2016年9月23日付シネマトゥデイ記事より
パサデナアートカレッジ時代から組んできたプロデューサーのニコ・ソウルタナキスが女史のパートナーとなったことも、ターセムの仕事を特別なものにすることになったのだという。
***********
瑛子と仕事をするといつでもたくさんの違う意見が出てきた。
そして、それが好きだった。
だから決して『この映画みたいに』『あの映画みたいに』と細かく指示したりせずに、僕が作りたい世界観だけを説明した。
彼女は自分自身を作品に持ち込んでくれ、それが彼女を特別な存在にしていた。
ほかのみんなはもっと細かい指示を必要とするんだけど、彼女は違った。
僕と、僕の親友のニコはカレッジの頃からずっと彼女に夢中だった。
最初のプロジェクトで彼女に会ったとき、彼女は日本ですでにビッグなスターだったからね(笑)。
そして、そのプロジェクトで瑛子とニコは恋に落ちた。
ニコはだいぶ年下だったけど、最終的には一緒になった。
だから僕は彼女の頭の中に入っていける裏口を持っていたんだ。
だって彼女はいつだって僕の親友と一緒に住んでいて、そして僕の親友は僕の仕事のやり方を熟知していたからね。
*************
彼女の死で選ぶ題材が変わったと思う。
完璧に独創的なデザインが求められる題材は、今は探していないんだ。
(ニコと女史は2011年に病院で結婚し、2012年1月21日
女史は亡くなった)
************
とターセムは語っている。
ターセムは1961年生まれ
女史はニコより30歳上だと言っている。
ニコの生まれ年の記述はどこにも無いのでこれは不明。
