・・・・・・・っということで、自分のことは高い棚に上げて言いますが、大人は子供にちゃんとした姿を見せなきゃならない。
親の背中を見て子供は育つというのと同じです。
今の時代を見ていて心配なのは、ちゃんとした大人っているのかなぁ〜?です。
具体的には言いませんが、現代は法や国際秩序がかなり発達したにもかかわらず、「力を持っている者は、力によって事実を作り、その後から理屈をつければいい」という現象が世界中で多発していませんか。
とくに大国と言われる国の振る舞いには目に余るものがあります。
「違法かどうか」より「勝てるかどうか」
「正しいかどうか」より「力があるかどうか」
大人が「力のある者はルールを超越していい」という態度を見せれば、子供にも同じ発想が降りてくる。
「あいつだってやっているじゃないか」・・・ってね。
・・・・・・・
古代中国には諸子百家という知者集団がいました。
儒家 → 人間の道徳を整え、君臣・親子などの秩序をつくる
法家 → 人間の善意を信用せず、法律と賞罰で統治する
道家 → 国家があまり人間をいじくり回さないほうがいい
墨家 → 「兼愛」によって争いを減らす
兵家 → 国家間の争いまで含めて、どう生き残るかを考える
(以上、AIくんの助けを借りています。)
どうやったら国を統治できるか、それぞれの主張をしました。
今は民主主義で落ち着いているように見えますが、民主主義に見せかけた権威主義の国が猛威を振るっていてタチが悪いですね。
結局のところ、現代は法家(韓非子)の主張通りのようですね。(^^ゞ
民主主義の根本にあるのは法です。
その法が無視される世の中を見たら、韓非子は嘆くでしょうね。
こういう悪しき動きは阻止しなければなりません。
民主主義は読んで字の如く、国民に主権があるとするシステムです。
これは国民が賢い(少なくとも馬鹿じゃない)という前提で成り立っています。
むかし【国家の品格】という本がベストセラーになりましたが、今の世界は品格のない国がのさばっています。
どこの国とは具体的には書きませんがね。^m^
国家に品格がないということは、国民に品格がないということです。
じゃあ、どうやったら国民を底上げできるか?
次の世界を担う子供に頑張ってもらうしかないですね。
それを実現するのは教育でしょう。
倫理学、宗教、哲学、法学、儒教・・・と色々ありますが、ぼくは「哲学」の出番だと思っています。
おっと、悪い癖で長文になってしまった。
・・・つづく。
