紅狩人のブログ -83ページ目

virtus

首相による談話がこの前発表されました
謝罪がどうのこうのという騒ぎがありましたが
世界の反応をニュースで見て
平和は遠いなと思いました
武力で相手を従わせれば
なんでもまかり通ってしまっているからです
黒でも白なんですね

この前のブログで
システムに携わるには
良心が一番のコツだと書きました
これはある本の受け売りですが
昔の人はこれに通じるものを知っていました
システムという概念はなくても
政治は徳をもって行うべきというようなことを
つまり世を治めるには徳が必要で
それがないと世は不安定(争い事が絶えない)になると。

現代はどうでしょう
軍事力で勝ってまわりの国に自分の都合を押し付けようと
一生懸命働いた人からお金を巻き上げて
政治家がマネーゲームや権力ゲームに夢中じゃありませんか
現代国際社会の成り立ちは軍事力で
勝った国が決めたルールに世界中の国を従わせようとしています
誰のためでもなく勝った国のためです
自分のことしか考えていなくて
他の国の都合など認めないなどの政治を行って
世界が安定するはずがありません
どこに徳が伺えますか

そもそもいつからこんなことになったのでしょう

西洋が力をつけ始めた
ルネッサンスからだと私は思います
ルネッサンス以前の世界は
戦争はあっても徳をもって政治をしたり
徳はなくても宗教的な武力だけに頼らない政治がありました
全世界でなくても世界の部分ではありました
そして生きる上での恩恵に感謝して
神々や自然を崇拝し畏怖の念を抱いていたと思います
しかしルネッサンス以降西洋はその知見を自分の才能と思い込み
一度無くした知見をどこから手に入れたのか知る人は一部で
知恵を手に入れた西洋は傲慢になり
西洋以外のコミュニティを軽蔑したり
自分たちのルールに従わせようとしだしました
それどころかその土地の資源や労働力を搾取し
随分といい思いをしてました
しかし西洋人にその自覚はありません
今に続く傲慢さがあります
アメリカに至っては
殺しまくった先住民に感謝しだしたり
植民地支配に巻き込まれた日本を断罪しています
そもそも西洋が始めた植民地支配を
日本がしたと謝罪をさせています
(まるで自分たちは悪を懲らしめたように)
西洋が植民地支配を始めなければ
日本がする必要などどこにもありません
しかも西洋の植民地はいまだ経済発展はしていないのに
日本の元植民地は経済的発展をしています
しかし日本は世界中から謝罪を強いられてます
武力を西洋に依存している日本は自分の意見は言えません
第二次世界大戦の戦勝国に迎合して
今の日本人は自分の利益ばかりを守って
問題ごと(国の借金、国防、子どもの貧困など)は
他人事のように考えません
正しい国が勝ったわけでも
間違った国が負けたわけでもなく
勝った国が正しくて
負けた国が間違っているのが
国際社会です
ルネッサンスから始まったとも言えるこの常識は
戦勝国の傲慢な政治からなる
不安定を引き起こしています
直接ではなくところどころ政治的な場面で他の国の反発を引き起こし
世界の国々の協力関係の構築に障害となっています
ロシアと欧米の利害関係が衝突して
影響を受けた国々が不安定になっています
政治家に徳がないからですけどね

システムを変えようとしたり壊そうとすると
反発し影響を排除しようとします
(システムは自らを維持、安定させようとします)
社会システムだろうと生命システムだろうと
しかしシステム自らに有益なものは受け入れようとします
(食べ物、空気、お金、好意的な存在など)
システムにとって環境が良いのは好条件です
そしてシステムは環境に適応しようとします
経済協力を広げることが
人類にとって結局良いことではないでしょうか
これまで得をしようとして争ったり
相手を不幸にしたり努力しようとしてきたと思います
しかしこれからは相手側にも通じる徳をもって
経済協力をしていけば良いのかもしれません
自然を壊さない程度に恩恵を得て
(資源、森や生態系の再生努力もする)
社会や人々の需要を探して供給したり
例えばに近江の商人が言ってた「三方よし」のような
良い社会が経済でできるはずだと思います
自分の都合ばかり押し付ける国際現状では
遠い話のようですが
当事者意識がなければ無理もありません
自分が悪いのではなく相手が悪い
植民地支配の始まりから何も変わってません
他民族を学問を利用して人間じゃないと定義し
搾取してきたまんまなのです

昔の知恵である徳を見直しても良い気がするのは
私だけでしょうか
ちなみにマネーゲームではなく
経済を勧めてるのは
経済とは辞書で
「国を治め民を救済すること」という意味を使っているので
徳があること、徳が必要だと私は思っているからです

sunrise

今まで散々システムを金槌のように
道具みたいに使える日が来ると言ってきました
今はまだシステムを変えるのに
大変な抵抗があります
権力(利権)と直結するからです
今回はシステムをどのように「使うか」というより
「使うためには」というテーマで書きます

今言ったようにシステムは権力や利権と直結しています
自分にとっていいシステムとは
自分にとって得のあるシステムです
なのでシステムを運用する権力者は
親族を優遇したり
自分がお金持になるようにしたり
たくさんの女性と結ばれるような法律を作ります
しかし21世紀になってシステムはその気になれば
変えられるようになっているのです
問題があったらその都度都合の良いシステムに
変えられるのです
でもそのときに自分にばっか都合の良い
システムにしろと言っても
権力者でなければ無理です
権力を持っていたとしても
そのシステムに従う人たちに不満があると
うまく思った通りに機能しません
相手にとって不都合な条件を無理矢理飲ませるのは
それこそ奴隷制度のようなものであって
21世紀に進んだ時計を戻すようなもの
人権の後退につながります(一部の地域では残っていますが)
これには昔からの智慧があります
仏教で言えば
「良い心がけでしたことは悪いことを起しにくくなる」
(カルマとかいうものらしいですが上記のように簡単にしてます)
キリスト教で言えば
「自分にされたら嬉しいことを人にしなさい」
といった感じで
良心を持ってシステムをデザインすれば
それを利用する人達が不満に感じることが少なくなるはずです
例えばシステムを利用する人たちにとっての問題を
取りのぞいたシステムを運用することで
不満はその分減ります
自分のことばかりではなく
みんなのことも考えるのです

システムを利用する人たちと書きましたが
システムに従う人とも書きました
どちらも受益者であって姿勢の違いです
システムの奴隷になることは生き物自体に向いてません
いろいろな関係性の個々の能力により安定してきて
システムができその問題点を改良していくというのが
無理のないシステムだと思います
完璧なシステムだから
その受益者は幸せだとは限りません
絵に描いた餅が人を幸せにすることは難しいです

冒頭にシステムを変えようとすると
抵抗にあうと書きましたが
抵抗する人たちはたいてい自分ごととして
問題視してます
自分にとって不都合だからです
みんなにとって不都合だから反対しているのではありません
ちなみに問題を解決するための案に
反対する人たちの意見は
前提となる問題を考えてないのがほとんどで
解決案に対して問題視しているのです
生産的な立場は
同じ問題を共有して違う解決案を出すか
問題を捉え直して(問題を違う視点で明らかにする)
その解決案を出すといったものですが
政治家には居そうもありませんね
しかし仕事ではそうしなければいけない状況が
時々あるはずです(コンサルタントの人たちは経験あるはず)
システムもそうです
問題は絶対ではありません
違う視点で見ればそこから導かれる結論も違ってくるのです
頭を固くせず柔らかく取り組むことが大事です
(良心に勝るコツはないと思いますが)

抵抗はなくなるとは言いませんが
理性で黙らせることはできます
システムに対して知見を深め
欲に溺れなければ
相手を納得させることができると思います
諭すのです

システムを変えるのに安全な世界は
まだどの社会も成功してません
どんなに法律を作っても
それを運用する人の感情的な部分を刺激して
違法になることがまかり通る世界です
既存の法律の許容範囲でも
権力が持ったものが違法だと言えば違法になるのです
(そもそも法律は権力者が権力を維持するための道具になってます)

システムのデザイン者が仕事をするのに
避けて通れない道といえます
だからなおさら良心が大切なのだと私は思います
ちょっとした利己心でも
相手に攻撃される材料にされます
昔のコンピューターエンジニアが言ってました
「人類はまだ闇の中にいる」
夜明けは来るのでしょうか・・・

job

医者の中には小医、中医、大医がいます
誰かという話は抜きにして
有名なブラックジャックという
手塚治虫さんの漫画があります
どんな医者なのでしょう

話の中身は外科医で無免許で
莫大な手術料を請求する
めちゃくちゃ腕が良い
一匹狼
過去になにかある(ミステリアスですね)
こんな感じでしょうか

かっこいいですよね
なんでも治せるなんて
そうなりたいと思う人はたくさんいるでしょう
でも話の中では医者たちからは非難され
患者からは手術代が高いと文句を言われる時もあります
そんなにお金が欲しいのですかね・・・
ある話ではタダってのもあったような・・・
手塚治虫さんは何を言いたいのでしょうかね
お金があればいい女と付き合ってもおかしくはありません
そうすればみんな一生懸命勉強して医大に入ります
優秀な人材が集まるはずです
いい思いをたくさんできると思えば動機は十分です
なんでそう書かないのでしょう
でもかっこいいあこがれる・・・なぜでしょう

莫大な手術料を払った人は
ブラックジャックの仕事に満足します
病気が治ったのでそうでしょう
中には一生かけて払い続ける人もいます
安かったらそんな苦労しないで済むのに
ブラックジャックはそこまでしてお金が欲しいのでしょうか
酒もタバコもギャンブルも女遊びもしません
手術受けた人は病気が治っただけでしょうか
人生まで良くなっている人もいるような
大金を無くしたのに
なぜ人生が良くなっているのでしょう
思い通りにならなくても
満足する人生を手に入れてます
文句を言っても感謝されます
お金次第でではありません
お金を受け取ってない人も同じ人生の満足を得てます
ひょっとするとお金次第で命がどうにかなると思うと
患者は健康や命を大事にしないからでしょうか
みんな生きていることに感謝しますからね
いや、みんなではありません
キリコの存在を忘れてました
ブラックジャックが助けた患者も
キリコにお願いして安楽死しています
そしてキリコは感謝されます
ブラックジャックは完璧ではありません
命を助け生きる喜びを与えられるはずの医術が
それを備えたブラックジャックは
ときにはブラックジャックの患者によって無力を感じるのです
病気を治せるのに無力なのです
できるのにできない
人間とはなんでしょう
医学を学んだ人ならではのメッセージです
命に感謝する人もいれば
死に感謝する人もいる
どうすればいいのでしょうか
死ななかったから命に感謝するはずなのに
なぜ死を望むのでしょうか
苦しみから逃れるためですか
(喜びを得たいからですか)
人生の自己実現でしょうか
人が向き合わないで
誰がこの問題に向き合うのですか
正しい良いことをしたと思っても
それを否定されることは
ブラックジャックだけではありません
少なくとも感謝だけはされたいですね
ブラックジャックのように・・・・