
「青春の記録」完走。
パク・ボゴムとパク・ソダム共演のラブロマンス。
ハイ、完走しました〜
4話から、
ボゴム演じるサ・ヘジュンのスター人生が始まって、
面白くなった〜と思った、このドラマですが、、、、
う〜ん、その後は、どうも、といったところで。。。
出てくる人物がいっぱいいて、
ヘジュンのサクセスストーリーと同時進行で、
家族の葛藤なども色々描かれ、
これらは、
うまい脚本と演出があれば、
問題ないはずなんだけど、、、
なんか、上手に整理できないまま、
散漫な描き方が目立ったし、
全体的に、
かなり、タルイ
共感できないドラマとして終わった感じがします。
一番、違和感を感じたのは、
パクカップルの恋が、
なんか、浮いていて、リアリティがない、
というかね。
なんで、2人が恋に落ちたのか、
なんで、恋しあっているのに、
ここまで他人行儀のままなのか、
そこに共感できない、入っていけない。
私的には、ガッカリな部類に入るドラマだったかな。。。
結果的には、ボゴムの彫刻のような美しさだけが、印象に残る、というか。
こうやって、
みんな、仲が良さそうで、
それはいいんだけどね。。。
それで思い出すのは、
やっぱり、「ボーイフレンド」だな。
誰がなんと言おうと、
この作品こそが、
ボゴムの今までの最高傑作だと、私は信じて疑わない。
「青春の記録」の展開と比べた時、
あの、会社代表と、一介の新入社員。
年の差もある2人が、恋に落ちていくプロセスの方が、
よっぽど、リアリティがあったし、
何より、
「青春の記録」には、ただの一つも胸キュンシーンがなかったのに比べ、
こちらは、胸キュンと感動のてんこ盛りだったわ〜
これとか。
もう、泣けた、泣けた。。。。
(「青春の記録」は、全く泣けなかった、)
私の見方が、おかしいかな。。。![]()
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でも、
改めて、「ボーイフレンド」見てみて欲しいです。
第1話のキューバ編を見るだけで、
あの2人が恋に落ちる理由は、
十分、説得力ありよ。
「青春の記録」は、そこが決定的に欠けているので、
ラブに関しては、
置いてきぼりを食らったまま。
まあ、サ・ヘジュンのサクセスストーリーとして見れば、
彼が、どんどん、オーラとカリスマを増していく展開は、
カッコよかったし、
見ていて、楽しかった、ですけどね。。。。![]()
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そうだ、
「秘密の森2」も完走したんですが、、、
こちら、
シャネーネの体調が気になりながら見ていた![]()
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というのもあり、
一瞬でも、他のこと考えてると、
途端に置いてけぼり喰らう、
チョー難解この上ないドラマなんで、、、、
ま、でも、また、感想文を上げますので、
お待ちくださいませ。。。。
今、現在は韓流ドラマ、何も見てなくて、、、
(どうも、食指を動かされる作品がなくて
)
なぜか、
政治ドキュメンタリーとか、普通の映画、
とか、見てますヨーーー
「世界で最も危険な男」
とても親しくしている親戚からお借りした本。
私個人としては、
トランプの姪が暴露本を出版した、
というニュースを見た時、
全く興味がなかったんだけど、
いや、これは、読んでよかった、ホントに。
こんなにいい本だとは知らなかったです。
まず、筆者が、
実に知的で、冷静で、
客観的に物事を見ることのできる人でよかった。
メアリー・トランプ氏は、
心理学の専門家で、
大学院で発達心理学や、精神病理学などを教えている人物。
ゆえに、
人物の観察に非常に優れ、
その内面の分析に関して、
とても説得力が強い。
この本は、
トランプの祖父母の時代まで遡り、
アメリカで巨万の富を築いていった、
トランプ王国の裏側にメスを入れ、
そこで育った、未来の大統領に関して、
こき下ろす、というより、
もっと理知的な目線でもって、
冷静に観察し、
その決定的な弱点や欠陥を
実に分かりやすく、
順を追って、綴っているのだ。
なぜ、彼は、自分のことばかり持ち上げるのか。
なぜ、彼は、自分の失敗を認めず、他者のせいにするのか。
なぜ、彼は、普通の常識観念を持っていないのか。
なぜ、彼は、他者への共感に欠けているのか。
なぜ、彼は、医療従事者に感謝の言葉一つ、述べないのか。
なぜ、彼は、コロナで亡くなった犠牲者たちにお悔やみの言葉一つ、言えないのか。
なぜ、彼は、分断を煽り、憎悪を生み出すのか。
そしてーー
なぜ、彼は、怪物になってしまったのか。
それらの答えは、
みんな、
この本の中に見つけることができる。
実にタイムリーな出版で、
つい最近の事まで書かれている。
6人の翻訳家が翻訳に当たっているが、
これが、また見事な翻訳で、
実に読みやすいです。
大統領選は、迫ってます。
どんな結果が待っているのでしょうか。![]()
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シャネーネ、18年の歴史。
シャネーネは、
2002年5月頃、
アメリカはカリフォルニア州、
サンタモニカあたりの野良猫として生まれたようです。
次女と出会ったのは、
その8月。
サンタモニカ市役所の里親募集のイベントで。
どういう調査かわかりませんが、
その時、
既に、彼女は2度も捨てられた、という記録があったとか
。
出生時の不幸な境遇のトラウマか、
そのイベントでも、
ケージの中で、1人、後ろを向いたまま、
周りを拒絶するような
近づきがたい空気をいっぱい発散させて
クールに横たわっていたそう。![]()
一所懸命、お愛想ふりまいたり、
甘えた声を出すネコちゃんもいっぱいいる中、
誰からも見向きもされない、
シャネーネのその態度が、
次女にとっては、とてもインパクトが強くて、
媚びない態度が大いに気に入り、
即座に、彼女にすると決めたんですと。
こうして、
次女とPトが住むサンタモニカの家で暮らし始めたシャネーネ。
「シャネーネ」という名前は、
黒人に多い名前のよう。
というのも、
その頃、私が英会話を習っていた黒人教師のモーリスが、
その名前を聞いた途端、
メチャ受けて、
「What?Oh,my goodness!
」
と笑い出したぐらいですから。
で、順調に次女に懐いていったかというと、
2度ほど、家から脱走しちゃったこともあり、
まあ、色々ありながら、
それでも、
少しづつ心を開いていったのかな。
寝るときは、
彼らの布団の中に潜り込んでくるって、言ってましたから。
次女たちが結婚して、
そのウエディングパーティーが開かれた際には、
全米からPトの家族や友人たち、
そして、私たち日本の家族も
サンタモニカで大集合!
結婚前夜には、
彼らの家で賑やかにホームパーティーが開催されました。
その時も、
もちろん、シャネーネは家にいたけど、
どこにいたのか、
記憶にありません。
基本的に人と混じり合うことが大嫌いで、
無愛想だから、
部屋の奥のベッドの下にでも潜んでいたんでしょう。
私も年に一度は彼らを訪れていたけど、
私に全く心を開かず、
私は私で、
その頃は、シャネーネにあまり興味なかったのでした。。。
その後、サンタモニカから2時間ぐらいの
ベイカーズフィールドにお引越し。
そこで、私の初孫になるQ姫が生まれました。
姫が生まれてからは、色々と逸話がありまして〜ー
後からやってきた小さな生き物にイジワルするかと思いきや、
シャネーネの母性本能が、ここで開花



姫がベッドに寝ている時は、
いつも、その部屋の前に陣取って、
まるで、ボディガードのような態度。
いつも、姫を見守っていたといいます。
一度など、
次女が姫をお風呂に入れている時に、
姫が大声で泣いたら、
次女が姫に何かした
と思ったか、
咄嗟にシャネは次女に襲いかかったというのです



やがてーー
日本に移住することを決心した次女一家。
当然、シャネーネも移住、な訳だけど、
シャネーネにしてみれば、いい迷惑だったでしょうね。
だって、車での移動すら苦手なネコが、
飛行機に乗る、って。。。。。。


しかも、
体重を4キロ台にすれば、客室に入れられる、
と聞いた次女、
猛然とシャネにダイエットを開始して。。。。
でもって、
晴れて、ダイエットに成功し、
シャネーネはベイカーからLAまで車で2時間、
飛行機で日本まで10時間、
さらに、成田からココまで車で2時間、
という過酷極まりない旅を経て、
日本にやってきたというわけです〜〜〜〜


ホント、ここまででも、
お疲れさま、ご苦労様、よね〜〜〜〜
ところが、
それから4年。
次女一家は、家族が4人に増え、
将来の事を真剣に考えた結果、
やはり、アメリカに帰る、
と決意。
じゃあ、また、シャネをダイエットさせるのか、
となった時、
もう、彼女の年齢、、、12歳になってたかしら、
を考えても、
あまり過酷なことはできないし、、、
ママが引き受けてくれない?
ということに相成りまして、、、、
私が、シャネを養子にすることに。
まあ、シャネも、これで3度も飼い主が変わる、
という数奇な運命だったけど〜〜
2013年3月に次女一家と同居を始め、
同時に、ネコ2匹の生活もスタート。
その頃のことは、私の昔のブログをチェックしてくださいませーー
https://ameblo.jp/ericfigaro/entry-11501365777.html
そんなわけで、
ネコ2匹が同居するという、
シャネはもちろん、クッチャンにも
「えー聞いてないよ〜」
という事態となり、
でも、上のブログを振り返るに、
クッチャンのしつこいアプローチは、
その時から始まっていたんだなあと。。
追うクッチャン、
「シャー」と威嚇するシャネーネ。
その関係性は、ずっと続きました。
でも、険悪な仲かというと、
そうでない時もあり。。。
クッチャンが、姫や生まれたばかりの王子にちょっかいを出しまくるので、
一時的にドアを閉めて、廊下に追いやられたりすると、
途端に、シャネーネが鳴き声をあげて、抗議するのです。
これ、毎回でした。
なんで、彼を追い出したのよ〜、って文句を言うわけで。
誠にもって、不思議な仲だったけど、
うざいけど、いて当たり前、いないと寂しい。
そんな、長年連れ添った夫婦みたいな、
お似合いの相性だったのかも。
この7月にクッチャンが亡くなるときも、
シャネーネは、時々、クッチャンのところにやってくて、、、
亡くなったことも、
静かに、理解して受け止めていたと思います。
クッチャンがいなくなってから、
この三ヶ月は、
振り返ってみれば、私とシャネーネの蜜月だったと言えます。
クッチャンがいた時は、
あまり愛情が偏らないよう、
平等を心がけてましたけど、
もう、2人っきりなので、遠慮する必要もない。
初めて、シャネーネを抱っこしました。
それまでは、抱っこすると嫌がっていたのです。
すぐひっ掻くし、ガブリと噛まれたり、
そういう凶暴性を秘めていた子だったけど、
抱っこされて、私に精一杯甘えてました。
それ以前から、
テレビを見ている私のところにやってきて、私の膝の上に乗って、寝てしまうーー
これは、クッチャンがいた頃からのクセでした。
私も、心からシャネーネを愛していたし、
彼女も、完全に私に心を許していたと思います。
一度もお医者さんにかかることなく、
体調が悪くなっても、自力で治しちゃう、
ストリートキャット出身の
サバイバル能力で、この年まで頑張ってきてくれたシャネーネ。
ここ最近は、
体力落ちたよなあ、という思いはありましたが、、、
私が軽井沢から戻ったその翌日から具合が悪くなって、
そしてーー、
この前の火曜日、
クッチャンの後を追うように、
静かに旅立ってしまいました。
今年は、コロナで異常な年になりましたが、
私にとっては、
愛ネコを2人とも、看取る、
という辛い年にもなってしまいました。
それでも、
彼らが示してくれた、人生の生き方、というのは、
もう、言葉で言い尽くせないぐらいに、
深くて、大人で、教えられることがいっぱいでした。
愚痴一つ言わず、
決して、後ろ向きにならず、
静かに、与えられた生を全うする、
死ぬときも、静かにそれを受け止めて、
息が止まるその瞬間まで、
諦めたりせず、
しっかりと生きる。
人間の数十倍も、大人で、完成されていて、
本当に、
尊敬するしかない、
立派な生きものだと思います。
動物って、
なんて、崇高なんでしょう。
クッチャン、シャネーネから与えられたものは、
限りなく大きく、深く、
そして、永遠に忘れません。
今まで、本当にありがとう。
今は、クッチャンとシャネーネ、仲良く並んで、私たちを見守っていてくれています。
シャネーネ、18歳、天寿を全うして、天に昇りました。
今週火曜日、午後3時52分、
ついに逝ってしまいました。
思えば、ちょうど一ヶ月前に、シャネーネのことをブログにあげてて、
それから一月経った、10月27日、
別れの時が来るなんて。。。
まあ、長くないかも、という思いはあったけど、
こんなに早かったか、という気持ちの方が強いです。
その二日前の日曜日の夜からなんとなく元気なく、
翌日、トイレまで行けずに、フローリングでオシッコをしてしまい、
そのまま、ヒーターの前に横たわったまま。
一度、私のベッドの上に寝かしたが、
気がついたら、布団がオシッコで濡れてしまって、
それでーー
布団を折りたたんでその上に防水シートを敷き、
ずっと見守っていました。
夜になって、口呼吸が始まり、
もうすぐかな、と思ったら、
やっぱり生命力が強くて、
火曜日に成っても、そのまま、ずっと。
口呼吸は、苦しそうで、見ている方も辛いんだけど、
しっかりと看取ってあげないと、という気持ちでした。
そして、午後4時になる少し前に、、、、、。
呼吸が止まった、と思っても、
ふわっと中にあった空気が抜ける瞬間があり、
あれ、まだ生きている?って、思ってしまったり。
さらに、後ろ足が2本、ビビッと小刻みに動いた瞬間があった。
後で、次女にそれを伝えたら、
その足で、お空に昇ったんだね、
と言ってました。。。
これで、
7月のクッチャンに続いて、
シャネーネまでもいなくなってしまい、、、
今、心にぽっかりと穴が開いてしまったような。
というか、、、
この感情は、
とても言葉では、言い表せません。
もう、こんな風景も見られないし。
18年、アメリカと日本で生きたシャネーネ。
その生涯は、かなりドラマティックでした。
次回は、それについて、ちょっとお話ししたいと思います。
5年ぶりの軽井沢、一泊。
5年ぶりに軽井沢に行きました〜![]()
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今回は、長女一家からのお誘いで、
ホテルも、新幹線も、全部、あちら持ち![]()
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ありがたすぎて〜、
婿殿に、足向けて、寝られません。![]()
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初めて泊まった、今回のホテル。
塩沢湖のすぐ近くで、
この立地〜!![]()
金曜日は雨模様でしたが、
翌朝は、見事な秋晴れ!
浅間山がくっきりと見えて、感動しました〜
ホテルのラウンジからも、この景色。
下は、30年ぶり以上の塩沢湖。
娘たちが幼い頃には、二、三回、訪れたことがありますが、
大人になってからは、
旧軽からあまり遠出しなくなり、
自然に、足が遠のいていたけど、
今回は、ホテルから徒歩8分、というので、
チェックアウトしてから、
みんなでボートに乗って、楽しみました。
紅葉も最高に美しくて、大満足。![]()
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旧軽に行ってからは、
ズラリ長蛇の列の川上庵を諦め、
多分、20年ぶりぐらいの万喜でランチをいただき、
締めは、ミカドのモカソフト。
軽井沢に行ったら、絶対のお約束コース。
最後に、やっぱり、ココ、
フレンチベーカリーでパンを買って、
短い軽井沢の滞在を終え、新幹線で、家路に着きました。
それにしても、
GO TOトラベルの効果は、絶大ですね。
どこもかしこも、人でいっぱい。
長倉の方から、旧軽に行くのに、大渋滞![]()
秋晴れの、土曜日、
ということもあって、なおさら、人が多かったのでしょう。
10月よりも以前に予約していた我々も、
GO TOトラベルの恩恵にあやかり、
ホテルの宿泊費がかなり割引されたようです。
でも、
人出が多いので、
コロナには十分、気をつけないとね。
ホテルに入るときは、アルコール消毒、検温は常識。
他でも、
検温されたお店、ありました。
そこかしこに、アルコールが置かれていて、
そういうのは安心材料だけど、
どうしても、
人との距離が近くなるので、
少し、心配。
ところでーー
長倉から旧軽に行くとき、
タクシーを運転してくれたお姉さん、
とても明るくて、一所懸命な方で、
私たちのために、迂回路を通って
だいぶ、時間の節約に。
で、旧軽からもう一度、
長倉のホテルに荷物を受け取りに行き、
その足で駅まで行かないと、
と、
旧軽のロータリーでタクシーを呼んだところ、
十分ぐらい待って、
現れたのは、
なんと、先ほどのお姉さん!
彼女も、この偶然に驚いて、
いやあ、よっぽど縁があったのね〜
って、お互いに喜び、
車内で会話も弾み、
いっぱい迂回してくれて、
車も時間かからずに、ホテル、そして駅へと到着。
うちの孫とも親しく会話しながら、
小学生のお子さん2人のママだと話してくれた彼女。
とてもそんなには見えない、
若さと元気溢れる、
とっても、いい方でした〜
どうも、ありがとうございました〜
こういう旅先でのご縁、嬉しいですね〜。


また、これで軽井沢のいい想い出が増えて、、、
来年も、また来ようね〜
ということで、
東京駅で、
長女たちとバイバイ。
ああ、楽しかった〜






















