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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 我が家では健康にいいという物を極力とるようにしています。食用油はオリーブオイル、スパイスのカダモン、ニンニクやトマトの補助食品など、その他サプリメントなどです。


 先日、お菓子のディスカント店でお菓子とは関係ない変わった物を見つけて買ってみました。玉ねぎの皮を粉末にしたものです。


遠い夏に想いを-玉ねぎ皮ビン

 玉ねぎは「玉ねぎ氷」して食べています。皮は子供の頃から健康にいいと、母が乾燥させて煎じてお茶にしてくれましたが、結構面倒くさいですね。


遠い夏に想いを-玉ねぎ皮
 この製品は一瓶に200個分の国産玉ねぎの皮が入っているそうです。お茶にしたり、カレーに入れたり、お味噌汁に入れています。小さじ一杯で充分らしいです。味は変わりますが、何かスッキとした風味がでます。ケルセチンやその健康に良い成分が含んでいるそうです。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 昨夜は夜空が晴れ渡り、夕方から散歩に出かけました。


西の暗闇の空に上弦の月と宵の明星が輝いていました。


携帯しか持っていなかったので、一応撮って見ました。


家に帰って、カメラを持ち出し撮ろうと思ったのですが、既に月も星も西の地平線に沈んでいました。


<見ずらいですが、夜空の右側に上弦の月と左側に宵の明星>
遠い夏に想いを-月と星

余りに幻想的な夜空だったので、携帯で撮った写真ですが載せてみました。


<今日7日に撮り直した月と星、6時頃で月と星の位置が異なる>
遠い夏に想いを-今日の月と星

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 寒さが募って来ましたが、昼は陽射が暖かいので、町を歩くことにしました。


 ある場所にさしかかると、大きな庭に柿やミカンの木が植わってます。その一つに直径15センチはあろうかという大きな実を付けている木がありました。柑橘類には違いありませんが、東京では見かけない果物です。まだ熟していませんので、青いままです。


遠い夏に想いを-ボンタン?
 むかし長崎のボンタン(文旦)を食べたことがありますが、それに匹敵する大きさです。


 また近くの家には柑橘類の木と柿の木があり、背景に日本とは思えない変わった木が2本立ってます。面白いので写真に撮ってみました。


遠い夏に想いを-変わった木

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 人はそれぞれ、人生を振り返ると、その人のターニング・ポイントで忘れることが出来ない音楽や歌がありますよね。皆さんはどうですか?

 私は30歳代の初めにアメリカに留学しました。私の人生の転換期でした。大学卒業と同時にヴァイオリンから離れて行き、以後30年近くヴァイオリンに触れませんでした。

 その頃はフォークソングの全盛期で、ビートルズは解散し、彼らの時代は終わっていました。その後ボブ・ディラン、PPM、サイモンとガーファンクル、ジョン・デンバーなどのフォークシンガーがアメリアのポップス界をリードした時代です。アメリカではヒッピー族や同性愛者が出てきて、ホットパンツにノーブラジャーが現れ、時代が変わり始めました。

 そんな時に私の心を捉えてのが、クラシック音楽ではなく、ニューヨークのブロンクスで育ったユダヤ系のサイモンとガーファンクルでした。留学に旅立つ時に私の心の中で微かに響いていたのは彼らの「Sound of Silence」(サウンド・オブ・サイレンス)でした。

 この曲についてカナダでのライブでサイモンはこう述べています。「私には問題がありました。知性の面でなくて、感情的に他人と話が出来ない、触ることも、恋することも出来ない。そんな気持ちを歌ったものです」。当時の私は似たよなものだったかも知れません。



 未知の世界に己を置いて試して見たかったのかも知れません。会社の毎日から学生生活に戻るのは結構大変で、学業や勉学で辛い時には「Boxer」(ボクサー)という曲を聴いて己を励ましました。




 ホームシックになったら「Homeward Bound」(早く家に帰りたい)で心を慰めることもありました。



 友人達と別れて帰国する時には「Bridge Over Troubled Water」(明日に架ける橋) を口ずさんで、明日を信じたものです。そして変わりました、私自身も、全てが。



 この他には映画『卒業』でご存じの「スカボロー・フェア」や「ミセス・ロビンソン」など、多数の名曲があります。スペースの関係で英語の歌詞を翻訳しませんでしたが、ご容赦ください。これ等の曲を聴くと、昔を思い出し、今でも私の心が震えます。

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 イタリアのフェラーラの民家の軒先に立つ一人の女性。頭上には真っ赤な花が咲いています。



 さて、誰でしょう?


空想上の女性ですね。

遠い夏に想いを-乙女

 フェラーラは中世の時代に有名な女傑イザベラ・デ・エステが生まれた町。そんな古い時代を思わせるシチリアーノの旋律が流れてくるような気がします。

 <私の大好きなイタリアの作曲家レスピーギのリュートのための古代舞曲とアリア 3楽章/シチリアーノ>




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