クリーブランドクリニック 留学日記 -5ページ目

Smore

先週、Smore Partyをしようとお誘いがあり、喜んで参加することにしました。ここにくるまでまったくしりませんでしたが、Smoreとは、アメリカの一般的なお菓子、とくにアメリカ人が小さいころバーベキューなどのときに食べるもののようです。言葉の由来はsome more(もっとちょうだい)よりきているようです。それくらいおいしいとのこと。
実際、グラハムクラッカーに、ハーシーズの板チョコ、そして焼いたマシュマロをはさんだ食べ物になります。
材料はこちら、こんな感じになります。
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このように火をあぶりマシュマロを溶かしていきます。(本来はバーベキューでやるようです)
大の大人8人が取っ換え引っ換えマシュマロを溶かしているところ。

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出来上がり写真。マシュマロとチョコが溶けてなんとも香ばしい。。
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どうしてこんなカロリーが高い食べ物がアメリカで人気なのかもよくわかりませんが、一緒にいたフランクによるとおさないころよりよく食べていたようです。

ラーメン二郎

が食べたくなりました。首都圏にお住まいの方ならご存知かと思います。あの、黄色い看板、数十分ならんで入るとそこに汚いカウンター、そのカウンターの上に出来上がってくる、てんこ盛りの野菜、そして味のしみこんだチャーシュー、そしてにんにくによって特徴的な太麺は隠れている。そのラーメンに特製だれをさらに追加し、それをおもいっきしたべたい。。。汗だくになり、健康のこと、そのあと胃がもたれることなど一切考えず、ひたすら頭をからにして食べたい。。
な~んてことを今日昼ずっと考えていました。こちらでは、おいしい日本のラーメンが食べれません。最近特に、日本の食べ物(ラーメン、牛丼、居酒屋メニュー)などがとってもとっても恋しくなります。

functional hemispherectomy

てんかんの外科の中で、おそらく一番難易度の高い手術が、このfunctional hemispherectomy(機能的半球切除)であると思います。その理由は、正常の脳解剖、脳室内の解剖、脳血管の解剖を熟知していないといけないこと、手術件数が限られているということ(そう多い手術ではない)、だとおもいます。この年間200件てんかん手術のあるクリーブランドクリニックですら、年間十数件です。(これは驚くべき数字です)
今日もDrBの執刀するfunctional hemispherectomyがあり、朝からORにいました。おそらく見ているのと、実際執刀するのでは話しが違うと思います。ただそう簡単には自分には執刀はまわってこないですので、できる限りORで感覚をつかむこと、そして死体脳で実際訓練する、これに限るかと思っています。こちらにきて十件以上のこの手術手技を見て、イメージがつき、スケッチもかなりできるようになってきました。とにかくこの難易度の高い手術を3時間でおわらせてしまうDrBには本当に感銘を受けます。

OHIOブランド

ここ、オハイオ州の人々はオハイオをとても愛しているようです。一度オハイオを離れてたとしても最終的にオハイオに戻ってくるそうですし、他州からこられた方もここオハイオに定住してしまうくらいだそうです。
そしてなにより驚きは、オハイオブランドの服・帽子をみんな身に着けています。どこにいってもOHIO STATEと大きく書いてある服を見ることができます。今日もアパートのロビーにておばあさんがOHIO STATEと書いてあるTシャツを着ていて、ねえねえ、これいいでしょ。ってな感じに自慢気でした。
もちろんOHIOを愛しているから、身に着けることができるわけですね。

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恐ろしい事件

アメリカで恐ろしい事件がありました。クリーブランドクリニックの話しではないのですが、院内メールにて注意を喚起する文章が届いておりました。ボルチモアにあるジョンズホプキンス病院で起こった事件です。犯人の母親がジョンズホプキンスで手術を受けた後、下肢の麻痺になり、それを恨みに思った患者の息子が銃を持って病院をたずね、主治医を銃撃、その後母親を射殺し、自分も銃で自殺したという事件です。幸い主治医を狙った銃は彼の胃を損傷しましたが、緊急手術の後、生還したようです。とにかく恐ろしい話しです。しかもこれが病院の敷地内であったというので怖いです。とにかく不審者には気をつけるよう、そして一人で夜間など歩かないように注意するようメールにありました。
確か、数年前ジョンズホプキンスを訪れたときも非常に治安の悪いところにある印象を受けました。周囲にいる人はある一定の人種という感じがしました。ここクリーブランドクリニックもダウンタウンに近い治安の悪いところにあるので、油断はできません。もちろん、夜間は絶対歩けませんし、不審者はあえて遠ざけて歩くようにしています。
クリーブランドにお住まいの方、クリニックの一本南側(Ceder ave)の道路近辺は非常に治安が悪いようです。夜間銃声を聞いたとの話もありますので立ち入り禁止です。きをつけてください。

今年最後のバーベキュー

9月に入り、だんだん秋めいてきました。近くの公園の木々も緑から黄色に変化してきました。そんな中、今年最後になるだろうバーベキューを開催することになりました。今回は、私の住んでいるハンチントングリーンの日本人先生たちと行いました。午前中雨がちらついてきたため、敷地内のバーベキュープレイスから、近くのPurvis park に移動、そちらのバーベキュープレイスで行うことにしました。こちらは屋根もついているので、安心。火をおこし、早速BBQをはじめました。K先生と二人で火をおこすところから、今年BBQも何度もやっているのでなれたものです。
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こんな感じで準備して、

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肉(鶏・牛)・野菜・きのこ類・スペアリブなど、手際よく焼いていきました。やはり日本人同士、日本語での会話は本当に気兼ねなく話ができ、いいものです。お互いクリニックでの勤務先は異なりますが、日常の仕事でのストレスを酒の肴に、昼からビール、ワインと飲んだくれてしまいました。
K夫妻、準備がとても大変だったかと思いますが、お誘いいただきありがとうございました。

Palinopsia

本日のてんかんモニタリングのカンファで珍しい現象を発作時に呈する患者さんがおりまして、ちょっと調べてみました。発作時に視界が残像する現象を呈するPalinopsiaという症状であります。ギリシア語でpalin= again, opsia= seeingです。視覚刺激が去った後に、その視覚情報が残っていることをいうようであります。2003年のかの有名な論文Lancetにも報告があり、血液疾患を有する患者さんが、ある時に残像する視野を見たようで、詳細に記述されていました。テーブルの足が人の膝関節にみえたり、pakinopsia以外の症状も伴っているように思えます(polyopsia)が、その症状は抗てんかん薬で治療できたようです。その脳の原因となる場所については、非優位半球の頭頂・後頭接合部であると推測しておりました。頭頂葉は、一次視覚野のある後頭葉と密接な関係ですし、頭頂葉自体も空間認知に関与していますので、納得がいきます。
やはり、患者さんの発作についての詳細な訴えから、学ぶことは多いですし、てんかんもまだまだ奥が深いですね。

松井さん、ありがとう

昨日より、クリーブランドインディアンズVSロスアンジェルスエンジェルスの試合がクリーブランドで行われています。皆さんもご存知のとおり、エンジェルスで松井秀喜選手が活躍しております。彼をひと目でもみようと、仕事を終わらせ、いつものようにプログレッシブ球場に足を運びました。クリニックから、およそ15分、この球場への道も慣れたものです。今シーズン5回も通ってしまいました。そして、前述のごとく、岡島、松坂、イチロー、日本人メジャーリーガーの活躍を目の前で見ることができ、感動したことが忘れられません。そして、今日は大ファンの松井、、会えるかな?会えないかな~期待をしながら、いつもどおり、練習を見ていました。彼は遠くでバッティングをしていました。
前回の岡島のとき同様、練習中のボールをGive me a ballといってゲット。。さらに、どうしても松井秀喜のサインが欲しくて、エンジェルスのベンチまで行き、くるかな~、こないかな~、なんて胸をどきどきして待っていました。するとなんと松井秀喜が登場しました。一緒にいた日本人の先生が、いやぁ、松井サインしないんだよ、ちょっと無理だよといわれましたが、へこまず、まついさ~ん。サイン、サイン。とまるで子供のように叫びました。試合開始数分前、彼がこっちにむかってきてくれたではないですか??目の前に来てくれて、サインをしてくれました。とにかく彼の大きいこと、大きいこと、驚きました。彼は笑いもせず、周りにいたアメリカ人そして数人の日本人の先生たちにサインをしてくれました。本当に驚きです。私は頭が真っ白になり、クリーブランドに住んでいます、だとか巨人時代からファンでしたとか、わけのわからないことを発してしまいました。とにかく隣にいた先生より、私の掛け声がよかったからこちらにきてくれたんだよ、って言っていただき、本当に本当にうれしい一日でした。
松井さん、ありがとう。
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神経センター

四季おりおりのクリーブランドクリニックの光景を写真に収め、ブログのトップページにその都度載せています。今回は、わが神経センターを撮ってみました。向かって右手の10階建ての白い建物がわが神経センターです。左手の大きな弧を描く10階建ての建物が心臓センターになります。
神経センターは、神経内科・脳神経外科より成り立っています。わがてんかんセンターは、この5階(成人)、6階(小児・てんかん外科)です。外来もこちらに入っています。センター制度を採用しており、この建物には、他、頭痛センター、神経筋センター、脳血管センター、腫瘍センターが入っています。ガンマナイフは別棟。病棟も別棟になっています。ようやく一年たって、周りにどんなものがあるのかが見えてきたような気がします。

9.11、あれから9年

アメリカに来てどうしてもしたかったことのひとつ。それはグランドゼロを訪れること。ようやく実現しました。しかもまさにあの恐ろしい、思い出したくもない9.11アメリカ同時多発テロから9年のこの9.11に。
いろいろな思いが錯綜します。僕が大学生だったころリュックで一人アメリカ旅行に行ったとき、今から12年くらい前でしょうか?そのとき、ニューヨークに行き、ワールドトレードセンターにいきました。そこに行きかう多くのビジネスマンの姿に、世界のビジネスの中心を感じることができました。そしてエンパイアーステートビルから見えた、あの二つの高いタワーがアメリカそしてニューヨークが世界の中心であることを象徴しているかのように思えました。
それから3年後、そのタワーは、卑劣なテロ集団らにより多くの犠牲者を巻き込み、瓦礫の山と化しました。
それから9年、いまだ忘れることはできません。
どうして彼らがアメリカをそしてニューヨークを攻撃しなければいけなかったのでしょう?
ニューヨークを歩いていて思いました、何も変哲のないひとつの大都市に何のうらみがあるのでしょうか?
今年の9月11日も、ちょうど9年前のあの日のように澄み渡った晴天でした。
しかし、9年前と違っていました。瓦礫の山は取り除かれ、新しいビルの建設が始まっていました。しかし一方同時にそこには大勢の犠牲者の花束が置かれ、喪服をきた家族の方がぐっと悲しみをこらえていました。そして犠牲者たちに向けて賛美歌を歌う人たち。その両者を感じることができました。進んでいる時間、止まったままの時間。。。
犠牲者のご冥福を改めて祈りたいと思います、そして同時にこのような惨事が二度と起こらないことを祈りたいと思います。
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