アーティスト紹介の八月。
最後は、私「山石敬之」自身のお話しを。
何度かプロフィール的な事は書いて来ましたが、
ま、とにかく長~くやってます。
そして長く活動する事自体に大きな意義があると思っている。
もちろんその間は、様々な障壁と戦う日々だった。
それでも今現在、安定して活動出来ているのは、
本当に幸運の連続だったし、
長きに渡り支えてくれた全ての人々のおかげ、と感謝でいっぱいだ。
よくこういう事をアーティストは言うが、
ここまで長いと、これは「本当」だ。「本気」だ。
皆んなの応援無しに今の私は有り得ない。
そして私は、来年の4月8日に「60歳」を迎える。
ここは私と私を応援して来てくれた全ての人達のために
感謝を込めたイベントを打つべきだろう、と
ずっと考えていたが、決心した。
2019年4月7日(日)、誕生日の前日に、
有楽町マリオンに新しく出来た、
「ヒューリックホール東京」というホールで、
コンサートを開催します!
キャパは約1000。
現在の私の枠組みでは、少々無謀だ。
だが、勝負に出るべき「時」もある。
アーティストって「博打打ち」なところがある。
未来は常に霧の中だが、
それでも石橋を叩いてばかりいても何も起きない。
着実な努力の積み重ねはもちろん必要だが、
結局壁を打ち破るのは「閃き」や思い切りの良さだ。
「無理」と言われた事を
「やってやろうじゃないか!」という心意気で打開しなくては、
結局どこへも行けない。たどり着けない。
チャンスやラッキーは、そんな心意気が呼び込むのだ。
そして勝負に出るからには負けられない。
気持ちだけじゃ勝てはしない。
だからこそ「ここぞ」の時に戦える自分を
日々の努力の中で準備しておかなければならないのだ。
負け続けの博打打ちは、ただのロクデナシだ。
「そんなの無理」を誰かに言われる前に自分で言ってる内は、
決して「上」には駆け上がれない。
周りが呆れるくらいの「上昇志向」がアーティストには必要だ。
そして「言うだけはあるなぁ」と周りを納得させなくては。
20代の山石敬之は、生意気な若造だった。
絶対的な自信があり、将来に微塵も不安は無かった。
そしてひたすら前だけを見つめ、仲間を引っ張った。
業界との交渉では、妥協する事は一切無く、
生ヌルイ提案は、片っ端から断った。
「自力で何でも出来る」と信じ、必要な事は何でもした。
ファンクラブが1000人を突破した時、デビュー前に
「渋谷公会堂」でのコンサートをぶち上げた。
ライブハウス・レベルからの脱却を試みたのだ。
結局はその数年後、道半ばでバンドは解散するが、
打てる博打は、片っ端から打った。
人の成功は、どの段階で計るべきか分からないが、
その後の私の人生も浮き沈みが激しかった。
結局50代になってから安定して来たのは、
ラッキーだな、とは思うが、
別に安定を求めて生きて来た訳ではない。
池袋フィールドを立ち上げた事自体が「博打」だったのだから。
そして次の博打が、2019年4月7日のコンサートだ。
ここまで生きて来た私の「音楽人生」で出会った全ての人に、、
「山石敬之」はここにいるぞ、という意思表示だ。
過去も現在も私はいつでも存在している。
ふと私の音楽に触れたくなった時、
探せばいつでも会いに来れるようにして来た。
私は皆んなの「灯台」であろうと思っている。
私の音楽で育った人達にとって、私はきっと「原点」だ。
原点との再会は、自分自身との再会を意味する。
何かを見失った時、人は原点に立ち返る。
暗闇に灯る灯台のように、私を目指せば、
きっと自分自身を再び見つけられる。取り戻せる。
そんな存在で有り続けよう、と走って来た。
それが音楽の持つ最大の役割かもしれない。
2019年4月7日
「ここに立てば星は輝く」
春の日を目指して、戦いは続く。