
「ヒューマノイド」
原題:DISPLACDE
製作:2006年
●数百年前より、地球は2組の宇宙人によって監視されていた。宇宙人たちは地球に一切干渉しない事を旨としていたが、一方の宇宙人が地球の重要人物に接触し、極秘裏に勢力を拡大しつつあった。そこでもう一方の宇宙人の代表者が地球に行き、敵の悪事を探ろうとしたのだが捕らえられてしまう。彼を奪還すべく、代表者の息子であるマーク・ストレンジは地球に降り立つのだが、そのころ地球では秘密組織による内紛が発生していた…。
本作は『12 TWELVE』のスタッフによって作られた作品だ。元は自主制作の短編映画から始まった企画であり、場面ごとに作調が違うように見えるのはそのためなのだろう。
しかし結論から言わせてもらうなら、本作には2つの大きな欠点が存在する。ひとつは物語の冒頭に挿入される世界観の説明と、もうひとつはアクションシーンにおける編集についてだ。世界観の説明は劇中でも再度行われるため、わざわざオープニングに持ってくる必要は無い。更に問題なのがアクションシーンの演出で、こちらはカット割りが多すぎて何が何だか解らなくなってしまっているのだ(気を付けないとマジで映像酔いしてしまうので、初見の方はご注意を)。
前者はともかく後者の問題はとても酷いのだが、本作はそれらマイナスポイントに対して余りある程、格闘アクションの出来は良い。なにしろ『12 TWELVE』のスタッフが作っている上に、格闘シーンではマークの教え子(つまり格闘家やスタントマンの卵)たちが参加しており、質に関しては何の問題も無いのだ。中でもマークの活躍っぷりは『12 TWELVE』よりも凄いもので、彼は主人公だけではなく敵側の人造兵士も演じている。
人造兵士は書類を奪った一味を追い、競売会場や森を駆け抜け次々と敵を駆逐していく。この追跡劇がとてもテンポ良く、一度に2~3人を相手に闘う姿はとても素晴らしい。これで最後はマークVS人造兵士の壮絶なバトルで終われば最高だったのだが…そう、マークと人造兵士は同一人物。よって2人は一度も顔をあわせることも無いまま物語は終り、人造兵士に至ってはマークの協力者である人間の男にあっさり仕留められてしまうのだ。その代わりマークと敵の一味のボスとの対戦が用意されているが、人造兵士の前で右往左往しているだけだったボスには何の威圧感も無かった(動きは悪くないのだが)。
う~ん…これは評価の難しい作品だ。自主制作映画と考えれば上々の出来だが、普通に評価するとダメダメな演出に閉口してしまうし…。とりあえず映画としては『12 TWELVE』が圧倒的に上で、格闘シーンのクオリティなら本作といったところだろうか。もし同スタッフで第3作を作るのなら、果たしてどんな作品になっているのだろうか?

「ニンジャ・ハンター/炎の勇者たち」
原題:忍者大決鬥/忍者大決闘
英題:Ninja Hunter/Wu Tang Vs Ninja
製作:1984年
●本作は「羅鋭(アレクサンダー・ルー)の最高傑作にして代表作である」という前評判を聞いていた作品だが…いや、ここまでムチャやってる作品だとは思いませんでした(爆
少林派の常山に敗れた白眉道人の龍世家(ジャック・ロン)は、修行の末に不死身の肉体・鐵布杉を身に付けた。だが彼はそれだけで飽き足らず、忍者軍団の閻浩と手を結んで更なる勢力拡大を狙っていた。忍者という想定外の助っ人には少林寺も太刀打ちできず、少林派の拳士たちは忍者の力を得た武當派に次々と駆逐されていく。遂には、この機に乗じて武當派と結託していた朝廷が少林寺の焼き討ちを決行し、俗家弟子を含めた多くの拳士が犠牲となった。
龍世家も強いし忍者も強い!…というか少林寺が一方的に圧倒されすぎているような気がするが、龍世家は発火能力(おいおい!)まで習得して手の付けようが無いほど強くなっていた。かつて龍世家と闘った常山までもが倒され、もはや武林の天下は龍世家の手の中に…。それから時は流れて10年後、少林寺の焼き討ちから生き延びた龍冠武(マーク・ロン)は、息子の羅鋭と王龍(マイク・ウォン!)を少林派最後の望みとして鍛えまくっていた。
そんな彼らの元に、忍者の追撃を逃れて来た常山の娘が、鉄指拳の秘伝書を携えて現れた。羅鋭と王龍はこの鉄指拳に全てを賭け、ひたすらその修行に打ち込んでいく。だが、敵はとうとう羅鋭たちの家まで攻め入ってきた。しかも頼みの綱である鉄指拳は通用しなかった上に、龍冠武が羅鋭らを逃がすために犠牲となってしまう。常山の娘が敵の手に落ち、修行を終えた羅鋭と王龍はいよいよ敵地に突入するのだが、一体どうやってあの馬鹿強い龍世家を倒すのであろうか…?
本作は「少林寺と武當派の流派間争い」という功夫片ではお馴染みの物語だが、武當派へ忍者が介入するため、いつものVS清朝という図式ではないストーリーが展開される(最後に戦う相手も清朝ではなく、忍者軍団と龍世家のみ)。
功夫アクションはいつもの過剰な早回しファイトだが、今回は羅鋭作品常連の戴徹(ロバート・タイ)…ではなく朱客が武術指導を取り仕切っている。そのため、早回しでもマンネリに陥らない濃厚な功夫アクションが拝見できるのがポイント。ストーリーが詰め込みすぎている感もあるが、全体的な完成度は羅鋭作品の中でも上位に位置している。
なお、羅鋭ら主役たちが登場するのは中盤を過ぎてからで(なにしろ役柄が洪文定と胡亞彪なので)、そこに至るまでの前半部は龍世家の大暴れが繰り広げられる。この龍世家演じる白眉道人が凄まじいまでに強く、恐らく羅鋭作品の中で最も強いボスキャラなのではないだろうか?
そのイロモノ具合も『ニンジャ・キッズ』の鬼面忍者や『スーパー・ニンジャ』の張一道を凌ぐ程で、女性にエッチな悪戯をして強くなるわ、気功で女性の服を脱がしたりするわと、まさに羅鋭作品を象徴するかのような素晴らしいキャラクターなのだ(笑
さながら『ドラゴン太極拳』の銀魔王を彷彿とさせる無敵っぷりだが、実は本作の監督である呉國仁(ジェームズ・ウー)は、その『ドラゴン太極拳』に参加しているらしい。端役として『ドラゴン太極拳』という傑作に触れた呉國仁は、「いつかは俺も…」と第2の『ドラゴン太極拳』を作りたいと思ったのだろう。奔放に暴れ回る龍世家の影には、もしかしたら呉國仁の郷愁めいた思いが秘められていたのかも知れない…。

「レディ・ウェポン」
原題:PUSHED TO THE LIMIT
製作:1991年
●本作はモノホンのアメリカ女子プロレスラー、マグニフィセント・ミミが主演した作品である。マーシャルアーツ映画でプロレスラーというと、どうしてもノロノロとした動きの木偶の坊ばっかり想像しがちだが、本作でミミが見せる動作は結構なものだ。流石にシンシア・ラスロック並み…とまではいかないが、それなりにスピーディーな動きを披露してくれている。
主人公のミミは全米女子プロレスリングのチャンピオン(つまりほとんどミミまんまの役)。旦那や家族に囲まれ、仕事でも充実した生活を送っていた。そんなある日、遠征先のラスベガスで不肖の弟が殺されたという話が飛び込んできた。曰く、ミミの弟は麻薬密売人のヘンリー・ハヤシとその一味の手によって始末されたというのだ。
復讐を誓ったミミは、ヘンリーが催している闇の格闘トーナメントに出場し、奴の懐へ飛び込もうと画策した。そこで武道の師匠であるベラル・リードの元に弟子入りし、彼のつてによってトーナメントへと参戦を果たす。しかしヘンリーはミミの動向と目的に気付き、出場していたミミの親友を無残にも殺害たらしめてしまう。ミミは親友を殺した女子チャンプと相対し、同時に潜入して捕まっていたベラルもヘンリーの元へと迫るのだった…。
アクション事態に関してはそれほど悪く無い。プロレス技を交えた殺陣はそれなりに派手だし、登場するファイターたちもみんなバリバリ動いているが、そんな本作で珍しかったのは女性同士のファイトがあったという点だ。
香港映画では女性同士のバトルは珍しくも無いが、意外なことにマーシャルアーツ映画でこういった対戦を見かけることは少ない。女性メインの作品でも相手が屈強な男だったりする事が多く、女性VS女性というカードはなかなか見られないのだ。その点、本作はラストで闘う相手も西脇美智子みたいなマッチョ女なので、女闘美アクションという観点からは十二分に良い仕上がりを見せてるといえる(その代わり、ラスボスのヘンリーが完全にザコだったりとアラはあるが…)。
だがこの作品、カメラワークが非常にチープであるという問題を抱えている。私が特に気になったのが、先述した女チャンプの試合の場面だ。ここでミミは初めて女チャンプの凄惨なファイトスタイルを目にするのだが、肝心な止めを刺す場面で思いっきり観客の後頭部が被ってしまい、女チャンプが何をしたのか解らなくなっているのだ(!)。視聴者に対しても女チャンプの強大さを魅せるための場面であるはずなのに、いくらなんでもこれは杜撰過ぎる。
他にも、中盤の試合で選手のツバがレンズに付着したままになっていたりと、もうちょっとしっかり撮ってくれと言いたくなるようなカットが多い。普通のアクションシーンにしても単調な撮り方ばっかりだったし、少しぐらいカメラワークに変化を持たせてくれればよかったのだが…。

「忍者外伝 倭寇掃討作戦」
原題:術士神傳/忍術/蕩寇英雄傳
英題:Ninja in the Deadly Trap
製作:1981年
▼『カンフーエンペラー』の項でも触れたが、張徹門下の鮑學禮が監督した作品にはショウブラOB(というか張徹組のOB)を起用した作品が多々あり、本作では『カンフーエンペラー』に引き続いて狄龍(ティ・ロン)が出演し、郭振鋒(フィリップ・コク)・江生(チェン・シェン)・鹿峰(ルー・フェン)といった五毒の軽業担当メンバーも集結。更には倉田保昭とその弟子たちも参加しており、小規模なオールスター作品の様相を呈している(ちなみに鮑學禮は今回製作側に回り、代わりに五毒トリオが監督を務めた)。
なお、のちに郭振鋒は香港に帰って幾多の功夫・動作片を手掛けることになるが、江生と鹿峰はそのまま台湾に留まってニンジャ映画に転向。その後は羅鋭(アレクサンダー・ルー)の主演作などで活動していくが、本作はそんな彼らにとってニンジャ映画初体験となった作品だ。果たして、このニンジャ映画というジャンルに出会った江生と鹿峰は、どのような未来を想像していたのだろうか?
■時は倭寇が中国を攻め立てていた時代。
将軍の狄龍(『カンフーエンペラー』を見た後だと話が繋がっているように見えて面白い)は、各地で猛威を振るう倭寇を掃討せんと闘っていたが、倭寇が従える忍者軍団に手を焼いていた。そこで狄龍は「忍術を知る老師の元へ向かい、3人の功夫の達人に助力を依頼するのだ」と我が子である康威に命じた。康威はすぐに老師と接触し、彼から驚異的な忍者の実力と、市井で暮らしている3人の達人(郭振鋒・江生・鹿峰)の情報を得る。
街へ来た康威は探索の末に郭振鋒・江生・鹿峰ら達人たちとのコンタクトに成功し、彼らに忍者掃討の命を託した。だがその一方で、忍者軍団は倭寇掃討を企てる狄龍らを暗殺しようと、行動を開始していた。農夫に化けたり、色仕掛けを駆使したり、守衛に化けたりして将軍府へ潜入する忍者たち…もちろん裏で糸を引いているのは我らが倉田保昭である(どうでもいいがアジトの畳の張り方がメチャクチャで凄い気になる・笑)。
そこで将軍府に合流した郭振鋒らは、潜り込んでいた忍者たちを各個撃破で倒していく。5人の刺客のうち4人まで倒したが、今度は倉田保昭自らが突入して康威を連れ去ってしまった。郭振鋒たちは康威を奪還すべく、いよいよ忍者の本拠地へと攻め入る…が、そこには様々な仕掛けを秘めた忍者軍団が待ち受けていた(これが英題である「Ninja in the Deadly Trap」の所以だろう)。果たして最後に勝利を手にしたのは…?
▲五毒でニンジャ映画というと『ニンジャ・キッズ』の悪夢が蘇えるが、そこは『カンフーエンペラー』を作り上げた鮑學禮。今回も功夫アクションとストーリーに一切の隙が無い、硬派な作品作りに徹している。こと見事なのが五毒メンバーによるアクションの数々で、ハイクオリティの殺陣が随所に渡って繰り広げられ、彼らの技を徹頭徹尾堪能する事が出来る。狄龍はゲスト出演のためアクションはあまり披露してくれないが、その代わり圧倒的な存在感を見せ付けているのが倉田保昭だ。
こちらも狄龍と同じく出番は少ないものの、ラストでは五毒VS倉田という貴重な対戦を見せてくれるのだ。五毒指導の功夫アクションで闘う倉田保昭…本作はこの取り合わせが実現しただけでも、非常に価値があるといえるだろう。ちなみに中村勇・福島茂・野村昇ら倉田の弟子については、どこにいたのかさえ解りませんでした(忍者役か?)。
このように傑作と呼んでも支障の無い本作だが、ひとつだけ気になる事がある…この作品、クライマックスのアクション構成が、ショウブラで張徹が撮った『五遁忍術』に非常に酷似しているのだ。
光で目をくらませたり木の上から襲ってくる刺客や、長い獲物を操る倉田の側近(馬金谷)など、『五遁忍術』を髣髴とさせるカットが幾つも登場する。張徹の薫陶を受けた鮑學禮や郭振鋒が製作しているので、人によっては「自然と似通うのも当たり前だ」と思うかもしれない。だが『五遁忍術』が製作されたのは1982年のことであり、本作よりも後の話。張徹が五毒メンバーからアイディアを得たのか、それとも五毒メンバーが張徹作品から着想を得たのか…郭振鋒たちが『五遁忍術』に出演していない事や、倉田保昭が語った本作に纏わるトラブルも含めて、非常に気になるところであります。

「龍司 K1を目指した男」
製作:2007年
▼千葉真一の『けんか空手極真拳』三部作や『少林寺拳法』を例に出すまでも無く、日本には格闘伝記モノという作品がいくつか存在していました。ただし李小龍(ブルース・リー)の伝記映画のように多くの本数が作られた訳ではなく、量自体は微々たるものでしかありません。
本作はそんな格闘伝記モノの現代版といえる作品で、士道館の空手家である村上竜司を扱った物語です。しかし、私のような実際の格闘技の世界に疎い者にとって、村上がいかなる人物なのかは全く解らない…という訳で、その辺も含めてどのような作品か期待していました。
■時は70年代。岡崎礼(彼が村上竜司役)は札付きの不良だったが、刑事のジョニー大倉(!?)に諭されて空手道に開眼する。しかし何を始めればいいか解らないので、とりあえず当時人気沸騰だった『空手バカ一代』を全巻購入(笑)して自己流の修練に励む岡崎。だが、無軌道な暴力の果てに再びジョニーの世話になり、彼の口添えでようやく普通の空手道場に入門するのだった。
その後、高校を卒業した岡崎は友人に誘われて東京に行くが、今度はそこでヤクザ絡みのトラブルに首を突っ込んで大怪我を負ってしまう。「このままじゃワイはあかん!」と思った彼は、東京に出て本格的に空手に打ち込もうと意気込む。友人の梅宮哲と共に、上京を反対する父の与えた試練を突破した彼は、遂に念願の東京上陸を果たして士道館に入門を果たす。
だが、そこで待っていたのは更なる修行の日々、恩人・真樹日佐夫(演じるは小沢仁志だが真樹本人は別人役で出演)との邂逅、そしてライバルとの対決や運命の出会いの数々であった…。
▲と、要約すると何だか面白そうですが、実際の本作は非常に味気無い出来になっていました。その作風は『けんか空手極真拳』のように荒唐無な物ではなく、ナレーションや当時の映像を挟むドキュメント風の構成で描いています。が、この演出が作品の欠点を浮き彫りにしているのです。
というのも、本作は70年代を舞台にした物語が描かれていきますが、予算が無くて当時のセットを再現できなかったのか、その背景には普通に渋谷の109や超高層ビルが出てくるのです。この時点でリアルな描写やドキュメンタリータッチの作風は説得力を欠き、全く意味を成していません。それどころか、かえってショボさだけが際立つ結果を招いてしまっています。
格闘アクションについてもその辺の帳尻が合っておらず、空手家の伝記というだけあって格闘シーンこそ大量にあるものの、盛り上がらないBGMと効果音のせいで迫力は皆無(役者さんたちの技量に問題はないようですが…)。それでいて本作で1番の問題点は、宿敵との再戦や重要な戦いの数々が伝記として演じられず、当時の映像を流して誤魔化してしまっている点にあります。
これはこれで興味深い気もしますが、個人的には岡崎らの演じるファイトを期待していたので、単なる手抜き演出にしか見えませんでした。しかもラスト近くで当時の映像ばかりを使って締めに入っていたので、より手抜きっぽさが強調されてしまい、先述した物語面でのショボさとの相乗効果で作品にトドメを刺しています。撮り様によっては現代の『けんか空手極真拳』になったかもしれないのに、この出来では…。
ちなみにタイトルの「K1」とは総合格闘技のアレではなく、「キングワン」と読むのが正しいそうです。