩むことと言っていたけれど、僕にとっては生きるってことは一人じゃいられないってことで、悩むってことは理想を描くってことだ。
もしこの世界に人が一人しかいなければ理想を具現化することはたやすいかもしれないけれど、描くことのできる理想はとてもちっぽけでつまらないものだろう。
現実世界にはいろんな人がいるから理想を具現化することは難しいけれど、いくつもの夢や希望、理想を描くことができる。
そんなことも考えていた。
そして戻ってきてyoutubeを見ていて斉藤和義の良さを再確認した。決してめちゃくちゃ歌がうまいというわけではないけれど、声や歌い方やすべての点においてかっこよくてセクシーで切なくて優しくてちょっとあきらめていてでもすごく求めている。 すごくいい。
旅行の話はまた明日。 こうやってダラダラ伸びていくんだよね。プロジェクトにしろコンペにしろリミットがあるってことは大事だな笑