【米中首脳会談 2日目〜3日目】Full : 両首脳の晩餐会のスピーチ/お茶会の談話 | ☆Dancing the Dream ☆

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米中両首脳は、初日の23日のスピーチで第二次世界大戦を共に戦ったことに言及し、そこでは「日本」という敵国の名前は摘示されることはなかった。

しかし、2日目、24日の晩餐会で、習近平主席は、「80年以上前、中国と米国の人々は肩を並べて日本の軍国主義侵略者と戦いました。」と、明確に日本を名指し。

 

この事態を招いたのは、明らかにファシスト高市早苗の25年11月の国会での「台湾有事発言」であり、

中国側の度重なる訂正要請にも応じず、放置してきたことが主因だろう。

「一つの中国」を尊重することは、日中共同宣言の最も重要な合意事項だからである。

また、刃物を所持した自衛隊員による中国大使館侵入事件(その他複数の中国大使館への脅迫)についても、高市は謝罪もせず、日本は接受国として義務をはたしていない。

 

さらに、米中首脳会談の前日の22日の日米首脳会談では、トランプ大統領から「為替について円安への懸念」が示され、高市は「円の過小評価は問題である(=円安は問題)」と認めた。

この発言は、これまでの「円安ホクホク」的な政策からの転換を意味する。

しかし、他方で「責任ある積極財政」を堅持し「取組は変わらない」と、構造的に矛盾を孕む発言をしている。

 

メディアの米中首脳会談に関する報道は、「正常化バイヤス」が働いて、米国の裏切りを正面から受け止められないでいる日本政府のショック症状が伝播しているかのようだ。

ここまで来て、「高市の失言」について追及しないメディアは、どうかしている。

 

・(読売2026/09/26)米中首脳会談、日本政府は情報収集・分析急ぐ…

 トランプ氏「同盟国」発言など利用した中国の「宣伝戦」警戒 

  https://www.yomiuri.co.jp/politics/20260926-GYT1T00117/

・(時事通信2026/09/26)米中「同盟国」発言に困惑 日本政府、首脳会談の分析急ぐ

  https://news.yahoo.co.jp/articles/fde7ff5bfe20d3bd4ebae36ba268c1c90ef5dee5

・(産経2026/9/25)「想定の範囲内」米中首脳会談に日本政府冷静 

 トランプ氏の「同盟国」発言には異論も

 https://www.sankei.com/article/20260925-WI6F2OXYEZO7RGNKMYHQX3DMLE/ 

 

 

さて、これまでの高市失言よる経済的な損失について調べてみた。

・観光・インバウンド損失(約1.8兆円/年)

・レアアース規制関連の損失試算(3ヶ月で約6600億円/1年で約2.6兆円)

・水産物制限 その他 数百億円規模       https://www.nri.com/jp/media/column/kiuchi/20260107.html

 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/380454/2

 

この試算からすると、26年9月末時点で、約3兆円 程度の損失。

 

この損失の円安による影響は?

制裁措置開始時の2025年11月頃は、160円前後の円安水準が続いていた時期もあり、

2026年9月末時点のドル円はおおよそ157〜158円前後で推移している。期間全体で円が弱い局面。

インバウンドは中国からの観光の減少をその他の国からの観光客増加で一部を相殺するかたちで、

実質的な追加負担は限定的だとしても、レアアースなどの輸入関連の損失の方は円安の影響を受けやすい。全体として、円安による追加的な実質負担を加味すると、実質的な経済的痛みはより大きいだろう。

 

 

54年前の先人の努力が水の泡…

  日中国交正常化 (1972)  

1972年 日中国交正常化 田中角栄総理の訪中団 共同声明調印までの記録映画(2022年9月28日)【映像記録 news archive】

 

 

1972年、田中角栄と周恩来首席が成し遂げた「日中国交正常化」は、日本が「一つの中国」を尊重し、

そして、中国側は寛容にも「戦争賠償の請求を放棄」してくれるものだった。

日本政府はこれまでこの日中友好の精神を堅持してきたからこそ、両国同士が互いの重要な貿易国となり、Trade and Peace(貿易を通じた平和)の道を選択した。

 

この時、周恩来主席が言った有名な言葉。

「前事不忘,后事之师」

「前事を忘れず、後事の師とせよ。(過去の教訓を忘れず、将来の指針とする)」の意。

 

私たちの両国の歴史には、二千年にわたる友好往来と文化交流があり、両国人民は深い友情を結んでおり、それは私たちが大切にすべきものです。

しかし、1894年以来の半世紀の間、日本軍国主義者の中国侵略によって、中国人民は重大な災難を被り、日本人民もまたその害を深く受けました。
前事不忘,后事之师。

このような経験と教訓を、私たちはしっかりと肝に銘じるべきです。

中国人民は毛沢東主席の教えに従い、極少数の軍国主義分子と広範な日本人民を厳格に区別しています。

 

この言葉は、日中戦争の過去に触れつつも、「軍国主義者と日本人民を厳格に区別する」という文脈で語られた。両国が歴史の教訓を忘れずに未来志向で関係を進めるべきだという趣旨である。

 

高市早苗が、この約束を一方的に反故にするような発言をし、約10ヶ月間、中国側の度重なる撤回の要請に誠実に答えることなく、自己の失敗を反省し謝罪せず放置してきたことによって、日本国民にも多大な不利益を生じさせてきたが、ついに、最悪の状況に陥ってしまった。

 

 

「日中国交正常化」先人の苦労が水の泡

・ニクソン・ショック(1971年)。1971年7月、ニクソン米大統領が中国訪問を電撃発表。

 同盟国の日本に事前通告がなく、日本国内で「アメリカに遅れてはいけない」という危機感が強まっ

 た。1972年2月のニクソン訪中で米中接近が現実化。

・親台湾派の佐藤政権下では進展が難しかったが、1972年7月7日に田中角栄内閣が発足。

 田中は就任直後から「日中国交正常化を急ぐ」と明言し、大平正芳外相と政策協定を結んでいた。

・中国は以前から「復交三原則」①中華人民共和国が唯一の合法政府、②台湾は中国の不可分の領土、

 ③日華平和条約(1952年)は違法・無効、を条件として提示していた。

・田中政権誕生直後、自民党内の親台湾派の反対を避けつつ中国の真意を探るため、田中・大平は

 信頼できる野党ルートを活用した。

・竹入義勝の訪中。1972年7月25日、公明党委員長の竹入義勝らが北京入り。

 7月27〜29日の3日間、人民大会堂で周恩来総理と計約10時間以上の会談を実施。

 周恩来は毛沢東の承認を得た上で、「共同声明草案」を提示。(「竹入メモ」の内容)

 ①戦争状態の終結を宣言。②日本が中華人民共和国を唯一の合法政府と承認。

 ③賠償請求権の放棄(「毛沢東主席は賠償を求めないと言っている」と明言。これが日本側に大きな

 安心材料となった)。④日米安保条約や日華平和条約には触れない。

 ⑤尖閣諸島(釣魚島)問題は当面触れない。⑥平和友好条約の締結や経済協定を視野に入れる。等。

・竹入は帰国後すぐ(8月4日頃)に田中・大平にメモを提出。

 田中はこれを見て「おれは北京へ行くぞ!」と訪中を決断した。

 この「竹入メモ」が共同声明の原案となった。

・民間・政党外交も積み重ねた。松村謙三らによる長年の「LT貿易」(覚書貿易)や、公明党・社会党

 などの訪中団、上海バレエ団(孫平化団長)の訪日などを通じ「民を以て官を促す」ルートが機能。

 孫平化らが田中・大平と直接接触し、正式招待を伝達。

・自民党に「日中国交正常化協議会」(小坂善太郎会長)を設置し、党内合意を模索。

 親台湾派の反対を抑えるため秘密裏に進行するなど、自民党内の調整を行った。

・大平外相らが米国に事前説明。日本が米国より先に国交を結ぶ異例の動きだったため、慎重に対応。

・台湾との関係について、日華平和条約の終了を前提に、台湾側への説明も並行して準備した。

 (後に椎名悦三郎副総裁が台湾を訪問して調整)。

・これらの下準備を経て、田中首相は1972年9月25〜30日に訪中。

 周恩来らとの首脳会談で細部を詰め、9月29日に「日中共同声明」に調印。国交正常化が実現した。

 

 

 

❶  9月23日 米中首脳会談   両首脳スピーチ

 

 

 

❷  9月24日 晩餐会(State Dinner)のスピーチ

President Trump and the President of China Deliver Remarks at a State Dinner 2026/09/25

 


ドナルド・トランプ大統領:

大変光栄です。皆様、ありがとうございます。習近平国家主席、彭夫人、中国代表団の皆様、妻のメラニア、そして私は、皆様を再びホワイトハウスにお迎えできることを大変嬉しく思います。皆様は本当に素晴らしい方々です。今年の初めに北京を訪問した際、中国の方々の温かいもてなしに深く感銘を受けました。今夜、10年ぶりにワシントンに戻られた皆様に、私たちも同様の敬意をもってお迎えしたいと思います。

 

遠い昔、東洋の探検家たちが中国への新たな航路を求めて、初めてアメリカ大陸を発見しました。この探検は現代世界とこの美しい国を形作り、最終的には米国と中国の人々の間に永続的な友好関係を育みました。今夜、私たちはこの友好関係を祝っています。

 

東西はついにアメリカで出会いました。158年前、中国初の公式外交使節団が米国を訪問しました。ボストンで、彼らはエマーソンやソローといったアメリカの思想家たちと会見しました。ニューヨークでは、市長、州知事、ウォール街の大物たちと晩餐を共にしました。ワシントンでは、ホワイトハウスで米国と中国の間で史上初となる国賓晩餐会に出席しました。

 

今夜、アメリカの地で、私たちは初めて出会った時の精神を再び感じています。ビジネス、文化、政治の各分野から、現代​​のリーダーたちがここに集まっています。一方、中国は孫子から孫文に至るまで、5000年の歴史と伝統を誇ります。他方、米国はエルサレムとローマに起源を持つ信仰の伝統、古代アテネの民主主義、スパルタの輝かしい軍事的功績、そして250年前にフィラデルフィアで宣言された自由の精神を受け継いでいます。

 

両国の指導者として、習近平国家主席と私は、それぞれ異なる体制を代表していることを理解していますが、両国民の絆は揺るぎなく、両国関係はかつてないほど良好です。ニューヨーク港から珠江の岸辺へと最初の商船が航海して以来、米国と中国の人々は物資の交易、知識、習慣、そして思想の交流を続けてきました。これは両国間の貿易と相互尊重の基盤であり、私たちは共にこの関係を育み、未来の世代に繁栄と安全をもたらすために努力していくべきです。

 

それでは、原稿を見ずに即興でお話しさせていただきます。

 

習主席、彭夫人、私たちの後ろには、真新しい宴会場へと続くカーテンがあります。過去150年間、多くの大統領がこの宴会場の建設を夢見てきましたが、実現した者はいませんでした。完成すれば、この宴会場は1,000名以上のお客様をお迎えすることができます。残念ながら、現在の会議室は140名しか収容できませんが、完成すれば、はるかに多くの方をお迎えできるようになります。食事と公演の後、習主席と彭夫人には、私たちのカーテンの裏側へご案内し、清掃を終えた建設現場とその壮麗な姿をご覧いただきたいと思います。

 

この友好の精神に則り、習主席に贈り物を贈呈できることを光栄に思います。この贈り物は、現代を代表する傑出したアメリカ人アーティストによるもので、私とメラニアがデザインに携わりました。ハクトウワシ、別名アメリカンイーグルは、アメリカ合衆国の国章であり、自由と飛翔というアメリカの精神を体現しています。北京の由緒ある場所に飾られることを願っております。

 

習主席、彭夫人、メラニア、そして私から、アメリカ建国250周年という記念すべき年にご来訪いただき、心より感謝申し上げます。それでは、習主席と彭夫人、そして何千マイルもの距離と何百年にもわたるアメリカと中国の深い友好関係に敬意を表し、乾杯したいと思います。両国の国民が、より良く、より調和のとれた、平和な未来を迎えられますように。心から敬意を表します。

 

 

習近平国家主席:

ドナルド・J・トランプ大統領閣下、メラニア夫人閣下、

ご列席の皆様、親愛なる友人の皆様、

トランプ大統領閣下、妻と私に温かいおもてなしと細やかな配慮を賜り、誠にありがとうございます。大統領閣下とメラニア夫人は、私たちの訪問のために多くの特別な手配をしてくださり、細部に至るまで細心の注意と配慮を尽くしてくださいました。おかげさまで、まるで我が家にいるかのようにくつろぐことができました。また、米中関係に関心を寄せ、二国間関係のさらなる発展を支持してくださる、社会のあらゆる分野にわたるアメリカ国民の皆様に、心からのご挨拶を申し上げます。今この瞬間にも、中国の同胞たちは中秋節を祝っています。中秋節は、中国の伝統において家族が集まる大切な行事です。皆様、中秋節おめでとうございます。ご家族の皆様にも、心からお祝い申し上げます。

 

今年5月、トランプ大統領は私の招待により中国を訪問し、成功裏に会談を終えました。私たちは、戦略的安定を基盤とした建設的な米中関係の構築で合意しました。訪問中、トランプ大統領は私を温かく米国に招待してくださり、私は約束通り訪問しました。わずか半年足らずの間に、中国と米国の大統領が相互に国賓訪問を行い、二国間関係において歴史的な一歩を踏み出しました。本日、トランプ大統領と私は、誠実かつ深い意見交換を行い、多くの問題について共通理解に達しました。これは、建設的な米中関係に新たな実質を加えるものです。戦略的安定関係を築き、米中関係に新たな戦略的指針を示しました。

 

先日、米国は独立250周年を迎えました。その際、私は中国政府と国民を代表して祝意を表明しました。この200年以上にわたり、米中は友好的な交流を続けてきました。

 

200年以上前、独立後間もなく、米国は中国に目を向けました。両国は貿易を開始し、互いのニーズを満たし、それぞれの強みを活かしながら物資を交換しました。実際、ジョージ・ワシントン大統領は個人的に多くの中国磁器を収集していました。

 

80年以上前、中国と米国の人々は肩を並べて日本の軍国主義侵略者と戦いました。両国は協力してヒマラヤ山脈を越える有名な「ハンプ」空路を開拓しました。日中戦争中、中国の兵士と民間人は、数十万人の中国人の命を犠牲にして、数百人のアメリカ人パイロットを救出しました。血と炎の中で築かれたこの友情は、きっと世代を超えて受け継がれていくでしょう。

 

50年以上前、中国とアメリカのピンポン外交は、長年閉ざされていた二国間交流の扉を再び開きました。「小さな球が世界を動かす」という政治的知恵を体現した毛沢東主席とリチャード・ニクソン大統領を中心とする中米の旧世代の政治家たちは、両国関係正常化という歴史的なプロセスを始動させたのです。ニクソン大統領が特別な贈り物として贈ったセコイアの木々は、私が数年間勤務した浙江省で根を下ろしています。

 

20年以上前、ロナルド・サコルスキーというアメリカ人が、中国の砂漠対策活動家である尹玉珍の植林活動に資金援助を行いました。つい最近、高齢になったロナルドは中国を訪れ、かつての砂漠が緑豊かな森へと変貌した姿を目の当たりにしたのです。この物語は多くの中国人の心を打つものであり、両国民間の友好交流の輝かしい模範となっています。

 

交流は両国民間の心と心の交流を促進し、米中友好協力に対する国民の支持を確固たるものにしてきました。

 

紳士淑女の皆様、親愛なる友人の皆様、

過去を振り返ることは、私たちに新たな視点を与えてくれます。今日、私たちは米中関係における新たな歴史的局面を迎えています。トランプ大統領はアメリカを再び偉大な国にすると誓い、アメリカ国民を率いて大きな前進を遂げました。中国は偉大な国家復興の実現に尽力し、中国の近代化は新たな地平を切り開き続けています。これら二つの目標はともに野心的であり、互いに強化し合うことができるはずです。中国と米国は責任ある大国として行動し、両国民の期待に応え、時代の潮流に歩調を合わせ、大国同士が共存するための新たな道を模索しなければなりません。

 

絶え間なく流れる川のように、歴史は決して止まることはありません。両国民の友好は、大きな可能性を秘めた価値ある事業です。手を取り合い、共に前進していきましょう。

 

 

 

❸  9月25日 お茶会の談話  

FULL EVENT: President Trump & First Lady Share Tea with President Xi & Madame Peng - 09/25/26

 

トランプ:
皆さん、本当にありがとうございます。素晴らしいお二人をお迎えでき、大変有意義な時間を過ごさせて頂きました。私たちは心から楽しみ、大きな前進があったと感じています。大きな前進を遂げました。両国にとって前向きなことです。
皆さん、ありがとうございました。公正な報道に感謝します。非常に公正でした。
 
習近平:
この訪問中、妻と私のためにご尽力下さいました大統領閣下とファーストレディーに感謝申し上げます。全てが完璧なご配慮のもとに行われ、細部に至るまで心のこもったおもてなしに深く感謝いたします。ありがとうございます。
大統領と私は、米中関係という巨大な船の航路を定める二人のようです。5月に大統領が中国をご訪問下さった際、私たちは戦略的安定性を備えた建設的な米中関係を築くというヴィジョンで合意しました。今回、私たちはそれに新たな実質を付け加えること合意しました。
尊重、公正、互恵に基づいた戦略的安定性を備えた建設的な関係を築くということです。
このことから、両国関係の展望は明るいものになると言えるでしょう。
今年の残りの期間を展望すると、私たちが会談する機会は、あと2回あります。
まずは、中国でのAPEC首脳会議、そして、米国でのG20サミットです。
大統領とファーストレディーの中国へのご訪問を心より歓迎いたします。
 
トランプ:
ありがとうございます。ぜひ伺います。
そして、多くを語り合いましょう。我々の農家の人々もきっと喜んでくれるはずです。
非常に前向きなことが起こりました。
しかし、米国はこのご訪問に非常に満足しており、中国も同様だと確信しています。
両国にとって素晴らしいことです。
本当にとても生産的なものとなりました。誠にありがとうございます。
 
(記者団に)皆さん、本当にありがとうございました。どうもありがとう。