前回のニワトリが鳥のように飛んだ 牧場での思い出からの続きです。
ほぼ野生化しているニワトリが私のミスで一年のうちに半数が捕食されてしまいました。
メスだけの群れの中に敵の見張り番役を務めるオス鳥がいないからと私は思ったのです。鳥たちはほぼ野生の状態でありながらオスの不在という野生としては異常な状態にあったのです。
一方、牧場と森との境ぐらいにある大木に鷹がいて、ジッと動かず牧草地を見ていたのは知っていました。その鷹がニワトリを捕食しようとする素振りを見せるかどうかに注意はしていたのですけど、。そのような様子を見せたことは一度も無かったのです。
自分のすぐ近くのテリトリーではニワトリのように毎日、出入りしている動物は襲わないものなのかとタカをくくっていたのです。
加えて、油断をさせられるような事が他にもあったのです。
牧場にいた猫でしたが、家の近くを歩いているヒヨコ達には目もくれません。この猫は家の近くの動物には全く手出しをしません。
例えば、餌を食べている時も、ニワトリがそれを横取りしようと猫の頭を突っつくのです。尖がったくちばしでトントンですからかなり痛いのではと思うのですが、猫は鳥様に怒られたかのように耳を寝せて餌箱を鳥にゆずって後ずさりして餌を放棄してしまうのです。
しかし、この猫、家から離れた場所ではもの凄い狩りの手練れなのです。その唇の一部分は実戦で咬み切られて無い。出かければ、野ネズミ、リス、ウサギなどをぶら下げて帰ってくる。ですから、その気になればニワトリなどはひとたまりもないはずなのです。
ところが家の動物に対しては、家にいるのに借りて来た猫のようにおとなしい。
きゅう鳥、懐にいれば漁師もこれを殺さず。なのかも知れません。
そんなこともあって、鷹についてもちょっと油断していました。タカが鳥ではないか、と。
ところがある日、鶏のかん高い悲鳴がしたので飛び出した。遠くの地面に白い塊がある。慌てて行ってみたけれど、ニワトリはもうダメだった。今、死んだばかりの目をしている。羽毛が少し、散らばってはいたけれど傷らしい箇所は見当たらない。
あまりの恐怖でのショック死かも知れない。これは鷹かも知れないとその時思いました。なぜならキツネのような動物なら絶対に咥えて持って行ったはず。しかし上空を見渡して見たけれど、鷹の姿はどこにも見えなかった。
それからしばらく経った頃、またニワトリの悲鳴が聞こえた。その時、丁度よく、私はショットガンを持って外に出ていた。悲鳴のした方へ夢中で駆けていくと、2メートルぐらいもあろうかと思われる大きな羽を広げてニワトリを上から押えつけ睨んでいる鷹が遠くにいた。
地を歩く動物は上からの攻撃に気が付きにくいようです。動物は地を見るけれど、人は天を見る、ということなのでしょう。
十分な射程距離内にいる鷹にショットガンで鷹の胸に狙いをつけた。けれどニワトリはまだ生きているようで、もがいている様子。ニワトリにあたっては困ると一瞬、考えて一発目で空中に鷹を飛ばして、ニワトリから離れたところを仕留めようとして、一発目は狙いをはずして撃った。
鷹が銃声に驚いてゆっくりと飛び上がった。狙いは弾が鷹に届くタイミングとタカの飛び上がるタイミングを合わせないといけない。で、空中に飛び上がっている鷹のほんのわずか上にした。片ひざを地面につけ、ピタリと狙いをつけて絶対に逃がしはしないという態勢です。
鷹が離したので、ニワトリが命からがら逃げ出した。まだ駆けられる。良かった、と心の中で思い、そのせいか、二発目も狙いを外してしまった。鷹は二発の自分を狙った銃声に驚いたのか、それ以降、あの牧草地の端にある木に止まっているのを見ることは無かった。
そこは前に書いたヤギの追跡に出て来た牧草地でその鷹の木を右に見ながら下へゆるやかに下って行き、やがて突き当たって左が前に書いた森の入り口になるのです。
牧場の牧草地にはアメリカの毒蛇であるコッパ―ヘッド(銅色の頭)や、野ネズミなどがいるので、それらを鷹が捕食してくれているだろうと言う鷹との共存の気もあったので、キツネに対するとは違った思いを持っていました。
あの時、鷹を殺さないで済んだのは鷹にとっても自分にとっても良かったと思います。殺さないでも鷹の方から姿を消してくれたのですから。
私のカナダでの自家製手乗り文鳥です。
下は初めて試みた手乗り文鳥の子供達




