五目紙物店「寅屋」 -3ページ目

第87回『戦後すぐぐらいの大阪』

車内で漫画本を出して見ている。
大学生らしい。
公衆の中で漫画本を読む。
それが大学生。
大正生まれの私には不思議に思う。
我々が小学生時代に、
漫画本を読むのは親に隠れ内緒で読んだ。
大人に見つかると、
怒鳴られて叱られた。
それでも少年少女雑誌には漫画も載る。
何と変われば変わるものと驚く。

戦時中、
国民は総動員で召集令状を受け取らぬ者は、
大会社等に徴用され会社の宿舎に寝泊りをする。
敗戦と同時に全員解放され、
故郷に一斉に帰るから、
交通機関は未曾有の混雑。
それに加えて、
皆はリュックを背負う。
駅に入る列車は、
どの列車も鮨詰め状態。
待っていると何時乗れるか心は焦る。
貨物列車も引用する。
心は焦る。
貨物列車も引用する。
心は焦る。
貨物列車に無理に乗り込むと、
豚がブウブウと迎える。
豚と仲良く同車。
かたや牛の貨物列車に同伴して生まれ故郷へ。
留守を守る家族達突然の帰郷で、
嬉しく迎えるが、
サテ、
食糧難に悲鳴をあげる。
田舎は何とか食いつなぐが、
都会は食い物も無く、
空襲で焼け残った衣類や珍しい物を持って、
田舎に買出しにリュックを背負い行く。
田舎の農家の人たちのご機嫌を取り、
泣き付き手に入れた食い物を背負い、
満員列車に押し込められて乗り込む。
列車内騒然と、
浮き足立つ闇商人の一斉取調べ。
早朝より必死な思いで、
やっと手に入れた、
家族の今夜の食料の米も、
米の移動証明無く、
家族の命綱の食料も遠慮会釈も無く没収されるが、
走る列車内、
逃げ口も無いが、
中には荷物と共に飛び降りて、
難を逃れる闇屋もいるが、
殆どの者は言い訳聞かれず、
命の食料を没収の憂き目。
家では家族が今夜のご飯を楽しみに待つ。
中には幼い子供に持たすが、
それもはかない一時逃れ。

雨の日。
二階の窓より眺める目に、
道路の中程に馬糞が盛り上がる中に、
一握りの米が散乱する。
一粒々を拾い手の平に置く。
全部を拾い立ち去る。
あの米食べるのであろうか。
水で洗えば知らぬ人は米と見るだろう…。
平和の人々の想像を絶する食料捜し。
米と交換出来る何かを持つ者はまだ幸せ。
空襲で全部を焼かれて、
逃げ出した人々は人の捨てた残り物を漁る。
子供の躾どころか、
食い物捜しに目の色を変える親達。
こうして毎日は過ぎ行く。

第86回『戦後すぐの大阪』

闇市が大阪の至る所で盛況を極める。
中でも大きいのは大阪駅前の闇市。
天幕を貼り、
狭い通路は人で埋まる。
茶碗の縁の欠けた物から、
数年も過ぎる雑誌類、
横には西洋ドレスの結婚衣装が並ぶ。

日常欲しい物は、
何でも金さえあれば買える。
巷では何を買うにも、
購入切符が入り用。
切符を持参しても商品が無い。
何時入るか知れぬ切符片手に、
市中を彷徨い探す。

日本橋を歩くと、
B29の残骸が道の片側で人目を引く。
通天閣周辺の新世界も焼け野原で、
空爆の激しさを物語る。
街角に二階建が二件だけが、
取り残された様に建つ不思議。
目に入る建物は掘っ立て小屋が多い。
歩く者は多いが、
大衆は何処に住んでいるのであろう。
中国の南京の惨状が目に浮かぶ。
殺し殺されて、
住居は無惨な廃屋に。

敗戦直後の国内の状況は知りませんが、
私が大阪に出る時、
宇野駅で列車に乗り込むと既に満席。
窓際に腰掛けていると激しく窓を叩く。
当時は入り口より乗り込むより、
窓から入れば素早く席が取れる状態。
兄は朝鮮人だから相手にするなと言う。
その内に窓を開けて乗り込んでくる…。
私は思わず、
そいつの足を持ち、
突き落とすと、
多数が押しかけて、
窓の外は口々に罵り奇声を挙げるが、
私は敗戦直後、
中国で散々な敗戦国日本人であるが為に、
嫌な事に直面しておる。
彼等に弱みを見せると図に乗り無謀を働くが、
相手が強いと手出しはせぬ。
兄の制止も聞かず、
高飛車に出る。
相手は隣へと移動する。
私は大声でヨボ(朝鮮人)等に負けるなと叫ぶ。
汽車は発車する。
敗戦前、
上海で中国人を苛める者の殆どが朝鮮人。
俺は朝鮮人だと弱者で心卑しい国民性。
幾分か落ち着いた時。
兄はお前も強くなったと驚く。
敗戦国日本、
気力も敗戦か。
常に虐げられた国民は、
強い者には集団で襲うが、
逃げると増長するが彼らの予想に反して、
高飛車に出ると離散する心理を掴めば、
彼らは弱い。

第85回『これからは番外編思い出すままに』

敗戦直後の日本国内の巷でよく見かけるのが、
若い娘が厚化粧をして、
昼の日中に得々とした態度で、
日本人を見下げる眼差しで、
進駐軍の兵士の腕にぶら下がり、
亦腕をくみ歩く姿。
それを世間ではパンパンと呼び、
さげしむ。
黒人の米兵士達、
田舎に行きチョコレート等をバラマキ、
民衆を集めて頃合はよしと、
若い女を横抱きに野原で強姦を繰り返す。
若い女が姿を消すと、
土足で家にあがり家捜しをして女を探す。

昭和十六年秋頃、
黄浦江の岸壁で別れを惜しみ、
米海兵隊員と上海のクーニャンが、
岸壁で別れのキスをする。
人目もはばからずお互い抱いて抱かれて、
号泣を挙げて、
人目もはばからず別れを惜しむ姿。
横目に眺めて何と浅ましいと見たが、
何処の国の娘も金と強者には勝てず。
男と違い、
女の武器を使えば先方よりなびく。
それが日米戦争の前奏戦だったのか。
何処の国民も戦争に負けると、
我々から眺めると地獄の日夜だが、
戦争で勝てば彼らには退屈凌ぎに過ぎぬ遊び。
軽快にジープが走る。
同乗の米兵、
街を歩く若い女性に投げキッスを贈る。
答えるとジープを止めて、
笑顔と共に娘を連れ去る。
これが敗戦国の偽りの無い姿。
腹が空いては生活も出来ぬ現状だから?

巷では失業者多数。
その救済に土木作業をする。
その日雇い、
日給が二円四十銭。
それを世間ではニコヨンと呼ぶ。
盛り土をモッコに入れて、
前後二人で担い運ぶが、
モッコの中には一握りの土が入る。
それを、
ゆっくりゆっくりな歩調で、
人目もはばからず作業をする。
片側では見慣れぬ、
大きな土運びの機械、
ブルドーザーがエンジンの音も軽快に、
一度に何百人もの土を一度で運び地均しする。
通行の人達立ち止まり眺める。
私が上海で飛行場建設の勤労奉仕で、
モッコを二人で担ぎ土運びをする。
その時分にはアメリカでは、
こうした機械で仕事をしておったのか。

第84回『農地改革とやら』

農地改革とかで、
父も小作で無く地主になる。
政府より長年百姓に従事しているものに対して、
無償で百五十坪の山林を下賜される。

銀行に行き命と頼む、
三万円の小切手を出して請求すると、
何の連絡もありませんと断られる。
再々度請求するが同じ返事。
ついに諦めるが、
それが私の躓きの始まり。

山の開墾をしている、
手伝えと言われて断りも出来ず、
高熱を押して道具を担ぎ、
父兄に従う。
開墾は粗方大木は切り倒されて、
その整理におおわらわ。
仕事をしていると、
上より大声で、
大きな石が転げ落ちる早く退け。
と、
全部が素人、
何回も危険信号で逃げつつの作業。
切り倒した松雑木を、
小さく切り薪に。
持ち帰るが生木は意外と重い。
大小の石がころころ出てきて難儀。
その石を隣との境界に積み上げる。
雑草の根も深い。
大木を切り倒した。
根を掘り下げると、
必ず少ないが水が沸く。
この水で成長しているのであろう。
社会との仕組みを思い。
世渡りも、
金脈を早く掴んだ者が成功すると、
教えられる。

山の中腹、
畑の水不足を思い、
僅かに湧き出る水確保に、
周囲をセメントで固める。
休憩の折に遙か彼方の瀬戸内海を眺める。
屋島の裾が海底に沈む。
女木島が海上に浮くように浮かぶ。
周囲を釣り船が、
大小の船が行き通う。
その中を縫う様に連絡船が、
薄く煙を棚引かせ、
のんびりと警笛を鳴らしつつ宇野に向かう。
戦前と何の変わりも認められない。
静かに波紋を残す瀬戸内。
陸を望むと市街の中心部は、
掘っ立て小屋が点々と目に入る様相。
死力を尽くしての戦い。
何が残った。
戦争程に無意味な行為?は無い。

第83回『貰うものは貰う』

翌朝目覚めて、
食事も戴き市内の状況を見て歩く。
中心部は壊滅状態。
妹の婚家先は跡形も無く、
友達の家も見当たらぬ。
心に痛手を受けて帰る。
持ち帰りの残高、
七百円にも足らず。

噂を聞き市役所へ。
引揚者に配給の衣類を受け取りに行くと、
指定の物の半分足らず。
定数を要求すると、
不機嫌な返答。
課長を呼び出し不足分の説明を求める。
ついに指定の分量より、
多い物を出す。
それを台に叩き付けて、
文句を言えば数量多く出す。
説明をしろと粘りに粘る。
同じ引揚者に待って貰い交渉する。
倍の品物を持って帰る。
翌日、
県庁に行き請求すると数量が少ない。
我々が得心の出来る説明を求める。
ついに市役所同様に、
倍の物を持ち帰る。
倍と言っても敗戦下知れた物。
次兄、
お前も強く変わったと驚く。
自分を守る者は自分のみ。

第82回『やっと到着』

プラットに屋根が無い。
皆と別れて宇野線に乗り換える。
八千人余が独りになる。
押して押されて、
どうにか乗り込むが、
背中のリュック、
両手にさげる風呂敷包み。
前には洗面器が身動きも出来ず、
やっと席は空いたと、
座ると終点の宇野駅。
連絡船に乗り越える。

身動きが出来るだけ心が休まる。
高松を望むと闇に沈む。
辺りの人に高松の様子を聞くが、
皆はそ知らぬ顔。
桟橋に安着する。
市内の灯を集めた様に電飾光り輝く。
勝手知った裏通りを、
小雨の中、
傘も差せず人通りも絶えた。
真夜中に父の家を目指す。

通る両側、
家並みも立ち並ぶ。
被害甚大と聞いたが間違いか。
ここを曲がれば父の家はある。
薄い街灯が点るが薄暗く何も見えず。
通る目に家並みも建ち並ぶ。
被害甚大は嘘か。
父の家は無傷で建つ。

暫く眺めて、
戸を叩き、
只今帰りました。
戸が開き次兄の元気な顔。
互いに見合わせ微笑む。
真夜中に途中で強盗に出会わなかったか。
最近は毎夜強盗が出る噂がある。
庭に立つ私の姿は、
背には大きな手製のリュック。
両手に風呂敷包みを下げ首より、
大きめの洗面器を吊り、
背中に差すは洋傘。
四月二日午前二時過ぎ雨の夜に帰る。

今夜珍しく風呂を沸かしている。
入れと下を焚き付けてくれる。
風呂に入ると、
全身鳥肌立つ熱があるのだろう。

離れで就寝の父に帰国の挨拶。
頭を枕より挙げもせず早く寝よ。
仏間に入り。
長々と母に帰国の挨拶。
今夜は遅い、
話しは明日にと床に入り熱を計ると、
四十度。
このまま寝付くと起きられぬぞ。
自分に言い聞かせて就寝をする。

第81回『とりあえず帰郷』

九州は点在する飛行場が多いと聞く。
山間部の民家のまばらにも、
爆弾の後も生々しい。
間も無く夕暮れ、
車内に淡い電灯が点る。
突然の轟音に驚き目が覚める。
関門トンネルの中らしい。

引き揚げ列車は、
待避線に入り、
夜明けを待つらしい。
ふと横を見ると広島行きの空車が目に付く。
無断での乗り換えは禁止されている。
一部の独身者、
皆の止めるのも聞かず乗り換える。
広々とした車内にゆったり椅子を掛ける。
ふと目覚めると、
汽車は走る沿線の風景。
何処もかしこも空漠で、
壊滅的打撃を受けている。
建ち並ぶ民家は瓦礫の状態。
よくも之だけ根気良く、
爆弾を落とせたと見入る。
広島に近くなるに従い倒壊家屋。
広島に鉄筋工場は渦巻き状態で倒れる。
広島駅のプラットに立つ。
見渡す四方は、
瓦礫の山の残骸に言葉も無し。
目立つ建物が頂上に至る迄、
破壊も甚だしく建つ原爆ドームとか。
小高い丘の裾に小さな鳥居が立つ不思議。
駅前は通行に細く通路が通じている。
その隙間よりチョロチョロ水が流れ出る。
川は瓦礫の捨て場か…、
赤茶色の大小の瓦礫が投げ込まれて、
その隙間を縫いチョロチョロ細く水が流れる。

流石は広島大都市。
行き交う人々多数を数える。
歩む半数は背中にリュックを背負う。
引揚者か。
兵隊さんの姿、
裸足の人は無い。
皆、靴か草履を履く。
日陰で屯して行く人々を、
無心な目で眺めるのは噂の戦災孤児か。
それにしても只の一発の原子爆弾、
戦争中上海で噂に聞く、
日本で珍しい爆薬の製造をしたとか。
その爆弾を落とすと、
1万トンの軍艦でも1万メートル上空まで、
吹き飛ばされる話。

駅前に小旄を風になびかせて出店が並ぶ。
うどんの看板。
椅子に腰掛けてうどんを注文する。
出てきたのは薄い色に浮く細長い海草。
之がうどんかと聞き合わす横より手が伸びて、
鉢ごとさげて逃げ去られる。
追うにもリュックが重い。
逃げ去るを只見逃す。
結局疑わしい食べ物は食べもせず、
代金のみ支払う。

日陰で一休みして帰ろうと、
改札口を通ると駅員、
切符は?
そんな物は持たぬと駅員と一悶着。
結局強引に汽車に乗り込む。
進むほどに倒壊家屋全部広島方面に倒れる。
岡山駅に停車する。

第80回『日本到着』

鹿児島市民の皆様であろう、
夕景迫る広場で盛んに手を振り、
我々を出迎えて戴く。
下船が始まる。
狭い板の上を背中に両手に、
全財産を背負いトロトロ降りる。
腕を掴み、
白布の医者が予告も無く、
注射針を差し込む。
それも両腕に。
一歩進むと噴霧器で、
白い粉を全身に吹き付けられる。
全部が無言で行われる。
何とか地上に降り立ち歩む前に、
老人達が腰を屈めて、
何か挨拶してくれるが、
意味不明で立ち往生。
女学生が来て、
この人達、
お疲れ様お帰りと、
挨拶をしております。
数百名の皆様の歓迎か。
その人達の衣服は粗末。
殆どの皆様は裸足か麦藁履を履く。
ほんの一部の人達が、
運動靴を履くのを見られるが、
破れ、
底には穴のある状態。
我々は引き揚げ者とは言え、
殆どの者は、
財産の新品で身を飾る。
實に対象的。
夕景にも関わらず、
なにかとお世話になり、
焼け残りの学校へ案内される。
教室に毛布が敷き詰められている。
皆は広いと大の字に寝る。
接待の夕食を済ませて一夜を明かす。

翌日、
小雨降る中を近くの人々であろう、
重いリュックも軽やかに、
足取りも勇み、
手を振りつつ去り行く。
再び会う事もなかろうが、
お元気にと、
後ろ姿に挨拶をする。

船の蒲団袋を降ろしたのを、
独身者のみで駅まで運び、
貨物列車に積み込み、
客車に乗り込むと、
満員状態で、
座る椅子は見当たらぬ。
所帯主達、
涼しい顔でご苦労様。
突然、
隣の客車で大声を張り上げて、
お前達は何様だ!!全員立て!!
婦女子は詰めて座れ!所帯主は後方に下がれ!
我々、
空いた椅子に腰掛ける。
団長、
我々が選出した団長では無い。
我々、
独身者を何と心得る。
お前は外に出ろと追い出す。
汽車はコトコト黒煙を吐きつつ山野を過ぎる。

第79回『続々々、日本に帰る時』

顔色変えて座り込む女性を海に。
背を向けて男が一列に並び、
女性を舷側にと誘うが中々実行せぬ。
一人が誘いに乗ると、
次から次へと舷側で小便をして、
ほっとした表情を見ると、
何と無くこちらもほっとする。
が、
その度にお礼の霧雨の被害にあう。

一夜慰安に。
飛び入り慰労会を模様する。
飛び入り多数で時間を忘れる想い。

翌朝、
自前の持込の食料も底を尽き、
内地米と味噌汁の朝食が出る。
美味しいと皆は喜び食べるが、
それを手渡すのに難儀をする。
狭い狭い、
人との隙間に手渡すのは、
思わぬ不始末もあった。
船内放送で、
只今から水葬をいたしますから、
黙祷をお願いの放送。
祖国を目の前にして、
何故水葬に踏み切る。
内地に身寄りが無いのだろうか。
甲板に出る。
船の後方に長く板を突き出し、
その上に白布で全身に覆われた死骸が乗る。
哀しい音楽の吹奏が流れる。
船は減速して、
尾を引く汽笛を鳴らしつつ一周する。
板は徐々にさがり、
白布に覆われた死骸は重い重石と共に、
海底へ沈み行く。
祖国を前にして…。

進む右前方に五島列島が。
祖国も近い。
間も無く桜島を認める。
鹿児島湾を船は静かに進む。
船尾に大きな二メートルも有ろうか、
魚が追尾する。
皆は甲板に並び、
近づく市街に見入る。
市街の殆どは焼け野原。
言葉無く甲板に立ち尽くす。
廃墟の祖国。

桟橋に着く。
前方の右に若木の桜が満開だが、
美しいと声をだし者、
一人としていない。
その横に垢錆びた戦車が二台、
寂しく敗戦を物語る。

第78回『続々、日本に帰る時』

その夜。
警備当番の籤引きがあった。
不運にも私が引き当てる。
熱は依然として四十度。
熱を理由に交代と思うが、
見知らぬ者の集合そのまま甲板に。
出るとあの蚕棚の中で人が寝る。
横になり、
頭を挙げる余地も無い。
でも船底と違い余裕を感ずる。
でも三月末の夜風は身に冷たい。
甲板上は広い。
積み上げた蒲団袋の陰で、
各自の持ち場を受け持つ。
夜半の頃、
怪しいとの連絡がある。
物陰より見ていると、
船底の石炭を持ち出しているらしい。
船員に連絡をと思うが船室を知らぬ。
彼等五、六名。
連絡しつつ石炭を持ち出している。
彼等の落とした石炭を掻き集めて様子を覗う。
頃合はよしと、
一斉に無言で蒲団袋の陰より、
石炭を投げつける。
目標は大きくて近い。
面白い程あたる。
夜盗達慌ててロープに縋り逃げ下りる。
その頭を狙い定めて大きな石炭を落とす。
石炭と共に水飛沫を挙げて落ち込み、
船に逃げ去る。
残党が居るやも知れぬと探すと、
一人隠れる。
そいつを引き出して、
皆で殴る蹴るの溜まった鬱憤を晴らす。
殺せば面倒と警備の中国兵を呼ぶ。
兵いきなり銃の先で、
息も絶え絶えの盗人の腹を突く。
翌朝、
皆に話すと何故呼ばぬと。
疲れはひどい遅い食事を済ませて寝る。
ふと目覚めると、
船のローリングの静かな音。
慌てて甲板に出ると、
船は早くも揚子江を下る。
上海の都市は見えず。

晴天に恵まれ、
波静かな洋上を船は進む。
広い甲板も人で狭く感ずる。
時間と共に地獄の責め苦に苦しむ。
八千余名の乗船に男便所は無い。
女の便所が五ヶ所並ぶだけ。
便所の前は五列の長蛇の列。
中には溜まらず放尿して居る者もいる。
態度で分かる。
男は船の細い鉄柵に捕まり放尿するが、
それも船の舳先が波に持ち上げられる時を狙い、
放尿する。
反対に船が波と共に、
舳先が沈む時に放尿すると、
吹き上がる風と共に、
他人の自分の小便が霧雨となって、
吹き上がり、
前進に小便の被害を被る。
洗う水は皆無の状態。
水筒の飲み水が無くなると、
甲板上に一ヵ所備え付けのタンクの前で、
細く細く出る水を受けるが、
なかなか水筒に溜まらず。
後ろは長い列が続く。
船員に水を貰いに行くと、
お金は要らぬ、
何か木綿物との交換と言われる。
日本人の人情も地に落ちたか。