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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 家にあるピアノ、ベルトンっていうピアノなんです。


遠い夏に想いを-ピアノ
 今では製造していないどころか、製作メーカーの富士楽器も存在していないんです。日本に沢山あったピアノメーカーは淘汰が激しく、寡占化が進み、今ではヤマハとカワイくらいしかありません。


 実はこのピアノ、半世紀あまり経ってます。我々の結婚年月と同じくらい古いのです。52年ほど前に私が札幌に転勤していて、結婚を考え始めた時から、お金を貯め始めました。勤務先は石油会社だったので初任給が1万7千円、一般の会社では1万4千円くらの時代でした。給料とボーナスを殆ど全て貯めて12か月。実家の屋根裏部屋住まいで部屋代・食事代はただにして貰いました。当時のピアノの値段は24万円くらいだったと思います。私も中学生の頃、ピアノをやりたかったのですが、家が経済的に余裕もなく、安いバイオリンで我慢した記憶がありましたから。


 妻の実家にはピアノがあり、妻も子供の頃からピアノをやっていました。ピアノを買うなら、ベルトンがいいと言う。ベルトン?当時でも余り聞かないメーカーでした。1960年代初め頃のヤマハのピアノは金属的な、無機質な、温かみのない音でした。カワイの方がまだましだったと思います。製造は今は存在しない富士楽器、当時はワシントン条約もない時代でしたから鍵盤は象牙で、ハンマーはドイツ製の高級品のアップライト・ピアノでした。


 札幌では姉一家が留学でアメリカに移った後に、彼らの一軒屋に引っ越しました。妻が近隣の子供たちにピアノを教えていました。この頃から妻はチェロを弾くのをやめてしまったのです。私もヴァイオリンを時々やる程度で、モーツアルトのヴァイオリン・ソナタなどを一緒に弾いた思い出があります。その後私もヴァイオリンを止めてしまいました。


 我々はよく引っ越ししました。札幌で2回、アメリカで2回、東京で6回、パリでの2回を含めるとベートーベンには敵いませんが、合わせて12回は引っ越しています。木造のアパートなどはピアノが置けないので、妻の実家に預かってもらいました。


<鍵盤は象牙、黄ばんで来ていますが、まだ充分柔らかな白です>
遠い夏に想いを-ピアノ2
 今の家に越してきてから、調律を幾度かやってもらいました。大学時代の旧友達とピアノ・トリオやピアノ・カルテットをやるためです。調律しても1年ほどでまた同じ音が狂ってきます。何度か調律して、最後はアクション部分を外して工房で直してもらいましたが、温度・湿度など環境の影響もあり、オーバーホールしなければダメらしく、諦めてしまいました。何時も同じ音が狂います。2オクターブ目のCとDです。最後は4オクターブ目のDの鍵盤がストロークした後、直ぐに戻らなくなりました。黒鍵もところどころ音が狂っています。その上、妻がチェロを弾く時間が長く、ピアノを全く弾かなくなってしまいました。以後、がらくたの置き場になり、無用の長物と化しました。


 思い出の楽器であり、処分できないのですが、皆さんの家にもこんな愛着ある無用の長物はありませんか?今では調律師さんでも滅多にお目にかからないというベルトンです。年老いて淋しそうですね。

長いブログを最後まて読んでくださって有難うございます。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 15年以上もヴァイオリンの調整をしていなかったので、代々木の楽器店に行って、本格的に専門家に楽器を見てもらうことにした。ついでなので妻のチェロも持っていった。(楽器に興味のない方はこのページをスル―してください)


 事前に点検して修理箇所を決め、作業をしてもらった。完了までに10日位かかって、昨日楽器を受け取りに行って来ました。


遠い夏に想いを-violin
 妻のチェロは6年くらい前に他の楽器店で見てもらい、裏板の剥れを修理してもらい、駒の修復と魂柱の調整をしてもらていました。


 「ヴァイオリンとチェロ、両方とも裏板が剥がれてますよ」と担当者に指摘され、修理してもらうことにした。日本は夏が高温・多湿で、冬には乾燥が激しく、何も防御策を講じていないと弦楽器は剥がれることが多い。特にイタリア製の楽器は要注意らしい。のりが日本の気候に合わないって、以前チェロを修理してもらった楽器店で言われたことがある。しかし、剥がれるのりの方が本格的に数理する場合、綺麗にはずせるので都合がよいらしい。


 妻のチェロは97年のイタリア旅行の際、ラヴェンナに立ち寄りマルコ・ミノッツィという製作者の工房を訪れ、直接会って製作を依頼し、1年がかりで作ってもらった楽器だ。前のブログで紹介したNさんに紹介したのもミノッツィだった。


 そもそも、私のヴァイオリンがミノッツィの93年製で、日本の楽器店で購入し、気に入ってたのが理由だった。しかし出来上がったチェロの方が遥かに素晴らしい音をだす。マルコ・ミノッツィ工房への訪問はここをクリックしてください(ここをクリック)


 レッスンについた頃、先生に私のヴァイオリンを弾いてもらった。さすがに先生だ。私には出せいない響きを出した。勿論、先生が自分の楽器を弾いた時のような響きではないけれど。半年くらい前から音色と響きが悪くなってきた。弦が古いせいだろうと思って、弦を変えてみたが思うような響きが出ない。それで調整に出したら、響が良くなった。人間と同じで時々健康診断が必要なのですね。


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 原因不明で腕・肩・首・腰が痛くなり、ヴァイオリンも弾けなくなったので、読売ランドの整形外科に12月から通っていました。そろそろ良くなったので3月末に通院を終りにしました。


 桜のシーズンも終わりに近づき、話題としては面白みに欠けるきらいがあるかも知れませんが、桜の話題をもう一つ。


 小田急線の生田という駅があります。その駅の前に小さな桜の木が4~5本、白とピンクの花をつけているのを見つけましたので、駅を降りてみました。以前にも紹介した隣の読売ランドの小川と同じ小川(五反田川と云うらしい)の土手に植わっており、余りに珍しいので写真に撮って来ました。


遠い夏に想いを-桜01
遠い夏に想いを-桜02
遠い夏に想いを-桜03
 桜か桃か判りません。桃の場合は花が枝に直接ついているそうです。桜は花が枝から少し離れて咲くみたいです。丁度サクランボの小枝のように。


<染井吉野>
遠い夏に想いを-桜04
 桜なのか桃なのか、どんな種類のものか、判る方がいらしいたら教えてほしいものです。どうもピンクで咲き始め、段々白くなっていくようです。桃には一本の木に白い花とピンクの花が一緒に咲く種類があるそうです。


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 桜の話題は、満開の時期ですが、すでに遅しの感がありますね。


 狛江に引っ越して、多摩川べりを散歩していると、川崎側にこんもりと桜の花が咲いているのが見えました。JRでも小田急線でも桜の名所としての案内はないので、多摩川べりに咲いてる桜くらいに思っていました。


<登戸の桜並木>
遠い夏に想いを-多摩川
<用水の取りいれ口、小田急の電車が橋を渡る>
遠い夏に想いを-取り水口
<桜が満開>
遠い夏に想いを-桜01
 10年くらい前に、桜の時期に行ってみました。登戸とJR宿川原の間を流れる二ヶ領用水という1600年頃に徳川家康の命で作られた日本最古の人工農業用水でした。この用水路は結構長く、先日紹介した読売ランドの小川と途中で合流し、二子玉川の手前で多摩川に流れ込みます。


<用水の途中にJR南武線が橋を渡る、人々は低い橋の下を通ります>
遠い夏に想いを-桜02
 今は住宅地になっていますが、55年ほど前に400本の桜の木が植えられたそうです。今では用水も整備されて素敵な桜スポットになっています。


<川には色々な花や鳥や魚などがいます。鯉が沢山泳いでいました>
遠い夏に想いを-鯉
 目黒川が桜の名所でも常に上位にランクされるし、私も目黒川に行ったことはありますが、ここは座るところもないので、ただ散歩するにはいいかも知れません。ここ二ヶ領用水はのんびり花見が出来るし、隠れた桜の名所だと思っています。


<しだれ桜もあります>
遠い夏に想いを-桜03
 ここには毎年桜を見にきますが、今年は桜の開花が例年よりも早く、満開でしたが、私の好みからいうと、花が散り始めた直後がいい。はらはらと風になびいて散る様子が何か色っぽくて好きです。


<去年の写真です。桜の花が散る光景>
遠い夏に想いを-桜04
遠い夏に想いを-桜05


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 祝日の昨日、以前に紹介したフランスの老婦人、マルグリット・フランス女史が指揮すろオケ―ストラ(テリー管弦楽団)の演奏会に行って来ました。場所は前回と同じ代々木公園内にある国立オリンピック青少年総合センター。満開の夜桜が綺麗でした。


<窓越しの桜の花>
遠い夏に想いを-桜


 今回は300席くらいの小ホールで、来場者は150人位、前回よりかなり多かったです。


 今回から妻のノッコがチェロ・パートに参加しました。10日前に突然参加が決まり、練習期間も殆どなく、楽譜も10日前の練習時に手に入れたほどで、まさにぶっつけ本番のよな状態で「死ぬ~」と嘆いていました。


 曲はシューマンのピアノ協奏曲とラベルのマメールロワ(マザーグース)。更にグノ―の木管楽器による小交響曲。マメールロワはバレ-音楽用バージョンで、普通聞く組曲とは違うのです。アマチュアが10日で仕上げるには手ごわい曲です。


 グノ―の曲は「アヴェ・マリア」などの声楽曲が有名です。オペラか声楽曲が殆どで管弦楽の曲は少ない。2つの交響曲と今回演奏された管楽器の室内楽くらだろうか。


<グノーの小交響曲>
遠い夏に想いを-グノー
 演奏は各プレーヤーのレベルがアマチュアしては高い。吹奏楽を楽しむ人たちには管楽器の室内楽は馴染み深いだろうが、私は初めて聴く曲だ。アンダンテ・カンタービレの第2楽章はグノ―の優しさが現れた美しい演奏だった。


<シューマンのピアノ協奏曲>
遠い夏に想いを-シューマン
 特にロマン派でも、シューマンは難しい。馴染みのあるメロディがあっても、全体としての表現は捉えどころがない。


<ラベルのマメールロワ>
遠い夏に想いを-ラベル
 ラベルは美しかった。マメールロワのエスプリに溢れた演奏は、きびきびとしてリズミックで素晴らしい。アマチュア楽団としては最高の演奏であった。


<マルグリットさん>
遠い夏に想いを-マルグリット
 マルグリットさんが舞台に出てきて解説をするのだが、早口のフランス語で大変だ。練習でもフランス語を交えて指示をだしたり、団員もフランス語がある程度解る人たちが多いそうだ。


 夜から振りだした春の雨も演奏会が終わる頃には上がり、綺麗な半月が夜空に輝いていた。


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