大神神社 ― 1 ― 桜井市三輪。初詣、三社参りについて
我が家では、毎年の初詣は三社参りをします。
三社参りは文字通り、初詣に3つの神社をめぐることです。
初出勤のおりに、春日大社(かすがたいしゃ)と大神神社(おおみわじんじゃ)、
そして近所のスサノオ神社にいったことを話すと、
行きすぎではないの?おかしがられました。
後で調べて分かったことなのですが、どうやら三社参りは西日本が盛んであるらしいです。
由来はしっかりしたものでしたが、私の場合は自流となっております。
正月の間に3つの神社にお参りにいかないといけない体になってしまっているということです。
定番なのは、春日大社(かすがたいしゃ)と大神神社(おおみわじんじゃ)です。
そしてあと一社は、その時の気分、状況で決まります。
橿原神宮(かしはらじんぐう)であったり、伊勢神宮であったり、また近所の神社であったりします。

大鳥居からの参道は人と出店でごった返し、活気にあふれます。
この雰囲気が毎年楽しみのひとつなのです。
三輪山と大神神社の目次はこちら
「大神神社 古事記の山「 三輪山 」【総集編】」
三社参りは文字通り、初詣に3つの神社をめぐることです。
初出勤のおりに、春日大社(かすがたいしゃ)と大神神社(おおみわじんじゃ)、
そして近所のスサノオ神社にいったことを話すと、
行きすぎではないの?おかしがられました。
後で調べて分かったことなのですが、どうやら三社参りは西日本が盛んであるらしいです。
由来はしっかりしたものでしたが、私の場合は自流となっております。
正月の間に3つの神社にお参りにいかないといけない体になってしまっているということです。
定番なのは、春日大社(かすがたいしゃ)と大神神社(おおみわじんじゃ)です。
そしてあと一社は、その時の気分、状況で決まります。
橿原神宮(かしはらじんぐう)であったり、伊勢神宮であったり、また近所の神社であったりします。

大鳥居からの参道は人と出店でごった返し、活気にあふれます。
この雰囲気が毎年楽しみのひとつなのです。
三輪山と大神神社の目次はこちら「大神神社 古事記の山「 三輪山 」【総集編】」
奈良・平城京跡のナゾ。 夏休み・特別編!奈良質問コーナー・・・その3
こんにちは。
奈良歴史ミステリーハンターの鈴木です。
前回の「奈良の鹿のナゾ。 奈良質問コーナーその1 」、
「日本最大級の古墳のナゾ。鶯塚古墳 奈良質問コーナーその2 」
のつづきです。
日が沈むと美しい夜景に変わり、京都市内から奈良にかけて幅広くパノラマを楽めるらしく。
よく見ると平城京の碁盤の目に沿って明かりが走るのが見えるそうですね、
ですです。
若草山山頂からの夜景は、新日本三大夜景のひとつに選ばれています。
車でひょいっと上がれるところなので、気軽に訪れることができます。
夜景の資料がないので、日中のものを掲載します。
山頂から正面の景色です。正面の山が大阪と奈良を隔てる生駒山です。
遮るものが少ないので、奈良市街を一望できます。
先の写真より左側の景色です。
黒ぐろとした深い緑の山は御蓋山です。
その向こうに天理、大和郡山の市街がうかがえます。
そして右側の景色です。
山の向こうに見えるのは京都は木津の町並みです。
奈良の町並みが、かつての風情をのこしております。
名残のように碁盤の目を描いています。
大阪や神戸のような派手派手さはないですが、しっとりと落ち着いた雰囲気の夜景です。
おすすめです!
若草山自体は恐らく700年以上ほとんど姿が変わってないのでしょうか?
そのとおりです。
若草山をはじめとする付近の山々は、霊山つまり神様がいらっしゃる山として古来より崇められていました。
また、藤原氏の氏神として春日大社の社殿が建立されてから約1000年以上、山での狩猟・伐採が禁じられていました。
そのおかげで特別天然記念物の植生を残す原始林となっています。
ただ、ここに平城京という都があったのは確かなんですか?。
そのとおりです。
こちらをご覧ください。若草山山頂からのぞむ平城宮跡です。
ぽっかり四角く切り取られたような野原がありますね。
ここが平城宮跡地になります。
平城遷都1300年祭 が開催中ですね。
しかし、ほんの100年前には、田園風景がひろがっていました。
これを今の姿にしたきっかけとなり、また100年前に平城遷都1200年祭を成し遂げた人物がいました。
その名を棚田嘉十郎さん。
彼の功績については、こちらをごらんください。
「100年物語。棚田嘉十郎と平城宮跡地 ~奈良平城遷都1200年祭から1300年祭へ 」
せんとくんが、仏様と鹿の角 やはり 平城京遷都1300年祭分身なのかもしれませんね(o^∀^o)
ですね!同感です。
御質問、ありがとうございました。
私自身も奈良を再考きっかけになりましたよ。
みなさんも、どしどし質問をお寄せ下さい。
奈良歴史ミステリーハンターの鈴木です。
前回の「奈良の鹿のナゾ。 奈良質問コーナーその1 」、
「日本最大級の古墳のナゾ。鶯塚古墳 奈良質問コーナーその2 」
のつづきです。
日が沈むと美しい夜景に変わり、京都市内から奈良にかけて幅広くパノラマを楽めるらしく。よく見ると平城京の碁盤の目に沿って明かりが走るのが見えるそうですね、
ですです。若草山山頂からの夜景は、新日本三大夜景のひとつに選ばれています。
車でひょいっと上がれるところなので、気軽に訪れることができます。
夜景の資料がないので、日中のものを掲載します。
山頂から正面の景色です。正面の山が大阪と奈良を隔てる生駒山です。
遮るものが少ないので、奈良市街を一望できます。
先の写真より左側の景色です。
黒ぐろとした深い緑の山は御蓋山です。
その向こうに天理、大和郡山の市街がうかがえます。
そして右側の景色です。
山の向こうに見えるのは京都は木津の町並みです。
奈良の町並みが、かつての風情をのこしております。
名残のように碁盤の目を描いています。
大阪や神戸のような派手派手さはないですが、しっとりと落ち着いた雰囲気の夜景です。
おすすめです!
若草山自体は恐らく700年以上ほとんど姿が変わってないのでしょうか?
そのとおりです。若草山をはじめとする付近の山々は、霊山つまり神様がいらっしゃる山として古来より崇められていました。
また、藤原氏の氏神として春日大社の社殿が建立されてから約1000年以上、山での狩猟・伐採が禁じられていました。
そのおかげで特別天然記念物の植生を残す原始林となっています。
ただ、ここに平城京という都があったのは確かなんですか?。
そのとおりです。こちらをご覧ください。若草山山頂からのぞむ平城宮跡です。
ぽっかり四角く切り取られたような野原がありますね。
ここが平城宮跡地になります。
平城遷都1300年祭 が開催中ですね。
しかし、ほんの100年前には、田園風景がひろがっていました。
これを今の姿にしたきっかけとなり、また100年前に平城遷都1200年祭を成し遂げた人物がいました。
その名を棚田嘉十郎さん。
彼の功績については、こちらをごらんください。
「100年物語。棚田嘉十郎と平城宮跡地 ~奈良平城遷都1200年祭から1300年祭へ 」
せんとくんが、仏様と鹿の角 やはり 平城京遷都1300年祭分身なのかもしれませんね(o^∀^o)
ですね!同感です。御質問、ありがとうございました。
私自身も奈良を再考きっかけになりましたよ。
みなさんも、どしどし質問をお寄せ下さい。
日本最大級の古墳のナゾ。鶯塚古墳 夏休み・特別編!奈良質問コーナー・・・その2
おはようございます。奈良歴史ミステリーハンターの鈴木です。
前回の「奈良の鹿のナゾ。 奈良質問コーナーその1 」につづき、読者さんからの質問の回答編です。
若草山の頂上には鶯塚古墳もあるとの事、誰が眠っているのでしょう?、
まずは、映像をご覧ください。ハイ。
こちら若草山山頂の映像です。鶯塚古墳です。
「史跡 鶯塚古墳」
このこんもりとした丘が鶯塚古墳ですね。
全長103メートルの前方後円墳です。
標高300m以上の山頂の古墳として最大級になります。
その頂上部分に、「鶯陵」の石碑がたてられています。
実は、由来がはっきりとしておらず通説では仁徳皇后(磐之姫命)の墓といわれています。
関連情報。鶯乃滝(パワースポット)です。癒されますよ。
癒されてください。鶯乃滝【動画】 ~奈良 春日山原始林紀行
前回の「奈良の鹿のナゾ。 奈良質問コーナーその1 」につづき、読者さんからの質問の回答編です。
若草山の頂上には鶯塚古墳もあるとの事、誰が眠っているのでしょう?、
まずは、映像をご覧ください。ハイ。こちら若草山山頂の映像です。鶯塚古墳です。
「史跡 鶯塚古墳」
このこんもりとした丘が鶯塚古墳ですね。
全長103メートルの前方後円墳です。
標高300m以上の山頂の古墳として最大級になります。
その頂上部分に、「鶯陵」の石碑がたてられています。
実は、由来がはっきりとしておらず通説では仁徳皇后(磐之姫命)の墓といわれています。
関連情報。鶯乃滝(パワースポット)です。癒されますよ。癒されてください。鶯乃滝【動画】 ~奈良 春日山原始林紀行


