落下の王国 | 落下の王国のすべてThe Fallmania

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ターセムが紡ぐ現代人のための癒しの千夜一夜物語
2008年日本公開された「落下の王国」について語るブログです
ミュージックビデオを撮るようなシックな監督ですが…
やっぱりインド人
歌って踊るシーン・・・1か所あります

↑  ジョードプルでのターセム

 

ターセムはヒマラヤの寄宿学校”Bishop Cotton School”で学んだ。
1859年設立、日本で言えば江戸時代。
由緒あるキリスト教系寄宿学校。
ターセムはこの学校に弟とともに入っていた。


父親がエアインディアのエンジニアでテヘランに行っていたため、ここに入れられた。
(ターセム自身もテヘランにいたことがある。ペルシャ語がわからないままテレビを見て楽しんだという。)

イラン革命で父親が帰国したため、ターセムもデリーに戻った。
子供のころからずっと映画が好きで、映画の勉強をしたいと思っていたが、あるとき、アメリカの映画学校のパンフレットを見て、アメリカに行こうと決意する。

父親にはハーバードビジネススクールに入ると嘘をつき、24歳(だから強いインド訛りの英語〜)で渡米。
アメリカから父親に電話したところ、

「OK そんな奴はいないと思うことにする」

と絶縁される。

偽IDで、LAのCity Collegeに入り、中古車のセールスなどしながら苦学して勉強。
ショートフィルムで認められ奨学金を得てパサデナのアートカレッジに入学する。
クラスメートには”トランスフォーマー”のマイケル・ベイがいた。

 

カレッジを卒業し、その後R.E.Mのミュージックビデオ”Losing My Religion”を撮り、シックなアートディレクターとして有名になる。

 

ターセムの弟も渡米してターセムを助けるため、掃除の仕事をしてターセムを養っていた。

 

ターセムが成功してのち、弟も学業を全うし、ターセムの仕事を助けることになる。

 

弟は「落下の王国」の製作費用を工面し、最後は車や自宅を売る話も出ていたが、ようやく映画が完成したため、売らずにすんだ。