・・・・・・・っということで、このシリーズ今回で最後にするつもりでしたが、哲学を語る上でソクラテスに触れないわけにはいきませんね。
ソクラテスは若者たちを惑わしたという罪で死刑(毒を飲まされる)になりました。
ぼくが彼のエピソードで深く印象に残っているのは、死刑になる直前まで彼の弟子たちが牢獄に集まり哲学的な「対話」をしていたことです。
押しかける弟子も弟子ですが、それに対して最後まできちんと応対したソクラテスもソクラテスです。
そこでAIくんに死に至るまでの経緯を質問してみました。
【AIくん】
-
国家が認める神々を信じず、独自の新しい神々を導入していること
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若者たちを惑わし、堕落させていること
という2つの罪で告発されたこと。
ソクラテスは、弁護士に頼らず自ら弁明したこと。
(ソクラテスの弁明)
世間で「知者」と自負する人々と対話を行い、彼らが「知っているつもりで実は何も知らない」ことを無知の自覚(無知の知)を通して暴いてまわっただけだと。
弟子たちが脱獄の手筈を整えても彼はそれを断り、裁判の判決が不当なものであったとしても法は法であり、自分もその恩恵を受けていたのだからといって、迷いなく毒の盃を飲み干したこと。
【ぼく】
ソクラテスは自分の考えを文章として残さなかったのはなぜでしょう?
プラトンなど弟子の記述によるしかないのでしょうか。
【AIくん】
ソクラテスはこう考えていました。
- 文字は「生きている言葉」ではない
- 誤解されやすく、対話ができない
- 「書くこと」への依存が記憶力を弱める
【ぼく】
文字として残さなかったのは、孔子もイエスも同じですね。
主に門下人が回想して書いている。
たぶんソクラテスもそれを見越して、わざと文字にしなかったと思うんですがどうでしょう?その方が神格化されるから?
【AIくん】
とてもスリリングで魅力的な見方ですね。
生きた伝説としての不滅性、あるいは弟子に師を超えることを促していた可能性。
しかし、ソクラテスにその意思があったかは疑問。
まず、自分を特別な聖人と考えていなかったこと。
次に、知の伝達は、あくまでも口承(オーラル)と考えていて、哲学とは「今、目の前の相手と語り合うことの連続」であり、後世のためにアーカイブを作ろうとは考えていなかっただろう。
【ぼく】
確かに文字となった時点で、そこで思想は一旦止まってしまいますからね。
彼は無知の知を実践するには継続的に対話し続けなければならなかった。
これは必然であって、停止は不可能だったと考えられますね。
いっぽう、文字を持たない文明は実に脆弱であることも知っていたはず。
彼が文字の力を疑っていたとは思えないんですが。
【AIくん】
1. 紀元前5世紀アテナイにおける「文字」の爆発的普及について。
2. 「文字を疑った」のではなく、「文字の限界と魔力」を恐れたのでは。
ソクラテスは、文字の力を軽視していたから書かなかったのではなく、「文字にするにはあまりにも哲学がダイナミックであり、生きてうごめくものだったから」こそ、自分の手で書くことができなかった――そう考えると、彼が最後まで「問う人」であり続けた理由が、より鮮烈に浮かび上がってくるように思います。
【ぼく】
今回の対話は哲学とは言えないでしょうが、哲学的な展開であったことは確かですね。
いろいろ気づかせてくれてありがとう。
・・・・・・・
以上、引用が長くてここまで辿り着いた人はいないでしょうが、これでも随分省略しています。
なぜ長々と引用したかというと、「AIとは哲学的な対話ができる」ことを証明しかったからです。
今回のシリーズの目的はここがポイントです。
対話とはソクラテスが哲学の根本に置いていた手法で、「無知の知」を極めようつする限り、停止は許されないのです。
ぼくは哲学について無知ですが、このAIとの対話によって、今回のテーマ「哲学的な考え方」を理解していただけたと思いますがどうでしょう?^m^
もうお気づきでしょうが、ぼくはAIくんをかなり「誘導質問」しています。
多少なりとも、ソクラテスの死について予備知識があったからです。
しかし、この対話を通じて、哲学についての認識をさらに一歩進めたと思っています。
・・・・・・・
次回こそ本当の最終回、教育へのAIの利用を提案します。
・・・つづく。
