箱根駅伝
今年の年末年始はショートステイだったので、2日の夕方には帰宅を。
1月2日とか3日に日本にいるのは実に10年ぶりだ。
テレビでふと箱根駅伝を見た。
そのすごい盛り上がりにビックリ。
自分が毎年海外のビーチでのうのうと居眠りしている時に、日本ではこんな感動的なドラマが毎年繰り広げられていたのかと気づかされた。
そこには、自分が一番心を動かされる“がんばる精神”というものがたくさんあった。
駅伝自体にはマラソンとは違うドラマがある。
それぞれの選手のいろいろな思いが交錯し、マラソンとはまた違ったエネルギーが渦を巻いている。
自分は中学高校と陸上部で、駅伝にもたくさん出場したので、そういうときの選手の気持ちや、辛さ、うれしさ、などが非常によくわかり、またそれが感情移入して見られる部分でもある。
最後のデットヒートも純粋に感動したけど、登り坂が得意という(普通ならありえない)強さをもった東洋大の柏原選手に憧れを感じた。
普通みんなが苦手なことを得意にすることは戦いという中でどれほどの武器になるのかを見せられた。
終わったばかりだが、来年が待ち遠しい。
またひとつ、パワーをたくさんいただけるものをこの世の中に発見してしまった。
元旦はトレーニングと海へ
1月1日。
今日も快晴。
素晴らしい空の青さ。
元旦といったらトレーニングと海でしょ、ということでまずトレーニングルームへ。
すると、元旦はなんとお休み。
今までそんなホテルなんてあったかな?と思いながらも、断念。
トレーニングルームの前の広いスペースで、軽くスクワットとプッシュアップを。
その間、約1時間、誰もココを訪れる者なし。
元旦からトレーニングってみんなあんまりしないのかな?
寝ていると、何かが突然顔面にブチ当たり、見ると大きなカマキリが。
正月早々カマキリがぶつかってくるなんて、何かのサインなのかな?
とりあえず、カマキリにポテトチップスを。
するとグアムのカマキリはポテトチップスを食べる食べる。
おいおい、昆虫なのに塩分と油を取り過ぎだぞと、心配しちゃうくらいの食べっぷり。
夕方からは、デューティーフリーの所にあるプラネットハリウッドにあいさつに。
このお店は、自分の友人が買い取り、現在オーナーをしている。
友人は富豪になりハワイ在住。
ここのマネージャーが以前東京に遊びに来た時に自分が焼肉を食べに連れて行ってあげたことがあり、それ以来ここのマネージャーたちとも親交が深い。
夜は、早くもグアム最後の夜。
ワインを飲みながら今年一年の戦略を練る。
最後は肉を目の前にし、戦略を練るはずが、今宵も獣に。
猛獣のように今宵もガツンと。
一年の系は元旦にあり。。。
去年のカウントダウン
12月31日、朝。
窓を開けると快晴。
海と空の青さが素晴らしい。
朝から28度だったが、湿気が全然ないため非常に快適。
青く澄んだ空は高く、吹き寄せてくる潮風は一年の疲れを癒やしてくれる。
。。。反面、きれいな海を見ると、パブロフの犬ばりにサイパンのあの怪物の猛威をちょっぴり思い出す(笑)。
「あの怪物」
「猛威」
いい天気を見て、部屋でジットしていられずに、軽く朝のウォーキングへ。
昨日載せてもらったハマーのリムジンがまだそこに止めてあった。
何も考えずにノンビリと街を歩くのもいいもんだ。
裸祭り状態で、あてもないウォーキングへ。
ヤシの実が落ちていた。
これ、割って食べたらおいしいんだよなあ。
結局、タイレストランに吸い込まれる。
もう昼前だったので、ここで昼食を。
大型スーパーマーケットに立ち寄り、飲み物食べ物を大量に買い込み部屋へ戻る。
夕方からはベランダで海を見ながらビールを。
気分が良くて、あっという間にバドワイザー12本飲んでしまう。
ビーフジャーキーも大きいのを2袋も。
気づくともうあたりは薄暗く。
2010年も今夜で終わる。
夜は部屋でゆっくり飲んで食べようと思い、シャンパンや追加のビール、テイクアウトのステーキなどをまたまた買い込み、年越し飲みのスタンバイ。
グアムでは午後9時。日本では午後8時。
さいたまスーパーアリーナでは宮田先生の試合がおこなわれているだろうかと思い、はるかグアムから思いを馳せ、宮田先生Tシャツにチェンジ。
宮田先生のダイナマイト!出場を知った時はすでにグアムを予約してしまっており、会場に応援に行けなかったのが今年の心残り。
絶対勝ってもらいたい。
そんな思いを抱き、そして今年一年のいろいろな思いを振り返りながら、激動の2010年は幕を閉じた。
カウントダウンと同時に豪華な花火がたくさん打ち上がった。
2010年、最高の年だった。
新年明けましておめでとうございます
新たな一年が始まった。
今年はどんな素晴らしいことが起きるのだろうか。
また今年も想像もしていなかった楽しいことやうれしいことがたくさん起きるのか、
それとも信じられないようなワナが待ち構えているのか、
何が起きても自分には肥やし。
良いことに喜び、悪いことを凌ぎ乗り越えながら、今年もまた成長したい。
去年は本当にいろいろなことがあった。
こりゃあブログに書けないよー、ということも実はたくさんあった(笑)。
でも、何があろうがなかろうが、人間、「元気」が一番!
皆さんと一緒に「元気」や「パワー」を共有し、今年もいっぱい笑いましょう!
ということで、話は、去年の年末から短期休暇でグアムに行くところから。
おととしは、もう年末の頃はあまり練習していなかったので、マレーシアへトレーニング旅行だったが、今回は年末までいろいろ忙しかったので、骨休めのショートステイでグアムへ行くことになった。
12月30日の夜、成田空港に付くと、もうお正月の飾りつけが。
空港には人がまばらだったが、機内には人がビッシリ。
偶然、横の席には何人かの他団体の選手が。
自分もBRAVEのTシャツを着ていったが、彼らも団体のTシャツを着ており、格闘技色の濃い席のならびに。
グアムの空港に着くと、税関での質問はいきなり「フィットネス? オア マーシャルアーツ?」、と(笑)。
おいおい、申告物のチェックじゃないのか(笑)??
ちなみにその税関の人はピュアブラッドグアムの選手だった。
グアムの空港からホテルは10分。
空港ーホテル間はハマー2のリムジンで送迎。
自分はいまだにハマー1が欲しい。
都内で乗るのは大変だけど、ああいう豪快なのがいいな。
ホテルはクリスマス飾り一色。
海外はだいたい1月の半ばくらいまでクリスマスの飾りつけをしてるんだよね。
時間は深夜2時。
一年の忙しさからやっと解放されたのと思うと、そのまま深い眠りへと。。。
2010年、最高の年でした
人生の中で一番激動の年であった2010年が今日終わる。
こんなに楽しく、いろいろなことに挑戦し、全てが感動的だった一年というのは人生初めて。
43番目にこんな大当たりのクジを引けるなんて、想像もしていなかった。しかるべき時に向けてコツコツがんばってきたことも無駄ではなかった。
皆さん、たくさんの素晴らしい思い出をありがとうございました。
この素晴らしい思い出を、全て来年の起爆のエネルギーに換え、がんばって行きたいと思います。
夢や希望を持って生きることがこんなに楽しいことだとは思わなかった。
(今年の3月にケルビンザビックヒットに挑戦状を持っていったときのサイパンのビーチにて)
皆様、ありがとうございました。
来年もいい年にしましょう!
来年もよろしくお願いいたします。
甲斐拓也
芸術か、それとも駄作か
水谷先生から、年末年始にいくつかの必殺ワザの名前を考案して命名するから、そのワザの写真を撮って送るようにと言われた。
深夜、時間の合間を縫い、自宅の道場でイメージ写真を。
ところが、セルフタイマーでそれをしてもなかなかうまくいかない。
最終的に出来上がったのがこれらの写真。
なんだかよくわからない。
やってる自分が見返してもよくわからない。
まずは、BRAVE芦田先生に伝授していただいたジャブの軌道から打つフック(のつもり)。
これを見て、水谷先生はどう判断されるであろうか(笑)?
次に、BRAVEの金子さんから伝授していただいたパンチのラッシュを受けている状態におかれながら相手のパンチをよく見て打ち出すカウンターのパンチ(のつもり)。
これを見て、水谷先生はさらにどう判断されるであろうか(笑)?
そして最後がこれ相手の首の後ろをつかみ頭をひきつけながらのカウンターの跳び膝蹴り(のつもり)。
これを見て、水谷先生はさらにさらにどう判断されるであろうか(笑)?
う~ん。。
難しい。
はたしてこんなアバウトな写真から命名が出来るのであろうか。。。。(笑)
しかしこれこそが芸術か?
それともやはり単なる駄作なのか?
水谷先生の芸術的完成にご期待しよう(笑)。
年賀状
年の瀬の忙しさに負けて、郵便局推奨の“年賀状は25日までに”には間に合わず。
全部で500人。
そのうち150人は年が明けてからメールで出す人。
350人は年賀ハガキで。
年賀状は印刷だが、ひとりに5分かけると1750分かかる計算。
昨年の年賀状の管理状態も悪く、その上、忙しさに押されて頭も大混乱状態。
同じ人に2枚書いてしまったり、
なぜか十年くらい前の旧住所あてに書いてしまったり、
亡くなった人に今度旅行行きましょうとか書いてしまったり、
離婚した前の旦那さんの苗字で書いてしまったり。。。
スタミナをかなり奪われながらもなんとか完成はしたのだが。。。
来年の年末は今年の半分くらいの忙しさでいきたいところだ。
それには秋くらいからは余裕を持って、かつ、全てなんでも先手先手にしかけていかないとダメだな。
来年も、たくさん笑える年だといいな。
毎年12月27日という日で気持ちのリセットをする
12月27日になると必ず思い出すことがある。
それは今から23年前にさかのぼる。
1987年12月27日。新日本プロレス両国大会。
アントニオ猪木がビッグバンベーダーにフォールされた衝撃的な試合だ。
自分は受験勉強中だったので、その試合を家のテレビで見ていた。
3カウントとほぼ同時に、うちの電話もけたたましく鳴り響いた。
同じ猪木信者の辻君からの失望落胆の電話だった。
その後、電話の話だけでは物足りなく、辻君はうちにきてふたりで明け方近くまで論議した。
これからアントニオ猪木はどうなるのか、新日本プロレスはどうなってしまうのか?ということを。
その当時、自分は大学受験で2年間浪人していた。
その年の年末。センター試験を翌月に控えた時期だった。
おそらく人生で精神的に一番追い詰められていた時。
自分の身分が名乗れない何も無い状態。
来年の保障も何も無い状態。
しかし無気力や自暴自棄にはなっていなかった。
いつもどうやって這い上がろうか考えていた。
毎日、常に向上心があった。
そういう苦労した時の気持ちって、喉元過ぎて大人になっていくと消えかかっていってしまうが、いつもこの時期になるとその試合の思い出をもとに自分のその当時の気持ちが呼び覚まされ、またあらたながんばろうという気持ちが生まれてくる。
12月27日という日は、自分のそういった向上心を思い起こさせてくれる、ダラけた毎日をビシッと引き締めてくれる、特別な日なのだ。
23年過ぎた今でも。
おそらくこれからもずっと。
クリスマスの朝
クリスマスの朝、YASUBEI 榎本さんの技の夢を見て目が覚める。
結構長い時間みていたような、しかもなぜか感動的かつ非常に鮮明なビジョンだった。
子供の頃は、12月25日の朝というのは、起きたら枕元にクリスマスプレゼントが置いてありとてもうれしかったが、クリスマスの朝にそのような夢をみるなんてその夢は格闘技の神様が自分にくれた今年のお疲れ様クリスマスプレゼントだったのか!?
先日、YASUBEI さんがBRAVEにいらした時に、YASUBEI さんのスゴ技の数々が自分の脳に強烈に焼きついていたからかもしれない。
寝技ではアッという間に相手の選手を折りたたむように極めていき、立ち技ではどのような状態からでもどのようにでも打てる打撃。
特に、側転しながら相手の頭部に振り落とすハイキックは圧巻、自分的にはアクロバティックで一番刺激的だった。
30日の戦極に出られるYASUBEI さん、崇太郎さん、そして31日のダイナマイト!に出られる宮田先生、がんばってください!!


































