夕方、家族で駅の近くのスーパーへ行く途中、駅の直ぐ近くの多摩川へ寄ってみました。
雲の殆どない快晴でしたが、夕闇が迫っていました。対岸の西の方角に富士山が赤い空にぼんやりと見えました。
去年の12月中旬にも白く雪を被った富士山を載せましたが、秋の幻想的な富士山もいいものですね。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ
夕方、家族で駅の近くのスーパーへ行く途中、駅の直ぐ近くの多摩川へ寄ってみました。
雲の殆どない快晴でしたが、夕闇が迫っていました。対岸の西の方角に富士山が赤い空にぼんやりと見えました。
去年の12月中旬にも白く雪を被った富士山を載せましたが、秋の幻想的な富士山もいいものですね。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ
今朝、余り天気が良いので、ぶらり多摩川散歩にでた。東京も98年振りに30度を超えて夏日になった。10月になってこんなに暑いのは初めてだ。
多摩川に出ると朝日に川面が銀色に輝き、川の中には釣り人や、たもを投げてる人がいる。まるで真夏の朝の光景みたいだ。
早朝から温度が急上昇、朝の散歩で汗ばむって滅多にない。近くのコンビニに寄り、何か冷たいものと思ったら、「ドトール」のアーモンドバーがあった。
カフェオレのアイスクリームにアーモンドをまぶしたアイスクリームバーで、甘さを抑えた食べやすい大人のバーだ。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ
フランス語の勉強会が市役所の会議室で週に1回行われている。皆さん高齢者なのだが頑張っているらしい。妻も老化防止のためと称して参加している。「ノッコさんがフランス語のテキストを読むと、やっとフランス語の教室にいるんだって感じがするわ」って言われたらしい。若い頃小さな語学学校でフランス語を教えていたとは言ってないらしい。いかにも彼女らしい。
今日は妻がブッフ・ブルギィニヨン(ブルゴーニュ地方の牛のシチュー)を久し振りに作るというので、勉強会の帰りに合流し、赤ワインを1本買って、カフェのテラスで一休み。気持ちの良い秋の日差しで心が和む。
ブッフ・ブルギィニヨンはアメリカにいた時に、友達のフランス人の奥さんから教えてもらったと言っていた。今まで幾度か作ったが、パリにいた時に作ったブッフ・ブルギィニヨンが最も美味しかった。当時貧乏だったが、パリは最後だからと食材をケチらなかったためか、それともシチュー肉が日本とフランスでは違いがあるのだろうか。
(40年前のレシピが出てきた)
あの時はパリを去る数日前で、友達になったカナダ人のマークを招待した。彼とはサンジェルマンの安レストランでよく昼食をとった。彼の夢は外交官になることだったが、夢は実現しのだろうかと今でも思う。日本人のシスターから紹介され、マリア会の宿泊施設に住んでいたので、シャワーも無料で、冷蔵庫は中を仕切って食糧品を保存することも出来た。パリの無星の安ホテルに滞在していると、シャワーがないから、マークにはシャワーにも入ってもらった。
息子は7歳になる直前で、パリでも英語を喋っていた。アメリカの小学校にいたので、英語を話すマークは大歓迎だ。彼は本を読んでくれたり、いろいろ息子の面倒を見てくれたりした。
朝から準備していた料理が出来上がり、テーブルに食事が並んだ。私達は箸を使っていた。「マークは?」との問いに、「箸を使ってみます」と言い、「僕は東洋文明にある種の畏敬の念を抱いているんです。箸もそうです。フォークやナイフは農具や武器です。西洋人は人を殺す道具で食事をするのです」と言って器用に箸を使った。
ブッフ・ブルギィニヨンは1年半振りだ。昨年の春に或るご婦人を招待した時に作ったが、この時もフランス語の勉強会があり、彼女には申し訳なかったが、時間がなくてレシピも見ないで、慌てて作ったので上手くいかなかった。今日はどうだろうか。
牛肉、玉ねぎ、マッシュルーム、ベーコン、赤ワイン、その他を、とろ火で煮るここと数時間。赤ワインは飲むものよりいいのを使えと言うが、上等なブルゴーニュのワインでは高すぎる。ピノ・ノワール種の赤ワインが美味しくするのかも。だが我らはチリのビオワインで我慢、我慢。それにシチュー肉でなくて、ブロック肉を使った。さあ、遂に出来上がったよ。久々に美味しかったです。パリが懐かしいです。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ
昨夜は「川沿いの隠れ家」と称するイタリアン/フレンチ・レストランで8月・9月生まれの誕生会をしてきました。義理の弟を除いて5人が8月・9月生まれでした。
今年3月の上旬のブログで紹介した小田急線の読売ランド駅近くのひなびたレストラン・「シュロ(棕櫚)」なのですが、なかなか直ぐには予約が取れず、8月・9月生まれの誕生会をやろうと、久し振りに兄妹6人で行って来ました。
店の外観は写真にある通りブリキのトタンでできた戦後の掘立小屋みたいなレストランです。この五反田川にかかる小さな橋は店の私有物なのすが、多くの地域住民が利用しています。
店内は椅子席ですが洒落た和風ともいる作りで京都風の坪庭があります。我々は6人で予約したため別室に案内されました。イタリアン・レストランとは思えぬ程、飾り気も何もない簡素な造りです。しかし、温もりがあり、静かで、居心地がいい部屋でした。
<自家製のパン、とても美味しい。粉はフランスから輸入してるとか>
(まさに隠れ家風の造り、右の硝子戸の中は小さな庭になっている)
結構美味しい料理が出ますし、従業員も丁寧で優しかったです。3時間の楽しい夕食で、9時半頃、家路につきました。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ
かってイギリスを旅した時に描いたロンドンのカヴェンディッシュ・スクエアの情景です。
オックスフォード・ストリートの近くにあり、四角い土地に低い円形の垣根があるスクエアです。朝の光が美しい一日で、会社の社員でしょうか朝の休息を取ってい姿にロンドンらしさを見る思いでした。
ロンドンには数えたことはありませんが沢山のスクエアがあります。スクエアは大小あり、議事堂の前にはパーリアメント・スクエアという芝生だけの小さなものから、大英博物館の傍には有名なブルームズベリー・スクエアやラッセル・スクエアがあります。
20世紀の初めにイギリス近代文学を起こしたヴァージニア・ウルフとかT・Sエリオット達のブルームズベリー派という作家や詩人、執筆家がいましたが、みなこの地区に住んでいたのです。
もともと裕福な人達が住む集合住宅に囲まれた緑の一角が、スクエアの始まりと言われています。住民以外の一般の人達も入れたそうです。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ