遠い夏に想いを -77ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 狛江市は訳あって財政が苦しくて花火大会どころではない。それでも数多くの協賛企業の助けもあって、市制45周年の花火大会を和泉多摩川の河原で開催することになった。5千発とローカルでやる花火大会としてはまあまあの規模だろう。


 隣の調布市は毎年花火大会をやる。遠くは二子玉川でも花火大会がある。和泉多摩川の河原にでれば、遠くに花火が上がるのが見えるのだが、やはり地元で上げてほしい。


  花火大会が行われる二ヶ領の堰と小田急の鉄橋の間の河原
河原

 花火大会としては1922年から行われていたらしく、かなり歴史があるのだが2004年を最後に中止になり、2010年に市制40年で一度だけやって、その後また中止になり、今度は5年振りの花火大会だ。今年は川向こうの川崎市が一部協力するらしい。川崎側も5万人と相当の人出が見込まれるから協力してやるのはいいことだと思う。狛江市も5万人をみん込んでいるが、人口が7万人しかいないから、そんなに来るとは思えないが、近隣の町から大勢やってきた。


夕食


 例によって今日は小田急沿線に住む親戚一同を呼んで、河原へ行く前に夕食をとった。時間がないので宅配ピザをとり、私がパスタ料理を作り、特別なので以前に紹介したフランスの1990年のTAVELのロゼを開けた。25年も経っているから飲めるかと心配した。フルーティさはないがまあまあ飲めた。


 花火は7時半からなので、7時15分くらいに家を出た。もう河原は人で溢れている。


会場

花火01

花火02

花火03

花火04

花火05

 最後は川崎側と多摩川を結んで仕掛け花火を盛大にやってお開き。今までで一番盛り上がった花火大会で、楽しい一夜でした。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ









 絵画教室は8月はお休み。今年は特に暑いので8月の夏休みは有難いです。


 毎日暑いですね。散歩するのは朝に限ります。散歩に出て朝日があたる多摩川の二ケ領の堰を水彩で描いてみました。水面に映る空の濃い青がとっても美しかったです。



多摩川

 偶然小田急線の電車が橋を渡っています。静かな夏の日の始まりです。


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 バリリ四重奏団のLPレコードを後生大事に取ってあります。最近ではアナログに人気が出てきて、レコード・プレーヤーも販売され、レコード針も細々生産されているようです。


全集

 現実的には聴くことができないお宝になりそうです。まだ他にもフルトベングラーやベームなどのベートーベンやブラームスなどのLPもありますが、全集もののLPはこのバリリだけです。


 大学を卒業して最初に入社したのが石油会社で、暫くして札幌に転勤になりました。ある日、街のレコード屋さんの前を通った時に、ウインドーにこのアルバムが置いてありました。

レコード02

 当時の給料は石油会社だったので17,000円くらい。一流商社でも初任給が14,000円くらいでした。結婚を考えていましたので、花嫁にピアノをプレゼントしようと給料は全て預金していました。

レコード01

 春のボーナスの時期です。決算の関係から新入社員には支給されないのが普通ですが、心ばかりの金額をもらいました。1万円くらいだったと思います。この思いがけない収入でこのバリリのベート-ベンの弦楽四重奏曲の全集(全部でLP10枚)を買いました。


 ウィーンフィルのコンサートマスターを務めたワルター・バリリが率いる四重奏団は在学中に来日し、私も聴きに行きました。素晴らしい演奏を聴かせてくれて、感動したのを覚えています。その後バリリが右肘を痛めて四重奏団を解散してしまいました。


CD

 先日、新宿のタワーレコードに行き、復刻版のCDを探しました。ばら売りの復刻版はベートーベンのカルテットが全曲でなく、何曲か欠けていました。普通復刻版でも安いもので5千円位ですが、バリリのは取り寄せで1万円以上すると店員が言いますので、諦めて1枚だけ購入して来ました。大好きなGross Fuga(大フーガ)です。


 この曲は晩年の作ですが、依頼主やパトロンに気兼ねすることなく思いのままに書いた短い曲で、一つの楽章しかありません。パトロンなどの人達を招いて試奏しますが、発狂したような激しい旋律に、途中で人々が立ち去っていき 、誰もいなくなるという場面をその昔ある映画で見た記憶があります。



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 我が家のブルーベリーは大半が実を摘んでしまい、残り僅かになりました。今年は台風やら長雨やら猛暑が続き天候不順でした。


残り


 ヒヨドリの被害(?)にもあい、今年は駄目かと思っていましたが、様子がちょっと違います。奥さまは「ヒヨドリが受粉を手伝ってくれたのよ」って理屈に合わないことを仰います。


ヒヨドリ

 さてブルーベリーの木に残っているのはわずか15粒ばかり、殆ど収穫しました。ところが冷凍庫に保管している今年の量を見てビックリ、「うそ~、去年の分も一緒じゃないの?」って叫んでしまいました。

今年の分


 計ってみると1000グラム(約1000粒)もあります。昨年は290グラムと少なく、その前の年は400グラムでしたから、今年は驚異的な量です。肥料も何もやっていないので、年による収穫量の増減が激しいのですが、今年は当たり年だったのでしょうか。ヒヨドリさんの分は「天使の分け前」としましょう。


去年の分


 去年の分も含めて、今年はブルーベリージャムが沢山出来そうです。


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 タネ切れになると絵になってしまい、申し訳ありません。絵画教室のグループ展以来絵を描く意欲がないので、以前に描いた水彩画を載せます。


 一瞬、ニッと睨んでいる女性の表情が面白くて描いてみたのでしょう。

夫人像

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