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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 我が家ではこのところ玉ねぎ氷健康法を実践しています。玉ねぎは健康に良いと普通に食べていたのです。凍らせると、便秘、高血糖、血圧、血液サラサラ、肌荒れ、等などに効果があるとか。


遠い夏に想いを-本
 何処から聞き付けて来たのか、本も出ていて、これを買ってきて参考にしながら実践しています。果たして本のいうとおりの健康効果がある(妻は信じていますが)かどうか解りませんが、数日おきに作っています。


<電子レンジで玉ねぎ1個につき4分加熱~4個なら16分>
遠い夏に想いを-玉ねぎ1

<ミキサーにかける>

遠い夏に想いを-玉ねぎ2


遠い夏に想いを-玉ねぎ3

<製氷皿に移し、冷めたら冷凍室へ>

遠い夏に想いを-玉ねぎ4
 味噌汁に入れたり、他の料理に加えたりと応用範囲は広いようです。凍らせて置くので、数日間保存ができます。玉ねぎのツンとした刺激臭はなくなり甘さだけが残りますが、美味しいかどうかは微妙です。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 今日も吉祥寺に行きましたが、学生時代に住んでいた井の頭線の久我山の駅に電車が停まった時、久し振りに過去の記憶が蘇りました。数年前に訪れたこの町を思い出したのです。


遠い夏に想いを-久我山駅

 昔ここから早稲田に通っていました。近くの三鷹台には立教の女子高があり、電車の中で「A子ちゃん、500円貸してあげる」と言って財布を開けている女子高生。こっちは300円しか持ってないのに。お金持ちのお嬢さんなんだなって溜息をついたり。50年以上も昔の話です。


 井の頭線の線路の北側には都立西高があります。息子が西高に通っていたので、当時妻は時々久我山に来ていました。チャタレー裁判(今の若い人には何のことか判らないと思う)でおなじみの作家、伊藤整の家も高台の上にありました。


 線路の南側には今はない東郷青児の豪邸がありました。その豪邸の前を通って4~5分進むと、私の住んでいた家が表通りの角にありました。一戸建ての住宅でした。クーラーも電話もなく、唯一、電報が迅速な伝達手段でした。「サイフカラカネオクレ」なんて送ったものです。パソコンなんてないし、メールもなく、電卓もなく、コピーもない。全て手書きでした。渋谷にまだ「恋文横丁」があった時代で、ラブ・レターも勿論手書き。どこの家にも水洗トイレがなかった時代でした。東中野の妻の実家には当時自家浄水式の水洗トイレがありました。いま思うと不便な時代だったんですね。


  <緑が多く、玉川上水はすっと下を流れる>
遠い夏に想いを-玉川上水
 更に進むと、太宰治が入水自殺(実際は三鷹の辺りですが)をした玉川上水の流れがあり、川を渡ると岩通があります。その先は国学院と久我山病院の結核療棟がありました。


遠い夏に想いを-国学院
 現在は久我山駅と西高と国学院と岩通以外何も残っていません。当時開業したばかりの久我山薬局が駅前にまだありました。更に書店が昔のまま残っていました。店の女主人にこの辺の様子を訊いてみましたが、代が変わって昔のことは判らないと言う。


遠い夏に想いを-薬屋
遠い夏に想いを-書店
 50年で町はすっかり変わってしまい、住んでいた場所の特定も不可能でした。木造家屋が多い日本では仕方がないのでしょう。石の住居が基本のヨーロッパのようにはいかない。杉並区は戦災を免れたところが多く、東京市などと書かれた戦前の表札が残ってた静かな町でした。


  <家があったのは、この辺りらしい>
遠い夏に想いを-家があったところ
 諦めて、駅まで戻りました。駅の近くに喫茶店が朽ちて昔のままに残っていましたが、人影がなく無人でした。ここの奥にあった銭湯が消えて空き地になっていました。


遠い夏に想いを-喫茶店
 この喫茶店には銭湯の帰りによく立ち寄ったものです。綺麗な娘さんが店に出ていました。ここのお嬢さんですが、来る客は彼女がお目当てでした。何かむなしい思いだけが残り、青春時代の記憶が消えた久我山を去りました。今は急行が停まる駅になっています。


 年配の皆さんも若い頃に住んでいた場所を訪れたりしますか。50年といわず、20年、30年過ぎればかなり違った町になっていませんか。思い出は消えるのみです。


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 ブログネタが切れると、何か描きためたものを載せる癖があります。
今日は女性が朝の景色をぼんやり眺めている情景で、色鉛筆画です。


遠い夏に想いを-女性

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 5月の末から6月にかけて、一斉に花が咲き始めましたね。去年の暮れから咲いていたポインセチアはまだ綺麗ですが樹液が溢れてきて、窓辺をべとべとにします。仕方がないので外に出しました。


遠い夏に想いを-ポインセチア
 毎年までランタナの花に蝶が来ていましたが、今年は何故か来ません。西側の鉢植えのパンジーには来たようです。


遠い夏に想いを-チョウと花
 近所の家々には花がいっぱい、出かける時は、表通りに出る道すがら花々を楽しんでいます。


遠い夏に想いを-窓と花

遠い夏に想いを-ばら

遠い夏に想いを-紫陽花その2

遠い夏に想いを-紫陽花その1

遠い夏に想いを-ベゴニア


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 今日は吉祥寺にいます。小田急線の下北沢駅が地下に入り、井の頭線への乗り換えに以前より時間が掛かります。


  <将来、中2階が小田急線のローカル電車のホームになる予定>
遠い夏に想いを-下北沢駅
 まだ工事途中なので駅の中2階にはこんな表示があります。吉祥寺駅も改築中で迷子になりそうです。


 用事を済ませて吉祥寺駅の「ローズベイカリー」に寄りました。最近、日本に進出したパン屋さんです。パン屋さんといっても前回紹介したドミニックサブロンのように伝統的なパン屋さんではありません。テレビで紹介されたので既にご存知の方がいるかも知れません。


  <ローズベーカリー吉祥寺店>
遠い夏に想いを-ローズベーカリー
  <ローズベーカリーの厨房?
遠い夏に想いを-厨房
 ローズさんのパン屋ですが、店はパン屋さんの体裁をなしていません。ふわふわなイギリスパンを置いている訳でもなく、むしろペストリー屋さんに近いかな。イギリス人のローズ・カラリーニさんとフランス人の夫、ジャン・シャルルさんが2002年、シンプルでナチュラルな家庭料理とペストリーやお惣菜の店としてパリでスタートさせたお店です。


 吉祥寺店は銀座店よりも先にオープンしています。前回、紹介したドミニック・サブロンとは趣を異にします。ローズベイカリーの方が日本人に合うかも知れません。


  <喫茶スペース>
遠い夏に想いを-喫茶スペース
 パン屋さんで売っているようなパンは殆どありません。主な料理はオーガニックの食材をふんだんに使った家庭的なもので、カウンターには色とりどりの野菜料理が並んでいます。その隣にキッシュやソーダブレッド、スコーンやパウンドケーキなどの焼き菓子の類。


  <コーヒーとペーストリー>
遠い夏に想いを-ブラウニー


 ここには結構広い喫茶スペースがあり、吉祥寺と云う場所柄、子供連れの若いお母さん達が来てました。カプチーノとバナナとペーカンナッツのパウンド・ケーキとブラウニーを取りました。カプチーノとブラウニーは美味しかったですが、バナナとペーカンナッツのパウンド・ケーキはまあまあの味でした。


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