次世代を担う子供たちの現在そして未来 -9ページ目

2050年の日本を支える子どもたちをどう育てればいいの!?(1)

この記事は,ぶんぶんどりむ2013年10月号からの蔵出しです。


 先日「2050年の世界経済・日本財政に関する予測」を記した報告書を見る機会がありました。


 あらゆる面において先行き暗く課題が多いと言われる我が国ですが,「これからの人材育成」についての提言も掲載されていました。経済界として,2050年の日本を支えることになる小学生たちにどのような資質を求めていこうとしているのか,皆さんにとっても気になるところではありませんか?


●2050年の日本って?

 この報告書は,2012年4月に経団連の21世紀政策研究所が出した将来予測(『グローバルJAPAN-2050年シミュレーションと総合戦略』)というものです。メンバーには経済界の重鎮がズラリと揃い,2050年の日本経済を考える上でまさに今改善しなければならないことを提言しています。


 さて,皆さんのお子様が働き盛りとなる2050年はどんな時代になっているのでしょうか。日本の総人口は1億人を下回り,65歳以上の人口が40%を越え,労働力人口に至っては現在より2000万人以上も減少するというのです。我が国の経済成長率は当然のようにマイナスとなり,今改革に着手しないで課題を放置すれば,我が国には「先進国」と呼ばれることすら危うい状況だと報告書にはあるのです。


 そんな状況にあって我が国が経済大国であり続けるためには,女性や高齢者の社会進出促進を中心として労働参加率を高める「労働の量」を確保することと,教育や訓練を通して日本人労働者を「少数精鋭」にするための「労働の質」の向上が不可欠だといいます。こんな時代でもたくましく生き抜くことができるように,我々は子どもたちに教育を施していく必要があるのです。はたして彼らには,どんな能力を身につけさせればよいのでしょうか。


●2050年に求められる力とは


 それでは具体的にどのような人材が求められるのでしょうか。報告書では,2050年の日本経済が


・安定的に高成長が望めない
・IT化やグローバル化によって将来の不確実性が増す


状況にあることを前提として,次のような3つのポイントを挙げています。


(1)変化を先取りできる「個性」「感性」を持つ人材を養成せよ


 これまでの日本が得意としてきた「既存の技術の継続的な改良・積み上げ」ではなく,0の状態から挑戦し新しいものを築くことができる個性や感性を持ち,場合によっては「異端」と呼ばれるようなチャレンジができるような資質を備えた人材が必要になるといいます。ものがあふれ豊かさに満たされた中で生きてきた子どもたちが,新商品・新サービスの開発にチャレンジするときのことを考えてみてください。既存のものを前提として数値化して品質や性能の向上を目指すだけではなく,消費者の感動や笑顔を生む「感性」を持つ人材でないと時代の変化に適応できないというのです。急激な高齢化やグローバル化によって,消費者と呼ばれる人たちの動向は日々変化していきますから,この変化を敏感に読み取り既存の常識やパターンにとらわれない考え方も持ち合わせていなければなりません。


 そのためには,小学生の時期から「個性」「感性」を育成する必要があると報告書にはあります。物事が規則的に・確実に変化していく時代ではないのですから,過去やパターンの踏襲にとどまらず「柔軟な発想」と「自ら考える力」,予想外の過酷な環境においても適応できる「強い心(タフネス)」を持つ人材の育成が急がれるとあります。その第一歩は毎日の勉強への取組み方にあるのかもしれません。


 算数や数学を例に挙げると,「公式やテクニック」を知っていて使えることがゴールではなく,自分で公式を導くことができるようになることや,公式やテクニックが通用しない問題にも粘り強く取り組んで「面倒くさい,全然わからない」といった泣き言をすぐに言わない習慣を身につけることが必要なのです。


(つづく) (2)はコチラ



生徒からの変な質問に対する回答テンプレ集

 毎年毎年中学生の授業を担当していると,だいたい生徒たちから同じ質問をされる(勉強の事以外で)。


(1)塾の先生になる前には何をやっていたの?

(2)中学生時代部活は何をやっていたの?



 かな。昨日の懇親会でちょっとネタばらしをしたら喜んでもらえたので,調子にのってテンプレ集としてまとめておく。


(1)塾の先生になる前は何をやっていたの?

「タマムシデパートにモンスターボールを卸す仕事をしていた」。16ばんどうろの草むらが仕事場で,お前たちが投げ散らかしたモンスターボールを拾い集め,補修して再利用していたんだよ。


(2)部活は何をやっていたの?(その1)

私「ほお,全国レベルの私にそんなことを聞くか?」

生徒「えっ,何をやっていたの?」

私「GHQだ」

生徒「GHQ?マッカーサー?」

私「いや,GO HOME QUICKLYの略でGHQだ」

生徒「帰宅部ってこと(笑)?全国レベルって何よ」

私「帰りのHRが終わってから,校門を飛び出すまでの時間を競う大会が・・・(以下略)」


(2)部活は何をやっていたの?(その2)

私「ポテトチップス同好会

生徒「何それ?聞いたことないよ」

私「世界のポテトチップスを食べ歩くために電車や飛行機を乗りまくる乗りポテ,ポテトチップスの新しい食べ方を研究して実験を続ける食べポテ,とにかく珍しいポテトチップスとの出会いを写真に収める撮りポテ,食べるときの音のコレクションして研究する録りポテなど,ジャンルがいくつもあってだな,私は食べポテ担当だったので,こんな腹になってしまって・・・(以下略)」


 だいたいこんな感じ。最初はデマカセでとっさに口にしたことばかり(GHQは長男から)だったが,反応のよかったものを膨らませて今でも使っている。モンスターボールのネタは,長男が幼稚園の頃から使っているので,かれこれ15年になるだろうか。




センター試験をなぜ見直すのか,何が変わるのか(2)

 この記事はぶんぶんどりむ2013年12月号からの蔵出しです。(その1はこちら


●本当は「選抜方法」より先に考えることがある


 現在の入試システムは,ほとんどが70年代80年代の「18歳人口が多かった時代」の選抜方法がそのまま使われています。新しく取り入れた推薦・AO入試は,まだまだ本来の意図に沿って運用されているとは言えません。2012年の出生数は103万人と言われていますから,あと20年もすれば18歳人口は本当にピーク時の半分になってしまうにもかかわらず,旧態依然の「優秀な者だけを選別する」システムにメスを入れなければ国力を維持できません。


 人口が半分になっても勢いを維持するためには,1人1人が従来の2倍のエネルギーを持つことが不可欠です。資源を持たない我が国にとっては,人材や知的財産こそが将来を生き抜くためにも重要な「唯一の資源」とされていると言ってもおおげさではありません。


 だからこそ,1日も早く子どもたちに「正しい勉強の意味」を教えてあげてください。
 

 英語や理科,算数数学を勉強する意味が「テストでよい点をとってよい大学に入るため」のままでは,
科学技術の分野を中心にインドや中国の優秀な若者たちに取って代わられることでしょう。これはすなわち日本の大ピンチを意味します。


 今回の入試改革の報道は「選抜方法」が中心になっていますが,実はもっと本質的な「日本の危機」
に対する方向性が強く示された上で最適な入試システムを考えないと,どんな改革をしてもその効果には疑問符がつきます。そして,試行錯誤で動き始める新システムに最初に乗せられるのが,もしかすると皆さんのお子様かもしれないのです。


●親の仕事は「時代の変化」を読み取ること


 この先何年か,入試を巡る環境がゴタゴタすることが予測されます。我々保護者にとって必要なことは入試システムの変化に右往左往せず「どんなシステムになろうとも,本当に大切なことは他人任せにせず,きちんと子どもに伝える」という覚悟です。子どもが勉強しなければならない理由,それは「彼ら自身が自分の未来を生き抜くための羅針盤を手にするため」です。

 
 従来であればこの羅針盤は大学名のことを指しましたが,急激なグローバル化によってそれは「学校名から(自身の)実力」に変わりつつあります。皆さんのお子様が大学を卒業する頃には「とりあえず△△大学を出ました」といった肩書にどれほどの価値を見出せるのでしょうか。それは誰にもわかりません。だからこそお子様に持たせる実力は,学校や塾に任せっきりにせず,目先の点数に一喜一憂せず,楽しみながら長い目で育ててあげてください。


 作文を通して自分の考えを整理し表現する習慣を身につけることは,新しい大学入試システムで受験する際の大きなプラスとなるはずですが,そこで止まってしまってはもったいない話です。いま保護者に求められるのは「大学入試のその先」を見据えることではないでしょうか。

温故知新

 明日は某塾の教科研修でインストラクター。日曜日の講座が行われないこともあって「1泊2日の宿泊研修」という形式で行われる。職員の皆さんは,とにかく「やる気」だけは忘れずに持参してほしい。


 教科研修では,主に「指導法」についてのやりとりがメインになる。


詳細は書けるはずもないが,題材として「昔の問題」を用意したところがミソだろうか。若手の職員は,「自己研鑽」として入試問題を研究しようと思っても,ネタはせいぜい校舎に置いてある過去問。


 多く見積もってせいぜい10年分くらいは手に入ると思うが,1990年代の問題についてジックリと見る機会はおそらくない。


 例えば公立高校や,公立を第一志望とする生徒が併願で受験するレベルの高校の過去問であれば,それほど深くさかのぼる必要はないのだが,難関私立高校となればそうもいかない。どこの高校が,ということは書けないのだが,


 20年~25年のスパンで入試問題を見てみると・・・


一定の周期で同じテーマの問題が出題されていたり(巧妙に市販の過去問から問題が消えるタイミングを見計らっていたりする),20年前は「難関校向けの問題」とされていたものが,今では公立高校の問題に登場していたり,と生徒に向けて話すネタとして割り切ったとしても,若手が得るものは多い。



 そんなこんなで,90年代の問題の中からテーマごとに見繕って準備した。20年もの月日が経つと「手垢がついた感じ」でパターン問題となってしまったものが目立つ一方,今でも全く色褪せることのない「よく練られた問題」も数多く出題されている。


 おそらく一般の方々が「歌謡曲」に持つ印象に近いのではないだろうか。その曲を聴くと当時の世相や自身の生活が明確に思い出されるのと一緒で,私なんぞはその問題を見ると,当時の中学生の顔はもちろん,その問題を扱ったときの教室の様子や雰囲気,出来も明確に思い出す。


 明日は,研修を受ける職員の背中に,当時の中学生たちの様子を重ねることになるのだろう。




センター試験をなぜ見直すのか,何が変わるのか(1)

 この記事はぶんぶんどりむ2013年12月号からの蔵出しです。


 「大学入試センター試験廃止へ!」という新聞の見出しを目にした方も多いと思います。前身の共通一次試験も含めると,30年以上も日本の大学入試制度の土台の役割を果たしてきたこのシステムを,どうしてここで見直す必要に迫られているのでしょうか。


●大学入試は何が変わるの?


 センター試験の見直しについては,早ければ5年後にも実施と言われています。東京オリンピックが行われる頃,つまり皆様のお子様がちょうど大学入試を迎える前後から新システムが稼働する可能性が高いようです。


 その中心は「国公立大学の入試制度改革」で,ポイントが2つあります。
1つ目は1次試験としてセンター試験に変わる新テストを創設することです。従来のシステムを衣替えして「複数回受験可・高校在学中から受験する到達度試験」にしたいようです。


 そして2つ目は,国公立大入試の2次試験から「1点刻みで採点する教科型ペーパー試験」を原則廃止し,面接などの人物評価を重視するしくみを作るというのです。私立大学については,新テストを活用する際には同様の方針が求められることになりそうです。


●教育現場は問題を抱えていた


 大学入試センター試験がもたらした弊害は「高校教育の質を落とした」ことかもしれません。国公立大学受験生の多い学校の中には,高校のカリキュラムを早めに終わらせて作った時間で「センター試験対策」を授業中に実施するところも少なくありません。


 センター試験は全国で50万人もの受験者を集め,難関国立大学から地方の私立大学まで合否判定に使うものですから,年度によって難易度やシステムを変えていたら利用する大学側に混乱をきたす可能性があります。よって,受験生にとっては「準備・対策がしやすいテスト」といえるのです。予備校はもちろん,学校においても「センター試験のクセ」を逆手にとった解法テクニックや出題傾向の分析を進めていますから,高校での勉強の本質を見誤る生徒が出てくることも不思議ではありません。


 東京大学が数学で「円周率が3.05より大きいことを証明せよ」という問題を出して話題になったことがありましたが,これは「高校生の勉強の仕方」に対する強烈なメッセージに他なりません。センター試験対策によって,知識量や受験テクニックといった「技」にたけた生徒は増えていますが,その一方で物事の本質をきちんと理解したり,課題解決に必要な思考力や判断力,表現力が年々低下しているという指摘は,私が見る限り適確だと思います。


 これに加えて,大学進学率の高まりを無視することはできません。平成20年以降18歳人口はおおむね120万人前後で推移しています。最も多かった平成4年度の205万人に比べると4割もの減少となっていますが,入学者数は現在のほうが(およそ60万人前後)平成4年(54万人)よりも多くなっているのです。大学数は平成25年度で740校あまり(国公立と私立をあわせて)ですが,私立大学の4割が定員割れとも言われています。学生確保のために多くの大学があの手この手を尽くしていますが,最も多いのが


「一般入試(ペーパーテスト)を経ずに合格を得られる」推薦・AO入試の比率を高める

ことであり,その結果高校生たちが「内申のための勉強」に終始していれば合格できるという,本質を見失った勉強に慣れきってしまう悪循環に陥っているのです。


 すでに私立大学に入学した高校生の半数以上は推薦・AO入試で入学しており,教育現場の最前線の意見は「センター試験の功罪を語るよりも,高校生が日常きちんと勉強するしくみを作ることが先」なのかもしれません。


(つづく)