家にあるピアノ、ベルトンっていうピアノなんです。
今では製造していないどころか、製作メーカーの富士楽器も存在していないんです。日本に沢山あったピアノメーカーは淘汰が激しく、寡占化が進み、今ではヤマハとカワイくらいしかありません。
実はこのピアノ、半世紀あまり経ってます。我々の結婚年月と同じくらい古いのです。52年ほど前に私が札幌に転勤していて、結婚を考え始めた時から、お金を貯め始めました。勤務先は石油会社だったので初任給が1万7千円、一般の会社では1万4千円くらの時代でした。給料とボーナスを殆ど全て貯めて12か月。実家の屋根裏部屋住まいで部屋代・食事代はただにして貰いました。当時のピアノの値段は24万円くらいだったと思います。私も中学生の頃、ピアノをやりたかったのですが、家が経済的に余裕もなく、安いバイオリンで我慢した記憶がありましたから。
妻の実家にはピアノがあり、妻も子供の頃からピアノをやっていました。ピアノを買うなら、ベルトンがいいと言う。ベルトン?当時でも余り聞かないメーカーでした。1960年代初め頃のヤマハのピアノは金属的な、無機質な、温かみのない音でした。カワイの方がまだましだったと思います。製造は今は存在しない富士楽器、当時はワシントン条約もない時代でしたから鍵盤は象牙で、ハンマーはドイツ製の高級品のアップライト・ピアノでした。
札幌では姉一家が留学でアメリカに移った後に、彼らの一軒屋に引っ越しました。妻が近隣の子供たちにピアノを教えていました。この頃から妻はチェロを弾くのをやめてしまったのです。私もヴァイオリンを時々やる程度で、モーツアルトのヴァイオリン・ソナタなどを一緒に弾いた思い出があります。その後私もヴァイオリンを止めてしまいました。
我々はよく引っ越ししました。札幌で2回、アメリカで2回、東京で6回、パリでの2回を含めるとベートーベンには敵いませんが、合わせて12回は引っ越しています。木造のアパートなどはピアノが置けないので、妻の実家に預かってもらいました。
<鍵盤は象牙、黄ばんで来ていますが、まだ充分柔らかな白です>
今の家に越してきてから、調律を幾度かやってもらいました。大学時代の旧友達とピアノ・トリオやピアノ・カルテットをやるためです。調律しても1年ほどでまた同じ音が狂ってきます。何度か調律して、最後はアクション部分を外して工房で直してもらいましたが、温度・湿度など環境の影響もあり、オーバーホールしなければダメらしく、諦めてしまいました。何時も同じ音が狂います。2オクターブ目のCとDです。最後は4オクターブ目のDの鍵盤がストロークした後、直ぐに戻らなくなりました。黒鍵もところどころ音が狂っています。その上、妻がチェロを弾く時間が長く、ピアノを全く弾かなくなってしまいました。以後、がらくたの置き場になり、無用の長物と化しました。
思い出の楽器であり、処分できないのですが、皆さんの家にもこんな愛着ある無用の長物はありませんか?今では調律師さんでも滅多にお目にかからないというベルトンです。年老いて淋しそうですね。
長いブログを最後まて読んでくださって有難うございます。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ