うし、明日からBJリーグの撮影です。東京に戻ってきてから初の撮影。自分にしてはちょっとしたリハビリ感もあるなー。まだ、こっちになじめないからなー。

 自分が勤める会社がBJリーグのオフィシャルをして今年が二年目になる。開幕した去年はそれこそみんなで全試合撮っていた。週末はほとんどがBJリーグだったなー。

 今年は撮影が全試合ではなくなってしまったけど、去年以上にリーグが盛り上がっているみたいなので素直にうれしい。BJリーグによって少しでも日本のバスケット界が盛り上がってくれたらいいなー。

 さてさて、明日がセミファイナル、明後日がファイナル。二年目のステージ。去年に比べて自分の写真の腕が少しでも成長したのか確かめたい。でもでも、何よりも楽しみたい。写真もファイナルの雰囲気も。

 とまいどいや疑問がいろいろある最近だけど、今自分がやることはただひとつ。写真の腕を上げる事だけです。その先にあるものをまだ明確にできないけど、自分で期間を決めて本当に今やるべき事をやって、来る日のために力をためよう。

 過去が華咲く今。とある指導者が言っていた。おーらい、はりきっていこう。今を枯らさないために。
 菜の花と桜とこぶしの花が同時に咲いた春でした。普通は同時に咲かないみたいです。

 月曜に倒れた祖父は日曜の昼過ぎに息をひきとりました。ちょうど僕が東京に戻る日だったけど、帰らずに祖父の最後を看取ることができました。

 何から何まで不思議な春でした。倒れた日は快晴で桜が満開を迎えようとしていました。

 祖父が熱を出している二日ほど、外は雨が降っていました。それは熱が引くと同時に雨が止みました。雨が祖父の熱をさらっていきました。

 最後の日は本当にひだまりの暖かさで、柔らかい暖かさがいろいろなものの輪郭をおぼろげにしてくれました。

 火葬場に向かうまでの道は満開の桜が散り始め、走る車の後ろで花びらがクルクルと舞い、桜吹雪で祖父を送ってくれました。棺の中に初めて自分の写真が表紙を飾った雑誌を一緒に入れました。

 本当にいろいろなことが不思議なほど意味をもっているのではないだろうかと思えるほど、祖父と最後をともにした9日間でした。

 僕自身がどこか遠くに旅行に行っていたような気がします。長い長い旅行に出かけて、帰ってきたら季節は一回りしていたような。

 祖父は息を引き取るまでの一週間の間にたくさんの人が会いにきてくれて幸せだったと思います。また、僕は病院で寝泊まりして祖父との思い出をいろいろ紐解きました。それに僕が帰る前に祖父が息を引き取ったのは正直嬉しかったです。最後の別れに祖父の側に居れたのが何よりも嬉しかったです。

 人はなぜ涙を流すんだろう。他の生き物が涙を流しても、それは生理的な役割をもっているからだと思います。だけど、人は精神の高まりで涙を流す。

 ただただ涙はでるんだね。何も考えなくてもただただ涙がほほをつたる。心がかわくんだろうか、かわいて割れてしまう前に体が涙でふせいでくれるのだろうか。

 こんなに長く会社に休みをもらえて嬉しかったけど、これで当分は実家に帰れないなー。でも、次帰ってくるときが一番寂しいんだろうなー。いつも居てくれて人が居ない場所に帰るのってやっぱりさみしいよ。

 おじいちゃん、今までありがとね。僕がおじいちゃんになれて、孫が出来たら一緒に蛍を見に行っておじいちゃんの話をするよ。きっと。無数にひかる蛍の光の中でおじいちゃんを探すよ。

月曜日に倒れた祖父は今だ眠り続けている。

82年間の月日をひとつひとつ思い出して夢を見ているのだろうか。

呼びかけても反応はない。

病院に泊まり祖父と二人きりで二晩を共にした。

ときおり祖父はあくびをする。「あっくん」と今にも言ってくれそうな気がする。


おじいちゃん、こっちは空虚がいたるところに座っているよ。

そことここの境目はどこだろうね。だれがラインを引くんだろう。

今生の別れだね。

明日、東京に戻ります。
 昨日、ブログを書き会社に行ったすぐに、母から実家の祖父が倒れたと電話が鳴った。実家で倒れ病院についた時に心臓が止まり祖父は死の中にいたらしい。

 電話をもらい、水泳日本選手権のデータを会社のパソコンに移し終えると僕は一度東京のアパートの戻り、その辺のものをかばんにつめて東京駅から新幹線に乗った。正直会社からアパートに戻るまで僕は地下鉄の電車のなかで涙が頬をつたるのをこらえていました。

 僕はおじいちゃん子です。物心ついたときの記憶を紐解くとおじいちゃんと一緒にいたとこから始まる。

 小さいとき一緒に蛍を捕りにいった。川辺の蛍の光の中に蛇の目が同じように光ってあぶないときがあるからあまり水辺には近づかないようにといったおじいちゃん。その日、捕まえた蛍を牛乳瓶にいれて夜僕は眺めた。朝、蛍たちは死んでいて僕はそれ以来蛍を捕まえる事をやめた。

 いたずらをしておかんに怒られて、押し入れにお仕置きとしていれられた時、「もう、いいじゃないか」と言っていつも助けてくれたのはおじいちゃんだった。

 おじいちゃんは僕にあるだけの愛情をくれた。それは本当にあるだけの。自分が大きくなっておじいちゃんがどんどん小さくなって体も弱り細くなっても僕にとっては優しくて優しくて、ただただ優しい大好きなおじいちゃんだった。

 9年前におじいちゃんは肺がんになり片方の肺を取る大手術をした。その肺がんになった知らせを僕は聞いたとき声に鳴らない声を出して僕は泣きました。

 昨日、病室でおじいちゃんに再会してまた泣きました。おじいちゃんはもう意識がありません。心臓が止まっていた時間が長かったためか脳に障害を持ってしまった可能性が高く、今後眠りから覚める事がある可能性がひくいらしい。。。

 もう、おじいちゃんと会話ができないかもしれない。「いつか」が来る日が迫ってきている。

 でもね、おじいちゃん、心臓が止まってから今の状態まで持ちこたえてくれて本当にありがとう。東京からなんとか間に合ったよ。会話ができなくても僕は呼吸をしているおじいちゃんを見れて本当に嬉しかった。神様がいるなら僕らにくれた時間だと感謝しています。

 聞こえなくても理解できなくてもおじいちゃんが呼吸をしていてくれるただそれだけが本当に嬉しいです。僕の声が届いているかわからないけど、おじいちゃん、本当に僕を可愛がってくれてありがとう。おしみない愛情をありがとう。僕はおじいちゃんが大好きです。

 会社ができるだけ側にいていいよと今週の日曜まで時間をくれました。おじいちゃん、僕はとりあえずしばらく居るよ。たくさん思い出の会話をしよう。

 「いつか」の訪れのその時まで許される限り僕は側にいます。福井は今から桜が満開をむかえようとしています。なんてせつない春がくるんだろう。なんてさみしい桜の華が咲くんだろう。おじいちゃん見える?春が本当にすぐそこまで来てるよ。希望が芽吹く春がすぐそこまで。

 できるなら本当にできるならもう一度おじいちゃんと話をさせてください。僕のわがまま、お願いします。。。僕に時間をくれた形容しがたいものよ。
 日本水泳選手権が終わった。練習日の撮影を含めて5日間。長かったみたいで、終わってしまったらあっけなかったような。ちょっと今は水泳はおいといて。(改めて書きます。)

 4月7日、幼じみの結婚式が自分の地元であった。仕事の関係で早い段階で行けないことになっていたけど、式に参加した友達が写メールで幼じみと奥さんの二人の写真を送ってくれた。携帯だから撮られた写真は粒子が荒れ荒れで綺麗とはいいがたい写真。でも、幸せな空気がすごくでていて、その日、僕が見た写真で一番心を動かされた写真だった。

 ただショックだったのが、その写メが送られてくるまで僕は幼じみの結婚式の日を忘れていた事。写メを見て、「あぁ、今日だった。。。」って気づいた。この事がすごく僕の中ではショックだった。。

 その日の朝に自分のひとり言でもいいから「今日、結婚式やなー。行けなくてごめん、でもおめでとう。」って言いたかったし、思いたかった。本当に。

 撮影とその後の処理で忙しかったのはあるけど、大切な友達の大切な日を忘れてしまう。そんな自分が本当にいやだ。なんて、心がまずしいんだ。。。

 僕のこころのすみっこにどれだけ忙しくても、どれだけ大変なことになっていようとも、大切な人の大切な日を覚えている自分が居てほしい。朝、心のすみっこにいる自分がうざいほど元気よく「今日は何の日か分かる?おいおい忘れちゃったの~アミーゴ~」と陽気なイタリア人ばりのノリで声をかけてほしい。

 こすけ、結婚おめでとう。

 遅くなったけど、へろしの写メで僕の中の陽気なイタリア人ばりの自分が猛反省しながら教えてくれたよ。きつく叱っておきました。今後は気をつけるでしょう。いや、気をつけます。

 本当におめでとう。

 今度みんなでご飯食べようね。

 土曜はVリーグ、日曜はJリーグの撮影を終えて、今週がまた始まった。

 気がつくともう4月で、一年の4分の1が過ぎようとしている。本当に早い。今年のテーマみたいなものを決めたけど、それはまだ何も形にできずにいる。あせらなきゃいけないんだけど、今いちピンとこないのが現状かな。。。いかんですな。。。いかんけん。

 前回のサッカー日本代表戦の撮影で学んだ反省点をふまえて今回Jリーグの撮影をしたんだけど、あまり成果がなかった。自分の合格点に達していない。撮れば撮るほど、スポーツ写真の難しさを知る。当たり前だけど、動いているものを撮るのはやっぱり難しい。

 予測と動体視力をともなってレンズを向けてシャッターを切るんだけど、切ったコマすべての写真が使える写真かというとそうではない。今回、Jで800枚ぐらいシャッターを切ったけど、その中で使える写真はその10分の1にも満たない。ほんのちょっとだけ。それもかろうじて使えるのがちょっとだけ。。。ちきしょ。。。

 んー、今年はとにかく仕事写真のレベルをあげる事を何よりも目標にしているんだけどまだまだです。会社の先輩らの写真には安定感があり、やはり動きのある写真がおおい。撮ってきた経験値がやはり如実に写真に現れる。広く浅くではなく、みんな広く深く撮ってくる。

 同じ時間、同じフィールド、同じ機材で撮影しても先輩たちの写真は、違う瞬間、違う構図、違う空気をもっている。見た目はあまり変わらなくてもやっぱり違う。スポーツ写真と向き合ってきた時間が分かるんです。その重み、その熱意が。

 あー、まだまだやー。まだ一人でまかせてもらえるようになってないもんなー。早く仕事写真をこなせるようになって、ほんのちょっとでも余裕を持てるようにならねば。。じゃないと自分の写真が撮れない。好き勝手やったら仕事じゃないもんね。仕事をぱぱっと片付けて、あとは自分の時間です、へへ楽しんじゃいますってシャッターを切れるようにならないと。

 同じ速度で進んだら、当たり前だけど先輩たちに追いつけないからなー。二段、三段跳びでいかないと。ほっぷ、すてっぷ、じゃんぷじゃい。

 そんなこんなで4日から8日まで水泳全日本選手権を撮影します。撮らなきゃいけないものがおおいイベントでこれまた水系の経験値があまりない僕には水泳の撮影って難しい。。水しぶきにピント持ってかれたりしちゃうしタイミングとかもろもろを含めると敵はなかなかの猛者でござるよ。

 しかし、とにかくやったる。お仕事や、きっちりせなあかん。安心して任せてもらえるようにならなきゃ。じゃなきゃその先に何があるって言うんだい。

 高校の先生が言ってたなー、去るときに惜しまれる人物にならなあかんよって。今のままじゃ誰にも惜しまれない。逆にそれを惜しんで僕は去りたくない。やる事は山積みやけど、学ぶものがまだまだあるからもっともっと成長できると信じよう。

 スポーツ写真ともっと向き合おう。きっと今まで見えなかったものが見えてくるはず。そしたら、こっちのもんです。はい、ピント外しません、タイミングずらしません、フレームも外しません。狙った獲物は逃さねぇぇ。

 百戦錬磨の猛者なりて誰にもんく言わさせないようにがんばっていきまっしょい。
 昨日、六本木に新しい名所として東京ミッドタウンがオープンした。街というか公園というか、大きくくくってコミュニティエリアといえばいいのか。
 
 写真を撮っていて感じた事はデザインが洗練されている事。人と自然と都市を融合させ、一つの方向性を示しているように感じた。たぶん、そんな感じ。ちょっとした未来空間。

 でもね、一つすごく違和感を覚えたのが、公園というかこのエリアの中にある自然。(自然じゃないな、人口自然というか、なんじゃらほい)。
 都心の真ん中に贅沢な公園があって、どこかの庭園みたいなものもある。周りは高層ビルばかりなんだけどね。
 京都に居たとき、いろいろな京の庭園を見れ、写真を撮れる機会があったけど、このミッドタウンの庭園は撮るの難しかったーー。だって、すぐ横に何百メートルのビルというかミッドタウンタワーが建っているから、写真のフレームの中に収まらない。ものすごい広角レンズでやっと。んー、上が高すぎてあまり構図がまとまらない。。。

 庭園にはたいてい正面というか、その庭園を見るのに一番いい場所があるはず。目が落ち着く場所で、庭園を魅せるために用意されたポジション。というか、そこを中心にして庭園などはデザインされているとおもうんだけど。(素人意見ですみませんが。。)
 じっくり探したわけじゃないんだけど、このミッドタウンの庭園にもその場所はあるんだけど、庭園を見ながらタワーを見るのしんどいなー。というか、庭園を見る一番のポジションはタワーの上から見るのがいいのかなー。それだったら、なんか寂しいよなー。上から庭園の全体を見れてもガラスに囲まれた中から何を感じればいいんだろう。

 そんで一番寂しかったのは洗練されたデザインの中にある自然が100%管理された自然であること。花が咲く場所から芝生の生え方まで。(当たり前なんだけど、すみません。。)

 奇麗だけど美しくない。

 昔、カメラマンの先輩と京都の山奥に釣りに行ったとき、杉の巨木がその年の冬の豪雪によって倒れ、川を遮断していた。巨木は無造作に荒々しく、静寂の空気の中にピンと張りつめる緊張感を僕らにくれた。意思なきものから何かの意志を感じるような風景。僕らがこっち側なら、あれはあっち側のもの。美しいと思えたものでした。

 んー、庭園ってあっち側のものをこっち側に持ってくるためのプロセスの形なのかなー。(うまく、表現できなくてすみません)
 僕たちは大都市の中でどこに向かおうとしているんだろう。その答えがこの庭園の中にあるのかなー。また行ってみようかな。でも、田舎出身なもので人ごみが苦手っす。
 こんな風に書いちゃったけど、東京ミッドタウンは行く価値がありますから、みんな行ってみてくださいな。いろいろ面白いよ!
 最近、本当に暖かくなってきた。何度も書いているけど風が本当に気持ちいい。

 今年は特にそうなんだけど、春になるとどうして人はそわそわ、わくわくしてしまうんだろう。じっとしていられない気持ちになってしまう。今日起きることはもちろん、明日、何年後の未来など何一つ分からないのに不安な事が何か起こっても、この春という季節がさせてくれる気持ちは、その不安を簡単に打ち消してくれるような気がする。なんとかなるさ、とか、いいんじゃないってな感じに。僕の持っている事象に対する小さな許容範囲を広げてくれる、ほんと、そんな気がする。

 アタゴオルというマンガを書いている作者が自身の作品の中で、春になって人がそわそわするのは自分の体の中に植物が入っているからと表現していた。
 物理的な細胞レベルで考えれば否定できない事。小さな小さな植物が持つ細胞レベルのものが人の中にもあり、それが春を敏感に感じ、若い芽が冬から解放されてその生命を爆発させるように、そういったものが人の精神にもなんらかの影響を与えるじゃないかなー。

 こっちでも桜が咲き始め僕は東京に来て2年目になるけど、こっちの桜の名所を全然知らない。今年は撮影をふまえて、どこか一つは見に行かなきゃって考えています。
 しかし、あの淡いピンクの花は本当に春を表現しているなー。日本人は幸せだね。桜とずっと昔から付き合って来れた事が。万人の人が桜から春を感じ、同じようにわくわく、そわそわしていたかと思うと、先人たちがいた手の届かない過去がたまらなく身近に感じれて口元がゆるみます。

 咲き誇り、花吹雪を起こす。この言葉、まさに桜のものだなー。そうだよなー、樹そのものが華咲くんだもなー。そんな樹、あんまりないね。春も桜も偉大なり。

 ヤクルトスワローズの二軍選手たちが練習や試合をする球場で戸田球場というところがある。  


 武蔵浦和駅からバスに揺られて20分。バス停から歩いて土手を越えると球場が姿を現す。三塁側の応援席は土手だ。一塁側から写真を撮っていると、この土手の持つなんとも言えない雰囲気が写真の中に入ってくる。どんな緊迫した試合でも、土手にビニールマットをひいて親子でお弁当を食べている姿を見てしまったら、応援する気持ちは「いてまえ!」より「いけるさ~」になってしまう。  


 季節は確実に冬から春へと移行して、土手にはたんぽぽが顔を出し始め、太陽は日増しにその光に心地よさを帯び始める。今日初めて、戸田球場に足を運んだけど、これはまさしく絵に描いた「やきゅう」を楽しませてくれる球場だ。緊張感を持てというほうが難しい。だって、この球場を取り巻く風の気持ちいいこと。。。  


 大の大人が自分の人生をかけて一球一球に挑んでいく。土手では大の大人が自分の酔いをかけて、一口一口、焼酎に挑んでいく。目的は違えど最終地点が違えど、ここには「楽しむんだ」という空気が満ちている。  


 一度、足を運んでみる価値があると思う。戸田球場恐るべし。。。勝ち負けなんてどうでも良くする雰囲気、それは闘志を薄れさせる。あの場所ではありとあらゆる「スポーツ」が「うんどう」へ変えてしまう魔力を感じてしまいました。(こんな風に書いちゃってけど、もちろん、選手は本気のプレイを見せてくれます。すごいです。ただ、それがまたギャップがあって楽しいんだー。)

 代表戦は一時的に雨がぱさついたけど、本格的に降ることなく終わり少しほっとしました。


 今回、欧州組みの高原選手と中村選手のプレイを撮影できて、素人目から見て、二人には他の選手にはない余裕というか視点というか、とにかく自分のテリトリーの範囲が他の選手よりも広いと感じました。本当に僕はサッカー素人ですが、素人目から見てそうだから、玄人から見たら明らかなんじゃないのかなー。


 会場は6万4千人のサッカーFansによって満員で、会場が一つの生き物のように感じました。声援がいくつも重なり、尾を引き、緑のじゅうたんの上を巡って空へと消えていく。そういえば、僕自身初めてだ、6万4千人の箱で写真を撮れた事が。本当に嬉しいこと。


 僕の中で後半5分は仕事写真を忘れて、遊んで撮ってみようと考えていたのですが、結果的には形にできず。。。ただ、今後、撮ってみたい絵を頭の中でイメージできたのは良かったかな。何よりも一緒に行った先輩の腕のよさを改めて感じ、今後の自分の指針にしたいです。


 最近、自分のテンションが低くてやばいと思っていたけど、先輩の写真見れて少し回復しやした。まずは今できない事を今後できるようにしていこう。。僕は頭使うタイプじゃないや、直感と行動力に身をゆだねよう。


 最後に、会場はすごく風が強くて大きな旗を持つサポーターの方たちは大変だったと思うけど、風が強いおかげで草のもつすごくいいにおいを嗅げて僕的にはけっこう幸せだった。。。あの芝生の上で正直ごろごろしたかったなー