哲学的考え方とは | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、哲学というと連想するのこのコマーシャル。

野坂昭如(故人)という型破りなオヤジが歌っています。

(若い人はご存知ないと思いますが、【火垂るの墓】の原作者です。)

 

♪♪ソ、ソ、ソラクラテスか プラトンか
ニ、ニ、ニイチェか サルトルか
み~んな悩んで大きくなった。

(女性コーラス)大きいわ 大ものよ
オレもオマエも大ものだぁー♪♪

 

最近はちゃんとした大人が少なくなって、若い人は自分の目指す大人像が描けなくて困っていると思いますヨ。

 

特に大国とされる国々の横暴な振る舞いを見せられると、なんだ「やったもん勝ち」じゃないかと思うのも仕方ないでしょう。

 

これについては先日のブログで触れました。↓

 

 

今回はこの続きです。

 

大人たちを今から叩き直すのは諦めざるを得ないでしょう。(^^ゞ

 

だったら、若い人たちをちゃんとした大人に教育する方がずっと近道じゃないかな?

 

ぼくの時代には「道徳」という科目がありましたが、なんの役にも立たないという記憶しかありません。(いまもあるのかな?)

 

道徳というと、倫理学、宗教、哲学、法学、儒教・・・と色々ありますが、ぼくは今こそ「哲学」の出番だと思っています。

 

哲学というと、小難しい学問だと思われます。

 

実際、野坂氏が挙げた哲学者の論理は分かりにくく、難しい哲学用語が溢れていて最初の段階で脱落してしまいます。

 

ぼくも例外ではありませんが。(^^ゞ

 

でもね、哲学を学問として理解しようとするのではなく、「哲学的なものの考え方」「哲学的なものの見方」はとても大切だと思うんです。

 

この歳になってようやくそんなことに気付かされたのです。

 

いま世の中ではSNS上でさまざまな主張が飛び交っていて、特に過激なものが好まれているようです。

 

中には、もっともらしい意見があります。

 

しかし、それって他人が考えたものでしょう?

 

参考にするのは構いませんが、やはり自分自身の意見なり主張を持つべきなのです。

 

そこで重要なのが、「哲学的な考え方」です。

 

哲学的な考え方って何でしょう?

 

それは常識的なことでも疑問を持つことです。

 

他の人たちが考える主流の意見に「本当かな?」と疑問を持つ態度です。

 

ほとんどの大人は「分かったつもり」で終わらせているのです。

 

よく見てみると、自分の意見ではなく「他人の意見の寄せ集め」なんですね。

 

これが危険なことくらい簡単に分かりますよね。

 

例えば、狂信的なMAGAの連中はトランプの言葉に乗せられているだけじゃないですか?

 

SNSは、そういう誰かの考え(それもド素人の)を拡散するパワーがとても強いのです。

 

情報を正しく理解する能力という意味でリテラシーなんて言葉を使いますが、ぼくはそんな難しい言葉より「哲学的な考え方をする能力」という方がずっと分かりやすい。

 

では、哲学的な考え方ってどんな考え方なんでしょうね。

 

何でもかんでも疑問を持つなんて、幼児が「・・・って何?」を永遠に繰り返すことと同じです。

 

哲学的な疑問とは、「この問題の本質は何だろう?」と考えることです。

 

ロシアは何でウクライナ戦争を始めたのだろう?

何でウクライナ人はロシアを相手に5年以上も戦い続けられるのだろう?

トランプは何で一方的にイランを攻撃したのだろう?

イスラエルはどうしてガザで虐殺を繰り返すのだろう?

何で中国はレアアースを戦略武器化するのだろう?

・・・・

 

ちょっと扱いにくい例ばかりですが、いくらでも疑問が出てきますよね。

 

その理由を考えると、歴史、宗教、経済、地政学、政治などさまざまな切り口が見えてきます。

 

例えが大きすぎましたが、電気自動車、コメの値段、円安、台風の動き、ガス爆発・・・何でも疑問が出てくるでしょう?

 

ただ疑問を持つだけではなく、どこに本質が潜んでいるか、その着目点が大事なのです。

 

そして、その疑問に自分なりの納得の仕方をするのです。

 

もちろんそれが最終地点ではありません。

 

いま、この時点ではそう納得できた。

 

その納得の仕方に固執するのではなく、変わって当然という自由な態度を取ることです。

 

じゃあ、哲学的な考え方をどう子供達に教育するかに移ります。

 

また長くなったので、つづく。