第六話
この日記のタイトルを見て察する方もいらっしゃるかもしれません 僕は死を考える... 幼少の頃から死について考えてきた 眠れない夜に、何かにつまずくたびに、失敗するたびに、傷付くたびに何度も死のうと思った なぜか僕の周りには昔から葬式が多かった (今もだけど) そのせいかいつも死というものを身近に感じてきた ある日ふと思った 駅のホームで電車が入ってくる瞬間、2~3歩前へ出るだけで次の瞬間に僕はもうこの世にいない 今生きている事と次の瞬間死んでる事の違いなんて歩幅2~3歩程度のものなんだと... 僕は予定というものがあまり好きじゃない 予定日まで生きているは限らないと思うから とは言え悲しいかな朝起きたら歯を磨く 寝癖を直す 仕事へ行く 大した疑問も持たず一日を生きている なんにしろ一日を生きる度に一日寿命が短くなる...思うに「死にたい」なんて口に出して言ってる人間は死を選んだりできない そして僕も図々しく行き続ける 明日もきっと...
第五話
僕は悪口を言う もちろん悪口は良くない 昔の哲学者なら「軽々しく悪口を言うような人間は人から軽がるしく悪く言われる」くらいのお叱りをカマシテくれるかもしれない そしたら僕はその哲学者の悪口を言うだろう そして人から更に悪く言われるだろう... 人の悪口を聞くと嫌な気分になる だから自分はそうならないようにしようと思う 一人ブツブツと愚痴って済むならそれに
越した事はない でもナカナ カ上手くはいかない ストレスのせいだけには出来ないけど やっぱストレスのせいにしちゃお ...やれやれ
越した事はない でもナカナ カ上手くはいかない ストレスのせいだけには出来ないけど やっぱストレスのせいにしちゃお ...やれやれ
第四話
「愛を唄わない唄はない」と言われる程愛を唄った唄は多い そしてその表現方法は様々 「愛シテル」とシンプルリンにストレートにぶつけるのもあれば「ウオンチュウトウナイ!」と響きを重視するやり方もある まぁそれをどうこう言うつもりはないんだけど...僕がその手の曲を聴く時どうしても感じてしまう違和感がある もちろん全部が全部というワケじゃないけど聴いた後な~んにも残らないんだよね そんな曲が実に多い 感性の違い?趣味の違い?それとも僕の感情の欠如?何にしろ判断は主観、パーソナルなものだから仕方ないとして置いといて 思うに主観であれ何であれ何も感じられない、何も残らないラヴソングなんてなぁ ってことなんだけど... やっぱタテマエであっても「愛」はどうしても美しくなきゃならないのかな?
第三話
突然ですが僕はぶっちゃけ人をあまり信用しない 「可愛そうな人」と思ったあなたはどのくらい人を信用してますか?...僕の思う「信用」というのは本来「酷」で「現実的」 例えば親しい友達にいきなり「三千万の借金するんだけど保証人になって」って言われて即決で引き受けられるだろうか?もし簡単に引き受けて挙句逃げられた時、裏切られたと思う前にそいつの事情を考えてやれるだろうか?そして以後友達でいられるだろうか? ...信用と言う言葉を使う時、それはそれなりの責任を伴う 何事も言うのは簡単 「信用」を簡単に使う奴を僕は信用出来ない... 結局のとこ僕のような薄っぺらい人間は言葉に責任を持ちきれず「信用」しない事を選んでしまう ...ただね ただ信用したいとは思ってるのよ 信用出来ない? だろうけど...
一話
いやぁ早い!早いよ!最近の娘 じゃなくてお台場でお薬中毒の方にパトカーを盗まれそうになった警官の逃げ足じゃなくて季節の移り変わり マジで早いっすネ 気付けばもう2月も終わってしまいそう やれやれ... インフルベンザが直ったと思ってたら今度は花粉が飛び始めそうだし ってまあ暖かくなるのはいい事か 普通に一回目でした