さよなら、牧場さん

永住するつもりでこの牧場を買ったのですが、事情で牧場を去らねばならなくなりました。家族のメンバーがそこからは遠いある大学に関係することになったのです。

 

 

 

それまでに前回の日本語を忘れた日本人の話 に出て来た、三頭のアンガス牛は大きくなって売却してしまって、既にいませんでしたけれど、その代わりにミルクの美味しいというジャージー種の子牛を一頭、ノースキャロライナ州まで、はるばる買いに行って牧草地に放していました。

 

しかし牧場での失敗はいくつかあったのですが、これもまた失敗でした。とてもきれいな牛で美味しいミルクを期待していたのですが、。

 

あのヤギの追跡で登場した、なだらかに下って行く牧草地の下の方で草を食べているのを上にいる私が呼ぶと、声を聞きつけてサッと私の方を見るや、喜んでドタバタと重い体のせいで地響きを立てながら私のところまで駆け上がって来るのです。来れば大きな頭を、掻いてくれと突き出してくる。

 

子牛で来て以来、自分の周囲に仲間の牛を見ることも無く育ってしまったせいか、仲間の牛にではなく、人に馴れすぎてしまったのかも知れません。そのせいか以下のような予想外の事が起こってしまいました。

ミルクを出すためには子を産まねばなりませんので、近くにいる肉牛のアンガスで間に合わせようと交配につれて行ったのですが、同じ牛を怖がってしまうのです。

 

長い間、人間ばかりを見て育ったせいなのかも知れません。嫌がって相手をよせつけないのです。見たことも無い真黒な大きなアンガスに驚いてしまったのかもしれません。もう少し小型の同じジャージー種ならば結果が違っていたかも知れないのです。仕方なく連れ戻しました。近くでジャージー種の牛がいるのを見たことがないので、他に手段がありません。

 

ある時、ミルクが出ない牛でも乳房を絞っていると、だんだん、出るようになることもある、と聞いて、ヨシと喜んで試して見た。牛とは言え、断りもなしに大切なところをギュウと掴んでは失礼なのですが、仕方がありません。それでも初めのうちは意外に牛は何も分からずに静かにしていた。

 

ところが、そのうちに“何だ、何するんだ、図に乗って、、。”という構図になってしまって、これも失敗。とうとうおいしいミルクは飲めないままで、その不幸はいまだに続いていて、ジャージーのミルクは残念ながら飲んだことが一度も無いのです。

 

さて、引越しの時になって、この牛は交配を頼んだ牧場に子牛の買値の三分の一以下の値段で売却してしまう結果となりました。トホホの取引でしたが、引越しもしなければならず、その時間も限られていて、仕方のないこととあきらめるしかありませんでした。

 

牧場を生活手段にはしていなかったのですけど、それでも引越しとなると結構、牧場関連の道具類などの売却などがありました。

 

牧場を売却する時に、この牧場を初めに紹介してくれた不動産屋さんに売却することになりました。売却を頼んだ不動産屋さん自身が買い取るというのです。不動産屋さんにとっては良い取引だったのだと思います。その際、トラクターや、その備品などを牧場につけて売却してくれないかとの提案もあったのですけど、勿論、NGです。

 

当時、牧場を買った時の値段よりも売る頃の値段の方が上がっていたのです。けれど、売値は買値と同じ値段で売りました。だから即売だったのかと思います。

 

最後なので、牧場の全周囲にあたる境界を急ぎ足で歩きました。いろいろな思い出が、ここではまだ書いていない多くの思い出がある牧場でした。全周囲を歩くのは、その時を含めて二回目です。一時間以上もかかってしまい、夏に急いで歩いたこともあり終わる頃には汗が流れ落ちるくらいで終わったのです。そして、それが最後のさよならでした。

 

その後、ほぼ20年近くの間、そこを再び訪れる機会を持つことはありませんでした。

 

ところが、カナダへ来てから、十数年ですけど、数年前、あのアンガスの子牛を買ったことがある、あのアメリカ人から訪問しに来てくれないかと度々言われて、思うところもあり、夏にアメリカへ車で出かけることになりました。

そのついでに、牧場についても、その後を見るために寄って見たのです。その牧場は変わってはいましたけれど、ありました。その続きは次に書きます。

 

下は自家製手乗り文鳥です

 

 

 

 

 

日本語を忘れた日本人の話 牧場の思い出

 

 

私が牧場に引っ越して間もない頃に、何かの用で他の人達の列に並んでいた時、誰かが私に話しかけて来た。

 

声の方を見ると背の高い男のアメリカ人がニコニコしている。彼は元アメリカ軍の軍人でした。

私は、“今日は”ぐらいは答えたと思う。アメリカ人は日本人のように外国人に対して、外国語を使ってあげようなどとは思わない。

 

彼らにとって、アメリカにいる人間は英語が話せて当然だと思っているようなのです。まして日本語を話せるアメリカ人はゼロと言っていい。

 

こちらからの友好的な答えが返ってきたので、相手も気を良くしていろいろ聞いて来た。どこから来たのかと、なぜこの地域に来たのかとか、どこに住んでいるのかとか。興味深々らしい。

自分のこともいろいろ話していた。

 

こちらは相手の言う事で分からない事も多い。けれど分からないからって、いちいち聞き返せば、話は進まない。その時は分かったような顔をして聞いている。気分は良くないが仕方なかった。

 

彼の言うところによると、彼の奥さんは日本人だったのです。だから東洋人に興味があって、私に話しかけて来たのだろうと想像した。日本から来たと分かるとぜひ、家に遊びに来て、その奥さんと話をしてくれと言う。その場で住所まで書いてくれてよこしてくれた。奥さん思いのやさしいご主人だと思った。

 

せっかくなので訪問して見ると、彼は大きな牧場の持ち主でした。彼は牧場でアンガスという種類の肉牛を多数飼っているのです。私もその後、彼からアンガスの小牛を三頭ぐらい分けて貰って自分の牧場に放しておいた時がありました。

 

あの野犬が逃げて行った牧草地とヤギの追跡に出て来た牧草地を自由に行ったり来たりできるようにしておいたのです。ただのペット気分で譲り受けたものです。

 

その辺りでは野生の状態で自由に牧草を食べさせて、大きくなった時に売却してしまうという飼い方をしているのです。飼育の為の手間などはほとんどかけないのです。

 

また彼の牧場を見て驚いたのは、アンガスの種オスを目の前で見た時です。その種オスの堂々としたその大きな体格に驚きました。他の牛とは比べ物にならないくらいに大きいのです。

 

彼は牛牧場のプロで牧場内で生まれた雄牛の去勢も自分でやるのだそうです。

 

さて、彼の奥さんに会いました。彼女は二十歳まで北国のある地方に住んでいたのですが、そこで彼と知り合ったとのことです。後から迎えにくるからと言うことで、彼は一旦アメリカへ帰国し、後に約束通り彼女を迎えに来て結婚したのだそうです。

 

私は二十歳まで日本に住んでいたと言うことで、日本語に問題があるなどとは夢にも思わなかったので、日本語で話しかけたのです、、。

 

ところが、私の日本語に答えようとしているのですが、アー、とかウーとか言うばかりで日本語が返って来ない。最初の内はしばらく使っていないから話しにくいのではと思っていたのですが、そうでは無かった。

こちらが言うことは聞き取れるのですが、自分では日本語を使えない。日本語を自分からは使えないほどに忘れてしまっていたのです。

 

日本を出て30年程を英語ばかりで過ごすとこうなるようです。仕方なく、つたない私の英語で話しをすると、水を得た魚のようにホッとした様子で話をするのです。

 

こうした例はもう一つあります。この女性は沖縄に16歳までいて、私が会った時には30代でしたけれど、私の前では決して日本語を話しませんでした。自分の日本語に自信が無かったのではと思います。自分の日本語の発音を私の前で見せたくは無かったのかも知れません。日本人の母親とは日本語も使うらしいのですが、、。ただこの女性も日本語を聞き取ることは上の女性と同様に出来たのです。

 

その時には私自身も彼女達の日本語忘れに驚いていたのですが、私自身が同じような運命になるとはその時には思いもしませんでした。

 

私は今こうして日本語を書いていますが、これが私のほとんど、精いっぱいの日本語で、これ以上の格調ある日本語は書けなくなっているのです。いろいろの場面で使われる気の利いた熟語が今では出てこないのです。

 

と言って日本語が出来なくなった分、英語が良くなっているかと言えば、そうではなく、結局のところ英語も日本語も中途半端になっただけです。

 

私はアメリカへ来てから10年ほど家族との会話を除いて、日本人も見なければ、日本語とも全くの疎遠になっていた時期がありましたが、その後、久しぶりにアメリカで見る日本語テレビでのお笑いの人達の話が早すぎて、聞き落としたり、分からなかったりが多々あったのを覚えています。言葉は使わないと、どうも想像以上に退化するようなのです。

 

自家製手乗り文鳥

 

 

日本人はヘビを食べるらしいが、、

 

 

今回は近所に住むアメリカ人との話なのです。彼は白人で私のいた牧場の倍ほどもある広さの牧場を所有していました。

 

最近の日本でのやり方については知りませんが、引越しの挨拶をするというのであれば、引っ越して来た人の方が隣近所に手ぬぐいの一本も持って挨拶に出向いていたというのが記憶にあります。

 

けれど私がいた辺りでの習慣は反対で、隣近所の人達の方から“今日は”と出向いて来るのです。

                    

 

概して、平均的なアメリカ人は、排他的な態度を嫌うようです。

 

新参者にとても友好的なのです。家から見えるキリスト教会からも一度だけ一人の人が自己紹介に来られたことがありました。

皆さん、お知り合いになりましょう、ということなのだと思います

 

このような温かみはキリスト教が彼らの生活の基本にあるからだと思って間違いはないと思います。

その基本は幼い子供の頃から教会や親を通して、子供たちは学び取って行くのでしょう。

 

 

このキリスト教がアメリカ人の生活に深く根を下ろしているというのは、日本から見ると想像以上のものがあるのではないかと思います。

 

上の例の場合のように、日本とアメリカの違いと言えば、他にも互いに驚くほど反対の事が多いのです。

 

例えば、緊急電話番号はアメリカでは119、日本では911. 地球上での位置は日本とアメリカとではまるで互いに裏側に位置している。

 

極端かも知れないけれど、日本では女性は男性の後ろについて歩くのが一般的だった。しかしアメリカでは女性が先を歩く。

 

男二人が話しながら歩くのを後から女性が一人、聞きながらついて行くという構図は誤解されやすい。

レディーファーストだからです。ドアを開けたなら、その手を放さずに、後ろに女性がいるかを確認した方がいいと思います。

 

女性にやさしく出来ない男性は軽蔑されるかも知れません。生まれ持っている荒々しさだけでは未熟であるということなのでしょう。

 

まだ他にもあるのですが、先のアメリカ人の話に戻ります。

 

彼は私が牧場に引っ越してまもなく、“今日は”と来てくれた人で、その後、私がスイカが好きだと分かると、三日か四日に一度自分の牧場でとれたキュウリ型の大きくて、バージニアの強い太陽を浴びて、とても甘くなったスイカを持って来てくれるのです。

 

 

 

ところがスイカが特に大きい上に、食べ終わる頃には、もう次の大きなスイカがまな板で待っているという状態で、毎日、何度も急いで食べなくては食べきれないくらいなのです。

こんなに食べたんでは顔が赤くなりはしないかと思うほどに。

 

 

その彼がある日、驚いたように私に聞くのです。

日本人はヘビを食べるらしいが、私も食べるのかと、。

 

初めはアメリカの特別番組のような中で、私の知らない、日本のどこかの地方の特異な風習のようなものでも紹介されたかと思った。

 

どこかの地方にいまだに残っているような風習に違いないと思ったので、答えたのです。

そういう地方もあるかも知れないけれど、一般的に日本人はヘビは食べないと、。

 

彼は食い下がるように続けた、いや、大勢の日本人が食べているのをテレビで見たし、それは日本では人気があるらしい。

 

私は、それはおかしいね~。食料のない戦争中の話ではないのか、と言ったのですが、

違う、違うと彼は私の言うことを強く打ち消したのです。

 

そんな話は今までに聞いたことがない、と思って彼の顔を見ているうちにハッとウナギの事が思い浮かんだ。

 

ヘビと言うから、私はヘビの事ばかり考えていて、ウナギを無意識に話の中で除外していたのだろうか、気が付かなかった。しばらくはヘビばかりの考えが邪魔していて、ウナギについてが思い浮かびもしなかった。

 

ウナギのことかと聞くと、そうだと言う。

だったら、この単語を知らない訳はないのだから、初めからウナギと言えばいいのに、。

私は、ウナギは魚でヘビではないよ。と言った。

彼は、うん、そうだけれども、、。と何かモゴモゴ言っていたが、。

 

彼等にはウナギはヘビのように見えるだろうし、タコ、イカなどのようにヌルヌルした生き物についても気味悪く見えるようだ。

 

考えて見ると、ウナギをヘビのように言った彼の気持ちも理解できる。東洋の食品店以外で、私の知る限り、ウナギが売られているのをアメリカでもカナダでも見たことは無い。日常では魚さえあまり食べて来なかった彼らにとってはヘビのように見えるウナギなどは気味悪すぎて食品としてはどうも抵抗があるのだろう。

 

 

自家製手乗り文鳥 生後数か月

 

初めての愛らしい自家製手乗り文鳥

 

 

 

 

 

 

不動産屋さんから牧場内の重要な事項についてはあらかじめ説明があったが、その他の細かい事は説明されていない。説明し得ないこともあるからです。

 

例えば、牧草地の背後にある森の奥にある牧場の境界線がどこまで広がっているかなど、不動産屋さんと一緒に歩いて確認する訳にはいかないのです。

 

牧場にいる間、私自身でさえ、境界に沿った長い外周を全て歩いて回ったのは二回しかないのです。一回歩くにもかなりの時間がかかるからです。

 

そんなことで細かい見るべき場所はまだまだあったのです。

 

、そこはまた、野犬の襲撃に登場した牧草地でもあるのですけど、その森の一角が六畳か八畳ぐらいでしょうか、少しばかり引っ込んで開けているところがあるのです。そこは木々に囲まれて少し薄暗い。

 

そこには古い汚れたカーペットが上に置かれた、見るからに古びた箱が二つ重ねぐらいであった。見た目には前居住者が残したゴミに見えていたので、いつか機会をみて捨てて片付けようとは思っていたのです。

 

初めの内は忙しくて中々、そばまで行ってわざわざゴミを見る暇も無かったので、その片付けは後回しにしていた。

 

その後、適当な機会が来て、箱もカーペットも捨てようとそばへ行ったのです。ところが、うっとおしく飛ぶ虫がいるのです。よく見るとそれはミツバチでした。

 

 

 アレッと思って箱の下を見ると隙間があり、ミツバチが出たり入ったりしているのです。

うわー、これはミツバチの巣箱だ!しかし巣箱は相当な期間使われていたらしく、色もすでに黒ずんでいます。前の持ち主が持っていけなくて置いていったものだと思います。

 

置いていくにはちょっとした理由があるのだと後で思いました。一つは蜂蜜の入っている実際の巣箱は想像以上に重量があるのです。おまけに採蜜をするのも思うほど簡単ではないのです。そんなことで引越し間際になって持って行くのは面倒になったのかも知れません。

 

けれど私にとってこれは思いがけないボーナスで嬉しくなりました。いづれ、ミツバチとミルクのおいしいジャージー種の乳牛は買おうと思っていたからです。日本にいた頃でさえ、蜂蜜は本物が欲しいということで、山の中腹で養蜂をやっている人のところへビンを持って直接に買いに行っていたくらいだったのです。これに関連して市販の蜂蜜についても書きたい事があるのですが、今は省いて先に進みます。

 

さて、採蜜の話に入ります。

 

大急ぎで採蜜の為に必要な最低限の道具をそろえ、手袋と顔を保護する網だけをかぶってド素人の私が採蜜に取り掛かりました。蜂蜜がどのくらい採れるか、巣箱の重さがどれくらいあるのかなど知らないままの初挑戦だったのです。

 

一般に、噴煙器とかの道具で蜜蜂に煙をプカプカさせて、蜂がおとなしくなってから、その間に蜂蜜のある巣箱をかすめ取ると言われています。それで煙をプカプカさせて見ました。その説明どおりに蜂が煙をいやがっておとなしくなるのもいたようです。

 

けれど、中には武蔵だかのような強者もいて、噴煙器をプカプカすると、おとなしくなるどころか反対に、怒り狂ったその武蔵は激怒のあまりにその煙や炎まで出たりする出口へ突進し、そこから炎のある熱い内部にまで、飛び込んで焼け死んでしまう蜂の武蔵もいるのです。

 

飛んで火にいる夏の虫、とはここから来たとその時に初めて知りました。

 

プカプカやった後、次は最上段の蜜箱を鼻歌まじりで運ぼうとしました。ところが力を入れても動かない。ウンともスンとも動かない。どうも下の箱と蜜が接着剤のようになってしまっているらしい。大急ぎでヘラで境目を切り取るようにすべらせる。その間にプカプカの効果は次第に薄れて行ったようなのです。

 

そんな詳しいことは当時の私にはあまり分からない。にわか養蜂家なのです。それでも虫の知らせなのか、なんとなく危険な気がして作業を急いだ。やっと持ち上げることが出来たのです。

 

しかし意外にずっしりと重い。これは想定外。巣箱の一つは蜂蜜込みで何十キロもの重さがあるのです。けれどこの重さを持っては、なおさら家までの距離は遠くなる。これほど重いとは思わずに、簡単に抱えていけるつもりでいた。しかしそれは甘かった。

 

ベタベタで何十キロもある金庫かと思える程に重い箱を抱えているので、走ることも出来ない。エンコラショ、エンコラショとゆっくりしか歩けない。

 

ところが蜂がいよいよ怒り出した。巣箱をガタガタやられた上に蜂蜜を巣箱ごとスッポリ持っていかれたので、蜂は激怒してしまった。ただでは済みそうもない。少しぐらいのプカプカぐらいやっただけでは治まらないのだ。毒針全開の特攻隊の群れが私をめがけて突撃してきた。

 

高射砲のない動きもままならない戦艦大和と勇猛果敢な無数の爆撃隊という構図になってしまった。これは大変なことになってしまったと思ったが、もう手遅れで、爆撃隊が後を追って突撃寸前だ。

 

特攻隊の第一陣がももの後ろに体当たりでチクッと来た。Gパンをはいているから大丈夫なはずと思っていたのが大間違い。痛い、と言っても逃げることは出来ない。蜜を了承もなしに持ち出しておいて、乱暴は止めろ、、とも言えない。腿の後ろを刺している蜂を手で払うことも出来ない。足を地面にバタバタして振り落とそうとしても、落ちない。食らいついたら離れないほどに怒っているのだ。

 

 

ずっしり重いベタベタの巣箱を今更、地面に置いて逃げるわけにもいかない。第二陣がまたチクリ。続いての特攻隊があっちもこっちもチクリ。あちこちが刺されて痛いけれども、ズッシリと重い巣箱が足かせになって駆けて逃げることが出来ない。

徳川家康の、人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし 急ぐべからず、、、

がピタリとあてはまってしまった。

 

初めて挑戦した自家製手乗り

 

下はカメラで撮っているので飛ばないでよ、

と思って手に乗せているところです。

 

 

 

 

 

 

 

前回で登場した犬についての話はここでは割愛します。

 

ニワトリのような小動物がいるとそれを嗅ぎ付けて、その他の動物が襲って来るようです。前回の野犬といい、今回のアライグマの件もそうなのですけど、ちょっとした油断からのスキを突かれてしまいました。

 

前回の話の最後に登場したド~ベルマンピンシャー混じりの子犬が成長して牧場全体に睨みをきかせることが出来るようになりました。

 

このオス犬の存在のおかげでハンターの犬までもがめっきり牧場から遠ざかることになっていました。それはこちらがオス犬だからでしょう。

 

相手のオス犬の方も牧場に別のオス犬の存在をすぐにその鼻から感知するはずで、相手だって他犬の領域に入り込んでオス犬同志の争いを強いて求めるはずもないのだと思います。

 

犬は周囲の空気に含まれる相手についての情報を直ぐに嗅ぎ取ってしまう。丁度、鮫が海水に含まれるちょっとした血液の情報から獲物を嗅ぎ付けるのと同じで、犬の場合ば海水のかわりに、空気がその役割を果たすということなのでしょう。

 

広い牧場でも彼の鼻から逃れることは非常に難しいのではないかと思います。彼の目にさとられないように姿は隠せても、臭いまで隠すとなると難しいと思います。  

 

 

特にこの犬のように牧場を見張るというような習慣を毎日の自然の中から獲得している場合はなおさらのことだと思います。犬はまどろんでいても、その鼻だけは起きていて、空気中に変わった臭いに対して警戒し、すばやく察知するのです。

 

野犬の襲撃の一件から、この成長したオス犬を警戒の為に大抵は牧場の中では放していたのですが、時たま知人が訪問するとかの事情などがある時は念のためにつないでいたのです。

 

けれど、そのような、めったにないような時に生じるスキをアライグマに突かれてしまいました。

アライグマと言う動物は結構、見た目の愛嬌さと違って、実際はかなり気が強く、人間も素手で対処しては非常に危険だと思います。運悪く取っ組み合いにでもなれば、恐らくクマった事になるのではと思います。痩せても枯れても熊は熊なのです。

 

アライグマは大胆で、カナダでも夜は勿論、真昼の住宅地でさえもこれを何度も見かけるのです。私の家の庭に入り込んだことも一度や二度ではないほどで、それから推し量っても、人間を大して恐れていないようなのです。あのライオンでさえ、基本的には人間を恐れるというのにです。

 

アライグマはなにしろ爪が鋭いので、爪を引っ掻けて家の屋根だろうが垣根だろうが、よじ登って越えてしまうので、アライグマが侵入出来ないところは無いのではと思うくらいです。

 

昼間は以前と比べて、群れに加えた二羽の雄鶏が見張りをしたりしての効果が出たようで、捕食されるのが格段に減ったのですが、、

 

ある日の夕方、鳥たちに餌をあげてから、家に入りました。その後、鳥たちは食べ終わると、何時ものように勝手に鳥小屋へ入って行きます。小屋へ向かうのが遅いのもいるので、多少遅めに鳥小屋を閉じに行くのですが、その日はちょっと遅れてしまい、家の中で忙しくしていたのです。

 

そういう時に限って、タイミング悪く犬はつないでいたのです。アライグマの方もきっと犬が歩き回っていないことを事前に知っていたのかも知れません。犬が只ならぬ吠え方をしているのを遠くに聞き、ハッとしました。

 

シマッタと思い、まず大急ぎで外へ出て犬を解き放しました。犬は薄暗がりの中を一直線に鳥小屋のほうへ駆けて行きます。

 

すぐに取っ組み合いをしている犬の唸り声が聞こえて来ます。

 

例のショットガンを持って駆けつけると仰向けになっているアライグマの喉元に犬が食い付いています。アライグマは犬に喉元を食い付かれているので、その歯で犬を攻撃することは出来ません。代わりに自由になるその足の爪で犬を引っ掻いているようで、犬は時たま苦痛の声をあげています。犬が大けがをしないうちに早く助けなくてはいけないのです。犬の腹部の皮膚は思ったよりも弱いはずで、そこをアライグマの爪で攻撃されては皮膚がさけてしまうことになるかも知れません。

 

目の前にアライグマの腹部があり、撃てば簡単です。けれど、どうも近距離で腹部をドカンでは、、ちょっと抵抗があり出来ませんでした。

 

かと言って、胸のあたりではあまりに銃口が犬の耳のそばすぎます。耳が銃声で損傷を受ける危険があるかも知れないと、撃たずに銃床でアライグマに連続的に打撃を与えたのです。

 

犬と私とでの攻撃で戦局は次第に有利に変わり始めました。犬は依然としてその喉元に食いついたまま放しません。爪の攻撃が弱まった分、犬の攻撃に力が入り、反対にアライグマの動きが急に無くなっていき、その爪が激しく犬を攻撃することもそのうちに止んだのです。

 

今回の襲撃で、三羽も死んでしまいました。このアライグマも欲が出たのか、一羽を咥えて逃げることをせず、あの野犬と同じにただ他の鳥までをもその勢いで殺してしまった様でした。一羽が二羽と調子に乗ったおかげでその命まで落とす結果になったのです。

 

動物の被害としては他にオポッサムと言う気味の悪い顔つきで体の割には長い歯を持ったネズミの親分のような動物にも一羽、捕食されています。ネズミのような尻尾ですが、そこだけ毛がないのです。下の写真はオンラインなので、特別にイケメンのモデルを用意しましたが、実際はもっとひどいですよ。

 

                        オポッサム

これらを教訓に、ニワトリも野生の状態で出来るだけ飼いたかったのですけど、危険が多すぎて、鳥は行こうとしますが、あまり遠くへ行かせないようにはしたのです。

そのような時に、今はやりのドローンがあれば、それを飛ばせてニワトリを遠くへ行かせないように、効果的な訓練が出来たのにと思います。

 

牧場での思い出の中で、動物の襲撃と違って穏やかなものもあります。それはミツバチです。牧場で思いがけずに見つけた蜂群でした。次回はそれを書きます。

 

               

 

 

最初のカナダでの自家製手乗り文鳥、初めてだったのでいろいろ雑音だのと見苦しいのがあります。でも結構、愛らしいです。

        

下は録画の為に、あまり飛び回って欲しくないと思いながら出した鳥

最後の画像は良くなついてくれたお利口さん

 

 

 

野良犬の襲撃  牧場での思い出             

 

この牧場へ引っ越す前日にラブラドルリトリバーとアメリカンピットブルの雑種の子犬を広告の中に見つけて10ドル(現在のレートで円に換算すると1000円ぐらいでしょうか)で買いました。

牧場で犬が必要になると思ったからです。翌日の引越しまで、一晩だけステーションワゴンのトランクで寝かせました。

 

広告の中では、どの犬もこの子犬よりは高かった。

今回もニワトリの例と同様なことが起きました。それはメス犬一匹では残念ながら牧場にはいまいちだってことが後になって分かったのです。

 

野生状態のニワトリの場合は群れにオスがいないとそれぞれの役割の点で不都合が生じたのです。前に書いた,ニワトリが鳥のように飛んだ、

で起こったと同じような事になったのです。

 

犬の場合にも牧場という野生に近い環境の中では似たような事が起こりました。

この犬が一歳ぐらいの頃の明け方に鶏小屋が野良犬か野犬か飼い犬かははっきりしませんが、襲われたのです。

 

侵入犬は見た目、ヒマラヤンハスキーのようなかなり大型のオス犬でした。その大きな野良犬に対して家の飼い犬は全く無力だったのです。

 

相手のオス犬に対して、家の犬がメス犬だったということがおおきな原因だったと思います。

これがオス犬だったら相手も見知らぬオス犬のテリトリーに侵入するのは気分的にも抵抗があったはずなのですが、こちらがメス犬だったため、何の抵抗もなしに侵入でき、大暴れしたのでしょう。

 

今回もまたオスという存在の欠如が悪い結果を導いてしまったようです。

 

ちょっと話がそれますが、

その辺りでは明確にビーグル犬のようなハンターの猟犬であると分からない限りは牧場に入り込んだ犬は射殺するというのが地域のやり方です。鹿を追いかける猟犬をよく見かけるのです。

これは近くの牧場主で、私にいろいろ教えてくれたアメリカ人から聞いた話です。

と言うのも、一度ニワトリなどの家禽を襲って味をしめた動物は将来必ず、また襲いに来る可能性がとても高いからです。特別な理由でも無い限り、獲物がいなくなるか、自分が死ぬかするまでは獲物を恐らくは狙い続けるのでしょう。

 

射殺するのは酷の様ですが、その姿勢に牧場の家禽の命がかかっているのです。これを甘くするなら、その代わりに自分の家禽が命を落とす危険が高まります。ですから犬がよその敷地に行ってしまわないように注意しなくてはならないのです。ましてや自分の犬が他人の牧場で家禽類を殺戮したりしたら、相応の覚悟がいるものと思います。

 

後で襲撃の結果を調べてみると、死亡6、負傷数名。食べた訳では無く、ただ面白半分に暴れまわって殺戮しただけです。

 

けれどこの暴れイヌは結局、牧場から無事に出る事は出来なかったのです。

 

私がこの犬を家の中から発見した時は一羽のニワトリがこの犬にバタバタと追われている時でした。しかしその野良犬は既に何羽も殺戮を終えていたのか、私が発見した時には、すでに最後のニワトリの追跡もいい加減になっていたのです。もう遊び飽きたのでしょう。

 

敷地のあちこちに白いニワトリが倒れていたのが目に入りました。その犬は家のつないでいたメス犬の近くまで来てから、これ見よがしに意気揚々と片足をあげてマーキングをしていた。

 

こういう時に畜生と言うのでしょうか。私は急いで階下に降り、ショットガンをとりました。

 

ところが家から出て、犬はどこかと探してもつい先ほどまでいた場所にはいない。その犬は既に、あの鷹との戦いでニワトリの殺された牧草地を既に、トコトコと小走りで走っていた。帰ろうとしているのでしょう。

私と犬との距離が広がるばかり。長射程に弱いショットガンでは犬までの距離が遠すぎてダメかも知れない。

そう思って、大急ぎで戻ってショットガンを置き、ライフルとその銃弾を持ち、家から飛び出しました。タッタッと走りながら銃弾を込めた。それで相手も私が彼を追っているのに気付いたようで逃げ足が早まった。小走りしながら振り返ったりして、逃げるところを見ると、自分が何をしたかを承知のようだ。

 

大型の犬が中型か小型犬ぐらいの大きさに見える程、遠くに離れてしまっている。もうほとんど牧草地の外れだ。あせって、立ち姿勢のままで狙いをつけて引き金をひいた。ピュンと銃声が牧草地に響く。

 

ダメだ、ミス。私の手に入れたライフルはもともと歩兵の使う軍隊用で強力だけれども、年代物だ。きっと火縄銃の次に生産されたものに違いない。

上は私の持っていたライフルとそっくりで、同じ型かも知れない。

 

一発目をミスして、今度は片膝をついてしっかりと狙いをつける。しかし驚くほど大きくて重いのでやりにくい。

電信柱を持って狙いをつけているようだ。

 

銃口の先がちょっとブレただけでも目標に到達する頃には象にでもあたらなくなるほどに誤差が広がってしまう。

 

慎重に銃口がさらに小さくなっていく目標を追う。

二発目の引き金にゆっくりと力を込めていく。ピュンと二発目の銃弾が牧草地を飛んでいく。犬の近くに土煙のようなものをあげただけでまたミス。

 

近くに銃弾が着弾したことで、犬は驚いて逃げ足を速めたようだ。もう一度、撃鉄を引いて、走る犬を慎重に銃口が追う。もう目標はさらに小さくなってしまい、これでは逃げられそうだと心の中で思った。ピュンと三発目を発射した。銃声が消えた途端に遠くの犬がひっくりかえった。当たったようだ。

 

しかし、しばらくもがいていたと思ったら、また起き上がって逃げ出した。しぶとい。もう牧草地の外へ出てしまっていた。

 

どこに当たったかは分からないけれど、死んだニワトリ達の為にも痛いお灸はすえてやることが出来たと思う。たとえ生き延びたとしても、もう二度とは来ないだろうと思った。

 

ニワトリは孵化後、直ぐに送られてきたヒヨコ達で、良く人間に懐いていたのに残念だった。

 

 

早急にオス犬をどこかで買わねばと考えている内に、ちょっと前に、どこかの庭で子犬が5,6匹チョロチョロ歩いているのを見かけたのを思い出した。不思議な実体験にでも出て来たドーベルマンピンシャ―の子犬のようだけれども毛並みを見ると雑種のようだったが、今はそんなことは勿論、どうでも良かった。

 

譲ってもらおうと、話を聞くとメスがドーべルマンでオスはラブラドルだと言った。けれどその持ち主は無料でくれた。アメリカ人の外国人に対する気持ちが嬉しかった。後に成長してこのオス犬は爪の鋭いアライ熊と鶏の為に戦うことになるのですけど、今回も長くなっていますので、その話は次回に回します。またその時に読んで下さい。

   

 

上下ともカナダでの私の自家製手乗り文鳥です

 

 

前回のニワトリが鳥のように飛んだ 牧場での思い出からの続きです。

 

ほぼ野生化しているニワトリが私のミスで一年のうちに半数が捕食されてしまいました。

 

メスだけの群れの中に敵の見張り番役を務めるオス鳥がいないからと私は思ったのです。鳥たちはほぼ野生の状態でありながらオスの不在という野生としては異常な状態にあったのです。

 

 

一方、牧場と森との境ぐらいにある大木に鷹がいて、ジッと動かず牧草地を見ていたのは知っていました。その鷹がニワトリを捕食しようとする素振りを見せるかどうかに注意はしていたのですけど、。そのような様子を見せたことは一度も無かったのです。

 

自分のすぐ近くのテリトリーではニワトリのように毎日、出入りしている動物は襲わないものなのかとタカをくくっていたのです。

 

加えて、油断をさせられるような事が他にもあったのです。

 

牧場にいた猫でしたが、家の近くを歩いているヒヨコ達には目もくれません。この猫は家の近くの動物には全く手出しをしません。

 

例えば、餌を食べている時も、ニワトリがそれを横取りしようと猫の頭を突っつくのです。尖がったくちばしでトントンですからかなり痛いのではと思うのですが、猫は鳥様に怒られたかのように耳を寝せて餌箱を鳥にゆずって後ずさりして餌を放棄してしまうのです。

 

しかし、この猫、家から離れた場所ではもの凄い狩りの手練れなのです。その唇の一部分は実戦で咬み切られて無い。出かければ、野ネズミ、リス、ウサギなどをぶら下げて帰ってくる。ですから、その気になればニワトリなどはひとたまりもないはずなのです。

 

ところが家の動物に対しては、家にいるのに借りて来た猫のようにおとなしい。

きゅう鳥、懐にいれば漁師もこれを殺さず。なのかも知れません。

そんなこともあって、鷹についてもちょっと油断していました。タカが鳥ではないか、と。

 

 

ところがある日、鶏のかん高い悲鳴がしたので飛び出した。遠くの地面に白い塊がある。慌てて行ってみたけれど、ニワトリはもうダメだった。今、死んだばかりの目をしている。羽毛が少し、散らばってはいたけれど傷らしい箇所は見当たらない。

 

あまりの恐怖でのショック死かも知れない。これは鷹かも知れないとその時思いました。なぜならキツネのような動物なら絶対に咥えて持って行ったはず。しかし上空を見渡して見たけれど、鷹の姿はどこにも見えなかった。

 

それからしばらく経った頃、またニワトリの悲鳴が聞こえた。その時、丁度よく、私はショットガンを持って外に出ていた。悲鳴のした方へ夢中で駆けていくと、2メートルぐらいもあろうかと思われる大きな羽を広げてニワトリを上から押えつけ睨んでいる鷹が遠くにいた。

 

地を歩く動物は上からの攻撃に気が付きにくいようです。動物は地を見るけれど、人は天を見る、ということなのでしょう。

 

十分な射程距離内にいる鷹にショットガンで鷹の胸に狙いをつけた。けれどニワトリはまだ生きているようで、もがいている様子。ニワトリにあたっては困ると一瞬、考えて一発目で空中に鷹を飛ばして、ニワトリから離れたところを仕留めようとして、一発目は狙いをはずして撃った。

 

あまり良い銃ではなさそうですが、、。

 

鷹が銃声に驚いてゆっくりと飛び上がった。狙いは弾が鷹に届くタイミングとタカの飛び上がるタイミングを合わせないといけない。で、空中に飛び上がっている鷹のほんのわずか上にした。片ひざを地面につけ、ピタリと狙いをつけて絶対に逃がしはしないという態勢です。

 

鷹が離したので、ニワトリが命からがら逃げ出した。まだ駆けられる。良かった、と心の中で思い、そのせいか、二発目も狙いを外してしまった。鷹は二発の自分を狙った銃声に驚いたのか、それ以降、あの牧草地の端にある木に止まっているのを見ることは無かった。

 

そこは前に書いたヤギの追跡に出て来た牧草地でその鷹の木を右に見ながら下へゆるやかに下って行き、やがて突き当たって左が前に書いた森の入り口になるのです。

 

牧場の牧草地にはアメリカの毒蛇であるコッパ―ヘッド(銅色の頭)や、野ネズミなどがいるので、それらを鷹が捕食してくれているだろうと言う鷹との共存の気もあったので、キツネに対するとは違った思いを持っていました。

 

あの時、鷹を殺さないで済んだのは鷹にとっても自分にとっても良かったと思います。殺さないでも鷹の方から姿を消してくれたのですから。

 

私のカナダでの自家製手乗り文鳥です。

下は初めて試みた手乗り文鳥の子供達

 

 

 

アメリカの牧場での思い出

牧場の為に色々準備をしたのですけど、初めに産卵用のヒヨコを30羽注文しました。

 

この鳥は産卵用の種類ですので、オスは必要無いと思ってメスだけを購入したのです。けれどこの後で書きますけど、これは失敗でした。

 

出来るだけ鶏も野生に近い状態で飼っていたのですけど、それでもトウモロコシを夕方にはあげます。

 

牧草地で餌を探している鳥たちをいつも夕方に同じ呼び方で呼ぶのですが鳥たちもこの言葉を覚えます。

 

夕方の牧草地に響く呼び声を聞くと、日の終わりのごちそうタイムの事ですので、声のする方へ一刻も早く来ようと大騒ぎになります。トウモロコシのような穀物は、ほぼ野生化している鳥たちには大変なごちそうなのです。

 

ソレっとばかりに皆が一斉に走り出します。ボストンマラソンのスタートのようです。ところが初めは飛行機が助走するように必死に駆け続けているのですが、そのうちに空気抵抗を受けて空中に舞い上がります。

 

いくつもの白が空を飛んでいるのです。飛んで来る、とはこの様な事を言うのでしょうか。

 

胸程の高さの牧場のフェンスのかなり上空をサーと簡単に飛び越えて私のところまで、いくつもが空中からバタバタと舞い降りて来ます。

着地もどこでどう覚えたのか転びもせず、普通の鳥と変わらず上手に着地をします。鳥たちも、自分が飛べたことには驚きもしません。

 

このメス鳥の群れには初めからオスがいないのですけど、群れにオスがいなくてはこういう放し飼いのような野生的な環境の中ではダメなようなのです。

 

メスは自分の分と卵の分までということでオスよりも餌をかなりの量で余計に必要とします。その為、牧草地では夢中になって餌を探すのです。

 

初めは牧草地のそこいらじゅうにいた殿さまバッタが最後には一匹も見かけなくなるほどに食べ尽くしてしまう。ニワトリの前には殿さまも足軽も無いのでしょう。

 

最後には餌を求めて危険な森の中にまで足をのばし始めるのです。しかしこのメスが餌に忙殺されている時が危険になります。


そういう時のオスの目は鋭く身じろぎもせずに牧草地の動きや変化を見渡しているのです。

 

敵を見つけると警戒の声を張り上げて知らせます。それを聞くとメスはクモの子を散らすように一斉に安全な場所に逃げ出します。

 

しかし見張り番のオスが不在のため、その一年が終わるまでに鳥の数が半分に減ってしまったのです。


いったん、鳥を捕らえて味を覚えると、動物は現状が続くかぎり獲物を狙い続けます。

 

昼間であるにもかかわらず、草に隠れながら接近し、メス鳥を捕獲するほどに敏捷な相手は恐らくはキツネです。


ところがキツネはその姿を私に見せたことは一度もなく、こちらに存在を示したのはその鳴き声だけなのです。


私も家から外に出るときには大抵はショットガンを持って出ます。キツネのような野生動物にはこれがないと距離的にも、時間的にも、いざという時に到底、間に合わないのです。

 

ショットガンは命中率がよく、狙いを定めるとミスをすることはまずありません。しかしこれをキツネに使う機会はとうとう一度もありませんでした。キツネの姿さえ捕らえることが出来なかったからです。


キツネは私が家から飛び出すのを事前に察知していたのかも知れません。

 

しかし後になって、ようやくニワトリのオスを群れの中に入れたのです。オスが群れの中にいることでオスを中心にして全体がまとまったような印象に変わりました。

 

危険管理はオスにまかせるのです。メスのそれぞれは、あちらこちらにいるかも知れない敵に注意を向ける必要はなく、ただオスが警戒音をだすかどうかだけを注意すればいいのですから、。

 

しかし敵はキツネだけではなく、鷹、野犬、アライグマなどがいた。鷹が牧草地の外れの大木に止まっているのは知っていたのですが、、。

 

さて、この先を続きがあるのですけど、長くなりましたのでそれは次回にします。

 

自家製手乗り文鳥

 

 

パンツ一枚の姿で受験

 

日本とは違ったカナダの話”の中でもインド人学生のカンニングについて少し触れましたが

インド本国での試験でもカンニングには手を焼いているようです。

 

次はインド軍の入隊試験の様子。

カンニング予防の為、全員パンツ一枚の姿で試験を受けています。

 

                     我慢だ、我慢!

 

下は受験性の父兄がカンニングペーパーを手渡す為に建物をよじ登っているところ

 

                    息子、父さん来たぞ!

 

 

カンニングに関連して多数の死者まで出ているとのこと。

 

                     次はカンニング予防の苦肉の策

                   

 

私を疑うの?

 

自家製手乗り文鳥

 

 

私を追跡したヤギ

 

アメリカのバージニアにあった牧場での話です。

日本の都会育ちの自分にとってそこでの生活は都会生活には無いいくつかの驚きがあったのです。

 

そのうちのひとつを書いて見ます。

 

 

 

家の背後に下り勾配の牧草地が広がっていました。牧草地が終わってからは全て森です。その牧草地を下の方へ進んで森の木立群に突き当たって左に曲がると森への入り口がある。

 

その少し先の方にはもともとあった広場をさらに私がチェンソ―であたりの木々を切り倒して広げた一画があります。広場には倒した大きな木の切り株があちこちにあって、そこには何かといっては腰かけて休んだりしていたのです。

 

木々で囲まれたそこは何のまじりけもない新鮮な大気に満ちてすばらしかった。

加えて木々、植物の葉、朽ちてボロボロになった木々、土のにおいなどが合わさって、非常にしっとりとした香りになっていた。その切り株に座って感じる辺りの深い静寂も良かった。時たま、風がたてる音ぐらいしか無いのです。特に雨上がりのそこの空気は新鮮でした。

 

この切り株はこれから登場するヤギとの関わりもあるのです。

 

ヤギを牧場の初めの段階で買い求め、牧草地に放していましたからその日も勝手に草を食べてたりしていたはずです。

 

私は例によって、森に入って行って切り株に座ったのですけど、その切り株に行くまでに周りの木々を眺めたり、チェックしたりと森の入り口から真っすぐに切り株へ直行した訳ではなくあちこちに寄り道をしながら、その切り株まで行ったのです。

 

切り株に座ってしばらくすると、なぜかそのヤギが森の入り口に現れたのです。

 

 

彼女はこの森に来たことは無く、ソロリ、ソロリとその鼻先を地面すれすれにしながらアメリカインデアンの斥候のように立ち止まっては足跡を確かめながら、とてもゆっくりですけど私の跡をつけています。

 

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私のいるところへ来るのであれば、入り口から続く小道を真っすぐに切り株まで来れば簡単なのですが、そうしない。私が切り株に座ってジッとヤギを見ていることに全く気が付かない。

 

ヤギは頭を下げて、目の前の足跡をたどるのに夢中のようで私には気づきません。

ヤギは私が右に曲がったところでは、同じように正確に右に曲がって行く、倒木をまたいで私が行ったところはその木を避ければもっと簡単であるのに、そうはせずに、同じようにまたいで進む。

 

 

結局、私が森の入り口から切り株までにとった寄り道を全て正確に再現しながら切り株の近くまで来て、さすがに顔をあげて私の存在に気付いたのです。

 

その時、私も初めてお嬢さんの嗅覚の鋭さを知りました。

 

また、牧草地にはいろいろな草が混ざってびっしりと密生して生えていたりします。けれどこのヤギさん、かなりのスピードで一瞬の休みも無く草をそれはもう次から次へと連続的に口に運び込むのですが、それでも嫌いな草はよけて、好きな草だけを選びながら食べ進みます。

 

 

人間の目には同じように見える、たくさんの草から目標の草だけを口に吸いこむ。かなりのスピードなのです。毒草なども恐らくは混じっているはずなのですが、瞬間的にそのような草は避けてしまっているのでしょう。


このヤギの草の食べかたは相当に上手です。その上下の唇の動きはしなやかで、手のように動く唇で次から次へとスムーズに草が一瞬の制止もなく口にドンドン吸いこまれて行く。いくら見ていても飽きないくらいの技術なのです。

 

同じ草を食べるのでも牛の場合は違って、口から舌が出てきます。像の鼻と同じように舌で草の束を巻き込みつかんで大きな頭をうなずくように下げます。するとその力で草の束がバリ、ベキと切れます。舌が右の草、左りの草にと交互に伸びて草を丸め込んでは引きちぎり食べながら進んで行きます。

 

だから牛の場合はバリ,べキと草の束がちぎれる音を立てながら食べ進みます。同じ草食動物ですけど、ヤギと牛とでは草の食べ方が違うのです。牛も上手に勿論食べますけど、ヤギの繊細な食べ方に比較して、牛の食べ方はダイナミックな食べ方という印象を受けます。

 

 

 

すぐ下は初めてyoutubeに投稿した自家製手乗り文鳥

操作の仕方がまだ良く分からず、他の鳥の鳴き声が邪魔になっていますが、、。