ブログを始めたきっかけ退職後の毎日の生活をどうしようかと考えました。最初に思い浮かべたのは、家の中の片付けでした。次は運動と社会とのつながりを作ること。矛盾しているようにも思えますが、これ以上知り合いを増やしたくないという思いもありました。

生活の一部としてブログを書くことは、自分の気持ちにマッチしていると考え、ブログを始めました。ブログで間接的に社会とソフトにつながるという感覚です。

ブログは二つ書いています。一つはこのアメブロ。たいてい、ソファーに座ってのんびり書いています。

もう一つは、wordpreesを使った夏目漱石を紹介するサイトです。夏目漱石を読まないのは本当にもったいないと思っています。漱石のブログを書いても、フォローしてくれる人はいませんし、ページビューもほとんどありませんが、好きなので続けています。



 

 

 

 

 

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悩みを相談する人が一人でもいればいいなあと思います。仕事をしていたときは、仕事仲間に仕事意外のことも話したりして、悩みが蓄積する事はそれほどなかったように思います。退職後はだいぶ事情が違います。親友がいないのは辛いですね。でも、本当にに困ったときには家族がいます。退職後に妻に優しくなったような気がします。自分がずるいだけでしょうか。悩みを相談する人

 

 

 

 

 

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ゴールデンウィーク中にコロナに感染してしまいました。熱は3日程で治まりましたが、喉と鼻をやられ、まだ鼻が治っていません。ゴールデンウィーク中は、子供たちが孫を連れて来てくれたので、楽しい時間を過ごせました。寝床の準備と後片付けが大変でしたが。コロナがなければ最高でした。幸い、みな軽症でした。子供は何歳になっても可愛いものです。孫の世話は大変と感じることもありますが、いなくなると寂しいものです。今日は暑くなるのに備えて、冬ものを完全にしまう準備と、夏ものの準備に追われています。

グエル公園

スペイン語「ge」

35年前のスペインのことはこれで最後にします。
アンダルシア地方への現地ツアーのバスの運転手はアンヘル(Ángel:天使)という男性でした。スペイン語では「ge」は「へ」という発音になります。アルゼンチンのサッカー代表でアンヘル・ディ・マリアという選手がいます。アルゼンチンは、スペイン語ではアルヘンティーナ(argentina)です。ついでに、ロサンゼルスはロス・アンヘレス(los Ángeles)だから「天使たち」です。西欧では、天使がよく登場するようです。日本では、サッカーJリーグのシンボルマークになっていることもあり、神の使いとして八咫烏(やたがらす)がよく知られています。そのほかでは、狐や鹿などの動物が神使となっています。

バルセロナ

バルセロナは芸術の町です。バルセロナといえばなんといってもガウディでしょうか。言葉はカタルーニャ語(カタラン)で、スペイン語(スペイン語というと、通常はカスティーリャ語のことを指すようです。)とはだいぶ違っていて、あまり理解できませんでした。(カスティーリャ語も少し知っていただけです。)バスク地方はバスク語(エウスケラ)ですが、まったく違った言語のようです。

運悪くプラド美術館には行けなかったので、パブロ・ピカソのゲルニカを見ることができませんでした。でも、バルセロナのピカソ美術館には行けました。ピカソの作品が年代順に並べられていました。ピカソというと、ゲルニカなどのデフォルメされた人や動物が描かれた作品を思い浮かべますが、年代でずいぶん違った作品となっていました。今でもゲルニカの複製を壁に掛けています。

サグラダファミリア、グエル公園にも行きました。ラスランブラス通りでは、カタルーニャの伝統民族舞踊「サルダナ」を見ることができました。スペインの舞踊といえば「フラメンコ」という認識しかありませんでした。一口にスペインと言っても、地方により大きな違いがあります。カタルーニャには古くから独立運動があります。カタラン語はスペイン語の方言ではなく、スペイン語とカタラン語は姉妹言語という関係です。

 

観光国スペインのすばらしさを実感することができる旅でした。

マヨール広場

35年前のスペイン

 35年前に訪れたスペインでは日本人に会うことは稀でした。当時、人気の旅行先は、アメリカ、ハワイ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリアあたりだったと思います。

 スペインの人たち(とは断定できませんが。)が私たち(妻と二人で行きました。)を見て、よくチーノ(chino:中国人)と言っていました。今はどうか分かりませんが、当時は東洋の顔をした人は中国人と認識されていたようです。

 スペインの食は豊富です。イベリア半島にある国なので、海産物が豊富です。イベリコ豚も有名です。食文化に優れた日本人が訪れてみたい国です。

 

マドリード(Madrid)

 マドリードの町をよく歩きました。フロリダノルテ(Florida Norte)というホテルに泊り、グランビア通り(Gran Vía)を何度も歩きました。マヨール広場(Plaza Mayor)、王宮(Palacio Real)、レティロ公園(Parque del Retiro)などを散策しましたが、街中を歩いているだけでも満足でした。まったく別の世界にいて、解放感を味わうことができました。

 初めてレストラン(Restaurante:レスタウランテ)に入ったとき話です。妻と二人で入りました。憶えているだけでも、パエリア(paella:パエージャ)、うなぎの稚魚(angulas:アングラス)、スペイン風オムレツ(tortilla de patatas:トルティーヤ・デ・パタタス)、赤ワインに果物を入れて味をつけた飲み物(sangría:サングリア)、ビール(cerveza:セルベッサ)を「ウノ・ウノ(一つ・一つ)」と言って注文したら、手振りでストップがかかった。2つずつ同じ物が出されました。しかも量が多い。半分も食べきれず、飲み切れず、大変な思いをしました。スペイン語はちょっと勉強しただけだったので、失敗が多い旅でした。でも、思い出の多い旅でもありました。

 ファーストフード店は、グランビ通りだったと記憶していますが、マクドナルドがありました。ほかには見当たりませんでした。今はどんな感じなのでしょう。自動販売機はほとんどなかったと思います。あってもお金を吸い取られるだけでした。でも、これは日本が特別だということであったようです。多くの国では、今でも昔でも自動販売機は壊されて、中身は盗まれてしまうということが多いようです。

 

娘たち、孫たちが帰り、日常の生活に戻りました。でも、昨日の午後から後片付けに追われています。掃除、洗濯、除菌。(ゴールデンウィーク中はコロナに攻撃され、妻はまだ高熱、服薬中です。)

しばらく天気が悪そうなので、その間に全部用事を済ませ、気ままなドライブに出かけるつもりです。鎌倉あたりかな。

二女と孫が北海道に帰るので、電車で羽田空港までいっしょに行ってきました。帰りの新幹線の中で書いています。可愛い孫娘に初めて会うことができました。

長女と孫息子は今日の夕方に帰ります。こちらは駅まで車で送って行くだけです。

妻から39.3度の熱があると連絡がありました。

10分ほど前には緊急地震速報が入ってきました。震度3なのでこちらは心配していませんが、妻は困りました。家に着いたら病院に連れていきます。

なかなかゆっくりできません。


 35年ほど前にスペイン(España)に行きました。去年(令和4年)サッカー(fútbol)のワールドカップが開催され、日本がスペインとドイツを破って決勝トーナメントに進出したのは記憶に新しいところです。スペインというとサッカーを思い浮かべる人も多いと思います。あるいは、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)の絵画やサグラダファミリアなどのアントニ・ガウディ(Antonio Gaudí)の建築物でしょうか。女性なら、ロエベ(LOEWE)やザラ(ZARA)を思い浮かべる人も多いと思います。

 35年ほど前のサグラダファミリアは、まさに工事現場でした。完成時の模型が飾られていて、その時点の建物とのあまりに大きな違いにビックリしたものです。当時は、完成までに100年以上かかると言われていたと思います。でも2026年完成予定と聞きました。建築技術の進歩がすごいということでしょうか。建築中のサグラダファミリアの前の公園で、老人たちが日本のゲートボールのような遊び(スポーツ?)に興じていたのを妙に憶えています。「こんなにすごい場所がこの人たちの日常の場所なのだ。」と感じました。万が一、完成した姿を見に行くことができれば、プラド美術館(Museo del Prado)もぜひ訪れたいものです。実は、プラド美術館はストライキ中で入ることができませんでした。帰りのフライトの日に開館しました。「もう一度来てね。」という感じですが、かなわぬ夢かもしれません。

 スペインに興味があり、35年前にスペインを訪れました。スペイン人と日本人ではライフスタイルがまったく違うように感じました。素直に今を楽しもうという雰囲気にあふれ、何の迷いもなく人生を楽しんでいる人たちがそこにはいました。スペインと比べると、日本は窮屈な国に感じられました。日本人は、ラテン系民族であるスペイン人の対極にいるように思えました。歴史的にも地理的にも民族的にもまったく違うので、あたりまえかもしれませんが、大きな違いを実感しました。

 

 今のスペインはどうなっているのか。ネットサーフィンすればいくらでも情報はありますが、現地で生の姿を見たいという思いがあります。

 スペイン語の響きが好きです。Estación(エスタシオン)という言葉があります。駅という意味のほかに、季節という意味が加えられたのは、なかなかしゃれています。季節という意味が先だったと考えるのが妥当かもしれませんが。英語をある程度理解できれば、スペイン語はおぼえやすい言葉です。スペルが英語と同じようなものが多く、ローマ字読みに近い読み方でだいじょうぶな単語が多い。当時(1988年頃)はインターネットで学習するということができませんでした。白水社のスペイン語の入門書で勉強しました。

 

 35年前にスペインを訪れたときの記憶です。マドリードを拠点にして、トレド、アランフェス、バルセロナ、セビリア、グラナダに行きました。

 

 bar(バル

 

 スペイン人は酒を飲んで熱く語り合うのが大好きです。日本の居酒屋のような感じのバルの中の様子です。vino(ビーノ:ワイン)やcerveza(セルベッサ:ビール)を飲む人が多い。身振り手振りが多く、話が途切れることがない。たいてい声が大きい。バルを出ていくときには、手がちぎれるほどかたい握手をする。

 酒のツマミとしてpinchos(ピンチョス)やtapas(タパス)を食べます。魚介類が多く、西洋ではあまり食べられていないと思いますが、タコもありました。私はMelón con Jamón(メロン・コン・ハモン:生ハムとメロン)が気に入りました。日本では、Tortilla de patatas(トルティージャ・デ・パタタス:ジャガイモ入りオムレツ)などがよく知られていると思います。

日本でよく知られたスペイン料理として、paella(パエジャ、パエリャ:パエリア)があります。魚介類を中心に具沢山で美味しかったです。米を使っているので日本人に人気があるのだと思います。

 

 Toledo(トレド)

 

 マドリードから近いトレドとアランフェスには現地ツアーのバスで行きました。トレドは印象に残る町です。世界遺産に登録されている町です。気に入ったので次の日も訪れました。タホ川に囲まれていて、丘の上に広がった歴史を感じる古い都という雰囲気でした。住宅、店舗が密集して建っています。車がすれ違うことができない道が多くありました。町中を歩いているだけでも十分でした。

 

 Aranjuezアランフェス)

 

王宮が世界遺産に登録されています。ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」はお気に入りです。

 

 Granada(グラナダ)

 

 グラナダといえば、アルハンブラ宮殿、サクロモンテの丘とフラメンコでしょうか。アンダルシア地方は、イスラムの影響が色濃く残っています。8世紀から13世紀にかけて400年ほど続いたレコンキスタ(カトリックによるイスラムからの国土回復運動)の間、支配者と服従者という違いはあれ、共存していたことが影響しているようです。ジブラルタル海峡の南側はアフリカ。地理的にも納得できます。北アフリカのモロッコの都市カサブランカ(白い家)はスペイン語ですし、隣のセウタはスペイン領です。映画「カサブランカ」の挿入歌「アズ タイム ゴーズ バイ」を思い出しました。好きな曲です。

 

 guitara (ギターラ:ギター)

 

 学生時代にまったくの独学でクラシックギターを弾いていました。「アルハンブラ宮殿の思い出」は毎日弾いていました。どうやら高校生の頃からスペインに興味をもっていたようです。当時はNHKのギター教室の番組があって、荘村清志さんのギターをよく聴きました。若い頃に好きだったフラメンコギターは聴かなくなってしまいました。今は、村治佳織さんの静かなメロディアスなギターをよく聴いています。