日経新聞にも取り上げていただいた
ケルビン“ザビッグヒット”の足を取り、倒した!
アキレス腱固めを極める!
しかしアキレス腱をグイグイ絞め上げてもなかなか決まらない、、、
そんな夢をみて目が覚めた。
もはや頭はケルビン中毒なのか?
すると、三澤先生から今日の日経新聞に掲載されていますのメールが。
運命の5月の最初の朝がこのような朗報でスタートを切れ、すごくいい気分。
しかし、それにしても、日経新聞に載るということはすごい快挙だ!
日経を取っている自分の友人たちから日経見たよと多数連絡をいただいたし、日経を握り締めて治療に来た患者さんにもまたあらたにアピールが出来た。
FIGHTING AIDがいろいろな分野で世間に露出し、知名度も高まっている。
先日、プロレス会場にチケットを売りに行った時も、
「あっ、FIGHTING AIDだ!」
「あたしこれ知ってるー!」などなど、本当にFIGHTING AIDが世に浸透していっているのを実感した。
三澤先生の、「やるからには世間に響かせます!」という志のもと、一歩一歩確実に登りつめて行っている毎日。
皆様の応援、ご支援、よろしくお願いいたします!
新宿FACE残り席数はもうあと40席。5000円の指定席のみ。
いらしていただける方は、 maeuri0508@yahoo.co.jp まで御連絡ください。
「ボランティア」という言葉
「ボランティア」っていう言葉って、何とかならないものなのであろうか?
「ボランティア」という言葉自体は、なんか格好つけてるみたいで実は好きじゃないんだよと、あるかたもおっしゃっていたし、他にもその言葉に対するネガティブなご意見を今回FIGHTING AIDの準備をしている期間に多数聞いた。
決してその行為を否定した人はいない、その名称や受ける印象に対してスッキリしないイメージを抱いている人は多いようだ。
実は自分もその名称に関しては、あまり良い思い出が無い。
小学校の時に、後ろの黒板に今週の行事が書かれていたが、「ボランティア」と書かれた日には、全校生徒で学校周辺の草取りやゴミ拾いがあり、「ボランティア」=労働強制のような概念が頭にこびりつき、トラウマになっている。
「ボランティア」という言葉は英語。
内容にもよるが、日本語に訳すと、奉仕活動や人助け、古風に言うと、助太刀といったところであろうか。
助太刀いたす!というと聞こえは良いが、もっと刺激的で人を動かす言葉があったり、新しい言葉として生まれてきてもいいのになあと思う。
例えば仮に、FIGHTING AID という言葉の頭文字を取ってFA(ファー)というそれに対応する言葉が出来たとする。
「今日は後輩が仕事でトラブってたから、休みだったけど出向いてFA(ファー)してきたよ。」「世界にワクチンを待つ子供たちがたくさんいるみたいだから、俺、FAするよ。」なんて具合にである。
言葉が生まれれば世の中が変わるような気がする。
三澤先生何かいいアイディアをお願いしいたます!
華名選手が出陣!
人気女子プロレスラー華名選手が5月8日 FIGHTING AID 1 に出場することが決定した。
華名選手は、女子プロマットにとどまらず、多方面にご活躍している。
また、イラストレーター、デザイナー、ライターとしても本格的に活動。
多彩なファイターだ。
本日は新宿FACEで昼から華名選手主催興行があったので、ご挨拶、応援を兼ねてFIGHTING AIDのチケットを会場で売らせていただきに午前中から会場に乗り込んだ。
FIGHTING AID実行委員の木下さんと。
5月8日は、この華名選手と、日本を代表するスーパーヘビー級戦士吉江選手、ゲイからの刺客男色ディーノ選手の3WAYマッチが行われる。3WAYとは3選手が同時に闘うのだ。
最初このカードを聞いたときは、えっ!?と思ったが、時間がたつにつれどんな試合になるのか自分も興味津々。自分の母も、面白そうね。。と、なにげに万人が好奇心もてるカードとなっているようだ。
華名さんの本日の興行は超満員。
試合終了後にグッズ売り場になにやらすごい行列ができた。
覗くと、華名さんのサイン入りグッズ発売会だった。すごい華名人気だ。
さて、夜、同じく新宿FACEでビックバンベイダー興行があり、そこに吉江選手と長井選手が出場するということで、また FIGHTING AID 1 のチケットを売らせていただくことになった。
夜の部まで3時間近く空いたので、何か食べに周囲をうろついた。
すると、なんと、FIGHTING AIDのポスターが貼られている釜飯屋さんを発見!
このエリアは、吉江選手か吉江選手のお兄さんのつねおさんがおそらく貼ってくれたエリアだろう。
迷わずこのお店で釜飯を。
自分のポスターが貼られているお店で食べるご飯がこんなにおいしいとは思わなかった(笑)。
そして、夜の部、ベイダー興行へ。
思えば、忘れもしない1987年12月27日、アントニオ猪木がビックバンベイダーにフォール負けを喫し、猪木信者だった自分は絶望落胆した思い出があった。
そんなことを思い出しながら、22年の月日を経て、その対戦相手の主催する興行で自分が出場する大会のチケットを売らせていただくことになるとは、非常に不思議な気持ちになった。
FIGHTING AID 1のチケットを販売していたら、スコーピオ選手から握手を求められてしまった。
一体、誰と間違ったんだろう(笑)?
諸々、準備もいよいも大詰めだ。
応援よろしくお願いします!
週刊プロレスにファイティングエイド登場
今週号の週刊プロレス。
ファイティングエイドの予告記事をなんと丸々1ページ、ドーンと載せていただいた。
3月と4月、告知としてインフォメーションのコーナーに3回ほど載せていただいたが、このようにFIGHTING AID誕生の経緯やケルビン“ザヒッグヒット”と自分が対戦することになったいきさつを詳しく書いていただいたのは初めて。しかも1ページ!
自分が第三者的に読んでも、読み進めながらドキドキして、夢があり、すごく元気が沸いてくる記事だ。
このご時世において、チャリティーとしてリングに上がる選手の心意気、サイパンに渡りねばり強くケルビンを探し続け武士道の精神で真剣に果たし状を突きつけた自分の心意気を、書かれた安田拡了記者は高く評価してくれておられた。
高評価をいただいて本当にありがたいことだ。しかし、そういったことを“粋”と感じる安田記者こそFIGHTING AID の精神をお持ちなかたなのだろう。
自分の伝えたかったことを安田記者が代弁してくれた、まさにそんな自分の気持ちがそのまま詰まった記事だった。
今回、猛特訓してケルビン“ザビッグヒット”に挑む。
自分よりもケルビンとの対戦にふさわしい総合格闘技のファイターは世の中にたくさんいるだろう。
しかし、やられてもやられても懸命に向かっていく精神というものを自分はお見せしたいのだ。
不相応の人間が気持ちと努力次第でどこまでいけるのか、このチャレンジ精神というものは“無難”が良しとされる今の世の中に必要なことなのではないだろうか。
とにかくニッポンを元気にしたい。
自分がニッポンを変えるなど大それた事は言わない。
自分の作った小さな火種が波及しながら徐々に徐々に大きくなって新たな展開が起きてくれれば本望だ。
今夜も渋谷でストリートダンス
今夜も渋谷の某所で、LEEさんにダンスのご指導をいただいた。
ファイティングエイドの自分の入場時のダンスを練習した。
当日は、迫力あるクランプの音楽にのって3人のダンサーがまず登場し激しいダンス、自分も加わり4人でダンス、そして音楽一転し皆さんなじみのある音楽でリングイン、という入場を考えている。自分の出来次第では相当なインパクトになるかも。
練習後は、ダンスとのコラボに関して語り合い、大きく夢が膨らんだ。
大変面白い企画。
ぜひ実現させたい。
自分のいでたちはどうみてもダンスとは結びつかなそう、おやじ狩りと間違われなかったかな(笑)。
〔御礼〕
FIGHTING AID 1のチケット 7000円の方が完売になりました。ご賛同いただいた皆様、本当にありがとうございました。
5000円の方のチケットは残りあと50席です。
お申し込みは maeuri0508@yahoo.co.jp までお早めにお願いいたします。
坂口道場
FIGHTING AIDに坂口道場の原昭仁選手がご出場いただくため、主催者として横浜の坂口道場にご挨拶に伺った。坂口征夫さんからどうぞ練習もとお誘いいただき、練習にも参加させていただいた。
お父様の坂口征二さんが新日本プロレスの現役時代、自分は大ファンだった。
まさか二十数年の月日を経て、自分がその坂口さんの道場で練習をさせていただけることになろうとは夢にも思っていなかった。
そんなことを思いながら、道場内の張り詰めた空気の中、大変緊張した状態でたっぷり練習させていただくことができた。
本日は打撃の日。師範の方に、体幹の軸の角度、パンチやキックの軌道を修正していただいた。
90分間の練習のために往復4時間かけての移動時間だったが、いろいろご指導いただいて、すごく強くなった自分がいるような気がした、いや、実際うかがう前と比べ確実に技術が向上したであろう。
全ての行動は自分の血となり肉となっていく。
男に生まれてよかった。
帰りに車の中でそう思いながら今日開いた新たな1ページをまた今日もかみしめた。
「拓也」という名前の意味
今朝、目が覚めて、まず最初に思ったことは、FIGHTING AID 1までついに2週間をきったんだなということ。昨夜午前4時過ぎに寝たにもかかわらず、緊張で8時には目が覚めてしまった。
今日は朝9時からみっちり8時間のトレーニングをおこなった。
よく人から、ケルビン怖くないの?とか、よくそんなに何時間も練習できるねと言われるが、おそらく自分の脳はもう麻痺してしまっているのだろう。もう怖くもないし、何時間でも時間のある限り練習できる。
普段から6時間も7時間も練習していることで練習内容の“質”をよく問われることがあるが、映画のロッキーでも対戦が決まり何種類ものトレーニングを次から次へと繰り返し繰り返しおこなうシーンがあるが、あれをご想像していただければ、燃える“特訓”なるものが数時間ではこなせないのがわかるであろう。
今夜はDVDでロッキー3を見た。
残りロッキー4と5。
そしてロッキーファイナルを見て本番に臨む。
ついに決戦の日までであとわずかだ。
父が授けた「拓也」という名前、“自分の道を自分で拓いていく“ という意味に解釈して生きてきた。
しかし、ファイティングエイドのサブタイトルである ~僕たちが拓く100万人の未来~ という言葉を見るたびに、自分は自分の道を拓くだけでなく、世界の病気で苦しむ子供たちの未来も拓いてあげることも自分のもうひとつの使命だったのかなと最近感じている。
ひとりではこんなこと絶対出来ない。
信じられないくらいたくさんの人のエネルギーやご協力をいただき、多くの命を救うということがもうすぐ実現しようとしている。
神様から自分に下された使命だったのか、
名前に宿る運命だったのか、
身体は極限まで酷使して疲労もピークだが、毎日そんなことを紐解くように1ページ1ページをめくっていくのが楽しくてたまらない。
協力してくれる力
FIGHTING AID 1 当日、大学のラグビー部の後輩たちが福岡から飛行機代を使ってまでして大会の手伝いのために駆けつけてくれる。
ラグビーで一緒にプレーをしていない、学年的に15年前後も離れた後輩たちが、FIGHTING AIDの主旨に共感してくれ、当日スタッフとして力を貸してくれるのは非常にうれしいことだ。
西、吉田、吉本、高田。
こんな体験めったにできないと思うから、その分、かなり大変なことも多いと思うけど、お前らのその気持ちがワクチンを待つ子供たちに少しでも伝わるよう、当日はがんばろう!
お前らのその気持ちそのものが、自分自身を必ず成長させるから。
そして、自分が“もしも”の時には自分には構わず三澤先生のご指示のもと、任務をバリバリこなしてくれ。
ありがとうな!!
くも膜下出血
先日くも膜下出血で亡くなられた木村拓也コーチの追悼試合として、本日の巨人ー広島戦がおこなわれたようだ。
自分は、くも膜下出血で亡くなられた方の遺体を解剖したことがある。
くも膜下出血はイメージでは微細な毛細血管が破れ、うずらの卵くらいの血液の塊が脳を圧迫するようなイメージがあったが、自分が解剖した方は成人男性の握りこぶし2つ分くらいの大量の血の塊が脳を圧迫し、脳の形が完全に変形していた。その状態を見て非常にショッキングだったのを覚えている。
脳の血管は鍛えようが無い。
木村選手は他の選手からの信望も厚く、コーチとしてこれから新しい出発をというところであったようだが、無念だっただろう。
本日の試合は、谷選手が劇的な逆転満塁ホームランで巨人が勝利したとのこと。
木村選手の魂はいつまでも巨人、広島の両チームの選手の心の中に生き続けることだろう。
自分も同じ「拓也」としてご冥福を祈りたい。



















