クリーブランドクリニック 留学日記
日本の脳神経外科医です。

おそらく誰もが一度は自分自身は何なのか?という疑問を持ち、考えたことがあると思います。

その答えを知るべく私は学生時代、ハイデッガーやデリダなどの哲学書、フロイトの精神分析入門やら夢判断、そしてMolecular biology of the CELLの分子生物学やらその他たくさん本を読みました。そして最後に出会った本が、ペンフィールドの脳と心の正体でした。その本に出会ってから以降、脳外科医になることを決心し今に至ります。その当時ペンフィールドがこんなに偉大な先生とは全く思ってませんでした。

てんかん学は、患者・家族の訴えに耳を傾け、そしてその発作症状を分類する症候学(Semiology)、脳波・脳磁図など脳より発生する電気・磁気活動を探索する神経生理学(Neurophysiology)、そしてMRI, PET, SPECTを基本とした詳細な神経画像診断学(Neuroimaging)に基づき、診断・治療する学問です。
てんかん外科は、それらデータを総合的に解釈し、病態の仮説を立て、外科的治療を行う治療分野です。

そのてんかん外科は、脳外科の中で唯一、正常な脳を扱うことができる分野です。なぜなら発作 を起こしていないときには正常脳であるからです。患者を的確に診断し、安全に治療することは言うまでもなく患者に幸福をもたらしますが、"脳"を知ること により、その先の”人間は何か、自分自身は何か?”という問いかけの答えにつながると私は確信しています。


2009年9月よりここクリーブランドクリニックてんかんセンターに留学、日本のてんかん医療に少しでも貢献できればと思い、日々研鑽しております。また、医学留学やアメリカ、オハイオの生活事情などもお届けできればと思っております。どうかよろしくお願いいたします。

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アメリカからヨーロッパへ

ご無沙汰していました。久しぶりの更新です。
訳あって、雪のクリーブランドからヨーロッパ、フランスに移動しました。
一年3カ月弱という短いようで長い生活でしたが、目的としていた研究の論文も書きあげ、それをアメリカてんかん学会にて発表することができました。またてんかん外科の手術、脳波解析や患者管理など臨床に直結する技術を得られたと思います。それ以外に英会話学校に行ったり、週末の度友人と多くの時間を過ごしたりとボリュームたっぷりの時間でした。
アメリカで経験したこと、いっぱいの同僚、上司、そしてかけがいのない友人との思い出を胸にヨーロッパ大陸に到着です。

そして留学生活第二章が始まりました。

ご興味のある方は、こちら をごらんください。

Dr E

クリーブランドクリニックで出会った日本の先生Dr Eについて、私の留学生活で語らないわけにはなりません。DrEは日本の某有名国立大学より来られた脳外科の先生です。実はクリーブランドに来る前より連絡を取らせていただき、来てからは来てからで、生活のセットアップから、フェローの仕事の説明、そして研究のサポートとすべて面倒を見ていただきました。本当に感謝しております。
さらにはDrEは、日本の武術である居合道をこよなく愛する’SAMURAI’でもあります。今年のハロウイーンでは袴をきてさらには、頭部に矢がささって流血という大変手のこった変装をしてパーティーに参加してこられました。
こんなDrEも大変こちらで苦労をされた方です。こちらにきて、毎日お手製の手弁当を持ってこられ、フェローでも一番早くそして一番遅くまで毎日職場にもきて仕事をきて、さらに私と正反対でduty業務についても一切文句いわない、研究も立派に論文を書き上げ、そしてアメリカ医師国家試験にチャレンジするという、私のような凡人ではなしえないようなことを黙々とやっており、まさに現代のSAMURAIであります。
本当に彼からいろいろなことを教わりました。それは決して多くを語らない現代のSAMURAIですが、彼からでている雰囲気、そして行動、それらすべてが私にとって見習わなくてはならない、とても素晴らしい先生です。

時を超えて

学会も無事終わり、時間ができたので、ちょっと最後にバーケーションをとりました。とにかくゆっくりとする時間がほしかったのです。、今まで忙しくてなかなか読むことのできなかった論文に取り掛かっております。ひとつは1937年のPapezの書かれた論文、そしてDuvernoyの2005年の海馬に関する総説です。どちらも30ページを超える大作です。今これらをとにかく時間をかけ行間を読むように時間があれば読んでおります。
ひとつ気付いたことがありました。それは1930年代、遡ること70年前、すでにパーペツという先生は海馬に関するいろいろなことを推察していました。すなわち2005年の論文を読んでいても、70年前の論文を読んでいてもあまり大きな違いがないことがわかりました。特に海馬のネットワークについては、主にサルを用いた動物実験と詳細な患者の観察より非常に詳細に記述されております。70年前には、もちろん現在のような詳細な画像診断もないでしょうし、脳神経外科のテクニックがさほどない時代にここまでの仕事ができたことに本当に驚きです。
我々が一生の内、できる仕事は本当に些細な程度だと思っております。ただ中には偉大な功績を残し、それが時を超えて、今の時代にも読まれ、息づいている。そんな仕事ができればいいのですが、パーペツ先生の足もとにも及びませんね。

2010アメリカてんかん学会(2)

学会場に行きますと、まあ大勢の先生がいるいる。日本からも60名以上(学会中アメリカてんかん学会日本人会という会があるくらいです)、アメリカからのみならず、他のアジア諸国、ヨーロッパ諸国から有名な先生たちが集まってきます。これは、やはり民族の寄せ集めのアメリカならでは、多くの人を受け入れ、そこで熱い討論あり、他国よりアメリカに情報を逆輸入させたり、ですからアメリカの学会というものは大切ですね。
私もポスター発表しました。なんと私の演題の隣に同じような発表がありました。それもクリーブランドクリニックのお隣のユニバーシティーホスピタルより。というか、先週伺った病院です!!あまりに驚愕し、ポスター貼らずにそのまま立ち去りたくなりました。もちろんそんなこともせず、きちんと張りました。でもやはり研究とはこういうもので、自分が考えているようなことは、すでに誰かも同じように考えているわけです。これは、ひらめきでもなく、同じ時代にいて、同じようなことをバックグランドに持ち、学会にでたり、論文を読んでいれば同じことを’思いつく’わけです。
まあ、こういう場合は早いうちに論文を発表しなければいけないですね。
それはそうと、いろいろないい発表がたっぷり出ていました。いくつかはすぐにでもてんかん診療に役立てそうなこともあり、有意義な学会でした。
特に抗てんかん薬のレベチラセタム(ようやく日本で認可)、ラコサマイド、プレガバリンについての演題が多く、今後かなり抗てんかん薬にも期待できそうな感じがしました。

2010アメリカてんかん学会

いよいよ今年のアメリカてんかん学会がサンアントニオ、テキサスにて始まります。昨年のボストンに続き、参加です。学会の楽しみは、斬新な発表を聞くことができたり、学会場でいろいろな先生方々と会うことでしょうか?
そしてもうひとつの学会の楽しみは、その場所の観光でしょう。
サンアントニオはあまり、日本人にはなじみのない観光都市でしょうか?ただこちらではかなり人気のある観光地のようです。極寒のクリーブランドからおよそ4時間で、快晴で半袖で過ごすことのできる街にくることができます。
なぜ、ここが有名な観光地だといいますと、’アメリカ人の魂’があるからです。下が有名なアラモの砦です。1836年180名のテキサス男たちが4000人のメキシコ人からの独立を図った戦いの場所だそうです。砦といっても簡単に侵入できそうでしたが、当時彼らができる最高のことをしたのでしょう。多くの兵士さんたちも訪れておりましたが、ここで改めてアメリカ人の魂を感じ、戦地に行ったりするのでしょうか?
クリーブランドクリニック 留学日記
そしてもひとつ、ダウンタウンに流れる、川べりにあるRiverwalkです。これは、とっても素敵です。蛇行している川の両岸におしゃれなレストランやらカフェが見られます。さらにこの川、見物用の船が走っているのです。こういう風情のある光景日本でもみられません。ここには大勢の観光客が列をなして、この光景を楽しんでおります。夜になるとライトアップに、紙袋で作られた灯篭にも火がともされ、一層趣のある情景となります。

クリーブランドクリニック 留学日記



Luders先生

先日Luders先生に会ってきました。Luders先生は、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、てんかんの神経生理学の分野で多大な貢献をされてきた先生です。1980年後半より、慢性頭蓋内電極といい、てんかんの焦点診断に必要な手法を導入し、てんかんの治療、そして脳機能解剖をより詳細に記述されてきました。今ではこの手法はゴールドスタンダードになりましたが、彼は、神経内科医、神経生理学者でありながら、解剖などの脳外科の視点など多彩な知識兼ね備え、それらによる結果だと思います。
彼は以前クリーブランドクリニックてんかんセンターにおりましたが、数年前同じクリーブランドにあるケースウエスタンリザーブ大学のてんかんセンターに移動されました。
今回お時間を作ってくださり、彼のてんかんの皮質刺激の講義を聞き、その後彼のオフィスで長々とてんかん外科の今後について二人で話してきました。私自身もまだまだ多くの疑問があります。それを彼に聞いてみると、まあよくいろいろと説明してくれました。まず、彼は人の話をよく聞く姿勢があり、こんな私の話しですら良く聞いてくれるなと感心してしまいました。あと、話しが分かりやすい。この話しのわかりやすさは人に伝えるうえで大事です。彼の説明の特徴は、コンセプトを使う、これは話しを単純化するに大変有用です。ただこのコンセプトは本当かどうかは確認しようがないですが、人を説得させやすいとおもいます。そのコンセプトがわからないというと、コンセプトをもっとよくかみくだいて説明をしてくれました。おそらく本当に優秀な先生なんでしょう。
自分の中でてんかん診療を進めるうえでもやもやしていた幾つかの部分がすっきりしました。最後に日本のいろいろな先生たちによろしくといわれ、堅い握手をして彼のオフィスを去りました。
大学のキャンパスを歩きながら、思いました。彼には人が集まってくる、彼が教えた弟子たちは今全世界で活躍しております。そして弟子たちは今もLuders先生と慕って集まってくる、そのオーラのようなものを彼から感じることができる、そんな先生でした。

クリーブランドクリニック 留学日記

このブログのこと

思えば、たしか留学直前、大学の医局の諸先輩の先生たち、そして後輩達に大変盛大な壮行会をしていただきました。大変勇気つけられましたし、本当にうれしかったです。そのとき頭の中で漠然と何か日本の医療、大学の医局へ何か貢献などと大それたことを考えてきました。その挨拶で、ブログをします~、みてくださ~いなんて、宣誓してしまいました。まあ、宣誓したからにはと始め、すでに1年以上経過してしまいました。
過去大変な思いをして留学された先輩に比べ、今はいろいろと便利に留学生活を送れるようになったと思います。メールもそうですし、インターネットを開けば、すぐに日本の現状、たとえば海老蔵が暴行をうけたんだなんてことまでも知ることができます。さらにスカイプなんてツールを使えば、テレビ電話もできてしまいます。こんな状況を昔誰が想像していたでしょう。
話しを本題に戻しますが、この便利なツールを使って、日本の友人達、大学の先生、他患者さんなど、こちらで私の目で見たこと、感じたことをありのままに綴っていきたい、というのがこのブログの始まりです。留学に行ってしまい、日本の上司、後輩などと音信不通ではあまりにさみしいではないですか?ですからちょっとでもあいた当直の時間や、オペなど終わってほっとした瞬間、地球の裏で、そんなことしてるんだでもいいですし、相変わらずだな~でもいいですし、私からのメッセージを何かしら受け取っていただければと思っております。

ただ、実際どのくらいの方がみてくれているのだろう?何かしらのメッセージになっているんのだろうか?など考え出すともう十分ブログもやってきたし、そろそろ卒業かな、ともしみじみ思う今日この頃です。


長谷川先生

私の大学の先輩で、アメリカでがんばっていらっしゃる先生を紹介いたします。長谷川先生は、大学の大先輩ですが、日本の医学部の途中で、アメリカの医学部に入り直し、アメリカで医師となりそして、現在てんかんの専門医としてアメリカでがんばっておられます。数年前からひょんとしたことをきっかけで知り合いになり、それ以降親交を取らせていただいています。アメリカにきたら是非先生の病院を訪ねたく、今回いってまいりました。
ミシガン州カラマズー(デトロイトから西へ2時間、クリーブランドからは5時間です)のブロンソン病院で、一人でてんかんモニタリングユニットを運営しております。
クリーブランドクリニック 留学日記
病院は400床程度の病院ですが、中はきれいな病院でした。てんかんモニタリングユニットは現在2床ですが、日本光電の頭蓋内電極モニタリングもできるすばらしい脳波計も導入、しかもMRIは3テスラですし、PET, SPECTもあるそうで、人口5万の都市の規模でよく減価償却できるな~と思いました。脳外科医はMayo Clinicのレジデントを終えてこちらに来た先生で、なかなか気さくな先生でした。てんかんもやるが、もっぱら脊椎が多いようです(これはアメリカの脳外科医の現状です)
長谷川先生は、脳波を詳細に読まれ、注意深く患者の治療方針を決定されております。クリーブランドクリニックのような大きな病院でもなく、一般の市中病院であってもこういう手を抜かずできる限りのことをやっているスタンスは大事だと思いました。本当にてんかんの病態に純粋に興味を持たれ、多くのことを勉強なさっている姿に感銘を受けました。


Andreasのこと

フェローシップコーディネーターであり、友人でもあるアンドレアスについて書きます。

彼の風貌は、40代前半にもかかわらずカールした白髪が前から後ろにのびておりまるでアルキメデスさながらです。ミコノス島出身の彼は、ギリシアをこよなく愛しており、地中海地方のように降り注ぐ太陽のような明るさと、しかもときに古代ギリシア人のような闘争心の強い気性が荒いのが特徴です。

彼にはお世話になりました。昨年父親が他界したときも、何度も声をかけてくれました。あとプライベートでも何度か一緒に食事にいったり、シガーバーにいったり、カラオケでどんちゃん騒ぎしたり、思い出も多いスタッフの一人です。

彼もいつか、来年てんかんセンターでポジションができるから、皮質刺激のスタッフにならないかと何度か勧誘されました。彼の温かい気持ちに個人的にはうれしい話しでしたが、アメリカ医師免許・専門医もなくここで、働く理由などないですし、基本的に働きにではなく、勉強そして研究しにきているので、論文も書き上げ、これ以上ここで勉強する意義がないと思い断りました。まあ、彼は悲しそうで、ちょっと申し訳なかったと思いました。最後に冗談で、ギリシアにはてんかんセンターがないから、将来そこに戻っててんかんセンターを設立したときにはぜひ来てくれっていわれました。私もそしたら毎晩エーゲ海を見ながらマティーニがのめるね、なんていったら彼も大興奮していました。

彼から学んだこと。1:明るさ(元気な人からパワーをもらいます) 2:勉強熱心(いつのカンファでも質問する、そしていつも勉強している) 3:人とかかわりをもつこと、いつか彼からほめられました。私はこのセンスがあるらしいです。もっともっと上手にかかわりを持っている人がいると思うのですが。。。。

どれも医師にとって必要なことですし、もちろん人間として重要なことだとおもいます。

思い出の数々

アメリカにきてからずいぶん飲みました。ワインの数々。。。これらもまあ、思い出ですね。思い出にとエチケットしました。写真を撮ったのはごくごく一部ですが、どれもこれも思い出のワインです。アメリカのワインは安く(どれも5ドルくらいから20ドルで買うことができます)、しかも意外と美味しい。仕事の帰りに一本買って帰り、一人で一本あけてしまうjこともありました。やはりアメリカのワインといえば、NAPA, SONOMAが格段に有名で、おいしいですが、オレゴンワインも独特の風味があっておいしかったな~。
その中でも一番は、白はCRANE LAKEのソービニオンブランは格別においしかった~(6ドルくらいなのですが、蜂蜜のような香りがして美味でした。たった6ドルで天国にいけます) 赤は、Spruce GooseのPino Noirでしょうか?芳醇な香りと、濃厚なぶどうの香りがロマネコンティを彷彿とさせる(笑)おいしいワインでした。
ワインはどれもそのときの気分、周りで一緒に飲んだ人などいろいろと思い出してくれます。ただただ思い出に浸るのでなく、また新たな1ページを勧誘してくれるという意味でも人間にとって大事なものです。
クリーブランドクリニック 留学日記

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