パンズ・ラビリンスと「落下の王国」は同じ時期に
トロント国際映画祭で上映されている。
パンズ・ラビリンスは2006年9月10日、
「落下の王国」は2006年9月9日、一日違い。
パンズ・ラビリンスもアメリカでは黙殺されたといってもいいほど冷淡な扱いをされる。
フィルムフェスティバルに出されてそのあとは限定公開だけ。
落下の王国のプロデューサーであるデビッド・フィンチャーは言う。
「バイヤーたちは、誰が観るかを念頭において買い付ける。
しかし、パンズ・ラビリンスの観客はこういう人たちだ、
って誰がそんなことが言える?いまの観客たちはよく判っている」
つまり・・・
パンズ・ラビリンスはファンタジーの形式をとった反戦映画だが、
ちょっと見は子供向け映画のようにも見える。
しかし、ファンタジーでもターゲットは子供だけが観るというわけでもない。
だいたい「パンズ・ラビリンス」見せたら、普通の子供は泣くでしょ。
むしろ見せちゃダメ。
「落下の王国」のターゲットも子供ではない。
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「落下の王国」の”王国”という邦題は・・・
パンズ・ラビリンスを意識してつけられたのではないだろうか・・・
落下の”王国”は
パンズ・ラビリンスでオフェリアがたどり着いた”王国”の
もうひとつの形態の表現ではないだろうか?
The FALLという原題に「王国」を入れ込んだ日本の配給会社ムービーアイの素晴らしいセンス。
トロント国際映画祭で、この2作を立て続けに観たバイヤーたちは、シンクロする2作にさぞや驚いたに違いない。
オフェリアの意識的なサクリファイスは「落下の王国」では、
アレキサンドリアの"無意識のサクリファイス"として昇華され、
ロイの心を動かし現実的な解決がなされる。
生と死、悲観と楽観、ドメスティックとグローバル、社会と個人、重厚さと軽快さ、現実社会と空想世界・・・
この二つの作品はまるで姉妹のようだ。
月のように静かで楚々とした可憐な姉オフェリア、
太陽のように明るく、くったくのない生命力に溢れた妹アレキサンドリア。
おそらく・・・
バイヤーたちは、姉の成功を見て、妹もいけるかもしれない、
と考えたのではないだろうか。
だから、映画祭公開から2年もたってようやく上映できることになったのだろう(2008年 日本公開)
買い付けや公開もまたオフェリアのサクリファイスかもしれない。