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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 その昔、アメリカを旅行していた時に、街で見かけた少女をイメージして、パステルで描いた絵です。晩秋でしたからコートを着てストールを首に巻いた可愛い少女で、緑色の瞳と亜麻色の髪が印象的でした。

$遠い夏に想いを-少女の絵

 亜麻色の髪といえば、ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」を連想します。もとはドビュッシーの前奏曲集の中にあるピアノの曲ですが、様々な楽器に編曲されています。

 私はヴァイオリンを弾くので、ヴァイオリン演奏による動画を探しましたら、大変に古い録音のものがありました。かって日本の至宝といわれた諏訪根自子と田中園子の演奏です。


           <ヴァイオリン用の楽譜>
$遠い夏に想いを-楽譜





 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページ
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 朝夕が涼しくなってきたので、午後遅くに多摩川に出てみました。今日は駅まで歩いて河原へ出ました。以前は駅を出て、かなり遠回りをしていたのですが、最近は遊歩道が出来て駅から直ぐに多摩川に出られるようになりました。


遠い夏に想いを-遊歩道
 しかし、土曜、日曜でも若者達は殆どいなくなりました。以前はBBQなどが自由に出来たのですが、隣の調布市が禁止してから、狛江市も禁止にしたからです。ごみが信じられないほど散らかって環境が悪くなったためです。


 <彼岸花>
遠い夏に想いを-ひがん花
 今は親子連れがのんびり散歩しているだけです。乳母車の親子が子供を外に降ろした途端、2歳に満たない小さな女の子が突然急な土手をはいはいして登り始め、慌ててお母さんが一緒に登って捕まえるなんて眺めがあったり、やっと歩けるように成ったばかりの女の子が河原の砂利道をよちよち歩いて、決して転ばない眺めとか、楽しいものです。


 <初秋の河原>
遠い夏に想いを-すすき


 <ボートをの人達と釣り人>
遠い夏に想いを-ボート遊び


 <野球少年たち>
遠い夏に想いを-野球


 <鳥の群れ>

遠い夏に想いを-鳥
 河原には朱や白の彼岸花が至る所に咲いていて、もう秋だなって思います。ススキもあちらこちらに見受けられ、ボート遊びをしている人たちや、中州で釣りを楽しんでいる人、河川敷の仮設練習場で野球の練習をする子供たちなど。下流に目を移すと白い鳥が魚を狙っている様子など、気持ちのいい散歩でした。


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 晴れ渡った秋の夜空にくっきりと浮かび上がったお月さま。8時頃には満月になるらしいのですが、6時半頃に撮りました。名月や ああ名月や 名月や なんて。風流も、わびも、さびも関係なしで月を眺めるだけです。


遠い夏に想いを-満月
 ところで、満月を見ると、興奮するタイプと穏やかになるタイプがあるとか。満月を見ると狼になるって、西洋にはあるみたいですが。あなたはどちらですか?


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 台風18号は各地で多くの被害をもたらしながら、日本列島を縦断して行きましたが、今日はまさに台風一過という晴れ渡った青空が広がりました。洪水、突風などの被害にあわれた方々にはお見舞い申し上げます。


遠い夏に想いを-夕焼け

 夕方には夕焼けが西の空に真っ赤に広がり、お月さまも東の空に綺麗に浮かびあがり、とっても素敵な夕暮れでした。


遠い夏に想いを-月

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 秋は何となく別れの季節のように思います。学生時代は3月の桜の時期が別れの季節という意識があります。会社などでは転勤が3月におこなわれるので、やはり別れの時期でしょう。私も今年の3月に「白木蓮の季節」と題してブログにも書きました。ただ、この別れには新しい出会いを予感させますね。それに反して、秋の別れには互いに去っていく静けさがあります。

$遠い夏に想いを-秋の空

 ある日の夕方、窓から夕焼けの雲を眺めながら、ある別れに想いを馳せていました。ふと耳にしたのがラジオから流れてくるショパンの「別れの曲」でした。

 この練習曲を「別れの曲」って、日本だけの愛称?ベートーベンの第5交響曲を「運命」と呼ぶのも日本だけらしいから同じかな。

 アルフレッド・コルトーの動画がありましたので載せておきます。録音は悪いですが、心にしみる演奏です。




 彼も1度だけ来日しています。1952年でした。まだ皆さんが生まれる前か、せいぜい子供の頃でしょう。私も高校生の頃で演奏会には行っていません。

 75歳の高齢での来日でしたから、演奏には幾つかのミスがあったりしまた。色々と批判する者がいたり、いや円熟未があっていいと言う者など、ケンケンガクガクだったと記憶しています。

 60歳代から演奏中に弾いている曲を忘れたり、様々な珍事の経験の持ち主だったらしいいので、仕方がないでしょう。そんなことで段々音楽界から姿を消して行きました。

 しかし、ティボーとカザルスとコルトーで組んだトリオの演奏は今聴いても素晴らしいの一語に尽きます。まさに世紀のトリオです。


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