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冬のパタゴニアの夜は長い。
ドロンズさんがお世話になった、マリオさんと学校の先生に会うため、スサーナと仕事仲間のロドリゴとウーゴと私の4人で、プエルト・サンタクルスへ車を走らせた。
薄らと大地に黄色い光が浮かび上がって、地上をほのかに照らした。
地平線と空との境目が見え始めたとき、365度見渡す限り何もないパンパが続いた。弧を描くようにまん丸い大地は、とてつもなく大きな球体の中にいるようだった。これまでの日常生活で、地球は丸いなどと感じることなどあっただろうか。夜明けの太陽に向かって、静けさを保った車は走り続けた。

　2時間半後、車はプエルト・サンタクルスの看板が立つ入り口までやってきた。午前10時。小さな村の日曜日は動き出す様子もなく静まりかえっていた。
ウーゴさんが、紹介したい場所があると、私達をIsla Pavon(パヴォン島)へ案内してくれた。この島には、軍人で冒険家だった“Luis Piedrabuena”（ルイス・ピエドラブエナ）が住んでいた家が残っている。
川のほとりにひっそりと佇む一軒の真っ白い小さな家は、まるで風景画を眺めているようだった。
2羽のカイケンという鳥が冷たく流れの早い川沿いを番いで歩いた。カイケンは一度パートナーを見つけると、一生その相手と一緒に過ごす。
例え相手が死んでも、自分の命が終わるまでその場所から一歩も動かない珍しい鳥である。お昼ご飯は海沿いのレストランでピザを食べた。
対応してくれたウエイトレスさんは、このプエルト・サンタクルスへ休日で遊びに来た時、地元の人と恋に落ちて、それ以来ずっとこの町に住み着いているようだった。
彼女は自分の人生にとても満足していのが楽しそうに話す顔から伝わってきた。

　ウーゴさんの携帯がなり、ついにマリオさん達と面会する時がやってきた。指定された場所へ向かうと、すでに玄関前で、サンタクルス第二小学校のドロンズさんのクラスを担当した、マリア先生が待っていてくれた。
『良く来てくれたわね！さあ、中へ入って！』家の中には、家庭科の先生だった、アナイ先生も待っていてくれた。先生達は、彼らの当時の写真を広げて見せてくれた。
『私たちの中では、彼らが来てくれたことは過去のことではないの。今のまだ、ずっと私たちの心の中にあり続けているから』
先生達は、彼らがここへ来た時のTVの放送を見ていないと言うので、youtubeで見せてあげると、1コマ1コマ止めながら、当時の様子を懐かしんだ。『彼らが来てくれたことで、国際交流にもなったの。教育者にとっても彼らの訪問はとても経験になったわ』

　しばらくすると、あのマリオさんが家のベルを鳴らした。
マリオさんは、映像と全く別人のように見えた。
柔らかい緑色のセーターを着て、優しい目をしていた。
彼らの旅が終わったあとに、もう一度訪れたい場所を1カ所訪ねるという企画があったそうで、その際、相方の石本さんはこのマリオさんの場所を選んだそうだ。その時のことを嬉しそうに話してくれた。
『彼らが家に来た時は、言葉も全く通じないし、何をしているのかさっぱり分からなかったが、いつもカメラを回しているのを見て、段々TVの何かなんだと分かったよ、ははは。』
マリオさんは、彼らがアルゼンチンの食事を気に入ってたくさん食べていたことや、ある日石本さんに自転車を貸したら乗り方が分からず、到着するのに時間が倍かかったエピソードなど、昨日のことのように鮮明に話してくれた。
『彼らと会って2年半後に、タケシが来てくれたのもとても嬉しかったけど、またこうしてあなたが訪ねていてくれるなんて、人生は本当に素晴らしいと感じさせてくれるよ、ありがとう』

　話は尽きることなく、このままずっと続いていきそうなほどだった。
マリオさんへ大島さんから預かった家族の写真と手紙を渡した。
『最後の日、彼らをプエルト・サンジュリアンで下ろしたとき、泣いている彼らに“強くなれ”と言ったけど、実は彼らが車を下りた後は、後ろに誰も乗っていないトラックを見て、悲しくてずっと泣いていたんだよ』
先生やマリオさん達は、『彼らにいつでも戻って来てと伝えて。そしてたまにこんな遠く離れた地に住む私たちのことを思い出して欲しいの』と、涙ぐんだ。

　海沿いに立つ家の玄関の窓を開けると、突風で髪の毛が舞い上がった。
後ろを振り返ると、笑顔で手を振る先生とマリオさんの姿があった。
『また帰ってきてね～！』カメラのシャッターを切って、車に乗り込み、感動というお土産を積んだ車は、再びリオ・ガシェゴスへ走り出した。
途中、前方に座る私とスサーナの目の前に、大きな流れ星が落ちた。
一瞬だったとはいえ、とても長い時間のように感じた。明日はどんな場所を走っているのだろうか。短くて濃かったリオ・ガシェゴスの滞在が終わろうとしている。

～マリオさんへ大島さんからの手紙～

マリオさん、お元気ですか？憶えていますか？

あれから16年、連絡先が分からなくなってしまって、ご無沙汰してしまってごめんなさい。あの時は、大変お世話になりました。

小学校に行かせて頂いたお陰でスペイン語を覚える事が出来て、あの旅を成功する事が出来ました。とても感謝しています。

今でもあの時の事は、鮮明に覚えています。腹ぺこのうちらが最初にチャカラでご馳走になった、お肉やソーセージやワイン身にしみる位美味しかった。

アヒルの卵も産まれて初めて食べました。奥様のグラティスさんのご飯もとても美味しかった。菜園で育てたレチューガをセコンドさんがサラダにしてくれたのも美味しかった。チャカラで、菜園のお手伝いをしながらの生活はとても楽しかった。

穴を掘ったり水をまいたり、色々教えてくれた無口で渋いセコンドさんは、とても優しかった。セコンドさんの孫娘アナリアちゃんも10歳だったけど、大人になったんだろうな。マティーやガブリエルもだいぶ大人になったんでしょうね。セコンドさんもお元気でしょうか？

小学校の先生方も憶えていてくれてるでしょうかね。

僕もタケシも日本で元気にしています。今はコンビでは活動していませんが、仲良くやっていますよ。芸能活動をしながら2人とも飲食店を経営したりしています。

最後の日、隣のサンジュリアンの町の港まで車で送ってくれた時、「泣くな、強くなれ。」と励ましてくれたのは今でも心に焼き付いてます。

僕は、結婚して子供も出来ました。

いつか家族でそちらに会いに行きたいです。とても皆に会いたいです。

では、また会う日まで。　大島直也より　2012年7月20日

大島さんへ

　思いがけず、プエルト・サンタクルスでマリオさんや学校の先生達と会うことができました。
クラスを担当していたマリア先生、アナイ先生、マリオさん、本当に喜んでくれました。途中、当時6才で一緒のクラスだった、フレッピーという女の子も来てくれて、当時のことをよく覚えているを話してくれました。
マリオさんの子供のマティーは、現在獣医の大学に通っていて、ガブリエル君は看護師になるための勉強をしているそうです。
2人とも遠く離れた首都のブエノスアイレスに住んでいるそうです。
奥さんのグラティスさんと当時従業員だったセグンドさんはとても元気にしているそうです。
残念なことに、マリオさんは何年か前に心臓の病気を患い、6回ほど大きな手術を受けたそうで、大島さんたちが楽しく手伝いをしていたチャクラ（菜園）は、他の方へ譲ってしまったそうです。
プエルト・サンタクルスの歴史に詳しいマリオさんは、現在博物館の館長をしながら、執筆活動をされていて、今年の12月1日は2冊目の本が発売されるそうです。
先生とマリオさんから、2人への素敵なプレゼントを預かりましたので、楽しみにしていてください。
そして先生達から、『今の時代はインターネットでいつでも繋がることが出来るし、翻訳機能の付いていて、コミニケーションもスムーズに取れるようになったから、是非連絡をちょうだい』とのことでした。
日本から一番遠い場所にあるアルゼンチンで、温かい人達に出会うことが出来たことに感謝しています。ありがとうございました。

　　　　　　　　　　　　手紙を受け取るマリオさん

　　　　　　　　　　　マリオさんが持っていた当時の写真

　　　　　　　　当時の学校の写真　左奥がフレッピーさん

　　　　クラスを担当したマリア先生から預かったプレゼント

　　左奥：フレッピー　中央：マリア先生　中央奥：マリアさんの旦那さん
　　右奥：家庭科のアナイ先生　右：マリオさん

ERIKO