・・・・・・・っということで、哲学は大事だと4回に分けて書いてきました。
いまはSNSによって個人の意見を自由に発信する時代です。
言論の自由という点では、それはとてもいいことである反面、何が正しいのか見えなくなってしまった時代ともいえます。
そんな時代だからこそ「自分の意見」を持つことがとても重要になります。
自分の意見を持つことで民主主義は成り立っているのです。
ただ意見を持つだけでは足りません。
正しい意見を持つ必要があるのです。
何が正しいかは自分で判断しなければなりません。
正しい正しくないは、自分で判断するところがミソなのです。
それは他人が判断することではないんです。
SNS上では自分が正しいとの主張で溢れています。
どこかの政治家だって自分のSNSに「True Sochial」なんてふざけた名前をつけて、嘘八百(フェイクニュース)を撒き散らしています。
実際のところ、自分で正しいかどうかを考えるのは簡単なことではありません。
大抵の人は、インフルエンサーといわれる人気者の意見を丸呑みにしてしまいます。
他人の意見に賛同するのはいいけれど、自分の頭の中のフィルターを通さず、そのまま信じ込んでしまうのが問題なのです。
そのために、リテラシー(読解力)を磨くことが大事なのです。
ぼくはリテラシーの大もとを支えるのは「哲学的に考えられる能力」だと信じています。
哲学と聞いただけで、拒否反応を示してしまいますよね。
小難しい哲学用語が山ほど出てきて、大体入り口で挫折してしまいます。
ぼくも挫折した一人です。(;^_^A
とてもじゃないけど、哲学者なんかにはなれない。
大学を出て哲学者になったとしても食えませんしね。
でも、哲学的考え方ができるよになるのは難しくはありません。
まず世の中の正しいとされている意見に疑問を持つこと。
SNSでみんなが叩いているから尻馬に乗ることとは真逆の行動です。
池上彰さんの「いい質問ですねぇ〜」というフレーズは、その質問が「本質」を問おうとしている時に発せられます。
なんでも問うのではなく、「何が本質なのか」を問う質問がいい質問なのです。
この質問をするには多少の訓練が必要です。
・・・・・・・
ずいぶん前置きが長くなってしまいました。
触れたことの繰り返しも多いですしね。
自分の意見を持つ能力、何が本質かを見分けるかの能力、これは哲学的な考え方で鍛えられます。
ぼくはチャットGPTが出てきた時から、ずっと利用してきました。
そこで気がついたのです。「AIは哲学的な考え方を鍛えるのにうってつけのツール」だと。
あ”ぁ〜〜また長くなってしまいました。
(その5)につづく。
