第57回『街のいろいろ』
北京路は違った遊び場。
全体に街はダマロと違い、
薄暗く慣れぬと未知の所に迷いこんだ気分になる。
物陰より誘いの者達は差し招く。
家屋の裏側とおぼしき足下に気を付けて、
案内人に付いて行く。
上り下り、
遂に方向感覚を失う頃に案内人は部屋に入る。
部屋の中央にベットがある。
四方に椅子が数脚置かれている。
薄暗い光の下で全裸の男女が絡みあっている。
性交真最中。
終れば、
濡れた始末紙を見せる。
時には女同士の絡み合いを見る。
これは珍しく奇異の眼差しで見つめる。
又、
高い天上より淡い電灯が足下を照らす中を進むと、
廊下に慣れぬ匂いを感じる。
案内人が指差す方を見ると、
長いキセルで煙草を吸引中。
横になり無限の天空を彷徨う様に、
吸っては吐き、
吐いては吸う。
アヘン吸引中。
中国では厳しく取り締まりなれど、
ここは英国租界内、
治外法権で手が出せない。
次を覗くと全裸でアヘンを吸引しつつ性交に専念している。
説明によるとアヘンを吸引中の性交は、
この世の極楽との解説がある。
この人達は既に廃人も同然で、
アヘンを吸引しつつ生活費を稼ぐ。
新しく上海に来る夫婦を、
歓迎の宴席より連れて歓楽街に来ると、
その意想外の遊びに困惑の表情を浮かべる。
その内に慣れるのは奥さんが早い。
これが又、
我々の楽しみの一つ。
他人の男女の性交を初めて見る奥さん横を向くが、
時間と共に大胆になり、
男根挿入の様子を細かく顔を赤らめながら丁寧に見る。
共同租界内場末にユダヤ人の中小の飲み屋が軒を連ねる。
入ると狭い部屋で巨大な年増が大きく手を広げて、
笑顔で迎えてくれる。
腰と胴の周りが一メートル以上はたっぷりある。
安い酒席でお互いに母国語と上海語で、
訳もわからず喋る。
立って歩けば腰がつかえて不自由する狭い通路で、
チークダンスを踊る。
我々は腰に手を回しても届かぬ。
薄い着衣の上より乳房を求めるが、
偉大すぎて片手では間に合わず。
両手で触る。
恐ろしい性病の持ち主多数を数える。
終始圧倒されて外に出る。
貧しいクーニャン(娘)が手招く。
戸口で燐寸箱を手渡される。
中の燐寸は粗悪品で中々火が付かぬ。
椅子に着類を脱ぎ股を大きく開き、
女が椅子に腰掛ける。
燐寸を摺り火が付くと、
その火で女陰を見なされる遊び。
安いが意外と高価な遊び代金を支払う羽目に陥る。
全体に街はダマロと違い、
薄暗く慣れぬと未知の所に迷いこんだ気分になる。
物陰より誘いの者達は差し招く。
家屋の裏側とおぼしき足下に気を付けて、
案内人に付いて行く。
上り下り、
遂に方向感覚を失う頃に案内人は部屋に入る。
部屋の中央にベットがある。
四方に椅子が数脚置かれている。
薄暗い光の下で全裸の男女が絡みあっている。
性交真最中。
終れば、
濡れた始末紙を見せる。
時には女同士の絡み合いを見る。
これは珍しく奇異の眼差しで見つめる。
又、
高い天上より淡い電灯が足下を照らす中を進むと、
廊下に慣れぬ匂いを感じる。
案内人が指差す方を見ると、
長いキセルで煙草を吸引中。
横になり無限の天空を彷徨う様に、
吸っては吐き、
吐いては吸う。
アヘン吸引中。
中国では厳しく取り締まりなれど、
ここは英国租界内、
治外法権で手が出せない。
次を覗くと全裸でアヘンを吸引しつつ性交に専念している。
説明によるとアヘンを吸引中の性交は、
この世の極楽との解説がある。
この人達は既に廃人も同然で、
アヘンを吸引しつつ生活費を稼ぐ。
新しく上海に来る夫婦を、
歓迎の宴席より連れて歓楽街に来ると、
その意想外の遊びに困惑の表情を浮かべる。
その内に慣れるのは奥さんが早い。
これが又、
我々の楽しみの一つ。
他人の男女の性交を初めて見る奥さん横を向くが、
時間と共に大胆になり、
男根挿入の様子を細かく顔を赤らめながら丁寧に見る。
共同租界内場末にユダヤ人の中小の飲み屋が軒を連ねる。
入ると狭い部屋で巨大な年増が大きく手を広げて、
笑顔で迎えてくれる。
腰と胴の周りが一メートル以上はたっぷりある。
安い酒席でお互いに母国語と上海語で、
訳もわからず喋る。
立って歩けば腰がつかえて不自由する狭い通路で、
チークダンスを踊る。
我々は腰に手を回しても届かぬ。
薄い着衣の上より乳房を求めるが、
偉大すぎて片手では間に合わず。
両手で触る。
恐ろしい性病の持ち主多数を数える。
終始圧倒されて外に出る。
貧しいクーニャン(娘)が手招く。
戸口で燐寸箱を手渡される。
中の燐寸は粗悪品で中々火が付かぬ。
椅子に着類を脱ぎ股を大きく開き、
女が椅子に腰掛ける。
燐寸を摺り火が付くと、
その火で女陰を見なされる遊び。
安いが意外と高価な遊び代金を支払う羽目に陥る。
第56回『日米開戦後と街のいろいろ』
近くの黄浦江へ自転車で走るが、
辺りは静寂。
海防艦八雲の静かな雄姿を見る。
注意されて帰り、
ラジオにスイッチを入れると、
勇壮な軍艦マーチと共に、
今早朝ハワイ港内を宣戦布告無く、
突如として襲い、
絶大なる戦果を繰り返し繰り返し、
幾分声を上擦らせて放送をしている。
我々は聞く耳に心地良く響く。
仕事も手に付かぬ想いにて仕事を続ける。
海軍の高官が過日話の折に、
緒戦に暴れるだけ暴れるから、
後は外交で早期な和睦を頼む、
との言葉を思い出す。
光り輝くネオンも即日消されて、
灯下管制下に置かれる。
英国租界内を歩くと、
着飾った欧米人肩で風切る姿勢で闘歩している。
我々と路上で突き当たりそうになっても、
彼等は絶対に立ち止まっても避けぬ。
仕方なく我々は避ける。
傲慢な彼等も開戦以来、
先に道を我々に譲る。
これも国力の一つか。
開戦と同時に働き口が縮小されて、
失業者多数と話しに聞く。
ネオンが消えて、
薄暗くなった南京路を闘歩するのは、
我々東洋人。
’この界隈の変貌振りを話すの一興あると感じます。’
戦前に映画館、
競馬場、公園の入り口に立つ立て札、
狗興華人不准内(犬と中国人は入るべからず)
の立て看板が一斉に取り払われた。
我々邦人にはさして変化を感じない。
南京路はダマルと呼び、
日中はバンド通りと共にビジネスで栄え。
デパート大商店軒を連ねて、
ショーウィンドウの中には高価な、
庶民には手の届きそうにも無い、
高級品が所狭しと飾られる。
覗き見て歩くだけでも結構楽しめる。
制限されているのか、
貧者の衣装を着る者は目に付かず。
着飾った人達が、
清掃された歩道をゆっくりと散策する。
これが昼の表情ですが、
夜のネオンが輝きを増すと共に、
全く男性のみが快楽出来る、
自由な妖艶な楽しみの待つ、
歓楽街と変貌する。
ウィンドウの光りを浴びて盛装した女達が、
男を求めて媚びを売りつつ、
多数目白押しに歩く。
上海は日没と共に、
子女は夜の歩道は歩かない。
歩く子女の殆どは淫売婦。
少女の域も抜け切れない娘(クーニャン)の横に、
年増も並ぶ。
商店の四、五階は、
ジャズの音も高らかに客を呼ぶダンスホール大小あり。
椅子に座り、
グラス片手に広いフロアを見る。
陶酔の環境で時間を忘れて踊る。
其処を出て、
誘われるままに入り長椅子に掛けると、
笑顔満面に化粧された顔が並ぶ。
首を振れば次から次へと歩み去り歩み来る。
全部が淫売婦。
広い天上にシャンデリア。
薄暗くした部屋に妖艶な女達が幾人も媚を売る。
衣類を一枚一枚と剥ぎ取り、
笑顔を向けて誘い込む。
男の妙味に尽きる夜の魔界ダマロ。
辺りは静寂。
海防艦八雲の静かな雄姿を見る。
注意されて帰り、
ラジオにスイッチを入れると、
勇壮な軍艦マーチと共に、
今早朝ハワイ港内を宣戦布告無く、
突如として襲い、
絶大なる戦果を繰り返し繰り返し、
幾分声を上擦らせて放送をしている。
我々は聞く耳に心地良く響く。
仕事も手に付かぬ想いにて仕事を続ける。
海軍の高官が過日話の折に、
緒戦に暴れるだけ暴れるから、
後は外交で早期な和睦を頼む、
との言葉を思い出す。
光り輝くネオンも即日消されて、
灯下管制下に置かれる。
英国租界内を歩くと、
着飾った欧米人肩で風切る姿勢で闘歩している。
我々と路上で突き当たりそうになっても、
彼等は絶対に立ち止まっても避けぬ。
仕方なく我々は避ける。
傲慢な彼等も開戦以来、
先に道を我々に譲る。
これも国力の一つか。
開戦と同時に働き口が縮小されて、
失業者多数と話しに聞く。
ネオンが消えて、
薄暗くなった南京路を闘歩するのは、
我々東洋人。
’この界隈の変貌振りを話すの一興あると感じます。’
戦前に映画館、
競馬場、公園の入り口に立つ立て札、
狗興華人不准内(犬と中国人は入るべからず)
の立て看板が一斉に取り払われた。
我々邦人にはさして変化を感じない。
南京路はダマルと呼び、
日中はバンド通りと共にビジネスで栄え。
デパート大商店軒を連ねて、
ショーウィンドウの中には高価な、
庶民には手の届きそうにも無い、
高級品が所狭しと飾られる。
覗き見て歩くだけでも結構楽しめる。
制限されているのか、
貧者の衣装を着る者は目に付かず。
着飾った人達が、
清掃された歩道をゆっくりと散策する。
これが昼の表情ですが、
夜のネオンが輝きを増すと共に、
全く男性のみが快楽出来る、
自由な妖艶な楽しみの待つ、
歓楽街と変貌する。
ウィンドウの光りを浴びて盛装した女達が、
男を求めて媚びを売りつつ、
多数目白押しに歩く。
上海は日没と共に、
子女は夜の歩道は歩かない。
歩く子女の殆どは淫売婦。
少女の域も抜け切れない娘(クーニャン)の横に、
年増も並ぶ。
商店の四、五階は、
ジャズの音も高らかに客を呼ぶダンスホール大小あり。
椅子に座り、
グラス片手に広いフロアを見る。
陶酔の環境で時間を忘れて踊る。
其処を出て、
誘われるままに入り長椅子に掛けると、
笑顔満面に化粧された顔が並ぶ。
首を振れば次から次へと歩み去り歩み来る。
全部が淫売婦。
広い天上にシャンデリア。
薄暗くした部屋に妖艶な女達が幾人も媚を売る。
衣類を一枚一枚と剥ぎ取り、
笑顔を向けて誘い込む。
男の妙味に尽きる夜の魔界ダマロ。
第55回『日米開戦』
日米の風雲、
感ばしからず、
日毎に悪化を辿る。
初秋の頃ふと気付くと上海上空を連日、
偵察機、戦闘機、爆撃機と、
少ない時でも数十機が乱れ飛ぶ。
編隊を組み空の彼方へと飛び去る。
連日の行事ともなると、
爆音の聞かぬ日は寂しい。
日が立つに従い連日乱舞する。
多い日は百機余りも飛ぶ。
編隊を組み空の彼方へ、
機影が姿を消すと無事に帰還してと祈る。
又、
臨時ニュースが待たれる。
九州には大小の飛行場があると聞く。
そこより飛び立ち大陸の戦線に参加するを、
渡洋爆撃と聞く。
秋も深まる頃より、
急激に飛行機の飛来爆音聞かず。
親しい中国人が近し日米開戦すると、
日本は必ず負けると言う。
アメリカには資源もあり工業力も抜群だから。
日本には資源は無い。
輸入に頼る。
工業力も劣る。
数字の上では日本は劣勢かもしれないが、
勝敗は時の運も加算すると、
反論する。
日本の軍人は、
共同租界内では遊べるが、
英国租界には禁足で行けぬ。
紅口の繁華街の大小の飲食店バーやキャバレー等は、
連日兵隊さんで満席の状態が続く。
それは下級兵ではなく、
将校達が我が者顔で辺りに人無き振舞い。
酔う程に自分を忘れて、
長剣を抜き所構わず斬りつけた切り傷多くを数える。
天上にはピストルの弾痕彼方こなたに数える。
現在は軍人様様の世相。
だが、
客の多くは無表情で、
しらけた気分にて見つめる。
幼少より苦労なく親のすねをかじり机の上には肩章。
哀れを感じる。
あの将校達の戦場での戦闘振りが見たい。
どうせ砲声と共に腰を抜かして立てぬ事だろう。
早朝、
静けさ破り砲声が鳴る。
日米開戦か飛び起きて衣服を着る。
慌ただしいアマの声が飛び込んでくる。
いつも思うが、
この人達のニュースは早い。
出たと思うと間もなく的確なニュースを掴んで帰る。
溜まり場があるのか。
昭和十六年十二月八日午前五時頃、
日米遂に開戦する。
メーコ(米国)
トンヤン(日本)
タンタン(戦争)
おぉぅ。
感ばしからず、
日毎に悪化を辿る。
初秋の頃ふと気付くと上海上空を連日、
偵察機、戦闘機、爆撃機と、
少ない時でも数十機が乱れ飛ぶ。
編隊を組み空の彼方へと飛び去る。
連日の行事ともなると、
爆音の聞かぬ日は寂しい。
日が立つに従い連日乱舞する。
多い日は百機余りも飛ぶ。
編隊を組み空の彼方へ、
機影が姿を消すと無事に帰還してと祈る。
又、
臨時ニュースが待たれる。
九州には大小の飛行場があると聞く。
そこより飛び立ち大陸の戦線に参加するを、
渡洋爆撃と聞く。
秋も深まる頃より、
急激に飛行機の飛来爆音聞かず。
親しい中国人が近し日米開戦すると、
日本は必ず負けると言う。
アメリカには資源もあり工業力も抜群だから。
日本には資源は無い。
輸入に頼る。
工業力も劣る。
数字の上では日本は劣勢かもしれないが、
勝敗は時の運も加算すると、
反論する。
日本の軍人は、
共同租界内では遊べるが、
英国租界には禁足で行けぬ。
紅口の繁華街の大小の飲食店バーやキャバレー等は、
連日兵隊さんで満席の状態が続く。
それは下級兵ではなく、
将校達が我が者顔で辺りに人無き振舞い。
酔う程に自分を忘れて、
長剣を抜き所構わず斬りつけた切り傷多くを数える。
天上にはピストルの弾痕彼方こなたに数える。
現在は軍人様様の世相。
だが、
客の多くは無表情で、
しらけた気分にて見つめる。
幼少より苦労なく親のすねをかじり机の上には肩章。
哀れを感じる。
あの将校達の戦場での戦闘振りが見たい。
どうせ砲声と共に腰を抜かして立てぬ事だろう。
早朝、
静けさ破り砲声が鳴る。
日米開戦か飛び起きて衣服を着る。
慌ただしいアマの声が飛び込んでくる。
いつも思うが、
この人達のニュースは早い。
出たと思うと間もなく的確なニュースを掴んで帰る。
溜まり場があるのか。
昭和十六年十二月八日午前五時頃、
日米遂に開戦する。
メーコ(米国)
トンヤン(日本)
タンタン(戦争)
おぉぅ。
第54回『上海の様子3』
紅口(ホンキュウ)の大通りが繁華街です。
両側には大小の店鋪軒を連ねる。
店内に商品を盛り上げて商売する。
隣は広々と正札付で売買をする。
映画館、喫茶店、カフェーも多数店鋪を見る。
突き当たりに紅口公園があるが、
何の設備もなく広い広い草原。
途中に第一次、二次と戦った上海事変の陸の要塞、
日本海軍の陸戦隊本部がある。
道を渡り直ぐ前の階段を昇ると、
凄い大砲が迎えてくれる。
その向こうに鳥居があり、
在留邦人の守護神、
上海神社を祭る。
参拝を済ませて、
そのまた行く程に魯迅を匿った内山書店がある。
店主は温厚な人であった。
上海に来て第一に戸惑った事は、
夜遊びの誘いだった。
殆どの者は食事と住居は会社持ちだから、
無一文になっても寝る所と食事は出来る。
親しくなればなる程に誘いは連日に及ぶ。
私の父は独身の頃より、
毎夜の夜遊びで、
それも午前様、
何時帰るとも知れぬ父を、
母は子供の着る物の繕いをしながら待つ。
成人した暁には絶対に夜遊びはせぬ事を自分に誓う。
父の言い付けを守り、
暇を見い出しては読書に専念をする。
大阪の修業時代も夜遊びはほとんど体験せずして、
上海に来るが、
毎夜の様に誘われるので断りも出来ず付き合う。
飲み屋、ビヤガーデン、カフェーに、
誘われて行くが、
酒も飲めず煙草も吸えずボンヤリと皆を眺めて、
飲んでみようと酒を飲む。
嫌な感じなく喉を通る。
皆より喝采を受ける。
ビ-ルも飲める。
バーやキャバレーで遊んでいると、
サービスの女給が、
そっと耳元で囁く。
貴方はこんな所で遊んではいけません。
と注意を受けた。
他の飲み屋でも注意を受ける。
私も遊びながら面白くもなく、
付き合いを止そうと考えたが、
家に居ても言葉分からず、
話し相手もなく、
付き合いを中止すると孤独になる。
女給とも親しくなると、
バーやキャバレーでの遊び方を教えてくれる。
行く先々で安く面白く遊ぶ方法を教えてくれた。
日が立つに従い酒量も上がり、
皆を相手に面白く遊べた。
バーやキャバレーも大小あり、
女給達も皆が不思議に思う程、
愛想良く持て成してくれ、
陰で再度の注意を受ける。
両側には大小の店鋪軒を連ねる。
店内に商品を盛り上げて商売する。
隣は広々と正札付で売買をする。
映画館、喫茶店、カフェーも多数店鋪を見る。
突き当たりに紅口公園があるが、
何の設備もなく広い広い草原。
途中に第一次、二次と戦った上海事変の陸の要塞、
日本海軍の陸戦隊本部がある。
道を渡り直ぐ前の階段を昇ると、
凄い大砲が迎えてくれる。
その向こうに鳥居があり、
在留邦人の守護神、
上海神社を祭る。
参拝を済ませて、
そのまた行く程に魯迅を匿った内山書店がある。
店主は温厚な人であった。
上海に来て第一に戸惑った事は、
夜遊びの誘いだった。
殆どの者は食事と住居は会社持ちだから、
無一文になっても寝る所と食事は出来る。
親しくなればなる程に誘いは連日に及ぶ。
私の父は独身の頃より、
毎夜の夜遊びで、
それも午前様、
何時帰るとも知れぬ父を、
母は子供の着る物の繕いをしながら待つ。
成人した暁には絶対に夜遊びはせぬ事を自分に誓う。
父の言い付けを守り、
暇を見い出しては読書に専念をする。
大阪の修業時代も夜遊びはほとんど体験せずして、
上海に来るが、
毎夜の様に誘われるので断りも出来ず付き合う。
飲み屋、ビヤガーデン、カフェーに、
誘われて行くが、
酒も飲めず煙草も吸えずボンヤリと皆を眺めて、
飲んでみようと酒を飲む。
嫌な感じなく喉を通る。
皆より喝采を受ける。
ビ-ルも飲める。
バーやキャバレーで遊んでいると、
サービスの女給が、
そっと耳元で囁く。
貴方はこんな所で遊んではいけません。
と注意を受けた。
他の飲み屋でも注意を受ける。
私も遊びながら面白くもなく、
付き合いを止そうと考えたが、
家に居ても言葉分からず、
話し相手もなく、
付き合いを中止すると孤独になる。
女給とも親しくなると、
バーやキャバレーでの遊び方を教えてくれる。
行く先々で安く面白く遊ぶ方法を教えてくれた。
日が立つに従い酒量も上がり、
皆を相手に面白く遊べた。
バーやキャバレーも大小あり、
女給達も皆が不思議に思う程、
愛想良く持て成してくれ、
陰で再度の注意を受ける。
第53回『上海の様子2』
当時、
上海在留邦人は老若男女併せて、
約二万人そこそこと噂をしていた。
海外に出ると兵役が免除されるので、
現地除隊者も多く含む。
中国人の多くは、
やや大きめの洗面器一つで、
米も研ぎ選択もする。
家族一同の日々の使用に活躍している。
我々が部屋の掃除に食事の用意に、
中国人を雇うと先ずその女(アマ)を、
日本のお手伝いさんを各部屋に連れて行き、
隅々までを面倒だが案内して掃除を頼み、
次の部屋もと話して、
炊事道具の、
これは米を研ぐ時に使うバケツで、
これは掃除の時に使うバケツ。
これは洗濯用と説明する。
数日して部屋を見て回ると、
一部屋だけ掃除をしていない。
「何故、
この部屋だけ残す?」と聞くと、
「掃除しろと聞いていない」
言ったと言えば、
この部屋もな!と聞いたが、
掃除しろとは聞いていない。
この部屋も掃除をしろと言えば、
増額を要求される。
炊事も油断をすると、
米を研ぐバケツで自分の下着を洗う。
一度、
新しくアマを雇う。
若いが味付けは抜群で美味しい。
費用は今までで最低。
友達を呼び共に食事をして喜ばれるが、
このアマ、
我々が『箸』を持って来てと言えば、
これは『お箸』です。
しゃもじをと言えば、
『おしゃもじ』と訂正される。
皆はこれには参ったー!と悲鳴をあげる。
相当高級な日本家庭で仕込まれたのであろう。
私の所より紅口(ほんきゅう)繁華街に出るには、
徒歩で二十分程度で出られる。
共同租界(日本人は日本租界と言う)大通りは、
両側に大小の店鋪軒を連ねる。
その半数は間口狭く。
店内に商品を積み上げて商売をする。
私は身軽く上海に来る。
早速、
下着を買う。
スフ入りと違い、
着心地満点で得心する。
今日は古参者のお供で買物の見学をする。
値段の表示無く、
言い値の半分で交渉している。
気長く交渉していると安く買える。
お金の支払いにあれこれと紙幣を出すが、
相手が受け取らぬ。
が、
その内に両方が納得して取り引きが終了する。
こちらの通過は各銀行より出す。
その銀行を信用しない店主は受け取らぬが、
その内に全部を使い果たす。
一銭、五銭、十銭、二十銭、五十銭、一円硬貨。
五円銀貨。
一円札、五円札。
十円札が最高です。
五円銀貨の取り引きが面白い。
各通貨共に偽者多く、
最初の頃は要領分からず、
腹も立て苦労するが慣れると、
相手の好みの紙幣を出すが、
何時ともなく無くなり新しいのが入る。
五円銀貨の真嘘は、
銀貨を親指と人さし指の指で軽く挟んで強く息を吹き掛けて、
直ぐに耳に近付けると、
ピーンと余韻を引く心地良い音がする。
又は、
鉄板に投げ付けて音で真嘘を聞き分ける。
買物の度に最初はまごつくが慣れれば同じ事。
値段の交渉は面白いが気短の我々には不向きです。
夕刻が近づくと各家庭の門口に食卓を出して食事をする。
通行に邪魔だが超年月の風習らしい。
戦国時代に庶民は餓死するもの多く、
何時頃ともなく、
人前で私はこうして食べておりますと、
見せたのが始まりで風習となり、
食事時に自宅の前で食事をする。
茶碗に飯を盛り上げて食べながら近所を歩き、
オカズを賞味する姿を毎度の様に見るが、
上海事変終了後、
日本軍が食事は室内でと注意をするが効き目なく、
遂に日本兵、
道路での食事時に食卓を、
ひっくり返す強行策を取ったが半ば失敗に終ったとか。
肘を付き、
長い箸での食事は微笑ましいが、
通行の邪魔になります。
上海在留邦人は老若男女併せて、
約二万人そこそこと噂をしていた。
海外に出ると兵役が免除されるので、
現地除隊者も多く含む。
中国人の多くは、
やや大きめの洗面器一つで、
米も研ぎ選択もする。
家族一同の日々の使用に活躍している。
我々が部屋の掃除に食事の用意に、
中国人を雇うと先ずその女(アマ)を、
日本のお手伝いさんを各部屋に連れて行き、
隅々までを面倒だが案内して掃除を頼み、
次の部屋もと話して、
炊事道具の、
これは米を研ぐ時に使うバケツで、
これは掃除の時に使うバケツ。
これは洗濯用と説明する。
数日して部屋を見て回ると、
一部屋だけ掃除をしていない。
「何故、
この部屋だけ残す?」と聞くと、
「掃除しろと聞いていない」
言ったと言えば、
この部屋もな!と聞いたが、
掃除しろとは聞いていない。
この部屋も掃除をしろと言えば、
増額を要求される。
炊事も油断をすると、
米を研ぐバケツで自分の下着を洗う。
一度、
新しくアマを雇う。
若いが味付けは抜群で美味しい。
費用は今までで最低。
友達を呼び共に食事をして喜ばれるが、
このアマ、
我々が『箸』を持って来てと言えば、
これは『お箸』です。
しゃもじをと言えば、
『おしゃもじ』と訂正される。
皆はこれには参ったー!と悲鳴をあげる。
相当高級な日本家庭で仕込まれたのであろう。
私の所より紅口(ほんきゅう)繁華街に出るには、
徒歩で二十分程度で出られる。
共同租界(日本人は日本租界と言う)大通りは、
両側に大小の店鋪軒を連ねる。
その半数は間口狭く。
店内に商品を積み上げて商売をする。
私は身軽く上海に来る。
早速、
下着を買う。
スフ入りと違い、
着心地満点で得心する。
今日は古参者のお供で買物の見学をする。
値段の表示無く、
言い値の半分で交渉している。
気長く交渉していると安く買える。
お金の支払いにあれこれと紙幣を出すが、
相手が受け取らぬ。
が、
その内に両方が納得して取り引きが終了する。
こちらの通過は各銀行より出す。
その銀行を信用しない店主は受け取らぬが、
その内に全部を使い果たす。
一銭、五銭、十銭、二十銭、五十銭、一円硬貨。
五円銀貨。
一円札、五円札。
十円札が最高です。
五円銀貨の取り引きが面白い。
各通貨共に偽者多く、
最初の頃は要領分からず、
腹も立て苦労するが慣れると、
相手の好みの紙幣を出すが、
何時ともなく無くなり新しいのが入る。
五円銀貨の真嘘は、
銀貨を親指と人さし指の指で軽く挟んで強く息を吹き掛けて、
直ぐに耳に近付けると、
ピーンと余韻を引く心地良い音がする。
又は、
鉄板に投げ付けて音で真嘘を聞き分ける。
買物の度に最初はまごつくが慣れれば同じ事。
値段の交渉は面白いが気短の我々には不向きです。
夕刻が近づくと各家庭の門口に食卓を出して食事をする。
通行に邪魔だが超年月の風習らしい。
戦国時代に庶民は餓死するもの多く、
何時頃ともなく、
人前で私はこうして食べておりますと、
見せたのが始まりで風習となり、
食事時に自宅の前で食事をする。
茶碗に飯を盛り上げて食べながら近所を歩き、
オカズを賞味する姿を毎度の様に見るが、
上海事変終了後、
日本軍が食事は室内でと注意をするが効き目なく、
遂に日本兵、
道路での食事時に食卓を、
ひっくり返す強行策を取ったが半ば失敗に終ったとか。
肘を付き、
長い箸での食事は微笑ましいが、
通行の邪魔になります。
第52回『上海の様子』
中国の人は生卵は食べない。
鶏は放し飼いで何でも食べ、
痰、唾も飲み込むから、
ばい菌が多く恐ろしいと。
一度、
私が生卵を両端に小さな穴を開けて、
日本に居た時のように吸って見せた。
その殻を中国人に与えると凄く軽い。
話題になり再度要求されて、
物陰で吸い渡すと、
卵の中身をどうして出すと騒ぐ。
こちらに来て先ず驚いたのは、
何処の家庭も魔法瓶を持っている。
どんなに貧しくとも備えている。
当時の日本国内では魔法瓶を持つ家は、
金持ちが持つ程度だったのに、
中国では皆が備え持つ。
間もなく謎は解けた。
こちらは水質悪くて生水は絶対飲めない。
飲むと、
腹がポンポンに張る奇病にかかる。
それに加えて貧乏暮しで水道が引けない。
魔法瓶下げて、
お湯を買いに行く。
日本には溝を流れるその中に赤く細長いミミズがいるのだが、
その水道も蛇口を捻り水を出すと、
そのミミズが水と共に出て来るから、
最初の一杯はコップに受ける。
ミミズが出ると暫く流してから使う。
水は湯を湧かして、
冷ましてから飲む。
私は一度、
水を毎日飲むと腹はポンポンに張りきり、
爪を立てても立たぬ程に。
息苦しくなり医者に行く。
これには薬はありませんが、
気休めに飲みなさいと薬を貰う。
その内に元の体になる。
それ以来免疫が出来たのか、
生水を飲んでも大丈夫になる。
日本にいる時は市街にクリークが流れると読み、
様々な空想をしたが現実のクリークは濁水。
緩やかに流れる中に汚物を投げ込み淀み悪臭を発する。
水源は揚子江の又黄浦江、蘇州川の濁水だ。
綺麗な流れとは程遠い。
中国の人達が夕食の支度に忙しい時に、
子供が野糞を踏み付けて帰ると、
母は「ああ汚い。」と、
手に持つ包丁で靴の裏をこさげて糞を取り除き、
紙を等で包丁をサット拭き、
そのままの包丁で料理を続ける。
我々にはとてもとても馴染めない行為。
自転車で郊外に出ると、
小さく大きく起伏に富んだ草原に出る。
家屋も点在している。
所々に大きく四メートル、
小さくて二メートル程の穴が点在する。
それは日本軍が飛行機より落とした、
爆弾の穴とか砲弾の穴と聞く。
穴の中には雨水が溜まる。
その穴の中央迄に板を出して、
背中合わせで話し合いながら何かを洗っている。
一方では汚れたオムツを洗い。
一方では米を研ぐ。
水は汚れて底は見えない。
水の淀むクリークでは小便をして洗濯もしている。
料理の野菜も洗う。
我々には不思議な眺めとしか写らない。
山が見当たらぬから、
地を掘っても湧き水には期待出来ない。
自然に時間と共に水の集まりを待つしかないのだ。
この汚水の辺りに何か明滅している。
5ミリ程の蛍だ。
蛍は清水にしか生息しないと聞くが明滅を見る。
兎に角。
衛生面では随分と落差があるらしい。
夕方、
母親が子供の体を湯を使い拭くのを見るが、
親はどうしているのか疑問に思う。
風呂は無い。
珍しいのはテンソク。
昔、戦国時代に留守の女房に逃げられたらとの心配で、
足を小さくしたらしい。
足の小さい程に美人と言う。
女の子が生まれると、
童子時代に絹の布で足全体を締め付けて大きくせず成長さす。
経験者に聞くと凄く激痛を感じるらしいが、
そのまま成人に成長する。
上海でも当時非常に珍しく、
たまに見かけた。
強風の日。
片手に何かを持つ時は荷物を持たぬ。
手を広げてバランスを取りつつ歩く。
もう七十歳近い人であった。
人が創った奇形児。
大通りの片側の通路で散髪屋が商売をしている。
横目で眺めて繁華街の散髪屋に行くと、
散髪をしながら耳掃除、
手と足の爪を切り、
終ると煙草かコーヒーのサービスを受ける。
板塀は少なく、
親指程の竹を組み合わせて、
高さ二メートル程の竹垣を見かける。
家は壁土は少なく、
レンガを積み上げて家を建てる。
崩すのも建てるのも実に簡単に。
共同租界より英国租界へ行く時は、
蘇州川に架かる、
ガーデンブリッジを渡るか、
その右にある、
しらが橋か、
そのまた右にある、
四川路橋を渡る。
英国租界南京路を通り、
フランス租界に行く。
高さが制限されているのか、
実に整然と道路も広くて街路樹も多い。
中国人の清掃夫が常に掃除をするから。
実に清潔で落ち着いた静かな素晴らしい町並みです。
鶏は放し飼いで何でも食べ、
痰、唾も飲み込むから、
ばい菌が多く恐ろしいと。
一度、
私が生卵を両端に小さな穴を開けて、
日本に居た時のように吸って見せた。
その殻を中国人に与えると凄く軽い。
話題になり再度要求されて、
物陰で吸い渡すと、
卵の中身をどうして出すと騒ぐ。
こちらに来て先ず驚いたのは、
何処の家庭も魔法瓶を持っている。
どんなに貧しくとも備えている。
当時の日本国内では魔法瓶を持つ家は、
金持ちが持つ程度だったのに、
中国では皆が備え持つ。
間もなく謎は解けた。
こちらは水質悪くて生水は絶対飲めない。
飲むと、
腹がポンポンに張る奇病にかかる。
それに加えて貧乏暮しで水道が引けない。
魔法瓶下げて、
お湯を買いに行く。
日本には溝を流れるその中に赤く細長いミミズがいるのだが、
その水道も蛇口を捻り水を出すと、
そのミミズが水と共に出て来るから、
最初の一杯はコップに受ける。
ミミズが出ると暫く流してから使う。
水は湯を湧かして、
冷ましてから飲む。
私は一度、
水を毎日飲むと腹はポンポンに張りきり、
爪を立てても立たぬ程に。
息苦しくなり医者に行く。
これには薬はありませんが、
気休めに飲みなさいと薬を貰う。
その内に元の体になる。
それ以来免疫が出来たのか、
生水を飲んでも大丈夫になる。
日本にいる時は市街にクリークが流れると読み、
様々な空想をしたが現実のクリークは濁水。
緩やかに流れる中に汚物を投げ込み淀み悪臭を発する。
水源は揚子江の又黄浦江、蘇州川の濁水だ。
綺麗な流れとは程遠い。
中国の人達が夕食の支度に忙しい時に、
子供が野糞を踏み付けて帰ると、
母は「ああ汚い。」と、
手に持つ包丁で靴の裏をこさげて糞を取り除き、
紙を等で包丁をサット拭き、
そのままの包丁で料理を続ける。
我々にはとてもとても馴染めない行為。
自転車で郊外に出ると、
小さく大きく起伏に富んだ草原に出る。
家屋も点在している。
所々に大きく四メートル、
小さくて二メートル程の穴が点在する。
それは日本軍が飛行機より落とした、
爆弾の穴とか砲弾の穴と聞く。
穴の中には雨水が溜まる。
その穴の中央迄に板を出して、
背中合わせで話し合いながら何かを洗っている。
一方では汚れたオムツを洗い。
一方では米を研ぐ。
水は汚れて底は見えない。
水の淀むクリークでは小便をして洗濯もしている。
料理の野菜も洗う。
我々には不思議な眺めとしか写らない。
山が見当たらぬから、
地を掘っても湧き水には期待出来ない。
自然に時間と共に水の集まりを待つしかないのだ。
この汚水の辺りに何か明滅している。
5ミリ程の蛍だ。
蛍は清水にしか生息しないと聞くが明滅を見る。
兎に角。
衛生面では随分と落差があるらしい。
夕方、
母親が子供の体を湯を使い拭くのを見るが、
親はどうしているのか疑問に思う。
風呂は無い。
珍しいのはテンソク。
昔、戦国時代に留守の女房に逃げられたらとの心配で、
足を小さくしたらしい。
足の小さい程に美人と言う。
女の子が生まれると、
童子時代に絹の布で足全体を締め付けて大きくせず成長さす。
経験者に聞くと凄く激痛を感じるらしいが、
そのまま成人に成長する。
上海でも当時非常に珍しく、
たまに見かけた。
強風の日。
片手に何かを持つ時は荷物を持たぬ。
手を広げてバランスを取りつつ歩く。
もう七十歳近い人であった。
人が創った奇形児。
大通りの片側の通路で散髪屋が商売をしている。
横目で眺めて繁華街の散髪屋に行くと、
散髪をしながら耳掃除、
手と足の爪を切り、
終ると煙草かコーヒーのサービスを受ける。
板塀は少なく、
親指程の竹を組み合わせて、
高さ二メートル程の竹垣を見かける。
家は壁土は少なく、
レンガを積み上げて家を建てる。
崩すのも建てるのも実に簡単に。
共同租界より英国租界へ行く時は、
蘇州川に架かる、
ガーデンブリッジを渡るか、
その右にある、
しらが橋か、
そのまた右にある、
四川路橋を渡る。
英国租界南京路を通り、
フランス租界に行く。
高さが制限されているのか、
実に整然と道路も広くて街路樹も多い。
中国人の清掃夫が常に掃除をするから。
実に清潔で落ち着いた静かな素晴らしい町並みです。
第51回『上海ドキドキ初体験日記』
現場での各自の紹介が済み、
言葉はお互いに分からず、
手振りで何とか仕事内容を伝えて仕事は終る。
上海語の学校へ行く。
先生は神戸在住十二年。
日本語はペラペラ。
学校が終り外に出ると誰彼の差別なく、
今習ったホヤホヤの上海語で話しかけるが、
変な顔して手を振り立ち去る。
どうも発音が駄目らしい。
昼の休憩時間に近所の児童にお菓子を与えて遊んで貰う。
話し掛けて発音の練習をする。
間違うと遠慮なく大声で笑い、
何度も何度も教えてくれる。
学校の先生が驚く程の発音の上達振り。
でも中国工員と話すが、
私の発音は時々幼児の発音が交じる笑う。
この周辺は共同租界内も場末で、
辺りは田畑多くて上海の激戦地の八字橋近くに、
日本人の火葬場がある。
雨が多くうっとおしい。
風の無い日は、
煙漂い死臭で食事も断念する想いにさせられた。
道幅も割合に広くて住み良いが、
貧乏所帯が多くて、
鶏、家鴨等は羽に色を付けて放し飼い。
至る所に糞がある。
歩くのに注意がいる。
それに中国の家庭には便所は無い。
日本のお櫃に似た桶に蓋をして、
周囲に立派な色彩を施し、
部屋の備品の一つに思える。
これが『モードン』と言って、
家庭共用の便器。
部屋の衛立の片隅に置く。
初めは何だろうと興味で眺めるが、
便器と聞き驚く。
この『モードン』の中身を、
車を引き集めに来る。
その水をポイと道路に捨てる。
前の草原では終日、
男の野糞を垂れる姿は絶えない。
野糞で屈む後ろで肥入れ背負い、
話ししつつのどかな風景を珍しく眺める。
毎日眺めていると、
一度自分も試したくなる想い。
言葉はお互いに分からず、
手振りで何とか仕事内容を伝えて仕事は終る。
上海語の学校へ行く。
先生は神戸在住十二年。
日本語はペラペラ。
学校が終り外に出ると誰彼の差別なく、
今習ったホヤホヤの上海語で話しかけるが、
変な顔して手を振り立ち去る。
どうも発音が駄目らしい。
昼の休憩時間に近所の児童にお菓子を与えて遊んで貰う。
話し掛けて発音の練習をする。
間違うと遠慮なく大声で笑い、
何度も何度も教えてくれる。
学校の先生が驚く程の発音の上達振り。
でも中国工員と話すが、
私の発音は時々幼児の発音が交じる笑う。
この周辺は共同租界内も場末で、
辺りは田畑多くて上海の激戦地の八字橋近くに、
日本人の火葬場がある。
雨が多くうっとおしい。
風の無い日は、
煙漂い死臭で食事も断念する想いにさせられた。
道幅も割合に広くて住み良いが、
貧乏所帯が多くて、
鶏、家鴨等は羽に色を付けて放し飼い。
至る所に糞がある。
歩くのに注意がいる。
それに中国の家庭には便所は無い。
日本のお櫃に似た桶に蓋をして、
周囲に立派な色彩を施し、
部屋の備品の一つに思える。
これが『モードン』と言って、
家庭共用の便器。
部屋の衛立の片隅に置く。
初めは何だろうと興味で眺めるが、
便器と聞き驚く。
この『モードン』の中身を、
車を引き集めに来る。
その水をポイと道路に捨てる。
前の草原では終日、
男の野糞を垂れる姿は絶えない。
野糞で屈む後ろで肥入れ背負い、
話ししつつのどかな風景を珍しく眺める。
毎日眺めていると、
一度自分も試したくなる想い。
第50回『黄浦江上より上海を眺める』
黄浦江の停泊の各国大小の船舶の中には、
何処の国か知らぬが軍艦も交じる。
その中を水澄ましの様に漕ぎ行き去るジャンク(小船)。
日本では櫓を漕ぐ時は肩より下に櫓を握り漕ぐが、
中国は肩より上にして背伸びをした状態で漕ぐ。
桟橋に多数の労働者が威勢良く何かを叫び走り回る。
重厚な高層建築が偉容を示して我々を見下ろす。
日本では東京の浅草に建つ十二階が最高で各都市とも、
制限なのであろうが八、九階止まり。
黄浦江より蘇州川の入り口に架かる橋が有名なガーデンブリッジ。
鉄骨で偉容を誇る。
その橋を一九三四年完成のブロードウェーマンション二十一階が、
我々を見下ろす。
外難(バンド)の北端にあるパブリックガーデンの入り口の立看板に、
『狗興華人不准入内(犬と中国人は入るべからず)』と書かれている。
この公園は共同租界内にある。
迎えの車に乗り込むが目は窓の外を離れない。
日本の人力車より小型の人力車(黄包車)が多数走る。
市民の足。
その夜、
中国料理でご馳走を満喫する。
時間と共に異国を感ずる。
翌日、
自転車で周囲を見て廻る。
映画ニュースで砲弾で破壊された鉄筋の家屋を見る。
上海駅周辺の被害と視るもの多い。
初めて見る鉄筋丸出しビルが戦禍を物語っている。
上に草を被り銃眼の穴より前方を望む無気味なトーチカ等、
見るもの多く、
フト気付くと相当に遠方に足を伸ばしているらしい。
周辺に建物は無くて、
草原が続く。
先ずは来た道を探して帰るが心当たりの物が見当たらぬ。
道に迷ったらしい。
言葉も知らず家の所在地も知らぬ。
今日は太陽が部分日食で急に温度が低下する。
心細く辺りを観察する。
一方だけに電燭が明滅する。
それを目当てに力走する。
全身汗ばむ頃に朝に見かけた建物の残骸を見る。
やっとの思いで家に着く
皆が飛び出して来て、
安心と同時に怒鳴られた。
日本人の危険区域内で自転車に乗る日本人を見かけたとの情報で、
今より捜索隊を編成して出掛ける寸前との事。
言い訳せず謝るのみに終始する。
何処の国か知らぬが軍艦も交じる。
その中を水澄ましの様に漕ぎ行き去るジャンク(小船)。
日本では櫓を漕ぐ時は肩より下に櫓を握り漕ぐが、
中国は肩より上にして背伸びをした状態で漕ぐ。
桟橋に多数の労働者が威勢良く何かを叫び走り回る。
重厚な高層建築が偉容を示して我々を見下ろす。
日本では東京の浅草に建つ十二階が最高で各都市とも、
制限なのであろうが八、九階止まり。
黄浦江より蘇州川の入り口に架かる橋が有名なガーデンブリッジ。
鉄骨で偉容を誇る。
その橋を一九三四年完成のブロードウェーマンション二十一階が、
我々を見下ろす。
外難(バンド)の北端にあるパブリックガーデンの入り口の立看板に、
『狗興華人不准入内(犬と中国人は入るべからず)』と書かれている。
この公園は共同租界内にある。
迎えの車に乗り込むが目は窓の外を離れない。
日本の人力車より小型の人力車(黄包車)が多数走る。
市民の足。
その夜、
中国料理でご馳走を満喫する。
時間と共に異国を感ずる。
翌日、
自転車で周囲を見て廻る。
映画ニュースで砲弾で破壊された鉄筋の家屋を見る。
上海駅周辺の被害と視るもの多い。
初めて見る鉄筋丸出しビルが戦禍を物語っている。
上に草を被り銃眼の穴より前方を望む無気味なトーチカ等、
見るもの多く、
フト気付くと相当に遠方に足を伸ばしているらしい。
周辺に建物は無くて、
草原が続く。
先ずは来た道を探して帰るが心当たりの物が見当たらぬ。
道に迷ったらしい。
言葉も知らず家の所在地も知らぬ。
今日は太陽が部分日食で急に温度が低下する。
心細く辺りを観察する。
一方だけに電燭が明滅する。
それを目当てに力走する。
全身汗ばむ頃に朝に見かけた建物の残骸を見る。
やっとの思いで家に着く
皆が飛び出して来て、
安心と同時に怒鳴られた。
日本人の危険区域内で自転車に乗る日本人を見かけたとの情報で、
今より捜索隊を編成して出掛ける寸前との事。
言い訳せず謝るのみに終始する。
第49回『祖国よ、さようなら。』
昭和十六年六月二日晴、午前。
社長、重役達の見送りを受けてデッキに佇む。
私は内心、これが無銭世界一周の船出の一歩と思いつつ、
六甲の山並みを脳裏に焼き付ける。
賑やかなドラの叩く音も嬉しく聞きつつ、波静かな港内を船は滑る。
右に四国連峰の山並を望見しつつ、
何時しか九州の連山を眺める。
日本国内に平野が有るのだろうか。
僅かに吹き上げなびく噴煙の桜島にもお別れをして、
五島列島を遠く望み、
初めて見る海原は無限に広く私を魅了する。
遥か彼方に小さく吹き上げるのは鯨の潮吹きか、
海面に泡立ち盛り上がり何かが飛ぶ。
トビウオの集団無数。
甲板に落ち飛び跳ねる。
沿岸の海水の淡い薄青色の海水が、
船が進む程に薄赤くそれが紫に変色する。
黒み掛かった濃い紫に手を入れたら染まりそう。
海水の深度の差なので有ろうか。
昼食も済ませて広い船内を見学するが、
三等乗船では行く手に通行禁止の縄張りで、
前進が不可能の場所も多い。
甲板上には娯楽施設もあり笑い興じ遊ぶ人もいるが、
初めての私には飛び込み遊ぶ能力は無い。
遠く彼方に煙が。
帆柱が見え、船首も見え。
大きな客船だ。
地球は教えのごとく丸いと納得する。
波静かに夕景が近づく頃、
小さな波頭を薄赤く染めながら大きな二メートルもあろうか、
真紅な太陽が地平線の遥か彼方の海面を今日の名残りを惜しむがごとく、
静かに静かに徐々に沈み行く。
辺り一面、
空も波頭も真紅に染めて言葉も無く、
荘厳にして偉大なる自然が織り成す日没に船上の人々感動する。
横で立つ船員、
「何年も航海しておりますが、
今日程素晴らしい日没を拝めたのは初めてです。」
と話す。
翌朝、目覚めて甲板に出ると甲板上に水が流れる。
雨かと聞くと夜露との返事。
進む程に海水幾分か濁る中を大小の魚が白い腹で流れる。
船員の説明では揚子江の水と海水の交わる所。
進む程に濁水と変わる。
広い広い河口、
これが川か湖水の様だ。
黄浦江に入る。
大小の船舶停泊する。
陸を望むと高層建築が偉容を誇り林立する。
ここが世界に名高い上海か。と暫し圧倒されて眺めるのみ。
日本は東京の浅草の十二階が最高を誇る。
さあ頑張ろう…。
社長、重役達の見送りを受けてデッキに佇む。
私は内心、これが無銭世界一周の船出の一歩と思いつつ、
六甲の山並みを脳裏に焼き付ける。
賑やかなドラの叩く音も嬉しく聞きつつ、波静かな港内を船は滑る。
右に四国連峰の山並を望見しつつ、
何時しか九州の連山を眺める。
日本国内に平野が有るのだろうか。
僅かに吹き上げなびく噴煙の桜島にもお別れをして、
五島列島を遠く望み、
初めて見る海原は無限に広く私を魅了する。
遥か彼方に小さく吹き上げるのは鯨の潮吹きか、
海面に泡立ち盛り上がり何かが飛ぶ。
トビウオの集団無数。
甲板に落ち飛び跳ねる。
沿岸の海水の淡い薄青色の海水が、
船が進む程に薄赤くそれが紫に変色する。
黒み掛かった濃い紫に手を入れたら染まりそう。
海水の深度の差なので有ろうか。
昼食も済ませて広い船内を見学するが、
三等乗船では行く手に通行禁止の縄張りで、
前進が不可能の場所も多い。
甲板上には娯楽施設もあり笑い興じ遊ぶ人もいるが、
初めての私には飛び込み遊ぶ能力は無い。
遠く彼方に煙が。
帆柱が見え、船首も見え。
大きな客船だ。
地球は教えのごとく丸いと納得する。
波静かに夕景が近づく頃、
小さな波頭を薄赤く染めながら大きな二メートルもあろうか、
真紅な太陽が地平線の遥か彼方の海面を今日の名残りを惜しむがごとく、
静かに静かに徐々に沈み行く。
辺り一面、
空も波頭も真紅に染めて言葉も無く、
荘厳にして偉大なる自然が織り成す日没に船上の人々感動する。
横で立つ船員、
「何年も航海しておりますが、
今日程素晴らしい日没を拝めたのは初めてです。」
と話す。
翌朝、目覚めて甲板に出ると甲板上に水が流れる。
雨かと聞くと夜露との返事。
進む程に海水幾分か濁る中を大小の魚が白い腹で流れる。
船員の説明では揚子江の水と海水の交わる所。
進む程に濁水と変わる。
広い広い河口、
これが川か湖水の様だ。
黄浦江に入る。
大小の船舶停泊する。
陸を望むと高層建築が偉容を誇り林立する。
ここが世界に名高い上海か。と暫し圧倒されて眺めるのみ。
日本は東京の浅草の十二階が最高を誇る。
さあ頑張ろう…。
第48回『続々々々大阪の事』
私の勤める会社の社長さんは、
若い頃、
青雲の志しを立てて、
瀬戸内海の小島より都会に出て、
辛苦の末に、
現在の計器会社を建設する。
兄弟を呼び寄せ、
現在は八十余名の従業員を使う。
帰郷の折りには、
島民が打ち上げ花火で迎えたと聞く。
この社長さん、
一日に一回職場を一巡するが、
必ず大きく咳をして入る。
この社長さん、
ある時、
二日分位の仕事を、
皆に一日で仕上げるよう命じる。
仕舞うと日給を二日分出すと言う。
従業員の顔を伺いながら、
「どうだやってくれるか。」
皆の意見は半々。
「やってみよう。」
休憩もせず、
昼食も抜きで精を出す。
物品運びも小走りに、
全員一致団結して、
午後三時頃にやり遂げる。
やる気を出してやればやれるもの。
会社も従業員も儲けて笑顔で終わるが、
翌日よりの皆の動きが活発になる。
社長さんの狙いはここだと気付く。
苦労人と感心をする。
この社長さん、
私の後ろで立ち止まり、
私の仕事を見る。
ある日、
もう五分位で終わりと思い仕事をしていると、
終了のベルが鳴る。
直ちに作業を止めて道具を片付けると、
社長さん、
「やって仕舞えば。」
と言う。
無視して手洗いに行く。
いつもであれば、
最後まで仕上げるものを、
見られるのが勘に触る。
数日して事務所より、
「社長さんがお呼びです。」
事務所に行くと、
「まあ掛けたまえ。」
と椅子を出す。
笑顔で、
「今度上海で工場を借り受けて支社を建設している。
人選に苦慮しておったが行ってくれないか。」
と言う。
が、即座に断る。
「古参者が多い中、
私は適任者ではありません。」
と。
作業場に帰り、
私は私に、
「何故断った千歳一隅のこの好機を見逃すのか。」
日が過ぎ再度の呼出し。
重役の弟さんが、
「皆の意見は一致している承知してくれ。」
と説得される。
内心喜悦で小躍りをする。
承諾をする。
月給は二百円。
食事は会社持ちで、
支度金として二百円が支給される。
生まれて初めて月給取りになる
若い頃、
青雲の志しを立てて、
瀬戸内海の小島より都会に出て、
辛苦の末に、
現在の計器会社を建設する。
兄弟を呼び寄せ、
現在は八十余名の従業員を使う。
帰郷の折りには、
島民が打ち上げ花火で迎えたと聞く。
この社長さん、
一日に一回職場を一巡するが、
必ず大きく咳をして入る。
この社長さん、
ある時、
二日分位の仕事を、
皆に一日で仕上げるよう命じる。
仕舞うと日給を二日分出すと言う。
従業員の顔を伺いながら、
「どうだやってくれるか。」
皆の意見は半々。
「やってみよう。」
休憩もせず、
昼食も抜きで精を出す。
物品運びも小走りに、
全員一致団結して、
午後三時頃にやり遂げる。
やる気を出してやればやれるもの。
会社も従業員も儲けて笑顔で終わるが、
翌日よりの皆の動きが活発になる。
社長さんの狙いはここだと気付く。
苦労人と感心をする。
この社長さん、
私の後ろで立ち止まり、
私の仕事を見る。
ある日、
もう五分位で終わりと思い仕事をしていると、
終了のベルが鳴る。
直ちに作業を止めて道具を片付けると、
社長さん、
「やって仕舞えば。」
と言う。
無視して手洗いに行く。
いつもであれば、
最後まで仕上げるものを、
見られるのが勘に触る。
数日して事務所より、
「社長さんがお呼びです。」
事務所に行くと、
「まあ掛けたまえ。」
と椅子を出す。
笑顔で、
「今度上海で工場を借り受けて支社を建設している。
人選に苦慮しておったが行ってくれないか。」
と言う。
が、即座に断る。
「古参者が多い中、
私は適任者ではありません。」
と。
作業場に帰り、
私は私に、
「何故断った千歳一隅のこの好機を見逃すのか。」
日が過ぎ再度の呼出し。
重役の弟さんが、
「皆の意見は一致している承知してくれ。」
と説得される。
内心喜悦で小躍りをする。
承諾をする。
月給は二百円。
食事は会社持ちで、
支度金として二百円が支給される。
生まれて初めて月給取りになる