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池袋フィールドのブログ

ライブハウス 池袋フィールドです。
アーティストとしても活動中の店長・山石敬之が
日々の出会いやエピソードを語っていきます。

思い付きを現実化するのが好きだ。

よく仲間内で「こんな事出来たら面白いね」などと

話だけは盛り上がる事ってあるよね?

だが、結局話しは立ち消え、忘れ去られる。

だがもし、それらを片っ端から現実化してたら

どんなに楽しいだろう。

そこに求められるのは「行動力」だ。

考え、腰を上げ、連絡を取り、説得する。

実際にはなかなかの手間だが、

その努力を厭わない者が、物事を動かして行く。

 

10月8日(月祝)に、「対-the 2man show-」というイベントで、

「ガロ」vs「海援隊」という企画を演る。

もう長く出演している「菊池ともか」は、

70年代の日本のフォーク好き、というシブい嗜好。

中でも「ガロ」の大ファンで、カバーもしている。

私にとってもガロは、音楽に目覚め始めた

中学生時代のヒーローの一組だ。

3人組のフォーク・ユニットで、

見事なコーラスとギター・テクニックで、

一時代を作り上げたレジェンドだ。

そして菊池と「やっぱり3声のコーラスって別物だよね」と

よく話していた。

彼女のサポートの久保田吉輝と私の3人で、

いつかガロのカバー・ライブが出来たら面白いね、と

漠然と夢に見ていた。

そこに「石村吹雪」の登場。

あまり誰かの影響を受けずに来た彼が、

数少ないファンだったユニットが「海援隊」。

やはり3人組だ。

だったらお互いカバーを前提にしたライブを演ろう、と

話しはトントンと進み、今回のイベントとなった。

 

こういう企画は言ってみれば「お遊び」だ。

それに時間と労力を持って行かれる事に

二の足を踏む人も多いとは思う。

だが音楽を始めた頃を思い出してみよう。

それはまさに「お遊び」その物だったろう。

思い付きや興味が人を動かし、「趣味」となり、

やがてその人の人生そのものになる。

「思い付きで動く」は、そんなアーティストの

活動の原点かもしれない。

イチイチ大袈裟に言って申し訳ないが、

「一事が万事」って言葉もある。

閃き、行動する、は我々にとって大事な事だ。

例えそれがちっぽけな事でも。

 

70年代は日本でも世界でも

若者のカルチャーが目覚め、動き出した時代だ。

「ガロ」も「海援隊」も大先輩で、

誰でもが知っている訳では無いかもしれないが、

現在へと繋がる長い道のりの「道標」には違いない。

来場者に「へー!」とか「オー!」とか言わせたい。

我々は間違いなく彼らのDNAを引き継いでいる。

誰もが歴史の息子、娘なのだ。

今いる立ち位置を確認する上でも、

10月8日は、意義あるイベントになるだろう。

3声のコーラスって「別物」だから。

 

 

 

今年も9月22日から私の「秋ツアー」がスタートする。

現在はその準備でバタバタだ。

 

初めてツアー・タイトルを付けて活動を始めたのは、

SCRAMBLE時代の1986年「Trial Run」ツアーからだ。

それ以前も漠然としたタイトルはあったが、

マネージャーが便宜上ネーミングしたもので、

しっかりと通年に渡るメッセージを込めたタイトルでは無かった。

1986年からはツアー・タイトル曲も作り、

まさに全国を駆け抜けた。

2001年以降のソロ活動時代では、、

しばらくの間、タイトルはないままだったが、

2005年の「UNITY」以降は、毎年ツアー・タイトルと、

新曲のタイトル曲を掲げて一年を過ごして来た。

 

ツアー・タイトルを決めて活動する事には、

大きな意味がある、と考えている。

「ツアー」というからには、

その規模はともかく、そこには「計画性」が必要。

何処をどのように回って行くか、戦略的にもなる。

漠然と来た話に対応して、バラバラとブッキングするのでは無く、

あくまで自分の状況や考えに基づいて、

「コチラから」ブッキングして行く。

回るエリアについてもしっかりと考えざるを得ないし、

月ごとの本数も塾考するだろう。

そうなれば当然一本一本のライブへの責任感が違う。

取り組み方が違う。

観せる内容も変わって来るだろう。

別に全てがワンマンである必要は無いのだから、

ツアー・タイトルを決めて一年を過ごしてみてはどうだろう?

一年間をシバるツアー・タイトルは、

君の決意や想いを宣言する事になる。

それに基づいたステージは、必ず君を一つ大きくするだろう。

一年間を終えた時、達成出来た事、出来なかった事が、

翌年への意欲をかき立てるはずだ。

ツアーに入る前に、ツアー・タイトル曲とサブ・タイトル曲の

最低2曲は、新曲を作ろう。

簡単では無いが、これは「重い曲」だ。

決意や想いの詰まったこれらは、

その後、その一年間の思い出と共に、必ず君を助けてくれる。

ステップアップのキッカケになるのは間違いない。

 

嫌な言い方をすれば、ツアー・タイトルなんて、

「でっち上げ」に近い。

決めて、言い張れば良いだけだ。

だが、一年間を走っている内に、想いは形を成す。

タイトルに恥じない活動を、演奏を、自らが求めるだろう。

ブレたり、ボヤけたりしがちな活動を律する意味でも、

こういう考え方があっても良い。

逃げられないように自分を追い込むのは、

気がつけば「弱気の虫」に蝕まれがちな自分、

そんな自分自身と戦うためにも有効に違いない。

笑っちゃうような規模や内容でも、

続けて行けば、必ず実質が追い付いて来る。

「ツアーやってます」が当たり前になれば、

周りは興味を持ち、期待感を持つ。

「ちゃんと演ってる人」に見える。

「形式」が「実質」を形作る事もあるのだ。

もちろん「中身」が伴わなければ、全ては無意味だが。

 

私の個人サイトに、1982年5月からの全ライブの記録がある。

実に36年分だ。

それは私の人生そのものと言っても良い。

実際には同じく1982年から参加した「The Alfee」の

膨大なスケジュールも重なる。

音楽漬けの人生だが、それも誇りだ。

だが無我夢中の時期が過ぎた後、

やるべき事がある。

それは活動に「意味」を持たせる事だ。

「それ、要る?」と思うかもしれないが、

それは、実際にその意識を持った事が無いから思うのだ。

人は生きる事に意味を求める。

それは実際には虚しい作業かもしれない。

それ自体「でっち上げ」なのかもしれない。

だが、アーティストには責任がある。

今、やっている事に「意味性」「意義」が無ければ、

それにお金を払って観に来てくれる皆んなに何て言うんだ?

「たまたま」だと?

「行き当たりばったり」だったと?

信念を持って歩もう。

せめてその「振り」をしよう。

その宣言が「ツアー・タイトル」なのだ。

その「カッコ付け」が君をやがて高みへ誘う。

私は魂を賭けてツアーに臨んでいる。

でも元々は、ちょっとカッコ良い気がしたからだ。

だが、その勘違いが私を育てた。

大切な時間を作れた。

 

2018年は、20代に活動していたバンド名「SCRAMBLE」を

そのままツアー・タイトルにした。

いつかその日が来ると心のどこかで意識して生きて来た気がする。

私の音楽人生を総決算する一年だ。

向き合わなければならない幾つかと対峙し、

作らなければと思っていた音を作る日だ。

いつの間にか、小さくまとまってしまう自分に鞭打つ日だ。

そして来年の4月7日へと向かう。

これで人生が終わるわけでは無いが、

全てを振り絞る時も必要なのだ。

その覚悟を、今年のツアー・タイトルに込めた。

このブログで、若者達に提言を繰り返しているが、

私自身もやるべき事があり、それを実行する。

ただ言ってるだけ、じゃね。

 

今回は妙に長くなってしまったが、

歳と共に全てが愛おしくなるのです。

ステージに立ち、弾き、唄う。

ただそれだけの人生だ。

そしてそれはいつも「ツアー」の中にあった。

我々は旅する芸人だ。

そして私はこの秋も、旅に出ます。

誇りと共に。

 

 

 

 

 

 

アーティスト紹介の八月。

最後は、私「山石敬之」自身のお話しを。

 

何度かプロフィール的な事は書いて来ましたが、

ま、とにかく長~くやってます。

そして長く活動する事自体に大きな意義があると思っている。

もちろんその間は、様々な障壁と戦う日々だった。

それでも今現在、安定して活動出来ているのは、

本当に幸運の連続だったし、

長きに渡り支えてくれた全ての人々のおかげ、と感謝でいっぱいだ。

よくこういう事をアーティストは言うが、

ここまで長いと、これは「本当」だ。「本気」だ。

皆んなの応援無しに今の私は有り得ない。

そして私は、来年の4月8日に「60歳」を迎える。

ここは私と私を応援して来てくれた全ての人達のために

感謝を込めたイベントを打つべきだろう、と

ずっと考えていたが、決心した。

2019年4月7日(日)、誕生日の前日に、

有楽町マリオンに新しく出来た、

「ヒューリックホール東京」というホールで、

コンサートを開催します!

キャパは約1000。

現在の私の枠組みでは、少々無謀だ。

だが、勝負に出るべき「時」もある。

 

アーティストって「博打打ち」なところがある。

未来は常に霧の中だが、

それでも石橋を叩いてばかりいても何も起きない。

着実な努力の積み重ねはもちろん必要だが、

結局壁を打ち破るのは「閃き」や思い切りの良さだ。

「無理」と言われた事を

「やってやろうじゃないか!」という心意気で打開しなくては、

結局どこへも行けない。たどり着けない。

チャンスやラッキーは、そんな心意気が呼び込むのだ。

そして勝負に出るからには負けられない。

気持ちだけじゃ勝てはしない。

だからこそ「ここぞ」の時に戦える自分を

日々の努力の中で準備しておかなければならないのだ。

負け続けの博打打ちは、ただのロクデナシだ。

「そんなの無理」を誰かに言われる前に自分で言ってる内は、

決して「上」には駆け上がれない。

周りが呆れるくらいの「上昇志向」がアーティストには必要だ。

そして「言うだけはあるなぁ」と周りを納得させなくては。

 

20代の山石敬之は、生意気な若造だった。

絶対的な自信があり、将来に微塵も不安は無かった。

そしてひたすら前だけを見つめ、仲間を引っ張った。

業界との交渉では、妥協する事は一切無く、

生ヌルイ提案は、片っ端から断った。

「自力で何でも出来る」と信じ、必要な事は何でもした。

ファンクラブが1000人を突破した時、デビュー前に

「渋谷公会堂」でのコンサートをぶち上げた。

ライブハウス・レベルからの脱却を試みたのだ。

結局はその数年後、道半ばでバンドは解散するが、

打てる博打は、片っ端から打った。

人の成功は、どの段階で計るべきか分からないが、

その後の私の人生も浮き沈みが激しかった。

結局50代になってから安定して来たのは、

ラッキーだな、とは思うが、

別に安定を求めて生きて来た訳ではない。

池袋フィールドを立ち上げた事自体が「博打」だったのだから。

 

そして次の博打が、2019年4月7日のコンサートだ。

ここまで生きて来た私の「音楽人生」で出会った全ての人に、、

「山石敬之」はここにいるぞ、という意思表示だ。

過去も現在も私はいつでも存在している。

ふと私の音楽に触れたくなった時、

探せばいつでも会いに来れるようにして来た。

私は皆んなの「灯台」であろうと思っている。

私の音楽で育った人達にとって、私はきっと「原点」だ。

原点との再会は、自分自身との再会を意味する。

何かを見失った時、人は原点に立ち返る。

暗闇に灯る灯台のように、私を目指せば、

きっと自分自身を再び見つけられる。取り戻せる。

そんな存在で有り続けよう、と走って来た。

それが音楽の持つ最大の役割かもしれない。

 

2019年4月7日

「ここに立てば星は輝く」

春の日を目指して、戦いは続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

池袋フィールドは、私仕様のライブハウスだ。

つまりピアノの弾き語りに向いている。

ところがどういう訳か、ギター陣が男女共に多い。

そんな中ピアノ弾き語りの「 イシヅヤシン  」が登場した。

しかも骨太でありながらも、繊細で深い音楽性。

よく言う「世界観」をしっかり持ったアーティストだ。

彼を表現する上で、池袋フィールドは

音響的にも、照明的にも適している。

こういう人の為に作ったライブハウスなので。

 

出会いは「87年組」というイベントだった。

1987年生まれのアーティストで構成されたイベントで、

東京と関西のアーティストがそれぞれの土地に呼び合い、

展開するイベントで、今も続いている。

皆優秀で、お互いを高め合う仲だ。

しかも時には厳しく批判もし合う姿は、

ここから素晴らしいアーティストが出て来る予感がする。

そんな中でも「 イシヅヤシン  」は頭一つ抜けていた。

初めて聴いた時、いきなり「ドップリ」と

彼の歌世界に引きずり込まれた。

人を「別世界」へと連れ去るのが優れた音楽だ。

彼はまさにそれを体現しているのだ。

 

「 イシヅヤシン  」は。ストーリー・テラーだ。

それはファンタジーと言っても良い。

独特のタッチは「劇画風」で、どこか絵空事だが、

ふと気付くと聴く者の脳裏には、

自分自身の人生のワンシーンが蘇る。

それは、大切な「記憶の箱」の蓋を開けられた感覚だ。

胸さわぎがし、心が動くのが分かる。

もうその段階で彼の術中にハマっている。

彼の音楽の前では、誰もが「記憶の旅人」になる。

人を愛する不安も、孤独のイラつきも、

果たせなかった約束も、そして忘れかけた夢も、

鮮やかに追体験出来る、そんな音楽だ。

 

そして彼は出会ってからも、止まる事なく「前」へと進んでいる。

着実にファンを増やし、活動の幅も広げている。

ライブハウスで観たい音楽とは、

まさに彼のような音楽だ。世界だ。

着実な演奏力と、説得力のある歌唱。

何故かピアノを「斜め」にセッティングするこだわりも、

独特の雰囲気を作り出す。

一度観れば、間違いなく印象に残り、

二度観れば、虜になるだろう。

 

そんな「イシヅヤシン」だが、

本来はもっとブレイクしていてもおかしくない。

だが、まだそこまで行っていないのには、二つ理由がある。

まず、作品世界は素晴らしいし、演奏力は問題無いのだが、

ピアノに関しては、「おぉ!」という程ではない。

彼と同等の実力を持ったアーティストがいたとして、

ピアノだけでも人を惹きつける表現力をもし持っていたら、

人はそちらを選ぶだろう。

弾き語りアーティストは、「唄」プラス「楽器」の二本立てだ。

この両方が抜きん出ていなくては、トップには立てない。

そこの部分の突き詰め方が、まだまだ甘いのだ。

そしてもう一つは「運」だ。

こればかりは仕方ない、と思うだろうが、

実際には、活動にパワーがみなぎっていれば、

運も自ずと訪れるものだ。

勝手に引き寄せられて来るものだ。

それが訪れないのは、どこかで現状に甘んじている部分があり、

「攻めて行く姿勢」がまだ足りないのかもしれない。

楽曲のバラエティーさや、ライブ毎の新鮮な驚きがもっと欲しい。

もっと更に上を目指して、貪欲に戦って欲しい。

 

イシヅヤシンの主戦場は、ライブハウスだ。

日本各地でも展開し、今後はその幅をもっと広げるだろう。

だが、こと彼に関してだけは、

その本領を知りたければ、池袋フィールドで観る事を勧める。

本当の彼の世界に触れられる。浸れる。

音楽の持つ不思議な力を体験する事が出来るだろう。

彼には、質の高いピアノと音響、照明が似合う。

彼を表現する為に、我々は努力を惜しまない。

それだけ期待しているし、

彼のようなアーティストの後押しをする為に、

池袋フィールドは存在するのだ。

 

さあ、この秋はぜひ「イシヅヤシン」に浸ろう。

きっと音楽そのものを、また好きになるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆んなは「白鳥麻子」というアーティストを

知っているだろうか?

歳は多分20代後半。

新大久保や池袋で展開してる。

東京都下出身で、かなりカワイイ。

あんなに目の大きな人っているんだね。

でも、結構腐ってて、やたらに酒を飲む。特にビールを。

で、タバコも吸うし、人付き合いは良いけど、

話し上手じゃない。

元々はギターの弾き語りだけど、

最近は、バンドに走り、ドラムを叩いたりもする。

楽しくやってるっぽいけど、

実は行く先はまだまだ見えて無い。

 

それが私が知ってる「白鳥麻子」です。

 

出会いは数年前。

何かのイベントのゲストでフィールドに来てたんだと思う。

気に入ったので、ブッキング・ライブに誘った。

以降、レギュラーで出演している。

ワンマン・イベントを組んだ事もある。

出演の度に「お言葉を」と言って来る。

私に学びたいんだな、と思い、

その都度何らかの助言を伝えている。

「FIELD TV」にも多く出演し、

池袋フィールドの「顔」の一人だ。

私は、池袋フィールドの全女性アーティストの中でも、

最も期待している。

私に助言を求める女性アーティストには、

「白鳥麻子を観ろ」「彼女に学べ」と言っている。

 

白鳥麻子には、有るべき姿がある。

特に女性アーティストが進むべき姿の、

ベストでは無いにしても、

一つの音楽人生の姿が間違いなく、ある。

それは「赤裸々」だという事。

「自分と正直に向き合う」という事。

特に「自分の中の闇から目をそらすな」という事だ。

リアリティーの追求では無く、単に正直なんだと思っている。

彼女は、音楽で自分自身を救っている。

きっと壊れそうな自分を音楽が救ってくれたんだろう。

自分の中の「闇」を歌にする事で昇華している。

そして何より重要なのは、

彼女は「唯一無二」であるという事。

それはひたすら自分と向き合う事で、

ごく個人的な世界を表現する、に特化しているからだ。

一見普通な事のように感じるだろうが、

自分の「楽しい」「苦しい」「美しい」「汚い」を

全部歌にするのは勇気の要る事だ。

「本当の自分」をさらけ出して歌ってしまう姿勢は、

観ていて清々しい。

そして最終的には「キュート」にまとまっているのは、

才能だな、と思う。

 

硬軟取り混ぜて代表曲はあるが、

その中でも私が注目している曲は

「オモイオモイカノジョ」だ。

男性が聴くと結構「ゲッ」と腰が引けそうな内容。

想いが重過ぎて、相手を独占したがる痛~い主人公が

しかし、こう言う。

「こんなに想っちゃいけないなんて言うなら

何が愛だって言うの?」

多かれ少なかれ、相手に夢中になれば、

人は独占欲と戦う事になる。

それを表に出すかどうかの違いだけだ。

人は「光と闇」を双方持つ。

エロい事から皆んなの幸せまで、

一人の人間の中にも多様性があるんだ、って事を

ごく普通の言葉で、格好付けずに歌っている。

それが「白鳥麻子」だ。

 

正直、まだまだ弱点も抱えている。

だが、それは努力や鍛錬で越えられる部分だ。

アーティストの根幹、真髄の部分は、

そう簡単に掴めるものでも、手に入るものでも無い。

だが、その肝心な「核」を彼女は既に手にしている。

どうかそれを大切に、そしてより深く伸ばして行って欲しい。

そろそろ本当の意味で、若手が目指すべき存在にまで

成長しても良い時期だ。

 

「白鳥麻子」(ちなみに、シロトリと読む)この名前を、

ぜひ覚えて、チェックして欲しい。

それは、もうすぐ羽ばたく才能の名前だ。