本当のOta Benga(1881−1916)の物語
動物園で見世物にされたピグミー
二つの世界に引き裂かれた魂
ピグミーのオタ・ベンガはベトワ族としてベルギー領コンゴのカサイ川近くに住んでいたが、
ベルギー軍に妻と子供を殺され、奴隷となる。
ワールドフェアでピグミーを展示したいと思ったアメリカ人のフィリップ・ベルマーが奴隷商人からオタ・ベンガを買い取り、
他の8人のピグミーとともにNYに連れて行きブロンクス動物園に置いた。
差別論者や優性論者、教会や、自然科学者たちからの擁護や反論が起こり、
結局オタ・ベンガは動物園から出され、
みよりのない者の施設に預けられ、
学校にも行かされるが、
決してアメリカ社会になじむことはできなかった。
1916年3月20日、32歳のオタ・ベンガは、
火を焚こし、ギザギザの歯を隠していた入れ歯を取り去り、
部族の踊りを踊って、盗んだピストルで自らを撃ち死んだ。
アメリカ自然史博物館にあるオタ・ベンガから取った鋳型にはただ”ピグミー”とのみ記されている。
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ということで、ここでもロイとアレキサンドリアのインフォメーションギャップが起きている。
アレキサンドリアはヨーロッパからの移民であるのでネイティブのアフリカ人を見たことがない。
ロイのオタ・ベンガのイメージは、小柄で華奢で繊細な身長150センチのアフリカ人で、
一方アレキサンドリアは病院に来る仲良しの氷売りのブラックアメリカンをイメージしている。
オタ・ベンガのこの事件は当時センセーショナルに報じられたもの。
だからこの映画の時代設定はベンガの自殺した1916年以降だと考えられる。
