ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.] -64ページ目

ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.]

ここは音楽のBlogでした。実際には節操無く何でも有りましたが、アメブロと相性が悪いようなので、他に書く事にしました。出来ればそちらを、よろしくお願いします。

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失った時と失った事を気持ちの拠り所にして、

苦悩する今と想像すら出来ぬ明日の盾として、

戦う姿勢こそ唯一の武器だと嘆いてみせる。

全てが必要だと思い、あらゆる事に気を使い、

自分の背中さえ見えると自分に言い聞かせ、

そのくせ、その自分さえ信じる事が出来ない。

目を閉じて眠る事にさえ価値観を求めては、

瞼に映る不可思議な光の模様に暗示され

何かしらの約束事を追加しては安堵する日々。

希望と言うささやかな光りの存在さえ忘れ

渇望するばかりの落ち着きの無い行為が、

はらはらと散る花びらの様にこぼれてばかりいる。

自らに怒りをぶつけ、傷付く事に生を感じ、

弱りきった魂に合った処方を第一に求めながら

落ち着きも無く彷徨い続けるのが毎日の日課。

胸に手を当て、どくどくと感じる鼓動を信じなさい。

体から吐き出る血にもそれなりの理由が有る。

悲しみや苦しみさえ、希望と求めれば血肉と化す。



Sonny Boy WilliamsonのDown And Out Bluesを

今日はBGMに聴いていました。

Sonny Boy Williamson [II] : Down and Out Blues/In Memorium
             Noite

レストランから出てきてすぐに、彼女は自分の持ってきたCDをカーステレオのスロットに突っ込んだ。甘い歌声のR&Bが流れてきた。「暗くなるのを待っていたの」彼女は少し嬉しそうにそう言った。

 

私の耳には80年代風のラヴァーズ・ソウルに聴こえた。「良い曲だね、なんて曲?」そう聞くとJoeのBetter Daysと言うアルバムだと答えが返ってきた。私はJoeを知らなかった。

 

「こんな古い曲を聴くんだね」と言うと彼女のククッと抑えた笑い声が聞こえてきた。ハンドルを握りなおして横目で助手席を見ると、うつ向き気味で笑いを押し殺している色白の横顔が見えた。

 

「Kさん、これ新しい人なのよ。知らないと思った。」私を苗字で呼ぶ彼女は知らなかった事が少し嬉しそうだった。「Kさんが、古い曲で知らないのなんて無いでしょ。」彼女にとって私は世界の中心だった。

 

人が一人で抱えられる事なんて、そう多いものじゃない。自分の知らない事を知っているだけで、憧れたり尊敬したり出来るストレートな気持ちは美徳だが、危うさが付きまとうのも事実だ。

 

自分で自分の首を絞めるような事を繰り返してきた。単純な正義感は必死で自分を守ろうとする偽善以外の何物でもない事に気がついても、ヘッドライトの外側の暗闇に誓う言葉なんて何も無かった。

 

彼女はレストランで料理が出てくるのを待っている時からずっと、昼間の通り雨で汚れたおろし立てのサンダルの事を気にしているようだった。半そでから出た二の腕がチラチラと気になった。

 

昼間はそれほど気にならなかったが、運転しながら横目に見える彼女の淡いすみれ色のワンピースは、スカートの丈が少し短めな事も含めて、この時期には少々早過ぎる気がした。

 

私は、咥えていた煙草を灰皿に押し込み無理矢理消した。パワーウィンドのスイッチを指先でひっぱり助手席と運転席の窓を同時に閉めた。窓を開けたまま走るのにはまだ肌寒い5月の夜だった。

      Joe : ベター・デイズ
   Joe : Better Days
     Central do Brasil 01

Robertoに貸していたDVDが帰って来た。

Brasilの映画Central StationのDVDだ。

   Central do Brasil 02

彼の奥さんは

Robertoが始まってからずっと泣いていた」

と笑っていたが、私は到底笑う事など出来ない。

   Central do Brasil 03

なぜなら私も

2回目からは始まった途端に涙目になっているから。

1回目だって、

途中から泣き出しそうになりながらだった。

   Central do Brasil 04

女は自分の為に泣き、男は人の為に泣く、

私は、そう考えてきた。

   Central do Brasil 05

でも本当は男だって自分の為に泣く。

物事に感情移入し易いだけで、

男だって自分の為に泣いているのだ。

   Central do Brasil 06

最近の軟弱と言われてしまう

心優しき若者たちは、

誰の為に泣いているんだろうね。

Central do Brasil : セントラル・ステーション
               ローレル大量化計画

庭のローレルから新葉が吹き出るように広がりだした。黄緑の柔らかな葉が初々しい。ここへ越してきた後に母親が植えたものだが、既に30年近くなると思う。一時期は二階の窓から葉が取れるほどの高さが有ったが地上から2m程のところでおじさんが、ぶった切ったので今は3mがせいぜいだろう。

 

母親が亡くなる以前からこのローレルの葉を近所の人達が取りに来たりしていた。Robertoが言うのには「店に売っているローレルの葉を全部使ってもこの樹の葉3枚には勝てない」そうだ。形見とか言う言葉は嫌いだが、母親の思いがローレルの強い香りになっているのだろうかと思ってしまう。

 

父親が「女は家から出るものではない」と言う考え方だったので、庭いじりが母親の数少ない楽しみの一つだったようだ。旧家の出だった母親は職についた事は無かったようだが、高校卒業後は神戸や横浜の親類へ出ていたりして活動的な性格だったようなので、自分で何かを作ることに没頭する事が唯一の楽しみだったのかもしれない。

 

母親は何でも自分で作った。私の記憶の中の母親はオヤツにドーナツを作る後姿やミシンや編み機の前に座る姿ばかりだ。後は庭で草取りをする姿くらいで、家の外での母親の姿はあまり思い出す事が出来ない。しかし母親が亡くなって10年近くなるが、いまだにこの狭い庭には母親の思い出が溢れている。

 

そんな母親が、片親でマジで貧乏な家の次男坊の親父の所へ嫁いだ理由がいまだにわからない。一応、医者をやっていたおじさんの紹介だという事になっているが、ハッキリ言ってもっと楽な生活を選択する事は出来たはずだ。活発だった少女時代の勢いで、人生を賭けた冒険に出てしまったのかもしれない。今になっては誰にもわからない事だが。

              
       Tony Williams     Anthony Williams : Spring


              おじさんち

今日、エベゼーネでペルー人のご夫婦と知り合いになった。奥さんの方はRobertoの奥さんと子供も挟んで話が盛り上がっていたので、野郎は野郎で三人で盛り上がっていた。

 

元々はローレルの葉が樹に付いているのを見たのは初めてだという所からだったのだが、ペルーでのコカの葉の現状などの真面目な話からいつの間にか、ハーブと一緒にアッチの方を植える方法なんて冗談まで行ってしまった。

 

そのくせして自転車でやってきた息子には「この人は警察官だから悪い事をすると逮捕されるぞ」なんて叱っている。子供は私のヒゲ面見て「本当?」真剣に心配していた。「日本には、こんなだらしなさそうな警察官はいないよ」と言ってあげたかったが、ついつい話にのって自転車の正しい乗り方等をレクチャーしてしまった。

 

ブラジル人はそれほどハーブに興味を持たないような気がする。Robertoもコロンビア出身のお母さんやペルー人の奥さんの影響で多少詳しいようだが、ブラジル料理の話になるとそれほど色々なハーブの話は出てこない。まぁブラジルはデカい国で色々な背景を持った人達の集まりだから一概にはどうだと言い切れませんが。

 

我が家の庭には近所の庭よりも多くのハーブが有ると思う。ローレルだけではなくジャスミンやローズマリーも何年も経っているから随分な大きさになっている。

私が庭をいじるのが好きなのは母親譲りだと思う。母親が育てていたものも残っているが、私が『半額!』と言う札等に負けて育てだしたものも幾つか有る。適当に植えても生きていますから、まぁハーブは丈夫だという事でしょう。

 

考えてみると何処までがハーブで何処からがハーブじゃないのかわからないけど、香りの良いものや口に出来るものが庭に多いのは母親のせいだと思う。親父は埋めればすぐに咲くような花を買ってきては植えるだけだからな。

 

サウンド・オブ・サイレンス、明日に書ける橋などで有名なサイモンとガーファンクル。ほんの数枚しか発表していない彼らですが、このアルバムとBookendsの2枚が特別良く聴いたアルバムです。始めの頃は従兄弟のアルバムをテープにダビングして何度も聴いていました。先に買ったのはBookendsの方だと思います。

Parsley, Sage, Rosemary and Thymeと言うのがハーブの事だとは母親に教わりました。母親は彼らの曲では収録アルバムは違いますが『コンドルは飛んでいく』が好きでした。


Simon & Garfunkel : Parsley Sage Rosemary and Thyme