「ボランティア」という言葉
「ボランティア」っていう言葉って、何とかならないものなのであろうか?
「ボランティア」という言葉自体は、なんか格好つけてるみたいで実は好きじゃないんだよと、あるかたもおっしゃっていたし、他にもその言葉に対するネガティブなご意見を今回FIGHTING AIDの準備をしている期間に多数聞いた。
決してその行為を否定した人はいない、その名称や受ける印象に対してスッキリしないイメージを抱いている人は多いようだ。
実は自分もその名称に関しては、あまり良い思い出が無い。
小学校の時に、後ろの黒板に今週の行事が書かれていたが、「ボランティア」と書かれた日には、全校生徒で学校周辺の草取りやゴミ拾いがあり、「ボランティア」=労働強制のような概念が頭にこびりつき、トラウマになっている。
「ボランティア」という言葉は英語。
内容にもよるが、日本語に訳すと、奉仕活動や人助け、古風に言うと、助太刀といったところであろうか。
助太刀いたす!というと聞こえは良いが、もっと刺激的で人を動かす言葉があったり、新しい言葉として生まれてきてもいいのになあと思う。
例えば仮に、FIGHTING AID という言葉の頭文字を取ってFA(ファー)というそれに対応する言葉が出来たとする。
「今日は後輩が仕事でトラブってたから、休みだったけど出向いてFA(ファー)してきたよ。」「世界にワクチンを待つ子供たちがたくさんいるみたいだから、俺、FAするよ。」なんて具合にである。
言葉が生まれれば世の中が変わるような気がする。
三澤先生何かいいアイディアをお願いしいたます!