急行越前のブログ -11ページ目

急行越前のブログ

日々の生活で感じた事や趣味の事を書き綴っています。
不定期更新ですが、お時間があったらご笑覧ください。

子どもの頃、鉄道に憧れた男子諸君は多いと思う。


でも、いつの間にか汽車ポッポより興味のあるものが増えてしまった人が殆どだと思う。

私も、鉄道以外にも大好きな物はたくさんあるが、それでも鉄道は3度の飯より大好きである。

子どもの頃憧れたブルートレインは、既に東京駅から消え去り、上野駅でわずかばかりの活躍を見せるのみとなってしまった。夜汽車という言葉も、既に死語に近い。でも、私にとっては、まだまだ鉄道は興味深い存在である。

最近は鉄ちゃんとか、○○鉄という言葉を、よく聴くようになった。鉄道ファンが世間に認知されてきた事は、とても喜ばしい事ではあると思うが、それでは私は何鉄になるのだろうか?基本的には旅行が好き、そしてその移動手段としての鉄道が好き。このカテゴリからすると乗り鉄だろうか?

でも乗り鉄の諸氏は、旅行の目的がなくても、ただ単に列車に乗るためにも活動している。私の様な、日本中周りたいという様な不純な動機ではなく、純粋に鉄道に乗ることが好きな方こそが、本当の乗り鉄なんだと思う。

だとすると私は何になるのか?乗り鉄の亜種?もしくは、プチ乗り鉄?

でも、最近増えてきた女性の鉄子さんの中には、私の様な旅の手段としての鉄道を愛する方が少なくない様だ。本来の乗り鉄の方たちと、プチ乗り鉄の私達。どちらにしても、鉄道を愛してやまない人達なのだから、お互いに共存して仲良くすれば良いのではないか。


プチ乗り鉄の方、この指とまれ。


少年達の憧れの的だった寝台特急「あさかぜ」 1979年4月撮影
急行越前のブログ

旅行という非日常的レクリエーションには、中毒性を伴う症状がある。


この症状に陥ると、時間があると出かけたくなる。また、時間が無くても時間を作ってでも出かけたくなる。

私は、学生時代この症状に感染してから、20年以上にわたり、毎年夏や冬の長期休暇になると発症してきた。つまり、芭蕉の言うところの「漂泊の思ひやまず」である。

始めは、遠くに行きたいという症状から始まり、やがて日本中を周りたいという症状に悪化した。このままだと、世界中を周りたい、太陽系中を周りたい、等々、野望は尽きることが無くなってしまうではないか。

しかし、驚いた事に全国をほぼ周りきったところで、この欲求は別の方向に向きを変えた。

今度は、ある場所だけをもっと集中的に周りたいと思うようになった。マイナーなところ、地元の人しか行かない様なところにも行ってみたい、という症状に変わった。結局、何度旅しても全ての所を見る事などできるはずは無いから、次の欲求がまた頭をもたげて来る。

しかし、ここ数年、家の事情で長期にわたって出かけることが出来なくなった。年一回、家から数百キロ離れたところに行くのがやっと、という状況になった。でも、驚いた事に、特にストレスに感じてはいない。

結局、行けなくなれば、それはそれで何とかなるものなのであった。

そして、久しぶりに遠くに旅に行けたら、初めて行った時の様な感動に会えるかもしれない。


今はそれがとても楽しみである。


日本最北端 宗谷岬にて 1987年8月
急行越前のブログ

模型は増殖するらしい。


私は、高校生の頃からNゲージを始めて、もう30年近くなる。

途中、10年余りブランクがあったが、社会人になると大人買いを出来るようになり、また新製品で魅力的な製品が次々に出現した事もあって、気付けば3両で運転開始した鉄道模型が、850両を超えていた。

いつの間に、こんなに増殖していたのだろう?これは、もしかするとねずみやゴキブリをはるかに凌駕する繁殖力・・・。しかも、ねずみやゴキブリのように退治できない。一度手に入れると、殆ど手放せない。まるで可愛い子どもの様ではないか。

最近、オークションという安くて良い物が入手できる可能性が増えた。高校生の頃、高くて買えないうちに生産中止になり市場から消えてしまったレア物でさえ、辛抱強く待てば入手できるようになった。

いい時代になったと思う。でも、たった3両の列車で、単純な小判型の周回軌道で、飽きることなく走らせ続けいた頃の感動が、ふと懐かしく思えてくる事がある。


あの頃のときめきを、ずっと忘れないようにしたい。


私の鉄道の始祖鳥的車両 DF50型

急行越前のブログ

「あなたの尊敬する人は?」と訊かれて直ぐに答える人物の一人が、宮脇俊三氏である。


50歳にしてサラリーマンをきっぱりと辞め、残りの人生をフリーの鉄道作家として歩みだした生き方は、すごくカッコいい。中央公論社の常務取締役という役職を捨てての作家への転進となれば尚更である。

彼は、もともと凄腕の編集者として知られていた。北杜夫氏の作品を世に送り出したのも宮脇氏である。しかし、何より作家に転進してからの作品が素晴らしい。

「時刻表2万キロ」は、サラリーマン時代に国鉄全線を乗りつぶす過程を記録した作品だが、愚直なまでに全線走破に取り組んでいる姿が、何より素晴らしい。しかも、その事を自分では恥ずかしい事と思い、周囲に隠している姿がいじらしい。こんな立派な作家先生に向かっていじらしいとは失礼に当たるかもしれないが、私はそんな「愚直でいじらしいおじさん」になりたいと思う。

彼の文章の上手さは、誰もが認めるところであるが、その中で本人は至極真面目でいて、しかもウィットに飛んだ表現をちりばめている。


そんなお茶目な宮脇先生を、私は心から尊敬している。

春といえば、シューマンを思い出す。


シューマンと言えば歌曲が有名だが、交響曲もいい。

中でも、交響曲第1番「春」と第3番「ライン」は素晴らしい。

春の心がうきうきして来るような感じを、絶妙に表現していると思う。

演奏は、人により好みが分かれるところだが、私はサバリッシュ指揮のドレスデン国立管弦楽団の演奏が好きだ。サバリッシュと言えば、バイエルン国立歌劇場だと誰でも思うだろうが、変わり者の私はドレスデンを指揮した演奏が好き。40年近く前の1972年の録音だが、未だにみずみずしさを失っていないところが素晴らしい。先日、サバリッシュ氏の訃報を聞いた。NHK交響楽団の桂冠名誉指揮者であり、フィラデルフィア管弦楽団との名演も懐かしい。とても残念である。


「巨星落つ」という言葉が頭に浮かんだ。