奈良の鹿のナゾ。 夏休み・特別編!奈良質問コーナー・・・その1
こんにちは。
奈良歴史ミステリーハンターの鈴木です。
以前、読者さんからいただいた質問について、お答えします。
奈良公園には、たくさんの鹿がいますね。
先日も、訪れた時にはこのときは、沢山の小鹿がでてきていました。
親鹿たちにみまもられて、すこしおびえた様子がなんともかわいらしかったですよ。

若草山の鹿はいくつかのグループに分かれて生活しているそうですね、
一番下の登山口付近にいる鹿と、頂上付近にいる鹿は人に慣れている。
一重目の上から二重目にかけて生息している鹿は警戒心が強い?
奈良の鹿は・・・
偶蹄目、シカ科。
和名:ニホンジカ。
ホンシュウジカに属する。
さて、若草山は、一つの山で、一重目~三重目と段のように別れています。
一般の観光で訪れることができるのは一重目。
若草山原始林、または奥山ドライブウェイで訪れるのは三重目の本当の若草山の山頂です。
見たところ、三重目にいる鹿達も麓にいる鹿達とかわらないようでした。

(若草山山頂より。左下、筆者が掲げる鹿せんべいと、お辞儀をする鹿さん。)
確たる情報を得られることはできませんでした。m(__)m
ただ、観光客が訪れる場所や、市街地に近い森以外、つまり人があつまりやすい場所以外の、
春日山原始林内では、いっさい鹿を見かけません。
もともと生息していないのか、それとも警戒心が強く、
人前にでてこないグループが存在すると思われますね。
その証拠に、春日山原始林には、鹿よけのネットが要所要所でみうけられました。

(奈良市内。飛鳥中学校付近で出没する鹿さん。)
余談ですが、奈良の鹿さんは、
一定の行動範囲内に、休み場、採食場、泊り場を決めています。
毎日、ほぼ決まったルートに沿って移動しています。
また、発情期以外の時期には、オス、メスは分かれて行動します。
こちらも奈良鹿さん関連情報です。オモシロイヨッ
鹿せんべい、食っちゃいました。
奈良公園、鹿せんべいのおもひで。鹿せんべいを、食う。
奈良の”羊せんべい”の謎
疑問編:めえめえ牧場 羊せんべいとは・・・・【山添村 月ヶ瀬村神野山自然公園】
解決編:めえめえ牧場 羊せんべいとは・・・・【山添村 月ヶ瀬村神野山自然公園】
つづく!
奈良歴史ミステリーハンターの鈴木です。
以前、読者さんからいただいた質問について、お答えします。
奈良公園には、たくさんの鹿がいますね。
先日も、訪れた時にはこのときは、沢山の小鹿がでてきていました。
親鹿たちにみまもられて、すこしおびえた様子がなんともかわいらしかったですよ。

若草山の鹿はいくつかのグループに分かれて生活しているそうですね、一番下の登山口付近にいる鹿と、頂上付近にいる鹿は人に慣れている。
一重目の上から二重目にかけて生息している鹿は警戒心が強い?
奈良の鹿は・・・偶蹄目、シカ科。
和名:ニホンジカ。
ホンシュウジカに属する。
さて、若草山は、一つの山で、一重目~三重目と段のように別れています。
一般の観光で訪れることができるのは一重目。
若草山原始林、または奥山ドライブウェイで訪れるのは三重目の本当の若草山の山頂です。
見たところ、三重目にいる鹿達も麓にいる鹿達とかわらないようでした。

(若草山山頂より。左下、筆者が掲げる鹿せんべいと、お辞儀をする鹿さん。)
確たる情報を得られることはできませんでした。m(__)m
ただ、観光客が訪れる場所や、市街地に近い森以外、つまり人があつまりやすい場所以外の、
春日山原始林内では、いっさい鹿を見かけません。
もともと生息していないのか、それとも警戒心が強く、
人前にでてこないグループが存在すると思われますね。
その証拠に、春日山原始林には、鹿よけのネットが要所要所でみうけられました。

(奈良市内。飛鳥中学校付近で出没する鹿さん。)
余談ですが、奈良の鹿さんは、
一定の行動範囲内に、休み場、採食場、泊り場を決めています。
毎日、ほぼ決まったルートに沿って移動しています。
また、発情期以外の時期には、オス、メスは分かれて行動します。
こちらも奈良鹿さん関連情報です。オモシロイヨッ

鹿せんべい、食っちゃいました。奈良公園、鹿せんべいのおもひで。鹿せんべいを、食う。
奈良の”羊せんべい”の謎
疑問編:めえめえ牧場 羊せんべいとは・・・・【山添村 月ヶ瀬村神野山自然公園】
解決編:めえめえ牧場 羊せんべいとは・・・・【山添村 月ヶ瀬村神野山自然公園】
つづく!
夏の興福寺
興福寺(こうふくじ)。

今でこそ、興福寺は奈良公園の中に鎮座していますが、
過去幾度も移転しています。
669年、大化改新で有名な藤原鎌足(ふじわらのかまたり)が、
京都山科に建立した山階寺がはじまりとなります。
壬申の乱ののち、
都が飛鳥に戻ると、飛鳥地方の厩坂(うまやさか)に移転し、厩坂寺となります。
更に後に、都が平城京に遷都するとあわせて移転。
これが、今の興福寺となります。

興福寺は藤原氏の氏寺で、いわゆる私立の寺院ですが、
大仏様で有名な東大寺が創建されるまで、
国立の官寺である薬師寺や大安寺をしのぐ平城宮最大の寺院でした。
まさに藤原氏の隆盛を誇る象徴のひとつなのですね。
そして・・・
奈良公園といえば、鹿さんですね。


今でこそ、興福寺は奈良公園の中に鎮座していますが、
過去幾度も移転しています。
669年、大化改新で有名な藤原鎌足(ふじわらのかまたり)が、
京都山科に建立した山階寺がはじまりとなります。
壬申の乱ののち、
都が飛鳥に戻ると、飛鳥地方の厩坂(うまやさか)に移転し、厩坂寺となります。
更に後に、都が平城京に遷都するとあわせて移転。
これが、今の興福寺となります。

興福寺は藤原氏の氏寺で、いわゆる私立の寺院ですが、
大仏様で有名な東大寺が創建されるまで、
国立の官寺である薬師寺や大安寺をしのぐ平城宮最大の寺院でした。
まさに藤原氏の隆盛を誇る象徴のひとつなのですね。
そして・・・
奈良公園といえば、鹿さんですね。



