economy
いきなりですが経済とマネーゲームを
違った使い方で話を展開してみます
言いたいことは経済とはどんなことを指すかです
マネーゲームはお金を増やす
または儲けることが大事です
金融工学などがその最たるものでしょう
お金を増やす方法を学問するのです(多分・・・)
お金を手に入れるのには
大きく二つの手段があるとします
自分で仕事をして対価を得るか
人に仕事を任せて上前を頂く(言葉は悪いですが)
例外として善意をもらうというのもありますが
マネーゲームとは違いますのでここでは例外のままです
まず一つ目の自分で仕事をするですが
だいたいの人はこうしてお金を手に入れるでしょう
雇用として法的に認められてますし
そうしてお金を手に入れるために勉強をしている人が
ほとんどでしょう
これは問題が無いです
もう一つの人に仕事を任せる件ですが
これには問題があります
経済的な問題です
人のお金を盗むのだって泥棒は仕事をしますし
人を雇用して仕事をさせるのだって
雇用主は組織の方向性をだしますし
無能で務まるわけでは無いですけど、けど!
経済的にはあまり良いとは言え無い
経済システム的には悪いです
雇用主に至っては人件費を削れば儲けが出るということでは
経済的にセンスのかけらもありません
なぜか
経済の基本は対価を払うことです
もっと言えば物々交換から生まれたお金を払うことが
その行為が対価に払われ無いという実態は経済的に
発展はしません、経済の成長に結びつか無いのです
マネーゲームでは許されそうですが
経済は支払いが別の支払いを生むことが
経済システムの成長につながるのです
具体的に言いますと
Aさんが誰かの困ったことを解決するアイデアを生んだとします
それを必要とする人たちは
それを利用するためにお金を払います(額の問題は別とします)
するとAさんはお金を手に入れて
Aさんの必要なものを手に入れるためにまたお金を払います
これが連鎖していき誰もが役に立つ仕事をして
社会が良くなるのです
社会が良くなるとその社会システムでは
問題が解決され続け子孫繁栄に結びつき
人類の種として幸福感が持続するのです
それは個人的にも幸福であって
いつも誰かが決まって不満足の社会では
この全体でみると幸せではありません
どこかで無理があり幸福感が続くとは限らないのです
むしろ誰かの幸福が誰かにとっての悪夢では
社会としては失敗になります
脱線した話をしますと
西洋が諸外国に押し付けている民主主義は
元は奴隷抜きに維持でき無い社会システムです
社会システムとしての最終目的ではなり得ません
誰かが理想の社会システムを打ち出そうとしても
既存の社会システムとの衝突以外何も生まないでしょう
民主主義に固執する必要はどこにもないのです(インテリジェンス的には)
話を元に戻すと
経済は誰かがズルしようとしまいと
仕事に対する対価を払えば
経済システムに支払いという実体が生まれ
複雑な経済システムを支配する単純なルールになるのです
仕事をすればなんでもお金になるという意味ではくて
役に立つ必要とされる仕事に対価を払うべきで
自分が一番威張りたいからって
他の国の経済の発展を邪魔しては
いつまでたっても社会は進歩しません
(社会を飛躍させたのは異端者だと歴史が示しても
ずーと人類の正義がはぐれものを制裁するのです
ヒトラー抜きに世界恐慌から誰も立ち直れなかったのに・・・・)
人類の進歩とは何をもってかは別の話ですが
いつまでも歴史を繰り返しては
それは進歩とは言え無いはずです
また話を元に戻すと
マネーゲームに全体の幸福感など関係ありません
みんなの幸せを考える必要などなく
協力よりも裏切りを常套手段とします
利他行為など愚かだとされるでしょう
しかし利他行為が社会を発展させ
人類に叡智を与えたと私は思います
科学が西洋文明としてでなく
イスラム社会との異文化交流
異なる社会システムとの創発産物と見るのが知的ではないでしょうか
神のイメージから自分がそのように振舞っても
人類は完璧ではありません
最初から今があるのではなく
過去からの脈絡があっての今です
インテリジェンスにも歴史があり脈絡となって理解できるはずです
「なぜかよくわから無いけど原子爆弾の作り方は知っている」
こういうことでは戦争を防ぐ知恵は生まれ無いでしょう
なぜなら戦争が起こるまでの経緯を知ることで
同じような戦争を防ぐことができ
そうして初めて平和が訪れるもです
(よそでの戦争は関係無いと思っても
イラク戦争に賛成したのは日本の支配者たちですよ)
平和のために苦しむのがこっこでいう理想ではありません
経済で解決できる問題が本当は多くあるのでは無いかと
むしろ経済の問題が戦争を生むのでは無いかと
世界の常識が悪を倒す正義ではなく
良い行いをすることが正義であるならば
敵をわざわざ作る必要がなく
社会の不満をそらすことなく
社会が発展するとっかかりになるのでは無いかと
イラク戦争は今の社会が当たり前と思い
思い上がった判断が生んだ戦争では無いかと思うのですが
人がどこから来てどこへ向かうかというのを考える前に
今があるのはどういう経緯か歴史をたどり
自分たちが優秀だからだとかこうだったらいいなぁという
思い込みをなくして初めてインテリジェンスが得られるのでは無いかと
役に立つ知見が得られるはずだと私は思います
人はフィルタを通して(スキームでしたっけ)
物事を見るので思い込みをなくすのは難しいですが
システムという見方は悪く無いかと思います
これもまた科学という見方では無いかと
ま、政治に無視されるほど
学問はチャチでないので
学問に携わって影響力がでればどうなるか
これからの人は試してみるのも良いでは無いかと・・・
人類が進歩したかどうかそこで初めてわかるかもよ?
違った使い方で話を展開してみます
言いたいことは経済とはどんなことを指すかです
マネーゲームはお金を増やす
または儲けることが大事です
金融工学などがその最たるものでしょう
お金を増やす方法を学問するのです(多分・・・)
お金を手に入れるのには
大きく二つの手段があるとします
自分で仕事をして対価を得るか
人に仕事を任せて上前を頂く(言葉は悪いですが)
例外として善意をもらうというのもありますが
マネーゲームとは違いますのでここでは例外のままです
まず一つ目の自分で仕事をするですが
だいたいの人はこうしてお金を手に入れるでしょう
雇用として法的に認められてますし
そうしてお金を手に入れるために勉強をしている人が
ほとんどでしょう
これは問題が無いです
もう一つの人に仕事を任せる件ですが
これには問題があります
経済的な問題です
人のお金を盗むのだって泥棒は仕事をしますし
人を雇用して仕事をさせるのだって
雇用主は組織の方向性をだしますし
無能で務まるわけでは無いですけど、けど!
経済的にはあまり良いとは言え無い
経済システム的には悪いです
雇用主に至っては人件費を削れば儲けが出るということでは
経済的にセンスのかけらもありません
なぜか
経済の基本は対価を払うことです
もっと言えば物々交換から生まれたお金を払うことが
その行為が対価に払われ無いという実態は経済的に
発展はしません、経済の成長に結びつか無いのです
マネーゲームでは許されそうですが
経済は支払いが別の支払いを生むことが
経済システムの成長につながるのです
具体的に言いますと
Aさんが誰かの困ったことを解決するアイデアを生んだとします
それを必要とする人たちは
それを利用するためにお金を払います(額の問題は別とします)
するとAさんはお金を手に入れて
Aさんの必要なものを手に入れるためにまたお金を払います
これが連鎖していき誰もが役に立つ仕事をして
社会が良くなるのです
社会が良くなるとその社会システムでは
問題が解決され続け子孫繁栄に結びつき
人類の種として幸福感が持続するのです
それは個人的にも幸福であって
いつも誰かが決まって不満足の社会では
この全体でみると幸せではありません
どこかで無理があり幸福感が続くとは限らないのです
むしろ誰かの幸福が誰かにとっての悪夢では
社会としては失敗になります
脱線した話をしますと
西洋が諸外国に押し付けている民主主義は
元は奴隷抜きに維持でき無い社会システムです
社会システムとしての最終目的ではなり得ません
誰かが理想の社会システムを打ち出そうとしても
既存の社会システムとの衝突以外何も生まないでしょう
民主主義に固執する必要はどこにもないのです(インテリジェンス的には)
話を元に戻すと
経済は誰かがズルしようとしまいと
仕事に対する対価を払えば
経済システムに支払いという実体が生まれ
複雑な経済システムを支配する単純なルールになるのです
仕事をすればなんでもお金になるという意味ではくて
役に立つ必要とされる仕事に対価を払うべきで
自分が一番威張りたいからって
他の国の経済の発展を邪魔しては
いつまでたっても社会は進歩しません
(社会を飛躍させたのは異端者だと歴史が示しても
ずーと人類の正義がはぐれものを制裁するのです
ヒトラー抜きに世界恐慌から誰も立ち直れなかったのに・・・・)
人類の進歩とは何をもってかは別の話ですが
いつまでも歴史を繰り返しては
それは進歩とは言え無いはずです
また話を元に戻すと
マネーゲームに全体の幸福感など関係ありません
みんなの幸せを考える必要などなく
協力よりも裏切りを常套手段とします
利他行為など愚かだとされるでしょう
しかし利他行為が社会を発展させ
人類に叡智を与えたと私は思います
科学が西洋文明としてでなく
イスラム社会との異文化交流
異なる社会システムとの創発産物と見るのが知的ではないでしょうか
神のイメージから自分がそのように振舞っても
人類は完璧ではありません
最初から今があるのではなく
過去からの脈絡があっての今です
インテリジェンスにも歴史があり脈絡となって理解できるはずです
「なぜかよくわから無いけど原子爆弾の作り方は知っている」
こういうことでは戦争を防ぐ知恵は生まれ無いでしょう
なぜなら戦争が起こるまでの経緯を知ることで
同じような戦争を防ぐことができ
そうして初めて平和が訪れるもです
(よそでの戦争は関係無いと思っても
イラク戦争に賛成したのは日本の支配者たちですよ)
平和のために苦しむのがこっこでいう理想ではありません
経済で解決できる問題が本当は多くあるのでは無いかと
むしろ経済の問題が戦争を生むのでは無いかと
世界の常識が悪を倒す正義ではなく
良い行いをすることが正義であるならば
敵をわざわざ作る必要がなく
社会の不満をそらすことなく
社会が発展するとっかかりになるのでは無いかと
イラク戦争は今の社会が当たり前と思い
思い上がった判断が生んだ戦争では無いかと思うのですが
人がどこから来てどこへ向かうかというのを考える前に
今があるのはどういう経緯か歴史をたどり
自分たちが優秀だからだとかこうだったらいいなぁという
思い込みをなくして初めてインテリジェンスが得られるのでは無いかと
役に立つ知見が得られるはずだと私は思います
人はフィルタを通して(スキームでしたっけ)
物事を見るので思い込みをなくすのは難しいですが
システムという見方は悪く無いかと思います
これもまた科学という見方では無いかと
ま、政治に無視されるほど
学問はチャチでないので
学問に携わって影響力がでればどうなるか
これからの人は試してみるのも良いでは無いかと・・・
人類が進歩したかどうかそこで初めてわかるかもよ?
level
ついさっき書いたブログの続きを書きます
例の「欲望のために脳が機能する
それが知的進化につながる」とやらです
さて人は欲しいものを手に入れるために
経験からでも知識からでも
考えたりしますよね
例えばお腹が空いた時に食べ物がないと
手に入れるため状況にあった行動を思いつきます
お金がなかったら誰かにおごってもらうとか
まかないつきの仕事を探すとか
水でお腹を満たすとか・・・
高いところに食べ物があるのと同じく
食べるための手段を考え付きます
チンパンジーだってそうです
像だって(道具は使わないかもしれませんが)
つまり脳があればそういう風に機能するのです
肉体が求めるものは動物も同じく脳が働きます
(同じレベルではないですが)
しかし人間は肉体的な欲求だけで生きている人以外に
知的欲求つまり真理を求める人もいるのです
何かについて疑問、何かの問題について
意識が集中し答えを納得する理屈を求めるのです
人によっては求めきれないかもしれません(諦めるなど)
しかし危害を加えると脅されても
自分に罰を実際与えられても
死ぬとわかっている時でさえ
それを求めその答えである理屈を捨てないのです
(ソクラテスが自ら毒を飲んでいるのに
似たようなことがそれ以の歴史にあります)
そしてその理屈を理解した後世の世代に受け継がれます
同世代では理解されにくいのです(非常識であればあるほど・・・)
生活がありますから基盤である常識が崩れると
それまで通りに生活できなくなるかもしれないからです(簡単に言うと)
しかしそうだからこそ人間は知的生き物だとも言えます
人間にしかできない生き方です(死んだとしても生き方がです)
他の動物はこれができません
そして人間一人ではこれができません
誰かの協力、助けなしにこの生き方は無理です
人の知性は何もなしに知識を生み出すことはできないのです
それは言葉によって引き継がれたり文字によって伝えられたり
誰かに守られたり誰かの功績の上に立ったり・・・
人類の文明を豊かにした知識は
誰かがいてはじめて有効になるのです
それを受ける人が嫌いな人を殺すため
つまり自分の立場を有利にする欲望のためでも
(邪魔者が消えれば生きるのも子孫も有利になります)
知識はどうとでも利用できます
しかし生み出すには大変なコストがあります
当事者だけでなく関係者もコストを払います
この場合、社会のために不穏因子を排除しても
歴史的には悪役になることもあります
もちろん大体のケースは排除した人たちの子孫だけの社会ですから
責任を取る人はいませんが
このブログでこれらのことは散々書いてきたので
話を元に戻しますと
脳の働きをこういう風に説明します
年功序列というものが日本にあります
今時と思う人もいるとは思いますが続けます
これらは元々仏教から来たものだと思います
徳を成すため権力争いにおけくれるのではない
体制を整える知恵だと思いますが
これが日本企業にうまく伝わっていないようです
理由は「対価」です
仕事に対して見合った対価を払うのではなく
立場に対して見合った対価を払っているのです
ただし組織によってはその方がいい機能をする場合もあります
社会にもいい影響があればそれは文句言えませんけど
しかし切磋琢磨しなければいけない状況で
立場だけで望みが有利に満たされれば
良い仕事に見合った努力が良い方向に働きません
つまり社会に不満が生まれ
経済の原則から逸れうまく経済が機能しなくなります
今の日本で言えば
一部の企業が儲かっても国の借金は増えて
国民の財産は身につかないという状態です
これはどういう現象でしょうか
階層ともレベルともいうべきものがあります
大雑把に言えばこの現象は上位の階層を安定させるためには
それより下位の階層のものが不安定でも良いということです
ただし階層にも二つの側面があって
一つは関係性により立場の違いと
もう一つは機能による違いです
関係性による違いは簡単に言うと
属性の違いです(年齢、性別、出身地、職場など)
機能による違いは
例えばプログラムは組めるけど
アーキテクチャはできないなど
近いところで役割分担かな?
機能での階層は下位は上位を支えるために
上位は下位を潰さないために(たぶん・・・)
というイメージでしょうか
これで年功序列か能力主義かという考えではなく
分別ある体制のヒントになるのではないかと思います
(フジテレビは無視して良いです何をやっても無駄でしょう)
立場が上の人が必ず会社や社会を良くできるわけではないのです
立場が下でも会社や社会を良くできる能力が
無いとは限らないのです(普通異を唱えたら潰されるけどね)
これらの現象で問題になるのは
人間の知的な働きではなく
欲望の働きの方だと気づきませんか
脳を欲望のためだけに使い
野生の動物より高度な知識で
同じように生きるか(動物とは次元が違います)
脳を知的にも使い
人間だけの生き方も謳歌するかは
それぞれの人次第です
誰も強制してません、が
行為は歴史となり
次世代に影響し
そこから人類が語られるかもしれません
人間が特別だというなら
その根拠が示せないで
理解できる知的生命体はいるのでしょうか
誤解の無いよう付け加えますが
悪い行いが子孫に災いを起こす(病気や不幸など)
という意味ではないです
人類の歴史を参考にした一つの意見です
例の「欲望のために脳が機能する
それが知的進化につながる」とやらです
さて人は欲しいものを手に入れるために
経験からでも知識からでも
考えたりしますよね
例えばお腹が空いた時に食べ物がないと
手に入れるため状況にあった行動を思いつきます
お金がなかったら誰かにおごってもらうとか
まかないつきの仕事を探すとか
水でお腹を満たすとか・・・
高いところに食べ物があるのと同じく
食べるための手段を考え付きます
チンパンジーだってそうです
像だって(道具は使わないかもしれませんが)
つまり脳があればそういう風に機能するのです
肉体が求めるものは動物も同じく脳が働きます
(同じレベルではないですが)
しかし人間は肉体的な欲求だけで生きている人以外に
知的欲求つまり真理を求める人もいるのです
何かについて疑問、何かの問題について
意識が集中し答えを納得する理屈を求めるのです
人によっては求めきれないかもしれません(諦めるなど)
しかし危害を加えると脅されても
自分に罰を実際与えられても
死ぬとわかっている時でさえ
それを求めその答えである理屈を捨てないのです
(ソクラテスが自ら毒を飲んでいるのに
似たようなことがそれ以の歴史にあります)
そしてその理屈を理解した後世の世代に受け継がれます
同世代では理解されにくいのです(非常識であればあるほど・・・)
生活がありますから基盤である常識が崩れると
それまで通りに生活できなくなるかもしれないからです(簡単に言うと)
しかしそうだからこそ人間は知的生き物だとも言えます
人間にしかできない生き方です(死んだとしても生き方がです)
他の動物はこれができません
そして人間一人ではこれができません
誰かの協力、助けなしにこの生き方は無理です
人の知性は何もなしに知識を生み出すことはできないのです
それは言葉によって引き継がれたり文字によって伝えられたり
誰かに守られたり誰かの功績の上に立ったり・・・
人類の文明を豊かにした知識は
誰かがいてはじめて有効になるのです
それを受ける人が嫌いな人を殺すため
つまり自分の立場を有利にする欲望のためでも
(邪魔者が消えれば生きるのも子孫も有利になります)
知識はどうとでも利用できます
しかし生み出すには大変なコストがあります
当事者だけでなく関係者もコストを払います
この場合、社会のために不穏因子を排除しても
歴史的には悪役になることもあります
もちろん大体のケースは排除した人たちの子孫だけの社会ですから
責任を取る人はいませんが
このブログでこれらのことは散々書いてきたので
話を元に戻しますと
脳の働きをこういう風に説明します
年功序列というものが日本にあります
今時と思う人もいるとは思いますが続けます
これらは元々仏教から来たものだと思います
徳を成すため権力争いにおけくれるのではない
体制を整える知恵だと思いますが
これが日本企業にうまく伝わっていないようです
理由は「対価」です
仕事に対して見合った対価を払うのではなく
立場に対して見合った対価を払っているのです
ただし組織によってはその方がいい機能をする場合もあります
社会にもいい影響があればそれは文句言えませんけど
しかし切磋琢磨しなければいけない状況で
立場だけで望みが有利に満たされれば
良い仕事に見合った努力が良い方向に働きません
つまり社会に不満が生まれ
経済の原則から逸れうまく経済が機能しなくなります
今の日本で言えば
一部の企業が儲かっても国の借金は増えて
国民の財産は身につかないという状態です
これはどういう現象でしょうか
階層ともレベルともいうべきものがあります
大雑把に言えばこの現象は上位の階層を安定させるためには
それより下位の階層のものが不安定でも良いということです
ただし階層にも二つの側面があって
一つは関係性により立場の違いと
もう一つは機能による違いです
関係性による違いは簡単に言うと
属性の違いです(年齢、性別、出身地、職場など)
機能による違いは
例えばプログラムは組めるけど
アーキテクチャはできないなど
近いところで役割分担かな?
機能での階層は下位は上位を支えるために
上位は下位を潰さないために(たぶん・・・)
というイメージでしょうか
これで年功序列か能力主義かという考えではなく
分別ある体制のヒントになるのではないかと思います
(フジテレビは無視して良いです何をやっても無駄でしょう)
立場が上の人が必ず会社や社会を良くできるわけではないのです
立場が下でも会社や社会を良くできる能力が
無いとは限らないのです(普通異を唱えたら潰されるけどね)
これらの現象で問題になるのは
人間の知的な働きではなく
欲望の働きの方だと気づきませんか
脳を欲望のためだけに使い
野生の動物より高度な知識で
同じように生きるか(動物とは次元が違います)
脳を知的にも使い
人間だけの生き方も謳歌するかは
それぞれの人次第です
誰も強制してません、が
行為は歴史となり
次世代に影響し
そこから人類が語られるかもしれません
人間が特別だというなら
その根拠が示せないで
理解できる知的生命体はいるのでしょうか
誤解の無いよう付け加えますが
悪い行いが子孫に災いを起こす(病気や不幸など)
という意味ではないです
人類の歴史を参考にした一つの意見です
consideration
経済の原理原則は対価の交換です
原始経済の物々交換から
効率的にするため金で対価を払うようになりました
それでも仕事に見合った対価です
職人が長年の成果の工芸品を手に入れるのも
その仕事に見合ったお金が必要です
材料が安いからって原価並みで手に入れるのは
経済的に、経済システムの状態は悪くなります
職人が別の人の収入になる購買が難しくなるからです
しかし仕事に対して対価を払わ無いと
一部の人に大きな富をもたらすことになります
払うコストが少ない分、富を財を豊かにすることができるからです
一部の人が儲かると言いましたが
その逆、一部の人が大損をするということもあり
その場合仕事が大きければ大きいほど儲かる人が多くなります
それでも経済システム全体は悪くなります
ゲーム理論でいう裏切りです
ゲーム理論での裏切りは全体の不活性化、
つまり経済システムの不成功を導くことになります
この状態をそのままにすると
急に一部の人に都合の良い状態が崩壊します
バブルが崩壊するのです、対価を払わなかったツケが顕在化するのです
時給や役職で対価を判断している限り
このバブル崩壊を招くことにもなります
仕事は、経済システムに働きかけるのは仕事だけでなく
「徳」などのお金に換算でき無いものもあるからです
この「徳」は」「経済」を「国を納め民を救済すること」とすると
政治に影響しその国に収まるかどうかは別として良い状態を導きます
たとえば国を治める人が私利私欲にまみれるより
世のため人のために働きかけるほうが
民の不満や不都合は少なくなると思います
(経済の話をしてお金では換算でき無いことを言うのは変ですけど・・・)
もちろん社会でお金なしに暮らすのは
お金のために苦しむことになりますから
お金を必要ですけど・・・
みんな徳だけを行えば生きていけるわけが無いです
(徳のためでもなくお金のためでも無い
夢ある生き方がいいんでしょうかね・・・夢を見て生き残るためにとか)
このバブルと崩壊を人々は繰り返します
環境に対しても
経済的に安く自然から搾取して
安い原料で多く売って儲けるというのは
環境破壊を招きます
この場合、自然を回復させるというコストを払わなければ
自然を利用できなくなりそれを必要とする人々が困ります
そうなれば生活は発展せずオーバーな話
原始時代に戻るかもしれません
人はなぜこんなことを繰り返し
そこから学んで良くしようとしないのでしょう
それは「欲求」あります
現代の社会の制度上お金があると苦労する事が少なくなり
良い思いをする事が多くなるからです
そう思うとお金を欲しがり
その目的のために論理が組み立てられ(言い訳ができる)
正当な対価を払わないで済むような理屈に
多くの人が納得させられるのです
(常識となり空気となって人々を支配します)
お金の機能としての手段が
目的になり本来の経済の機能を狂わすのです
ここでは書きませんが
目的のために脳の機能が働くという事が
人間の知的進歩につながるのです
真理を知りたいという欲求がそうさせることもあります
話を元に戻すと
経済の原則を間違えると
経済はうまく機能しません
以前、このブログで歴史を社会システムとして
出来事を見直せばどうやって人類が進歩したかがわかり
これからの発展のヒントにする事ができると書きましたが
経済も同じくこれに当てはめ
経済的失敗を少なくする努力ができるのです
研究を進めれば経済的失敗を防げると思います
人は失敗から学ぶ事ができるはずです
人の失敗だと対岸の火事にするのではなく
それも糧にできるのです
(経済の研究目的として機能しますよね)
目的を手段にする事は
さらに大きな目的のために機能しますが
目的のための手段を目的にすると
本来の目的を含蓄できないため
うまく機能できなくなる、人は失敗すると思います
人の脳はその時うまく働かないと思います
できなくはありませんが
本来の目的の失敗につながると思います
仕事に対して見合った対価を払う事は
経済的に都合が良いのです
結果的に多くの人の満足が得られ
政治的にも良くなるはずです
(経済と区分できないところもありますが)
裏切りは世界の政治的にも
悪い効果を及ぼします
でも社会に悪い人となると
ほっとかれないんだなぁ
人類に良い存在でも
ある社会にとって不都合な存在って
あるもんです
その時も自分の利益のためにも
その存在を裏切るって
人類がしてきた事ですよね
なんていうかはわかりませんけど。
原始経済の物々交換から
効率的にするため金で対価を払うようになりました
それでも仕事に見合った対価です
職人が長年の成果の工芸品を手に入れるのも
その仕事に見合ったお金が必要です
材料が安いからって原価並みで手に入れるのは
経済的に、経済システムの状態は悪くなります
職人が別の人の収入になる購買が難しくなるからです
しかし仕事に対して対価を払わ無いと
一部の人に大きな富をもたらすことになります
払うコストが少ない分、富を財を豊かにすることができるからです
一部の人が儲かると言いましたが
その逆、一部の人が大損をするということもあり
その場合仕事が大きければ大きいほど儲かる人が多くなります
それでも経済システム全体は悪くなります
ゲーム理論でいう裏切りです
ゲーム理論での裏切りは全体の不活性化、
つまり経済システムの不成功を導くことになります
この状態をそのままにすると
急に一部の人に都合の良い状態が崩壊します
バブルが崩壊するのです、対価を払わなかったツケが顕在化するのです
時給や役職で対価を判断している限り
このバブル崩壊を招くことにもなります
仕事は、経済システムに働きかけるのは仕事だけでなく
「徳」などのお金に換算でき無いものもあるからです
この「徳」は」「経済」を「国を納め民を救済すること」とすると
政治に影響しその国に収まるかどうかは別として良い状態を導きます
たとえば国を治める人が私利私欲にまみれるより
世のため人のために働きかけるほうが
民の不満や不都合は少なくなると思います
(経済の話をしてお金では換算でき無いことを言うのは変ですけど・・・)
もちろん社会でお金なしに暮らすのは
お金のために苦しむことになりますから
お金を必要ですけど・・・
みんな徳だけを行えば生きていけるわけが無いです
(徳のためでもなくお金のためでも無い
夢ある生き方がいいんでしょうかね・・・夢を見て生き残るためにとか)
このバブルと崩壊を人々は繰り返します
環境に対しても
経済的に安く自然から搾取して
安い原料で多く売って儲けるというのは
環境破壊を招きます
この場合、自然を回復させるというコストを払わなければ
自然を利用できなくなりそれを必要とする人々が困ります
そうなれば生活は発展せずオーバーな話
原始時代に戻るかもしれません
人はなぜこんなことを繰り返し
そこから学んで良くしようとしないのでしょう
それは「欲求」あります
現代の社会の制度上お金があると苦労する事が少なくなり
良い思いをする事が多くなるからです
そう思うとお金を欲しがり
その目的のために論理が組み立てられ(言い訳ができる)
正当な対価を払わないで済むような理屈に
多くの人が納得させられるのです
(常識となり空気となって人々を支配します)
お金の機能としての手段が
目的になり本来の経済の機能を狂わすのです
ここでは書きませんが
目的のために脳の機能が働くという事が
人間の知的進歩につながるのです
真理を知りたいという欲求がそうさせることもあります
話を元に戻すと
経済の原則を間違えると
経済はうまく機能しません
以前、このブログで歴史を社会システムとして
出来事を見直せばどうやって人類が進歩したかがわかり
これからの発展のヒントにする事ができると書きましたが
経済も同じくこれに当てはめ
経済的失敗を少なくする努力ができるのです
研究を進めれば経済的失敗を防げると思います
人は失敗から学ぶ事ができるはずです
人の失敗だと対岸の火事にするのではなく
それも糧にできるのです
(経済の研究目的として機能しますよね)
目的を手段にする事は
さらに大きな目的のために機能しますが
目的のための手段を目的にすると
本来の目的を含蓄できないため
うまく機能できなくなる、人は失敗すると思います
人の脳はその時うまく働かないと思います
できなくはありませんが
本来の目的の失敗につながると思います
仕事に対して見合った対価を払う事は
経済的に都合が良いのです
結果的に多くの人の満足が得られ
政治的にも良くなるはずです
(経済と区分できないところもありますが)
裏切りは世界の政治的にも
悪い効果を及ぼします
でも社会に悪い人となると
ほっとかれないんだなぁ
人類に良い存在でも
ある社会にとって不都合な存在って
あるもんです
その時も自分の利益のためにも
その存在を裏切るって
人類がしてきた事ですよね
なんていうかはわかりませんけど。