Spiritual Dreaming and ArtLife ★ スピリチュアル・ドリーミング
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“見る者” 〜 インナービジョン・テレパシー、呪術師の視点

 

今はとても便利な時代なのかもしれませんが、今月はオンラインで多くの講座を開講させていただきました。

4年前から「ガイドの授業」というのをやっていますが、その詳しい中身は聞かれた時にしかお話ししていませんでした。

私の特性は、大いなる力である「ガイド」を通して神聖さを表現することです。

特性なので誰かの為にやっていることではなく自然にやっています。

人は「自分」が信じたいものを信じ、聞きたいことを聞きます。だからガイドが何を伝えようと、それは私の心の中に留めておくことなのだと思っています。

別に勿体ぶっているのではなく、ただその人が何を信じて、どう生きようが自由だと思うからです。

本も読みたい人が読めばいいし、ブログも読みたい人が読めばいいのかもしれませんが、インターネットで本を販売したり、情報を公開してしまうと、その人が本当に読みたかった内容かどうかは知りませんが、読んでしまう人というのが出てきてしまいます。

でも、世の中には「ガイドの授業」を本当に知りたい人がいるようで、そのような人と出会うとなぜか嬉しく思います。

人の役に立つのは嬉しいことです。それは多分「魂」の望みなのだと思いますが、私の中では劣等感の解消になってもいます。

多くの「魂」と平和の中でつながり、そこで「情報とエネルギー」を分かち合うことは、とても幸せなことなのでしょう。

“光の人”と私が呼んでいる非物質的な存在たちは、いつも神聖な情報について分かち合っています。彼らはとても楽しい存在ですが、無意味なギャグを言い合うことなどありません。

彼らのギャグは無意味な戯れではなく、神聖な情報をわかりやすく面白おかしくしている表現です。特にエゴの話しはギャグが盛り上がります。

私もこの世界でエゴのギャグを言いますが、なぜか笑われないことが多いです。
 

“見る者” 〜 インナービジョン・テレパシー

中学の頃に読んだアメリカ先住民の呪術師の本に「呪術師とは“見る者”だ」というのがありました。

ある者は踊ることで“見る”し、ある者は話すことで“見る”ようです。いろんな見方をする呪術師がいるようですが、誰もが命がけで真剣に“見て”いると書いてありました。

“見る者”という表現はとても上手く表現していると思いました。

その本に出てきていた呪術師たちの焦点は、相手の表面的な行為や話していることに合わせているのではなく、肉眼では見えない「情報とエネルギーと魂」に合わせています。

これは「ドリーミング」と言うやつですが、それはオーラの中に意識をつなげて“見る”ことができます。

私は普段もインナービジョンで見ているので、逆にアウタービジョン?肉眼?からの映像はよく知りませんしあまり信用していません。

インナービジョンは焦点の深さで見えるものが変わります。そのため視覚的な世界は多層構造であることがよく分かります。

肉体であってもオーラは単純な青色や赤色をしているわけではありません。とても細かな構造をしていて、色も複雑で、形もいろいろで、動いてもいます。

コップにも水にも場所にも空間にもありますから、どこもかしこもオーラに満ちています。

“見た”としてもそれをどのように“捉えるのか”というのは課題となりますが、ドリーミングを“見る”ということは肉眼で見る以上の情報を受け取ることができます。

呪術師たちとの出会い

「ガイドの授業」について聞かれれば話しますが、聞かれなければ話すことがないために、普段私はギャグや科学や陰謀論など気楽な話しをしています。

私の表面的なアピールは親父ギャグになっているようで、初めて合った人からも親父ギャグの人だと思われることがよくあります。

そのためか、神聖な情報について聞かれることは滅多にありません。

私は長くインナービジョンであることを恥じていました。“普通の人”というのは私にとっては褒め言葉ですが、多くの人のように物質としての世界の認識を私はうまくすることが出来ません。

多くの人は素晴らしい記憶力と忍耐力を持っていますので、興味がないことでも憶することができます。私はそのことが難しかったため、学校での勉強はとても大変でした。

絵を描く時も物質の認知はデッサンの上手さに関わってきました。絵の先生が言う「見て描く」というのは、インナービジョンで“見て”ドリーミングを描くのではありませんでした。ガイドとつながって描くのでもありません。

私はドリーミングのうねりの景色の中から、物質の輪郭線と物理的な反射光を探って頭の中で理解して描かなければなりませんでしたが、他の学生たちは輪郭線が簡単に“見える”ようでした。

こんな生き方でしたので、インナービジョンも“光の人”とのやりとりもとても恥ずかしく思っていました。スピリチュアル・ドリーミングという絵を描くようになってから、やっと恥ずかしさも解消されてきました。

絵を描くようになってから、「あなたに会うビジョンを受け取って会いにきました」や「神さまからのメッセージで会いにきました」という不思議な人たちと出会うことが多くなりました。

彼らは呪術師のようにテレパシーを使うことができる人たちのようで、受け取り方や感じ方などの“見方”はいろいろでもドリーミングを“見る”力があるようです。

世の中には「ガイドの授業」を知りたい人が多くいるようで驚いています。

オンラインでも開講して行きますが、実際にお会いしてじっくり分かち合うこともしていこうと思います。

ZOOM講座『ガイドの授業 〜 驚異の超宇宙3』

【A】『シャーマン編』6月30日,7月7,14日(火)
知られざるシャーマニック・ビジョンの世界、歴史や民俗学では到達不可能な異世界への招待!
【B】『ドリーミング編』7月6,13,20日(月)
私のオーラは何色?…いまだにそんなこと言っているのですか(笑)これが非物質の世界です!!
詳しくはこちら
https://ameblo.jp/kokoro-kennkou/entry-12605353660.html

深瀬 啓介

 

 

 

ZOOM講座『アートと知覚の解放(「愛の拡大」としての表現)』

5月1日に『アートと知覚の解放(「愛の拡大」としての表現)』という2時間のZOOM講座を行いました。

絵を描いたり、曲を作ったり、歌ったりダンスをしたり…そういったクリエイティブな力にはもっと深くて大きな意味が隠されているのです。

クリエイティブな力は仕事の成功だけではなく、健康にも、さらには霊的な目覚めにもつながっています。

今回の講座では、クリエイティブな力はどこから来るのか、クリエイティブな力を使うことによって何が起きていくのかということを通して、クリエイティブな力を引き出す方法や使い方を解説しました。

また、画家のゴッホとミレー写真家のキャパとメイプルソープを例にして、ドリーミングの中に入る方法についてもお話ししました。
さらに、多くの人が知らない美術館の楽しみ方もご紹介しました。

次回は5月3日(日)19:00〜21:00
『体のドリーミング〜オーラとチャクラの真実』
です。

今まで「霊」や「魂」や「心」や「体」と言っていたものの構造と力がガイドによって明らかにされていくさまは、フワフワしていたスピリチュアルな視点に神聖な気づきと深い納得を与えるでしょう。

「ガイドの授業」〜驚異の超宇宙(ZOOM講座)
神聖な作用である「ガイド」に聞いたお話しをさまざまなテーマでお届けする講座です。

●5月3日(日)『体のドリーミング〜オーラとチャクラの真実』

●5月15日(金)『魂の記憶と世界〜超越するリアリティ』

●5月16日(土)『癒しの力〜ガイドのエネルギー療法』

●5月17日(日)『聖なる場〜ガイドの瞑想』

●5月22日(金)『癒しの道〜ガイドの認知行動療法』

●5月24日(日)『ドリーミングとシンボル〜情報とエネルギーと意識のカタチ』

↓詳しくはこちら
https://ameblo.jp/kokoro-kennkou/entry-12591015422.html

深瀬 啓介

スピリチュアルにおける従来の概念を超えた話しをどう伝えるのか…目覚めへ

 

ときどき自分のことをスピリチュアルにおける反逆児だと思うことがある。多くの人がスルーしそうなことを私はスルーできない。

それは、「ガイドの授業」をできるだけピュアに伝えたいという表現者としてのこだわりがあるからかもしれない。

屋根裏にこもって人との接触を絶って、一人もくもくと絵を描き続けているような生き方である。

…実際はそんなことはしていないが、長い間、周りの人と共有できない概念の世界にいるのでそう思えるのだろう。

スピリチュアル・ドリーミングという絵を描き始めて、そろそろ900人を超える。

絵を描いている最中も「ガイドの授業」が始まるときはある。しかし、そのことを目の前の人に伝えることはほとんどない。

私の偏見だが、「こんな話しは誰も聞きたくないだろうし、話しても理解されないだろう」と、あきらめが先に立って話す気になれないのだ。

スピリチュアルな質問をされることは稀である。絵にはスピリチュアルな情報が満載であるが、それを一つ一つ説明する時間がないのは残念だ。そして説明したとしても理解されないだろう。

しかし世の中には、まさにこのタイミング!と思えるくらいのスピリチュアルのディープな質問をしてくる人もいる。

真にスピリチュアリズムというのは、幽霊の話しでも宇宙人の話しでも過去世の話しでもあの世の話しでもない、それは“生きることに真摯に向かい合う”ということである。

苦しみとは何か、幸せとは何か、人はどこから来てどこへ行くのか、もし明日死ぬなら今この瞬間の自分はどう在るのかといった切実な想いに向き合って、マントルをえぐって核まで到達するくらいの意志で“生”を確かめることである。

私も最近になって「ガイドの授業」をちゃんと伝えようと思い始めた。それは、ガイドが伝えていることを必要としている人が私以外にも一人くらいはいるかもしれないと思えるようになったというのが建前だが、本当は自分自身のためである。

人から理解されるかどうかよりも、ガイドとの関係の中に一片たりとも嘘を入れたくないからである。

「ガイドの授業」を必要としている人が一人いるか十人いるかは関係ない。「ガイドの授業」を表現するのが私の特性だから仕方がない。

これはガイドへの服従である。そして、そのことはとても平和で楽なことである。

私たちは「自分」が信じたいものを信じる。そして「自分」が信じたいものの概念を強化する情報を「自分」で集めたい。

そしては「自分」より能力のあると思われる人や書物の意見に従いやすい。

しかし、アイデンティティの確立はエゴの中心的な働きであるため、いつかは反逆して「自分」を示す時が来る。

馴染みの概念を超えるというのはとても難しく、はじめは超越!とか自由!とかに希望を抱きながら積極的に学ぶが、半年か一年するともとの概念に戻ろうとするのだ。

明晰さから離れるとエゴの方が自由で楽しく思える。大いなる智識と引き換えにするにはあまりにも見合わない取引である。

人は「自分」が心地よく感じる概念の範囲なら受け入れられるが、その概念を超える話しに出会すととたんに理解力が落ちてフリーズする。

この居心地の悪い感じは直感的に「ここから離れて元に戻れ、それが“ありのまま”の自分なのだから!」と感じさせる。

こうしてあと少しで古い概念を超えられる…という手前で背を向けさせるのだ。エゴというのは「自分」の概念の範囲を恒常的に守るためには直感でもなんでも利用するものである。

だから、ここで知っておいた方が良い、『直感と霊感は違う』と。直感はエゴに利用されやすく、霊感はガイドによって与えられる勇気である。

言葉は概念でできている。「自分」というのも概念でできている。言葉はその発生からすでに分離の概念にあるため、「自」も他から「分」けられて認識されるのだ。それが「自分」である。

人は「自分」が信じた言葉に「自分」を導く習性を持ってる。

だから、私がスピリチュアリズムにおいて最も注意しているのは言葉の定義である。スピリチュアリズムというのは「従来の概念を超えた話し」である。

概念を超える話しというのを真面目にするなら、居心地は悪くなるのは当たり前で、私も夜の夢の中で「ガイドの授業」を受け始めた時からそれを感じている。

居心地が悪くても授業を受け続けるのは、概念を超えた後には広大な視点が得られるからである。

こうして今も、“分離の概念”から“全一の概念”へ向かう「癒しの道」の確かさを実感している。

言葉の概念を見直し、言葉を再定義しながら概念を超えていき、やがて言葉から離れて“それ”の体験をする。

体験の“されるもの”と“するもの”が無くなり、意識の作用に気づき、作り出した世界を拾い集めてはガイドに渡して、取り消された先にある「愛と命と光」の中に入る。

静寂、受容、赦し、信頼そして目覚めへ…
 

深瀬 啓介

3年で800枚の絵を売った画家の話し…

 

気がつくとスピリチュアル・ドリーミングという絵を描いてもう3年が過ぎました。

「私も宇宙とつながって絵を描いていますが、どうやったら売れるようになりますか?」
と聞かれることが多くなりました。

有難いことに、3年で800枚の絵を売った画家になれましたが、
ビジネスにはとても疎いので、教えるなんて滅相もございません。

でも、言えるとしたら…
宇宙とつながれるなら、宇宙に任せてみるというのはどうでしょうか?

宇宙を信頼して、ただ信頼して、ただ信頼して、ただ信頼するのです。

私は生活のために、お金のために絵を描き出した訳ではありません。
むしろ生きることも仕事をすることも嫌になっていたくらいです。

大いなる「ガイド」に今日のことも、明日のことも、命も任せたら、「絵を描く」ということが始まっただけです。

私は宇宙とつながっている気はしませんし占い師でもありませんので、何か気の利いたことを言ってあげることは出来ません。

だから、占いマーケットに入ることはないでしょうし、人気の心理カウンセラーのような「気分が良ければそれで良い」という考え方に賛同もしたくありませんので人に気に入られることはまれでしょう。

私のクセは、論理、根拠、正しさを求める完璧思考です。

長く“工学系の心理学のクリティカルな研究者”という堅い生き方をしてきましたので、スピ形の人に嫌味を言われたこともあります。

さらに人とうまくコミュニケーションをとることが出来ませんし、同時に二つのことも出来ませんし、何かを学ぶのにも人より時間がかかります。

こんな告白をすると「うそ〜!」と言われますが、コミュニケーションも学習も、普通の人?より頑張らなければいけません。

漢字は書けないですし計算も苦手ですが、ややこしいと言われる数学や物理の概念だけはなぜか分かります。

基礎学習が出来ていないと大学に入れませんから、私のような人は得することはありません。

お勉強ができなくても生きてはいけますが、問題なのは“視覚”です。

私にとって“見て認知する”ということはとても難しいことです。

見えても落ち着けるように訓練したのでパニックを起こさずに生活は出来ますが、車の運転は危険ですから免許は持っていません。

色彩の研究をしていたのも自分を知るためでした。

私は“夢”と物質の表面が同時に見えてしまいます。

物質の表面というのは、たぶん普通の人?が見ている景色だと思います。

映画やテレビを見るとそのことが想像できます。…私はそう見えませんが。

“夢”というのは普通の人?が夜に見る夢だと思います。…「目を閉じると見えるやつ」と言ってみたら「見えない」と言われたので、これをなんと表現したらいいのか分かりませんが。

私のような普通?に生きることが大変な人は鬱っぽくなります。

人とのコミュニケーションが難しいので組織に入ることも難しいです。
漢字も数字も扱えないので事務仕事は全くダメです。

今、この話しができるのは40歳でひらきなおれたからですが、障害者とまで行かなくても困難者という感じで、こういう人がいるということが社会的に認知されてきたこともあります。

こんな私が上手く絵を売る方法など知りません。

私は「ガイド」に任せています。絵が売れることは有難いことで、人が集まることは有難いことで、それはその人たちが同じように「ガイド」に導かれているからであって、全く私の力ではありません。

絵が売れるのは不思議なことだけど、もしかしたら私は絵を売っていないのかもしれません。

私がお金をいただいているのは、もっと「ガイド」に仕事をしていただきたいからです。

絵を買ってくださる皆さんは、私にお金を払っているのではなく、「ガイド」に協力しているのだと思います。

何にせよ、感謝しかありません。

もし絵を売りたいのなら、大いなる力に任せてみるのはどうでしょう。

大いなる力を信頼できないのであれば、それはもったいないことです

 

 

深瀬 啓介

http://www.pmcv.pw/

 

2019年11月11日からの一年、2020年の『目覚めのプロセス』について

 

2017年11月11日、『聖なる目覚めの輪(Sacred Awakening Circle)』という新しいステージのゲートが開かれ、スピリチュアルな目覚めに関心があった人々はそこを通りました。

そして、「肉体を生かすために体から出ているオーラやチャクラ」といった古い概念は逆転して、「情報とエネルギーと意識の“場”によってこの世界に現した“像”が肉体である」というクリアな視点を獲得しました。

2018年11月11日、目覚めのプロセスによってゲートを通った人々は『明晰なスピリチュアリティ(The Clear Spirituality)』という能力を得ました。

この能力に気づいて受け入れた人々は、「何が目覚めであり、真に癒しとなるのか」そして、「何が幻想であり、恐れを引き起こすのか」ということが明確であることに気づきました。

そして、小さな「自分」を超えた大いなる「源」の作用である「ガイド」が、目覚めと癒しにおいて重要な働きをしていることに気づきました。

マインドフルネス瞑想ブームの裏側で、「意識」を「ガイド」につなげることで思考は静かになり、心は平和になり、肉体はエネルギーとして感じられることを知ります。

「ガイド」とのつながりを繰り返すことで知覚の変化が始まり、古い概念は次々と拭い去られたことでしょう。

過去の秘密の教えや特別な師たちの教えなどなくても、誰でも直接「ガイド」から導かれることに気づいた人もいるでしょう。

そうした人はどんどん次のステップへ自動的に流れていくことを体験し、大いなる神聖さを信頼する大切さを学んでいき、やがて、この世界を超えたソウル(魂)とスピリット(霊)の重なる『聖なる“場”』に入りました。

この体験はあまりにも衝撃的であり、同時にとても感動的だったことでしょう。

しかし、この体験の後に、「過去の古い観念を手放すか、それとも事実を受け入れるのか…」という葛藤が始まった人もいるはずです。

それは正常なことです。なぜなら、それだけ過去は私たちの概念を「象徴と物語」の中で“逆さまに”縛り付けていたからです。

そんな中、2019年11月11日、葛藤が解消されてもされなくても、人類の目覚めのプロセスは『永遠の平和(Eternal Peace)』という段階に入りました。

当然、過去の概念に引き止めておきたいエゴの抵抗は強さを増します。エゴは何度も何度も強力に過去の幻想を押し付けて来ます。

「ガイド」が使うならエゴもこの世界も癒しの道具となりますから、あなたが「ガイド」とつながっているなら「象徴と物語」も癒しの道具にできます。でも、「ガイド」とのつながりに意識を向けていない人には、エゴが「象徴と物語」自体に癒しの力があるように信じさせます。

これがエゴの命をかけた最大の罠です。最初は奇跡と偶然を装った素敵な罠です。次に知覚を騙した甘い罠です。そこで抵抗するなら恐れの罠を仕掛けて来ます。

これらの罠が来るとわかっていても、人は過去から続く魔術的な「象徴と物語」の魅力にはなかなか勝てません。この話しをされることさえ嫌に感じるでしょう。

安心してください、何のために「ガイド」が働いているのか。「ガイド」はあなたを危険な荒野に一人ぼっちにはしません。

もう一度、静かに目を閉じて、深呼吸をして、大いなる「ガイド」に意識を向けて下さい。何かの恐れがあるなら、それを告白して「ガイド」に明け渡して下さい。

あなたに必要なのは「恐れ」でも「不安」でもありませんが、それらを制する「力(Force)」でも「快感」でもありません。

「無限の静寂」、「愛と命と光」への“クリア”な目覚めです。これが『永遠の平和』です。

大切なことは、『それでも「エゴ」を選択するのか、それとも「ガイド」を選択するのか』ということです。

あなたの意思を毎日、毎時間、常に示し続けることです。

2020年以降は、『永遠の平和』に気づいた人同士が手を取り合って学びを広げて行くことになるでしょう。

当然、人じゃない存在とも手を取り合って行くことになります。こっちから行かなくても向こうから接触して来ます。彼らは「私たちは一つである、共に聖なる愛と命と光を拡大していく」と伝えています。

ただし、この段階ではすでに“彼ら”や“存在”といった表現はおかしいということにも気づいているはずです。言葉を超えて知ったものを、言葉で表現することは難しいことです。

深瀬 啓介

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