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アツキココロ

広島県在住の経営コンサルタント・児玉学の熱血ブログ。

13回「社内SEの功罪」

 IT経営(情報技術の適正な利活用で、ビジネスを効率化し高い付加価値を創造する経営手法)を推進する企業は、年々増えています。その情報システムの開発方法については、社外のシステムベンダに委託する場合と社内の情報システム部で開発する場合の、2つに大別されます。どちらにもメリット・デメリットがあり一概に良し悪しは判断できませんが・・・。

A社は大正年間創業の老舗卸。この会社の情報システムは、十数年前から一貫して社内SEが作製・構築してきました。この社内SEは情報システム関連会社からの転職組で、現在50代半ば。30代の時に縁あってこの会社に入ってから以降、ずっと現在の社内システムを組んできました。社内のある取締役は、彼を「こちらが依頼すると、何でもすぐに作ってくれる」と大変評価しています。別のある部長は「彼は全く部下を育てず、社内システムをブラックボックス化している」と批判しています。どちらも事実なのですが、問題は、この会社のシステムが我々の見る限り「単に手作業業務をコンピュータに置き換えただけ」にしか見えないこと。「何でも作ってくれる」というのは頼む側からすると大変ありがたい訳ですが、その内容が全て「部分最適」な場合には、出来上がったシステムは個々バラバラになりがち。開発を重ねれば重ねるほど、逆にどんどん「全体最適」からは遠ざかっていくことになります。将来性に危惧を抱いた現在の経営陣は、2年前に新たな若手のSE候補を採用しました。しかし、この優秀な新人さんも悩んでいます。曰く「(50代SEに)現システムの内容を質問しても、何も明確な答えを返してくれない」とか。50代SEに悪意は無いのかも知れませんが、要するに自分でも良く分からない複雑なシステムになってしまっているのでしょう。

 一方のB社。某地方でサービス業を営む新興企業。若い創業社長が、積極的に事業を進める傍ら、情報化にも熱心に取り組んでいます。あるサブシステムの開発を手掛けた縁で、外部ベンダの「営業職」(SEやプログラマではなく、営業の人、です)をスカウトし、自社SEに据えました。当然、バリバリのSEではありませんから「つくる」のは勉強しながら。しかし、この会社の社長は言います。「彼はビジネスの本質が判る人間だったから、走りながらでもモノになる」。こうして、社長と青葉マーク入りSEの二人三脚がスタート。完全なものは最初からあきらめる。常に進行形で「あすなろ」の精神発揮。走りながら徐々に完全に近づけていくという情報化を進めて行った結果、今では同業他社が絶賛するオリジナルシステムを構築。しかも、素晴らしいのはその「シンプルさ」。小難しいシステム理論を排し、出来るだけ本質を追究していった結果、こうなったのでしょう。

 社内SEを重宝する企業からよく聞く言い分は、「(外部ベンダより)社内の人間の方が自社の業務をよく理解している」ということ。・・・現場重視は良く分かります。でも現場スタッフが業務の「本質」を見通している、というのは勘違いです。私の知る限り、社内SEは意外とシステム開発の「本質の部分」が分かっていない。「構想する・設計する」と言うのは「業務の本質を理解」していないと、出来ません。実際にプログラムを「つくる」作業とは、根本的に違う能力が必要なんです。

12回「戦略とは、優先順位づけ」

 政治改革でも経営改革でも言えることですが、「あらゆる課題」を「いっぺんにやる」と言うやり方は、一見華やかですが実際は失敗する確率が高いものです。何もかも出来ると思うのは、「思い上がり」か「考えが足りない」かのどちらか。実際に成功するパターンは「やるべきこと」の優先順位をつけ、そのときに出来ること、先に解決すべきことだけに絞り込み、集中して確実にこなしていくやり方なのです。しかし、その優先順位付けの大切さを見誤ると・・・。

 A社は新興のベンチャー企業。建材商社から始まり、勢いに乗って自らが建築業へも進出。独自の製品も開発し、まさに飛ぶ鳥を落とすような成長ぶりでした。その企業の実行策に、優先順位は無し。「市場開発・顧客開拓」も「新商品開発」も「ヒトづくり」も全て同時進行。創業社長は「走りながら組織を創る」が持論でした。社内はとにかく活気に溢れていましたが、しかし、創業3年目にあっさり倒産。ベンチャー企業は、勢いに乗っているときは良いのですが、何もかもいっぺんにしようとするとすぐに経営資源の欠乏によって立ち行かなくなるものなのです。

 逆に老舗機械メーカーのB社。現社長の祖父の代から地道にモノづくりに励んで来た地域企業です。そんな田舎ののんきな企業に、突然「労働組合」が発足。労働者の権利を声高に主張する労組に与し、それまでの「職人気質の従業員による、昼夜をいとわない熱心なモノづくり」が強みだったこの企業は「大手企業並みの労働基準法優先」に変わりました。もちろん、遵法は大事。ヒトを大事するのも経営の要諦。でも競争原理上、必ずしも優先順位が一番とは限らないことも多いのです。この企業は、法優先にした結果、残念ながら競争力がみるみる落ちて行きました。企業体力を失った会社を、労組はどうすることも出来ません。彼らは一体何を得たかったのでしょう?・・・正に「角をためて牛を殺す」式になった訳です。

 一方、C社は大正時代から続く歴史ある製造業。創業から50年間は日本のトップメーカーとして、ある製品を専業で作ってきましたが、中国等の台頭で国際競争力は大幅低下。そこで、3代目社長が業態転換を決断。着々とその準備を進め始めました。社長の「新事業優先」の方向付けに、多くの古参社員が不安と不信にとらわれて退職。代わりに新規事業のために新たに雇い入れた社員達は、玉石混合。中には、自らの立場も忘れて古参社員と結び陰で社長の悪口を言い出す者も出る始末。でも、この社長はくじけなかった。苦しいながら、しっかりと経営資源を新規事業分野に振り向け、どんな障害があろうと優先順位を変えない。その首尾一貫ぶりが徐々に残った社員の頑なな気持ちを溶かし出し、組織風土は確実に変わりました。現在、新規事業は成功し、創業事業からは完全撤退。新事業の有力メーカーとして日本国内にとどまらず、海外企業との提携を推進するなど、グローバルな展開を図っています。

ちなみに私は、その会社の新規事業立ち上げ期に人事労務担当コンサルとして「社員モラールサーベイ」を実施しました。当時の社員達の驚くほど低いモラールアンケート結果に唖然としましたが、それを見て言った社長の言葉は今でも忘れません。「実行が先。モラールは後から付いてくる」。それまでとかくアンケート結果の数値をかざし、これ見よがしに「社員のモラールを上げましょう」という指導をしていた私は、戦略の持つ「優先順位付け」の重要性について、このとき大いに学んだものです。

11回「隠さないことの重要性」


 前回、「仲間づくりに長けた企業が伸びる。そのヒントは“自らの情報を隠さない姿勢”にある。」と書きました。なぜ、「隠さない企業」は仲間を創ることができるのか?それは「情報の非対称性」という、経済学でよく取り上げられる「壁」を打ち破ることにつながるからです。



「情報の非対称性」とは、取引や交換の場における参加者の間で、それぞれが保有する情報量に差が存在することにより、取引や交換の実行・効果に歪みが生じる状況を言います。例えば「中古車販売」では、売り手はその中古車の実情をよく知っていますが、買い手は外見でしか判断できない、即ち売り手と買い手の間に情報の格差がある状況です。情報優位の売り手が、その情報格差を使って自分に有利な契約(実情より高価格での販売契約)を結んだとします。この場合、一見売り手が得をしたように見えますが、長い目で見ると買い手は「中古車は購入価格に比べて品質が悪い」という経験値を積むことになり、やがて中古車の値段に対し不信感を抱くようになります。そうすると売り手の言い値では買い手がつかなくなり、結局売り手は言い値どころか適正価格をも下回る値段でしか売ることが出来なくなります。このように情報の非対称性は、市場の失敗要因となる事象です。いまや「情報」は、経営資源の中核に位置付けられるくらい重要な要素です。しかし、この資源は、他の資源と違い「保有することそのものより、むしろシェアすることでその価値が高まるもの」なのです。


 

前回ご紹介したB社の社長は、情報を隠さないことで、仲間(候補)との間の「情報の非対称性」を自ら打ち破って見せているのです。ここには当然リスクも存在します。相手は一種のライバル。自らは情報をさらけ出したものの、相手は情報を出さない、という可能性も大。さらけ出した自社の情報を、悪用する可能性だってあります。でも、B社長はそのデメリットを補って余りあるメリットを信じ、追求しているのです。



B社の隠さない姿勢は、金融機関との間でもメリットとして遺憾なく発揮されています。この会社は、毎年新たな期に入るとき「経営方針発表会」と言うものを開催し、必ずその場へ取引金融機関も招きます。発表会時に配布される経営方針書には過去・現在・未来の数値データが入っており、企業情報はほぼフルオープン。取引金融機関に、企業情報は筒抜けです。業績が良い時は問題無いかも知れませんが、落ち込んだ期などは正直難しいことになりかねません。しかし、B社長のぶれない姿勢を知っている取引金融機関は、たとえ業績が落ち込んでも友好的姿勢を変えません。金融機関が最も嫌がるのは、情報の非対称性。融資先の業績悪化はもちろん好ましいものではないでしょうが、むしろそんな時こそ金融機関の存在価値は高まる訳です。その時の対応は、与えられた情報が「正しいかどうか」にかかっています。正しい情報を与えられているという安心感が、次の協力体制を生むのです。



金融機関と上手く付き合えていないという企業は、一度自社の「隠さない度合」を見直した方が良いですよ。えっ?以前、正直に全てを出したら融資を全額引き揚げられたことがある?う~ん、長い目で見ればそんな金融機関はやがて潰れる運命にあるはずなんですが・・・。金融機関と中小企業との間の情報の非対称性問題は、実は長い・重い歴史が続いているのです。でも解決の糸口は、やはりB社長の「まず自らがさらけ出す」姿勢しか無いんじゃないでしょうか?






10回「仲間づくり」




 「つながっていれば、出来ないことはほとんどない。ばらばらなら、できることはほとんどない。」第35代アメリカ大統領・ジョン・F・ケネディの言葉です。企業経営上、社外ネットワークの重要性は言うまでもありません。特に、経営資源に乏しい中小企業にとっては「仲間づくり」の巧拙がその企業の存続すら左右する、と言っても過言ではありません。



 H市の繁華街にある地下街「S」は、開業以来ずっと低迷が続いています。低迷の理由は色々ありますが、私はこの地下街最大の欠点を「周囲のビルの地階とつながっていないこと」だと判断しています。Sの工事が進捗していた当時、私はその近隣で再開発計画に携わっておりました。再開発ビルを活性化させるため地階でS地下街との連結を計画しましたが、Sは「うちと地下でつなぎたいならカネを出せ」と言ってきました。単なる工事費ではありません。連結負担金、という名目の上納金です。確かに壁で済むところを出入り自由な空間にするには、多少はおカネがかかるでしょう。でも、連結はそれ以上の効果をもたらします。周囲のビルの地階と結ぶことで、利便性が高まり空間的な広がりも生まれるため、双方にメリットが生じるのです。それを、何を勘違いしたか「相手方に一方的に負担を強いる」とは・・・。全く逆の発想です。自社が儲けたければ、まず周囲にも「儲けていただく」姿勢が必要。この例では、極論すれば「Sの方がおカネを出してでもつないでいただく」。百歩譲っても、「お互いに負担をシェアしながら目的を達する」という気持ちが大事です。私たちはSと粘り強く交渉しましたが、3セクでガチガチのSは聞く耳持たず。結果的に完成したS地下街は、今でも他の周囲のビルとほとんどつながっていません。独自の出入口(しかもエスカレーター無しで階段だけの箇所も多い)が地上の歩道上にポツンポツンとあるだけの、妙に拡がりの無い「地下通路」と化しています。自社の目先の利益ばかり考えて「周囲とのつながりの大切さ」を無視する企業は、大きな利益を生み出すチャンスを失いやがて衰退していくのです・・・。



 えっ?仲間はたくさんいるはずなのに、うちの会社は儲からない?そりゃ、「仲間」の意味が違うのだと思います。ここで言う「つながりを持つ仲間」とは、「仲の良い友達」じゃないんです。どちらかと言うと、一見利害関係が反するような、一種の「ライバル」的存在です。これを、どう仲間に引き寄せ一緒に高め合う体制を構築するか?私の親しいある経営者は、今全国にどんどん「高め合う仲間」を増やしています。あるとき、同業のライバルたるお仲間に聞きました。「なぜ彼と、つながりを持つことになったのか?」お仲間の答えは単純明快でした。「こんな時代に、彼は何も隠さず裸で飛び込んでくるから」。先に与える。先にどんどん情報を出す。情報を丸裸で出されたら、返さない訳にはいかない。どうも、ここらあたりにヒントが隠れているようです。「情報セキュリティ」も大事なんですが、隠すばかりが能じゃない。隠すのが普通の時代に、「隠さない」ことも実はすごく大切なことなのですね。




<ここがヘンだよ、日本の中小企業>

9回「兄弟は他人の始まり」

中小企業では、親族経営が圧倒的多数を占めます。創業者・初代が健在な間は、親族としての結びつきが「良い面」に働くケースが多いのですが、事業承継を経て2代目以降になると徐々に問題が露呈してきます。特に多いのが「兄弟間の争い」。私が過去15年間コンサル現場で見てきた経験から申し上げますと、「兄弟が同じ会社にいた例」は実に数多いですが、その中で「事業承継後も仲良く協力し合いながら事業を行っていた」例は・・・わずかに「1件」のみ!他は大なり小なり兄弟間の問題が生じていました。

A社は、創業社長亡き後、3人の息子がそれぞれ上から順に社長・副社長・専務として会社の経営にタッチしていました。そんな会社から、私どもに相談が上がってきました。相談者は副社長の次男と専務の三男の二人。内々に、というその内容は「長男である現・社長が、創業者の父亡き後社業をまともに行わず、遊んでばかりいる。我々弟二人が何とかすれば良いと考え今まで耐えてきたが、エスカレートするばかりで他の社員にけじめがつかず最早限界。兄を社長から退任させるよう、手伝ってもらいたい。」確かにこの社長、チャランポランな性格。社業そっちのけでゴルフや飲み歩き三昧。それに反し、弟2人は極めて優秀。誰の目にも明らかでした。何で最初から弟さんが社長を継がなかったのか?私が問いかけると「オヤジ(先代の創業者)も兄のチャランポランさを常に気にしていたが、まあ長男だから、と。」この会社、同族会社ではありましたが、親族以外にもたくさんの社員を抱える地域でも評判の優良企業。そんな会社の創業者でも、後継問題では目が濁ったようです。まだまだ、長男を上に序す慣習は根強い。結局、我々外部コンサルが「経営改革」の名のもとに、社長の退任を勧告。普段はチャランポランな社長もこの時ばかりは猛烈に抵抗を示しましたが、結局社内で誰も退任に反対する人がいなかったので、最後はひとりぼっちで引退。ただ長男だというだけで社長の地位に就いた凡庸な経営者が、その弟たちに見限られた果ての悲しい内紛劇でした。

逆にB社は、後継者の兄が優秀で弟が凡庸だったのですが、「ダメな子供ほど可愛い」の例えがあるように、創業者の妻・即ち兄弟の母親が健在で、何かにつけてことごとく弟の肩を持ったために起きた悲劇。兄の社長は、時代の流れを読み、常に先へ先へ手を打つ。しかし、保守的な弟は何をやるにつけても「反対」一色。社長は兄が継いでいたのですが、大株主は創業者から配偶者相続を受けた母親。次男を溺愛する母親がしばしば意味もなく「反対」に回るため、やりたいことが組織上スムーズに出来ない兄。しびれを切らした彼は、社長でありながら、とうとう別会社を自分で創って出て行ってしまいました・・・。

創業者は優秀ですから、次の世代がひ弱に見えて仕方が無い。そんな気持ちから「一人よりも兄弟で力を併せて」ということになるんだと思いますが、創業者は自分が居なくなった後の兄弟感情のもつれに、もっと気を配る必要があります。歴史をひも解いてみても、毛利元就の3人息子が有名なのは逆に言えば「珍しい例」だからだ、と言えます。

<ここがヘンだよ、日本の中小企業>

8回「借金との付き合い方;その5

赤字に「良い赤字」と「悪い赤字」があるように、借金にも「良い借金」と「悪い借金」があるんです。悪い借金は、これまで例に上げてきたとおり

最初から返済とセットになっていない借金

見栄や外聞を保つための借金

大事な人間関係に亀裂が入る借金

3つです。良い借金は、その逆だと考えてください。

こうして見ると結局、「良い借金」と「悪い借金」を分けるポイントは「リスクとリターンのバランスを見極められるかどうか」だということが分かります。返済はリターンそのものですから、リターンがセットになっていないリスクテイクは本来あり得ない。にも関わらず多くの企業で①のような借入が行われているのは、インフレ時代の悪しき感覚が残っているからとしか言いようがありません。②は、「見栄や外聞を保つこと」のリスク度合いと、「借金を重ねること」のリスク度合いの高低判断が間違っている訳です。③に至っては、人間関係が事業にもたらす影響の大きさをまるで理解してない「経営者失格行為」ですが、これは「おカネという存在がもたらす恐ろしさ」の裏返しとも言えます。誰だって、本当は人間関係の大切さを分かっているのです。でも、目先のカネが無いとなると突然「何が何でもカネを用意すること」が優先されてしまうのです。この心情は、経営に携わった経験のある人ならば誰でも一度は味わったことがあるでしょう。しかし、その誘惑に負けると、調達したはずのおカネにはリスク、いやもっと大きな「悲劇」が背中合わせでくっ付いてくるのです・・・。

最後は「リスクとリターン」という、資本主義経済の根本のお話しになってしまいましたが、その原理原則さえ見誤らなければ借金は問題無いわけです。借金の世界はどれだけ複雑な商品であっても、結局「リスクとリターン」の2つの側面しかないのですから、経営者が理解できる範囲での「リスクテイクとリターンバック」を行うことです。

経営者に求められる本当の仕事は、おカネを遣うことですから、カネ遣いがうまくないと企業のトップとしては失格です。しかし、間違えがちな経営者は「投資の勇気」ばかりを誇張します。本来投資は「勇気があるかないか」の問題とは違います。「入を図って出を制す」、即ち「投資対効果」とか「リスク対リターン」の2つの側面を冷静に考えて、そのバランスで判断すべきものなのです。大事なセンスは結局「家計」と同じです。ですから、財務がおかしくなると、主婦の知恵が結構生きてくる。夫の社長さんが、借金を重ねた挙句それでも「投資の勇気を」と声高に叫んでかえって墓穴を拡げる。で、止むなく奥さんが出てきて、これを何とか地道に改善していく。事業の中身は良く分からなくても、収支のバランスをとることにかけては長けてるんですね、これが。まあ、長い期間継続して経営を行うのは難しい場合もあるでしょうけれども、立ち直りのきっかけづくりは主婦の知恵が勝る例が多いようです。

ある破たん寸前企業で、事業の素人主婦がダンナに代わって社長となり金融機関との交渉をまとめ上げたのですごいな~と思いヒアリングしてみたら、良い事を言ってくれました。「私はリスクをとる(=テイク)ことなんて出来ません。ただ、目の前にあるリスクを何とかしようとした(=コントロール)だけなんです。」(※括弧書きは著者注釈)なるほど。リスクって、テイクするモノじゃなくってコントロールすべきモノなんですね。含蓄のある言葉です。

7回「借金との付き合い方;その4

 一番良くない借入は、「(金融機関以外の)友人・知人からの借金」です (当然ながら高利貸しからの借り入れは除く)。金融機関はその道のプロですから、何だかんだ言ってもしっかりリスク管理しています。リスクとリターンとのバランスを計算し、それに応じた担保や保証をとって貸し付けていますから、返済が滞っても次のリスク(新たな融資)を背負ってくれなくなるだけ(?)で済みます。担保にすぐに手をつけることも、まずありません。一方、知人・友人には通常「融資の専門知識」はありません。皆、「お金のやり取りに関するリスクとリターンの厳重管理の重要性」を理解しないまま、必要な担保も取らずただ「情」だけで貸し付けています。少人数私募債や擬似私募債のように「具体的な投資・回収計画がある中で、私募債購入する側もリスクとリターンとの関係を明確に理解した上で行う貸し借り」ならば基本的に問題ありませんが、こういった例はまだまだ少数派でしょう。

金融機関が相手にしてくれなくなった段階で、情に任せて縁故関係に借入を頼み始めると、最悪倒産した場合その悲劇が人脈にまで波及します。不謹慎ではありますが、企業経営の良いところを一言でいえば「会社が倒産しても命まで無くなるわけではない」ことにあります。もちろん、倒産すれば金融機関に迷惑はかけますし、大なり小なり取引先にも迷惑をかけるでしょう。もう同じ商売は出来ないかも知れません。しかし、又、別の仕事を見つけて一から始めれば良いのです。その時生きてくるのが「人脈」です。人脈さえ大切にしていれば、再起も可能というモノです。でも、その人脈に金のトラブルが絡むと、もはや再起不能となってしまいます。

ある企業で、社長の奥さんが胸を張って言いました。「社長が『もう金融機関が貸してくれない』と落ち込むものですから、私が代わりに知人・友人を回ってお金をかき集めてきました」。・・・・・、え、いくら?「○千万円です」。おいおい、半端じゃない金額じゃない?それ、どうやって返すの?「もちろん、私も社長と一緒になって頑張り、利益を上げてそれで返すんです」。って、奥さん、もうここ何年も会社赤字だよ?なぜ、金融機関が貸さなくなったか、もう一度良く考えてよ。・・・金融機関に示す再生計画を構築しようとしていた矢先です。私は内心「困ったな~」と思いながら横の社長に目を向けると、「まあ背水の陣、といったところですな。」となぜか笑みまで浮かべてる・・・。いや~楽観主義は悪くなんだけど、単なる開き直りで何とかなるほど世の中甘くないんだよな・・・。しかも知人・友人から借りられたことを「誇っている」・・・。明らかに間違ってます。確かに、こんな多額の資金を無担保で融通してくれる友人・知人がいるのが、この社長夫婦の強み。この人脈こそが最大の財産。即ち「お金以上の存在」なんです。なのに、事業をやってると目先のお金の方が大事に見えてきてしまうのです・・・。これが借金の怖いところです。そんな大事な財産を「たかが借金ごとき」で失う例のいかに多いことか。人脈無くしたら、中小企業の事業再生はまず無理です。逆に、お金が足りなくて事業に失敗しても、人脈を守ったおかげで立ち直った人はたくさんいます。順番を間違えてはいけません。プロの金融機関が貸さなくなってから知人・友人に借りちゃダメ。知人・友人に借りるなら、金融機関より先。いざという時には、金融機関から代わりに借りて知人・友人に返せる、そんな段階までです。人脈を守ることこそが、経営者にとって最大の「リスクヘッジ」なんです。

6回「借金との付き合い方;その3





 賞与や税金のように「先に借入が生じるのはおかしい借金」は、結局資金繰りに良い影響を与えることがない、というのはすぐにお分かりいただけると思います。しかし、一般的な投資資金・運転資金でも、ある一定限度を超えるとおかしな借金になるようで・・・。




 「借金を全部返す?そんな馬鹿な・・・。」私が現状分析をし、「10年後の借入金全額返済」を前提に再生計画を組みたてようと提案したとき、某企業の会長が吐き捨てるように言った言葉です。3代目であるこの会長はこのとき齢60歳を超えたばかり。長引く経営不振の責任をとり、まだ20代の息子に社長の座を譲ったばかりでしたが、実質的には当時もバリバリの現役トップ。30年間にわたりこの事業に邁進してきたその会長の一言を聞いて私は、こう考えました。「10年後に完済、という『時間軸』にビビったか・・・?」確かにこの企業の借入金は企業の規模から言って過大でした。年商と借入金の額が同じ。優良企業の証と言える「経常利益率10%」を確保しても税引後利益は6%程度になります(法人税の実効税率;約40%)。減価償却費を考えず税引利益だけを返済原資にするならば、完済まで17年はかかる計算になります(100÷616.7)。だから時間的に「10年では難しい」という意味かと思ったわけです。しかし、この会長の言った意味は違いました。「借金を全部返す、という概念は経営を知らない人間の考えだ。金融機関は貸すのが仕事だし、今はもっと借り入れないと事業が前に進まない。借入金はあるのが普通だし、それを無くすという発想自体ナンセンスだ。」・・・・。この借金に対する絶対的な肯定論。借金の過大さに対する危機感の絶対的な欠如(!!)。

 

 そもそも私がこの企業の再生にあたったのは、この企業のメインバンクからの依頼でした。メインバンクは「この企業は当行にとって、『貸し過ぎて倒せない相手』なんです。それを知ってか知らずか、経営者がちゃんとした返済計画を立ててくれなくて・・・。ただただ『追加融資をしろ』の一点張りで、困ってるんです。」と言っていました。このような「貸し過ぎて倒せないので支える」という金融機関の好意(?)に甘える企業側の言い分はいつも決まって「貸し手責任もある」です。借り手責任(すなわち企業側の責務)は、どうやら借金がある一定限度を超えると消滅してしまうようで、借入過多、再生案件の企業の「理にかなわない傲慢ぶり」はたまに見かける光景です。「返せない」と居直ったときから、逆に「貸し手」を脅すような雰囲気まであります。しかし、借金の全額返済を前提に再生計画を作らない限り金融機関はテーブルに乗ってくれません。全額返す過程で、また新たな借り入れも可能となるのです。金融機関も人の子。「返す」つもりのない人に又貸す、ということはあり得ないんです。この企業の場合、元々は新工場建設という前向きの借金がスタートでしたから、運転資金の目途さえ付けば実は10年で完済の計画もまったくの夢物語じゃなかったんですが・・・。借金に対する価値観が違うと、まとまる話もまとまらない。そんな典型例です。




5回「借金との付き合い方;その2



 借入が「悪」だなどと言う気は、毛頭ありません。資金調達無くして事業は成り立ちませんし、金融が経済活動の命脈だというのは明らかですから。言いたいのは「良い借入」と「良くない借入」があるということです。良くない借入のひとつが、前回申し上げた「賞与」のように、本来利益の再配分であるべき資金を先に借り入れてしまうこと。これ、順番が間違っています。こういう借入を行うところは、やむにやまれずという場合もありますが、大概「業績が良かったときの会社の基準にいつまでも合わせている」場合が多い。あるいは、変に社員に遠慮している。きつい言い方をすれば、会社としての「見栄」のためにどんどん自分自身の首を絞めてる。だいたいこんな企業に限って、利益は思うように上がらないものなので、返済は苦しくなる一方です。



次に良くないのが「税金支払いのための借金」。一番多いのが、消費税支払いのための借金です。決算・申告期まで「預かっている」だけのはずの「仮受消費税」が資金繰りの中に埋もれ、いざ払う段になるとまとまった金が無くなってる。で、仕方なく借入を起こすわけです。「だって先生、お金に色が付いてないんですから。目の前にあるキャッシュは普通つかっちゃいますよね~。」って、お金に色がついてないのは他の資金も同じことじゃない?仕入資金とか給与資金とかは絶対に確保するくせに、なぜか消費税には無頓着。だから制度的に「予定納税」なんかの措置も取られてるわけですが、それでも意識は薄い。恐らく決算期に仮受と仮払いが相殺されることを勘違いしてるんじゃないか、と思う訳です。「赤字だったら消費税は戻ってくるんじゃないです?」とか聞く経営者もいます。う~ん、大きな不動産投資もしてないのに仮払いの方が多くて消費税が戻ってくるようだと、そりゃ事業そのものが危ない。特に仕入控除の対象外である「人件費」の比率が高いサービス業などでは、まず間違いなく「消費税は預かり超過」になりますから。後であわてないよう、しっかり自分で色を付けて管理してください。そうしないと、返すあての無い借金に足を踏み入れることにつながります。



一番厄介なのは、本来赤字なのに金融機関や取引先向けに粉飾決算し、法人税や所得税(個人事業)を支払う際にキャッシュがなくって借入に頼る場合です。気持ちは分からないでもない。金融機関も杓子定規ですから、ねえ~。赤字じゃ貸せないって言いますもんね~。でも度合ってもんがある。私の知っている事例では、前年まで10年連続高額納税者として名をはせたある個人事業主が、ある日突然多額の借金を理由に破たんしました。悲しかったのは、破たん時の借金総額と10年間の納税額がほぼ同額だったこと。一体なぜそこまでして税金を払い続けたのか?何を守り何を優先した結果なのか?本人が雲隠れしてしまったので真相は謎のままですが、確かに残ったのは「税務署の表彰状」だけ、というお話でした・・・。



4回「借金との付き合い方;その1」



借金も大きな意味で資産の一部、借金できるのは信用力がある証、など、企業経営における借入金には何となくプラスイメージもあります。特に中小企業においては、直接金融などの資金調達手段は実質的に難しく、借入に頼らざるを得ない現状からその位置づけが重くなるのは仕方ありません。しかし、それでも借金は借金。その枠組みを知らずに経営をしている企業の何と多いことでしょうか?



「そろそろ賞与の支給時期なので借入の手配に入りたいんですが、どこの金融機関にしましょうか?」お付き合いが始まったばかりのA社長から、比較的のんびりとした口調で電話がありました。「え~っと、金融機関の選定は良いんですが、その前に『なぜ賞与資金を借り入れるのか』ご説明いただけませんか?」私が尋ねると、「なぜって?賞与は毎年銀行からお金を借りて支払うものだと思っていますから、『なぜ』と言われても・・・。」ともごもご。「通常賞与は『利益の再配分』という位置づけです。まあ利益の額に絶対的に左右されるもんでもありませんが・・・。しかし、当たり前のように『借入で賄う』という種類のものでもありませんよ。」私が諭すと、「そうですか・・・。当社ではずいぶん前から『賞与イコール短期借入』という流れになっていましたし、毎年賞与や税金支払いの時期になると銀行も『そろそろどうでしょう」と融資の勧誘に来ていたので、てっきりそれが普通かと思ってました・・・。」



この企業のように「賞与資金の調達は借り入れが当たり前」という認識を持った企業は結構多いようです。しかし借入の原理原則は、「借りたことによって便益が生じ、その便益の大きさが返済の負荷よりも高いこと」です。賞与資金は設備投資資金のような「先に資金があってあとから効果が生じる」ものと違い、「効果が出た(資金ができた)結果の配分」です。百歩譲って「賞与も固定給の一部的扱い(すなわち『人的投資』)」だとしても、その便益はすぐに効果として現れない類のものです。ですから「短期借入」でこれを賄うと、便益が生じる前に返済をしないといけなくなるため、結果的に資金バランスが崩れてしまいます。短期借入による賞与資金調達は、「賞与支給時期」と「繁忙期(儲け時)」との時期差が大きい企業にのみ、有効であると言えます。



借金の元金返済の原資は、減価償却費+税引後利益です。しかし通常、減価償却費はその前に購入した償却資産の分割払いに過ぎません。その償却資産を借入で購入している場合「借入返済元金=減価償却費」であるのであって、何もキャッシュが新たに生み出されるもので無いことは明白です。だから、賞与資金のような借入に対しては「税引後利益」で返済原資を生み出すしかない訳です。実はここに大きなジレンマが潜んでいます。借入を起こしてまで支払った賞与は、経費としてその企業の利益を圧縮し、結果的に返済原資(税引後利益)を少なくすることにつながっているのですから・・・。