フランス語の勉強会が市役所の会議室で週に1回行われている。皆さん高齢者なのだが頑張っているらしい。妻も老化防止のためと称して参加している。「ノッコさんがフランス語のテキストを読むと、やっとフランス語の教室にいるんだって感じがするわ」って言われたらしい。若い頃小さな語学学校でフランス語を教えていたとは言ってないらしい。いかにも彼女らしい。
今日は妻がブッフ・ブルギィニヨン(ブルゴーニュ地方の牛のシチュー)を久し振りに作るというので、勉強会の帰りに合流し、赤ワインを1本買って、カフェのテラスで一休み。気持ちの良い秋の日差しで心が和む。
ブッフ・ブルギィニヨンはアメリカにいた時に、友達のフランス人の奥さんから教えてもらったと言っていた。今まで幾度か作ったが、パリにいた時に作ったブッフ・ブルギィニヨンが最も美味しかった。当時貧乏だったが、パリは最後だからと食材をケチらなかったためか、それともシチュー肉が日本とフランスでは違いがあるのだろうか。
(40年前のレシピが出てきた)
あの時はパリを去る数日前で、友達になったカナダ人のマークを招待した。彼とはサンジェルマンの安レストランでよく昼食をとった。彼の夢は外交官になることだったが、夢は実現しのだろうかと今でも思う。日本人のシスターから紹介され、マリア会の宿泊施設に住んでいたので、シャワーも無料で、冷蔵庫は中を仕切って食糧品を保存することも出来た。パリの無星の安ホテルに滞在していると、シャワーがないから、マークにはシャワーにも入ってもらった。
息子は7歳になる直前で、パリでも英語を喋っていた。アメリカの小学校にいたので、英語を話すマークは大歓迎だ。彼は本を読んでくれたり、いろいろ息子の面倒を見てくれたりした。
朝から準備していた料理が出来上がり、テーブルに食事が並んだ。私達は箸を使っていた。「マークは?」との問いに、「箸を使ってみます」と言い、「僕は東洋文明にある種の畏敬の念を抱いているんです。箸もそうです。フォークやナイフは農具や武器です。西洋人は人を殺す道具で食事をするのです」と言って器用に箸を使った。
ブッフ・ブルギィニヨンは1年半振りだ。昨年の春に或るご婦人を招待した時に作ったが、この時もフランス語の勉強会があり、彼女には申し訳なかったが、時間がなくてレシピも見ないで、慌てて作ったので上手くいかなかった。今日はどうだろうか。
牛肉、玉ねぎ、マッシュルーム、ベーコン、赤ワイン、その他を、とろ火で煮るここと数時間。赤ワインは飲むものよりいいのを使えと言うが、上等なブルゴーニュのワインでは高すぎる。ピノ・ノワール種の赤ワインが美味しくするのかも。だが我らはチリのビオワインで我慢、我慢。それにシチュー肉でなくて、ブロック肉を使った。さあ、遂に出来上がったよ。久々に美味しかったです。パリが懐かしいです。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

