奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ -129ページ目

「ありがとう」がこれほど大きいと知りました。 prayforjapan ~ 東北地方太平洋沖地震

被災者のみなさま。

奈良よりお見舞い申し上げます。

近鉄奈良駅行基像噴水前では「東北地方太平洋沖地震」支援募金のひとたちでいっぱいでした。

さて、こちら。

prayforjapan.
http://prayforjapan.jp/tweet.html

おおくのひとたちの共感をよんでいます。

これをみていると、

ありがとう

ただこのひとことが、なんと、なんと大きいのだろうと知りました。

・・・

日本人は個性がない。

付和雷同。

みな、ハヤリモノに右へならえをする。

そう揶揄するひとが多いですね。

しかし、それは有事において、

足並みをそろえ、一丸となり困難に立ち向かう性質をもっています。

・・・

傷ついた東日本。それを救う使命を帯びている西日本。

わたしたちができることは。

まずは、普段通り、仕事をすること。

経済をまわし、日本の基盤を守ること。

いつも通りのことする。

そして、余力をもって自分ができる災害支援をすることです。

これは長期戦になります。

ここでいっきに力をつかいきり、息きれしてはもちません。

・・・

日本の長い歴史。

様々な困難がおとずれました。

その度に先人たちは知恵をしぼりのりこえて現在をつくってくれました。

今度は私たちの番です。

先人たちに恥じないように、先人たちと私たちの功績を未来へとつむぎましょう。

・・・

なに、難しいことではないのです。

フツーに
、いつも通りのことする。

そして、余力をもって自分ができる災害支援をすることです。




無理せず、がんばりましょう。
(≡^∇^≡)

「鰯(いわし)の頭も信心から」は、奈良が発祥なのですよ。 ~ 奈良市 山陵町の民話 【平城村史】

鰯(いわし)の頭も信心から

イワシ

イワシの頭のようなツマラナイものでも、信仰すれば非常に尊いものになるという意味。

信仰心の不思議さをたとえたことわざです。

よく、新興宗教や、アイドルのこをと皮肉をこめてつかわれることが多いですね。


さて、この語源には、こんなお話があります。

奈良の平城(ならやま)に、山陵という村があります。

ここに、まじめなな青年がおり、名を清九朗といいました。

ある日、発心して、木で仏像を彫りました。

しかし不慣れなこときわまり、仏像ともナニモノともつかないような稚拙な出来栄えとなりました。

それでも満足した清九朗は、敷地の中に祠をつくり、それはそれは大事にだいじに祀りたてました。

自分の家の屋敷神として、朝夕、欠かさず拝んでいました。

そして一生懸命に働いたのでした。

しばらくして、清九朗の一家は、どんどんと繁昌してゆきました。

これを見ていたのが隣の男でした。

ふだんブラブラ毎日遊んでいるのに、清九朗をやっかんでいました。

「あいつの家が繁昌しているのは、きっとあの仏像のご利益のおかげやで」

そう考えて、悪いことを企みました。

ある晩、清九朗の仏像を盗み出します。
あろうことか、代わりにイワシの頭を竹のクシにさして祠にいれておきました。

清九朗は、そんなことをつゆ知らず、いつものように拝んでいました。

そして、いつものように働いて、ますます栄えて行きました。

仏像を盗んだ隣の男は、当然、拝むこともせず、欲深なことを考えていたので、いっこうに貧乏な暮らしはかわりませんでした。

このお話から「鰯(いわし)の頭も信心から」ということわざが生まれたのした。


早起きは、三文の得。これは奈良が起源なんですよ。


お里と澤市の物語 ~ 高市郡 壺阪寺山南法華寺 【壷坂霊験記】

壺阪寺(つぼさかてら)。
西国三十三所第六番札所。
正しくは、壺阪寺山南法華寺
本尊は十一面千手観音像坐像

古来から眼病平癒の霊験あらたかなお寺として信仰されてきました。



壷阪寺
の奥、裏側に柵がはりめぐらされており、柵の向こうは、ぐーんと落ち込んだ谷です。
後で知りました。
この谷の名前を「投身の谷」と呼ばれているそうです。

その投身の谷の側に、二人の像がありました。
お里澤市の像というそうです。


奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-壷阪寺 お里澤市の像



壷阪寺には、このようなお話が残されています。

壷坂霊験記」です。

盲目の澤市は、年下の女房お里と貧しいながらも仲睦まじく暮らしていました。

ところが、いつの頃からお里は、明けの七つ(午前4時)になると床をぬけだして、いずこへと出ていくのでした。

いったいどこに通っているのだろうか。

澤市はお里に不審をいだくようになります。

・・・浮気をしているのではないだろうか。

盲目である劣等感が、猜疑心を深くします。

辛抱たまらなくなって、澤市は、とうとう女房を問いつめます。

「朝早く、いったいどこにいっているのだ。
もしや浮気をしているのではないのか。」

お里は、涙ながら、訴えるのです。

・・・澤市の目の病が治るようにと、
三年前から、壷阪寺の観音様に朝詣でをしているのだと。

澤市は、ハッとなり、そして疑ったことを詫びます。

誤解が解けて、あらためて澤市は、お里と共に手をとりあい、観音様をお参りすることにしました。


それがこの「お里澤市の像」の姿なのでしょうね。

奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-壷阪寺 お里澤市の像


何を思ったか、お里を先に帰らせます。




澤市は、一人になると、お里を疑ったことを、ひどく後悔します。
そして、自分が盲目がゆえにお里に辛い暮しをさせてしまっているのだと自分を責めます。

・・・お里を自由の身にしてやろう。

澤市は、「投身の谷」へ身を投げます。


帰路にあったお里は、ふと不吉な予感がよぎり、急ぎ引き返します。
そこで目にしたのは、谷底にある良人の姿でした。
突然のことに、嘆き、お里は、自らも谷へ身を投げてしまいます。


これが「投身の谷」のゆわれです



二人のせつない夫婦愛に、観音様が救いの手を差し伸べます。

奇跡が起こり二人は命をとりとめるのでした。

そして、澤市の目が開眼したのでした。




合格壺阪寺の過去の記事です。
 1..眼病封じのお寺 壺阪寺 養護盲老人ホーム発祥「慈母園」
 2.病んでいますか?
 3.巨大!天竺渡来大釈迦如来石造
 4.小春日和、うたたね・・・
 5.お里、澤市のおはなし
 6.大きなめがね
 7.平城遷都1300年と壷阪寺
 8.十一面千手観世大菩薩
 9.身長20メートルの大観音石造