哲学的な考え方とは(その4) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、哲学は大事だと4回に分けて書いてきました。

 

いまはSNSによって個人の意見を自由に発信する時代です。

 

言論の自由という点では、それはとてもいいことである反面、何が正しいのか見えなくなってしまった時代ともいえます。

 

そんな時代だからこそ「自分の意見」を持つことがとても重要になります。

 

自分の意見を持つことで民主主義は成り立っているのです。

 

ただ意見を持つだけでは足りません。

 

正しい意見を持つ必要があるのです。

 

何が正しいかは自分で判断しなければなりません。

 

正しい正しくないは、自分で判断するところがミソなのです。

 

それは他人が判断することではないんです。

 

SNS上では自分が正しいとの主張で溢れています。

 

どこかの政治家だって自分のSNSに「True Sochial」なんてふざけた名前をつけて、嘘八百(フェイクニュース)を撒き散らしています。

 

実際のところ、自分で正しいかどうかを考えるのは簡単なことではありません。

 

大抵の人は、インフルエンサーといわれる人気者の意見を丸呑みにしてしまいます。

 

他人の意見に賛同するのはいいけれど、自分の頭の中のフィルターを通さず、そのまま信じ込んでしまうのが問題なのです。

 

そのために、リテラシー(読解力)を磨くことが大事なのです。

 

ぼくはリテラシーの大もとを支えるのは「哲学的に考えられる能力」だと信じています。

 

哲学と聞いただけで、拒否反応を示してしまいますよね。

 

小難しい哲学用語が山ほど出てきて、大体入り口で挫折してしまいます。

 

ぼくも挫折した一人です。(;^_^A

 

とてもじゃないけど、哲学者なんかにはなれない。

 

大学を出て哲学者になったとしても食えませんしね。

 

でも、哲学的考え方ができるよになるのは難しくはありません。

 

まず世の中の正しいとされている意見に疑問を持つこと。

 

SNSでみんなが叩いているから尻馬に乗ることとは真逆の行動です。

 

池上彰さんの「いい質問ですねぇ〜」というフレーズは、その質問が「本質」を問おうとしている時に発せられます。

 

なんでも問うのではなく、「何が本質なのか」を問う質問がいい質問なのです。

 

この質問をするには多少の訓練が必要です。

 

・・・・・・・

 

ずいぶん前置きが長くなってしまいました。

 

触れたことの繰り返しも多いですしね。

 

自分の意見を持つ能力、何が本質かを見分けるかの能力、これは哲学的な考え方で鍛えられます。

 

ぼくはチャットGPTが出てきた時から、ずっと利用してきました。

 

そこで気がついたのです。「AIは哲学的な考え方を鍛えるのにうってつけのツール」だと。

 

あ”ぁ〜〜また長くなってしまいました。

 

(その5)につづく。