【「ガザ危機を見る眼」(後編)】東京大学名誉教授 板垣雄三氏 IWJインタビュー | ☆Dancing the Dream ☆

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IWJ岩上氏による東大イスラーム学者の板垣雄三教授の3時間にも及ぶ超ロングインタビュー。
これを前編、中編、後編に分けてまとめた。

板垣先生によって明らかにされた「イスラエル・ハマース戦争」と呼ばれている戦争についての認識の落とし穴。
報道の歪みによる間違いの中で、前編、中編から、ほとんど知られていない驚くべきポイントを以下に列挙してみる。


・イスラエルvsハマース戦争ではない。
10月7日のイスラエル奇襲は、”ハマースによって行われた”と言われているが、
実際はそうではなかった。
ハマースの軍事部門のアルカッサームという軍団とともに、ジハード・イスラーミーのアルクッツ旅団、ファタハの中からもハマスに協力する分派でアルアクサ殉教者軍団、さらに、マルクス主義 毛沢東主義のパレスチナ解放人民戦線などの左翼からも応援を受けてた。多くの勢力が一致団結して、10月7日の「アルアクサの大洪水」という作戦が実行されたのである。

アラブ世界の動きを読んだ上での蜂起だった
イスラエル建国以来、75年間、国連で何を決めようが安保理事会でのアメリカの拒否権行使によって、ずっと国際法違反が放置され、既成事実化してきた。
にも関わらず、アラブ首長国連邦、バーレーン、モロッコ、スーダンまでイスラエルと国交を開き、サウジアラビアも密かに結びつきを持とうとしていた。このようにアラブ諸国の「指導層」は「民衆」から離れ浮ついていた。その様を民衆は「厳しい眼」を向けていた。 
10.7.で、アラブ諸国の指導層は革命騒動が起きかねないと震え上がり、イスラエルと国交を停止縮小したのである。
日本のマスコミの国際報道は、しばしば「国」単位でしか世界情勢を見ていない。
ハマースら軍団の蜂起は、イスラムネットワークから”内側からの動揺(民衆の動き)”を読み取った上で決行された。さらに、ハマスは、「イスラエルの社会亀裂(ネタニヤフ政権の司法改革反対大規模デモ等)」も読んでいた。

大量の人質を取られているのはパレスチナ人
10月7日、イスラエル人や一部外国人旅行者が人質になり、人質問題でパレスチナ側が批判されている。
しかし、実は、イスラエルによるパレスチナ人の人質問題の方が、比較にならないほど大きい。
西岸に不法入植してくるイスラエル人が、狙った土地のイスラエル人を「不法逮捕」して「拘禁」する。
「裁判も行わない」「罪状もわからない」からいつまでも拘禁が続き、そのうち行方不明となる。
「政治犯」「予防拘禁」などという無闇矢鱈な口実で、大量の人質を取られているのはパレスチナ人の方である。



✔️【「ガザ危機を見る眼」(前編)】東京大学名誉教授 板垣雄三氏 IWJインタビュー
  2023年11月11日(土)
  https://ameblo.jp/et-eo/entry-12828191288.html

✔️【「ガザ危機を見る眼」(中編)】~東京大学名誉教授 板垣雄三氏 IWJインタビュー
  2023年11月12日(日)
  https://ameblo.jp/et-eo/entry-12828337228.html



後編については以下の通り。

・ベングリオンのダレット計画
イスラエルの初代首相ベングリオンが行った「ダレット計画(ブランD)」の「デイル・ヤシーン事件」(パレスチナ人大虐殺事件)、この恐怖を利用して他の村からもパレスチナ人を追い出した。
ネタニエフが現在行なっているのは、まさに「プランD」と同一。

・ノーベル賞受賞者・ペギンはお尋ね者の虐殺者
エジプトは中東戦争を先頭で進めていたが、サダト・エジプト大統領は反イスラエル路線を転換し1978年3月に単独でイスラエルの首相メナヘム・ベギンと「エジプト-イスラエル和平合意」を結び、両者はノーベル平和賞を受賞する。
しかし、ペギンは「デイル・ヤシーン事件」などパレスチナ人の虐殺を行ったお尋ね者の犯罪者であった。

・極右思想(修正シオニズム)の元祖・ジャポチンスキーはウクライナ生まれ
ユダヤ民族軍事機構(エツェル、英語:イルグン)の始祖(後継者はペギン)、ジャポチンスキーは、ウクライナのオデッサ生まれ。
ジャポチンスキーは修正主義者シオニスト連合(Alliance of Revisionists-Zionists) を創設。バルフォア宣言での領域を狭めてヨルダン川より西側でユダヤ人民族郷土を作ろうとしていたシオニスト運動家に対し、これを「修正」してヨルダン川の両岸にまたがる大ユダヤ国家の建設を目指すよう要求した。
ウクライナのネオナチと関連づけられる。
キエフの「バビ・ヤールユダヤ人大虐殺」はナチだけでなく地元の協力者(ネオナチ)がいた。
イスラエルへのウクライナのユダヤ人入植者は非常に多い。



「ガザ危機を見る眼」~岩上安身による東京大学名誉教授 板垣雄三氏インタビュー

認識の陥穽(落とし穴)
ラビンの「2国化方式」
 イスラエルのパレスチナ対策を振り返ると、第一次インティファーダというパレスチナ民衆のイスラエルの占領に対して抗議する立ち上がりが起き、1990年代、ソ連も消滅し冷戦も終わった時期、これに対して、イスラエルのラビン首相は、「2国化方式」を立てた。
 パレスチナ人とある種の和解をして、パレスチナ人の自治の国を認め作り、イスラエルとパレスチナの二つの国家が並び立つというもの。

 一見良い考えに見える「2国化方式」に日本政府は賛同しているが、問題である。
イスラエルという国があるということを既成事実として、イスラエルが追い出したり虐めたり迫害しているパレスチナ人にそれなりのミニステイトを認めて、それで解決したということにする考えだ。
 これは、「1967年の第三次中東戦争(6日間戦争)の結果を固定」するものである。

シャロンの「対テロ戦争」「隔離方式」
 21世紀に入って、シャロン政権(リクード)では、「2国化方式」を無しにし、「対テロ戦争」を打ち立てた。「対テロ戦争」パレスチナ人の抵抗を「テロ」とし、「テロと戦う」「テロを潰す」というもの。
 そして、西岸ではパレスチナ人の居住区を壁で囲い隔離し、ガザも壁を作って監獄状態にする「隔離方式」をとった。ガザからはイスラエル軍も入植者も引き上げさせた。

ネタニエフの「独立戦争のダレット計画」の遂行
第二のナクバ「パレスチナの抵抗の絶滅」「民族浄化」「ジェノサイド」

 その後、ネタニエフ政権(リクード)になると、「パレスチナの抵抗の絶滅」「民族浄化」「ジェノサイド」を行う。 
ラビンの「2国化方式」やシャロンの「隔離方式」も無しにして、「西岸はイスラエルに併合」という方針をとった。
イスラエルが全制圧を行うというスタイルになってきた。

 イスラエルは、2023年10月7日に突然方針が変わったわけではなく、すでにそのような方針で動いてきていた。
 10月7日の破裂は、イスラエルにとってむしろ、ネタニエフの方針の推進に役立つもので、現在の「ガザ制圧作戦」を進めている。

 このネタニエフの方針は、1948年にイスラエルの暫定政府の首相となったベングリオンが行った第一次パレスチナ戦争(イスラエル側の呼称は「独立戦争」)の中で、”やり残したこと”を、全部、達成しようというものである。

 当時、「ダレット計画(ブランD)」というものがあった。
当時、英国のパレスチナ委任統治領のパレスチナの地の住民は、30年代に入植してきたユダヤ人も「パレスチナ人」と呼ばれていた。そのパレスチナ人の一部であった者が「ユダヤ人」として”独立国家を持つのだ!”という意思から、「ダレット計画」は、”先住のアラブの人々をどうやって郷土から追放するか”と考えて作られた計画である。
 1948年4月9日、「デイル・ヤシーン事件」が起こった。
当時イギリスの委任統治領であったパレスチナのエルサレム近郊のデイル・ヤシーン村で起こったユダヤ人武装組織による住民の虐殺事件である。
 
 https://ja.wikipedia.org/wiki/デイル・ヤシーン事件
 この村民を殲滅する大虐殺は、ふつうなら隠されるような忌まわしいものだが、イスラエルは、大いに宣伝をした。
世界中に写真をばら撒いた。パレスチナの地でもアラブの人々にこの虐殺を見せつけた。
そして、他の地域の村々に行って、ラウドスピーカーで「12時間の猶予を与える。その間に支度をしてここを立ち去りなさい」と報じ、村人にデイル・ヤシーンにようになることを恐れる恐慌状態にようなものを作り出して、村から追い出した。

 この度、10月9日の破裂「アルアクサの洪水」に対するイスラエルのパレスチナ攻撃に際し、イスラエルはパレスチナ人に「24時間以内に、南に退避しなさい」と報じた。
 これについて日本などでは、「事前に民間人を退避させるイスラエルは人道的だ」と思われたかもしれないが、パレスチナ人は「デイル・ヤシーンの虐殺事件」で起こったこと、第一次世界大戦中、その直後に起きた「ナクバ」を祖父母から伝え聞いてよく知っている。 
https://ja.wikipedia.org/wiki/ナクバ
 これは、「第二のナクバである」
独立戦争の仕上げとして、もうガザからパレスチナ人を完全に排除しようとしている。
パレスチナ人が何%か残っているからイスラエル市民のパレスチナ人がいて、その人たちがクレセト(議会)の議員になったりするのだと。
ネタニエフが進める司法改革も「そういう者を追い出すためにも司法改革が必要だ」と言う。
 要は、現在進行中のイスラエルの戦争は「ダレット計画」を徹底しようということなのだ。
イスラエルの高官、政治家たちは、第二の「独立戦争なのだ」と言ったという。
すなわち、「ダレット計画」の完遂だ。
アラブの側から見れば、これは第二の「ナクバ」である。

 旧約聖書の中に出てくる 「滅ぶべきアマレク人」として最終計画である。
※申命記「アマレク人への恨みを忘れるな(25:17-19)」
基本的にイスラエル民族の敵とされており、聖絶の対象として女子供も含めて無慈悲に虐殺される。
 今、イスラエルがやろうとしていることは、パレスチナ人問題の最終解決である。

 これは、ナチのユダヤ人問題の最終解決は、ホロコーストであるが、それが、正しく、パレスチナ人問題の最終解決で、「1948年にやり残したことを今、完成するのだ」ということ。


イスラエル人の「Never again」の欺瞞 
 実は、イスラエルは、こういう話が表に出ることを絶えず抑えてきた。
つまり、話は、(1948年からではなく)1967年(第三次中東戦争)から始まるという形で中東和平に持っていくというスタンスをとっていた。
 1967年より前は、問題にしないようにして、欺瞞的な「2国化方式」をとっていた。
1948年の現実というものを棚に上げて、そこでの不正義が表に出ないようにしていた。
「デイル・ヤシーンの虐殺事件」などは問われないようにした。
その時の ”お尋ね者” として顔写真が貼り出されていたような者が、後にイスラエルの首相になる。
       
メナヘム・ベギン内閣 在任期間 1977年 - 1983年
エルサレムのキング・デイヴィッド・ホテル爆破事件(当時パレスチナを統治していたイギリス軍の司令部があったホテル)を実行した。イルグン・ツヴァイ・レウミ(イスラエルのユダヤ人武装組織)とそのリーダーのベギンは1948年の第一次中東戦争において、デイル・ヤシーン事件などパレスチナ人の虐殺を行ったという悪名でも知られている。また、「パレスチナ人は2本足で歩く野獣である」と公言していた。” ”1978年にキャンプ・デービッドにおいてエジプトのサダト大統領との歴史的和平合意を行い、ノーベル平和賞を受賞。

 
 現在のネタニエフ政権は、「1948年のやり残しの独立戦争をやる」という話をしているというのは、イスラエル国家にとっては、本当に危ない話である。

 ナチスはユダヤ人問題の最終解決において、ガス室、絶滅収容所という方法をとるが、イスラエルは、処分されるべきパレスチナ人を「人型動物(Human animal)」として始末しようと言っている。
こういう話はヨーロッパの中でナチズムにもつながる面もあるが、日本は太平洋戦争で「鬼畜米英」という旗印を、日中戦争で「暴支膺懲 」と言うようなことをしていた。
「Human animal」という言葉を聞いて驚く日本社会は、自分たちの社会を振り返る必要がある。

 イスラエルは、結局、ガザ地帯をどうしようとしているのか?
2005年シャロンが、ガザの占領は中止、ガザからの撤退を決めた後、ガザでハマースが大きな勢力を打ち立てる。そういう段階で、「ガザの沖合に大きな天然ガス田」があることが分かった。
 この天然ガス田の発見で、ガザの意味合いが大きく変化する。
ネタニエフ政権になって、この天然ガス田の開発が重要な目標になった。
差し当たって、ガザは、ガス田の基地になる。
 現在、イスラエルは、北部を建物を空爆し、平面に瓦礫が転がる状態に「月面化」している。

 ガザの現状を見るときに、否応なく「ワルシャワ・ゲットー蜂起」を思いださざるをえない。
 ナチがポーランドを征服し、首都ワルシャワで、改めてナチ支配下のゲットーを1940年に作る。そこに45万人のユダヤ人が閉じ込められ、順番に指名され、絶滅収容所に送り込まれた。
 ガス室送りということではないにしろ、完全封鎖された絶望的な状況というのは、ガザにも通じる面がある。
また、ワルシャワのゲットーの中で武装抵抗があった。これは収容されたユダヤ人がゲットーを抜け出してドイツ軍の武器庫から武器を盗むとか、ポーランドの抵抗運動をやっている人たちから武器を分けてもらうとかして、二つの武装グループが出来上がり、武装蜂起した。
 第一蜂起はユダヤ人が勝つが、その後は、ドイツの精鋭軍隊SSと大きな力となったウクライナの警備大隊が加わり、地下壕や下水道での戦いで、焦土作戦を行い、残虐に抵抗を潰していった。
 ハマスが今、トンネルを掘っているということで、重なり合うものがある。
ユダヤ人による「ワルシャワ・ゲットーの蜂起」は勇敢な戦いとして映画にもなり、ワルシャワに記念広場に素晴らしい記念碑も建ち花が捧げられ続けている。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/ワルシャワ・ゲットー蜂起
 ”第二次世界大戦中の1943年4月から5月にかけて、ワルシャワ・ゲットーのユダヤ人レジスタンスたちが起こしたドイツに対する武装蜂起である。”

 イスラエル人ならば、「自分は同じことをしている」と感じないはずはない。
イスラエル人は「Never again」と言い、「2度と同じ目に合わない」「2度とホロコーストは繰り返さない」と言っている。
今、「Never again」と言っているイスラエルの人々は、2023年10月7日を経て、「自分たちは、また同じホロコーストを経験しようとしているんだ」という危機意識から言っている。
 パレスチナ人にはナチのような力もないし、誰も世界の人がユダヤ人に対してホロコーストをしようなどとは微塵も思っていないのに、欺瞞ではないかと思われる。
 しかし、初期に、ヨーロッパやアメリカや日本が、「イスラエルの側に立つ」などと発言したことは、この欺瞞的な「Never again」に賛成しているということになるのだ。
 
 いま「ジェノサイド」を我々は目撃している。
「戦争が終わるまで、毒ガスでのホロコーストは秘密にされていた。
だけど今は目の前でジェノサイドとホロコーストが行われている。
全世界の人はこれは私は知らなかったと言い訳はできない。」


イスラエル極右の先祖・ジャボチンスキー
ウクライナとイスラエルの繋がり
 
 パレスチナ人の絶滅ということを、10月7日を踏み台にして、一層がんばっているイスラエルの在位の極右の人たち。これの先祖は、ゼエヴ・ジャボチンスキーである。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/ゼエヴ・ジャボチンスキー

 ジャボチンスキーは、ペレスのユダヤ人国家建設計画ではなく、第一次次大戦からずっと、もっと広い、聖書に約束されているような、”ユーフラテスからエジプトの川まで”というような範囲の広いイスラエル”、「グレイター・イスラエル」の構想を提唱していた。
 
 ジャボチンスキーは、ウクライナのオデッサに生まれた。

 ウクライナでは、非常に大きな「バビ・ヤールのホロコースト」があり、記念センターに、メノーラというユダヤ教の燭台のシンボルが作られている。
この記念碑「ユダヤ人の犠牲の追悼」だけなのか、「ユダヤ人を殺したウクライナ(ネオナチ)の反省」も加えなければいけないのではないかという論争がある。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/バビ・ヤール
 ”バビ・ヤールは、クライナの首都キーウにある峡谷。
二次世界大戦(独ソ戦)でソビエト連邦に侵攻したナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)の舞台になったことで知られる。
1941年9月29日から30日にかけて、ナチス・ドイツ親衛隊の特別部隊(アインザッツグルッペン)などドイツからの部隊、地元の協力者、ウクライナ警察により、3万3771人のユダヤ人市民がこの谷に連行され、殺害された。「バビ・ヤール大虐殺」はホロコーストにおいて1件で最大の犠牲者を出した虐殺と見なされている。9月末の虐殺の後も、数多の市民がバビ・ヤールへ連行され、銃殺された。推計では第二次世界大戦中にナチスによっておよそ10万人がバビ・ヤールで殺害され、その大多数が市民であり、またその多くがユダヤ人であった。”
 http://eritokyo.jp/independent/aoyama-ww2-natis-cu5.htm

 ウクライナでは、歴史的なホロコーストの地「ユダヤ人の犠牲か、ネオナチのウクライナ人の反省か」が論争が拮抗する。
 このような状況が、今日のウクライナ紛争で非常に明確になったのが、2014年の「ユーロマイダン」クーデターである。
 このクーデター以降、ウクライナ政府は、”ネオナチの暴力を完全に解放”した。
ウクライナ政府は、ネオナチが人を殴ろうが殺そうが取り締まらないという状況。
 ネオナチの暴力団がアゾフ大隊である。アゾフ大隊は国家の軍ではなく独立した存在ではあるが、そういう勢力が大きな役割を演じ、社会的な影響を及ぼした。ある意味、政府に承認を受けている存在である。
 ウクライナの非常に屈折した民族主義が、ナチズムと結びついてしまうという奇怪な状況である。元々はポーランドだったような土地である。このネオナチ問題が今のウクライナの状況を難しくしている。

 同時に、このウクライナの地域から多くのユダヤ人が、パレスチナに入植していった。
ウクライナからのユダヤ人入植者は、イスラエル国家の中でも、大きな比重を占めている。

 このようなつながりをよく見分けることは重要である。
ガザにおけるジェノサイド、人道犯罪に、どのように繋がっているか。



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次回、IWJ岩上氏による板垣先生インタビュー 予告

【期間限定特別公開(1)】終わることのないパレスチナ紛争の根因:それをどう正すか

ペーター・コーヘン Peter Cohen
板垣雄三 訳
The Huffington Post Japan, 2014 年 11 月 12 日 投稿
http://www.huffingtonpost.jp/peter-cohen/the-root-cause-of-the-never-ending-conflict-in-palestine_b_6139172.html