23日(水)から、認知症の母と、長崎にいる叔母を訪ねに2泊3日の旅に出ました。

 

 

もともと計画されていた5月末の4泊5日の父のショートステイ。お金ももったいないし(笑)、準備が面倒臭いから(苦笑)、本当に行かせるかどうかゆるっと悩んでいたくらいだったんですが…

 

 

「遠距離介護」のくどひろさんがお母さんと遠出をする計画に触発される

東京近郊の温泉でも行こうか

でも、長湯は苦手なんだよね

ちょっと体調を崩している長崎に住む、4番目の叔母、アキおばちゃんでも訪ねようか

どうせなら、神奈川に5番目の叔母、Mおばちゃんも誘うか

Mおばちゃんと旦那さん、参戦

5月5日、チケット購入

5月7日、3番目の叔母、Tおばちゃんの娘さんが突然死

5月17・18日、母がMおばちゃんと葬儀へ 調子が最悪となる

旅行前、母の調子が最悪の先へ

 

 

 

 

そんな感じで出かけた母と最後の旅。

 

 

色々と辛いこともありましたし、旅行前、母の調子が最悪の時にかかってきた電話の対応後、くまおくんは私が送ったLINEを未読のまま。


「僕の順位は…」とか言っているようであったとしたら、普通の介護はいさしらず、認知症の人間を家族に抱える人間とはきっとうまくいかないのであるので、それが縁と言えるでしょう。とても残念ですけどね。好きとか、嫌いとか、そういう問題の前に、私を尊重してくれていないことが辛いです。



 

本当に息をつく暇すらなかったこの1ヶ月だったように思います。

 

ブログを書いているじゃん、って思うかもしれないけど、私にとってブログは精神を安定させるための“よすが(縁)”でした。

 

さもないと、自分がどこを漂っているのか。進んでいるのか、同じままなのか、後退しているのか、わからないまま。

 

上述の一連の流れも、思い出せなかったでしょう。少しずつ、少しずつ匍匐前進で戦地を進んで行った気分です。

 

 

本当はもっと細かく書きたい気もするのですが、今日は今日を生きていかなくてはいけないですし、簡単にまとめていきたいと思います。今、朝の6時です。

 

・総括

・弱りゆく「母」

・乗り切れたのは同行者のおかげ

・旅行中の食事1日目

 

1時間半で書くぞ。

 

 

 

 

総括

 

いろんなことがあって、一口では語りきれないのですが、敢えていうなら

 

本当に行ってよかった。

 

 

理由は、

 

アキおばちゃんが、

思いの外、

はかなくなっていたから。

 

 

アキおばちゃんは79歳。

3年ほど前に、癌になり手術。

 

ちょうど父の手術もその頃だったので、訪ねて行く余裕がありませんでした。

 

その後、「治った」と聞いていました。今、特に急いで行く必要もなかったのですが、やっぱり1回は行っておいた方がいいのでは…と思う程度でした。

 

しかし、会ってびっくり。

 

とてもふっくらしたアキおばちゃんは痩せて、35kgの母よりも軽くなっていました。

 

実は癌が再発していたという話を今回の旅で聞かされました。

 

 

 

 

 

弱りゆく「母」

 

2日目、夕食会を開いてもらいました。

 

しかし、アキおばちゃんが会場に来る途中に音信不通になってしまいました。

 

携帯をかけても、メールをしても返事がこない。

 

アキおばちゃんの家を訪ねた私たちは、アキおばちゃんの旦那さんを車に乗せてレンタカーを返しに行き、ホテルにチェックイン。

 

その後、旦那さんに案内してもらい、夕食会場に来ていました。私たちが出てからすぐにアキおばちゃんも電車に乗って、会場(行きつけの店)に来る予定でしたが、待てども来ない。1時間ほど経過します。

 

 

結局、私たちのお土産を買いにデパートに寄り道をしていたから遅れて後できちんとたどり着いてくれたのですが…

 

 

全く情報のない私たちの脳裏に恐ろしい考えが浮かびます。

 

もしかして倒れた…?

 

「心配だから一回、家に行ってみる」

イトコのサユリちゃんがタクシーに乗って自宅まで戻ると言い出したので、私も無理やり同乗。

 

特に私にできることもないけれど、電話での連絡係にもなれるし。

 

到着までの20分ほど。

私たちは努めて明るく、親のことについて話しました。

 

アキおばちゃんの病状。母の病状。
 

娘としてどう対処しているのか。

 

 

サユリちゃんは一回りも年上で、子供ももう社会人2人と高校生。けれど、弱って行く母を見る娘として、往復40分で私たちは少し心を通わせることができました。

 

とても寂しい、悲しい会話。

 

 

白状すると、私は、肉体的な病気の方が、精神的な病気よりもマシなのでは…と思っていたことがありました。1人の人間をそのままの思い出と共に送り出して行くことができることをうらやましく思ったこともありました。けれど、どの場合も家族というのは辛いものだなと感じました。

 

 

そんな濃いイトコのサユリちゃんとの再会と、食事。母も姪っ子と楽しくおしゃべり。

 

 

けれど母は次の朝にはすっかり忘れ、アキおばちゃんに「今度はサユリちゃんにもお会いしたいわ」と何度も話ししていました。

 

アキおばちゃんは、最初は「お母さん、前とちっとも変わらないわ。大丈夫よ」と話していましたが、

 

「こういうことなのね」

 

と最後には涙を見せていました。

 

「うにちゃん、辛いわね」

 

そう言ってもらえると、とてもとてもありがたいんです。共感嬉しいです。


ありがとう、おばちゃん。

 

 

 

 

乗り切れたのは同行者のおかげ

 

今回の旅が可能となったのは、Mおばちゃんのおかげです。

 

旦那さんも、どうもありがとうございました。この旅は一生の思い出になりました。

 

旅好きのMおばちゃん夫妻が、1泊2日でアキおばちゃんに会いに行こうとしていた私に

 

「もったいない。もう1日休み取りなさい。平戸も寄って行きましょう。」

 

と佐賀空港から平戸へ、そこから長崎に入るという旅になりました。


思えば、父の通院同伴での遅刻がかさむことを恐れ、去年の夏休みも取らなかった私。久々の会社からの休みです(連絡たくさん来たけど)。

 

 

私だけでは、母の心を落ち着かせることはできなかったでしょう。空港でMおばちゃんに会ってから、母は1泊目の夜以外はほとんど大丈夫でした。

 

 

 

サプリの摂取も、予めMおばちゃんが

 

「ご飯食べたら、うにちゃんが詰めてくれたサプリ飲むのよ」

 

と助けてくれ、2日目・3日目は通常量のサプリを出先にもかかわらず母に飲んでもらうことができました。

 

 

また、トイレに私が行きたい時も、母を見てくれていましたし(特に心配はないと思うのですが安心でした)、母が私をなじった時は「そんなことないわよ」ときちんと守ってくれました。

 

母「なかなか休みが取れないのは、会社にも遅刻が多いかららしいのよ。本当にうには、ルーズだから。」

 

Mおばちゃん「そうじゃないわよ。お父さんとあなたの通院があるからでしょ。滅多なこと言うんじゃないわよ。」

 

 

そういう優しさに、私はとっても癒されました。今書いていても涙が出るくらい。

 

 

くまおくんに電話で

「で、元気になった?」

「ご機嫌どう?」

とか言われて、非常に辛かった。

 

優しさももらえないで、数日で立ち直ることも、元気になることもできません。

 

人は知りませんが、私は。

 

 

 

親戚が集まって

「結婚はどうするんだ?」

「送ってきてくれた雑誌に載ってた人でしょう?素敵ね」

 

と色々と言われましたが、私は言ってやりましたよ。

 

「本当にいい男かどうかまだわからないし、結婚に逃げることはしたくない。私はいい女だし、それが分かるいい男としか結婚はしない。」

 

 

そんくらいでいいと思います。

 

そんな状態の私を慮ってか、Mおばちゃんは「午前中は、お母さんは任せて、行きたがってた軍艦島ツアー参加してらっしゃい」と言ってくれたので、私は1人。軍艦島ツアーへ。

 

 

うまい具合に晴れて、上陸もできました。

 

 

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ありがとう、おばちゃん。そして優しい旦那さん。

 

 

今回さらにMおばちゃんを好きになることがありました。

 

夕食会には、遠い親類の男性が現れました。とても優しくい80間近の男性で私は多くお話ししました。「あの人はどういう人なの?」と後で聞くと、その男性は昔、Mおばちゃんに求婚したことがあったことをサラッと話してくれました。

 

けれど「なんか違うから、お断りしんたんだけどね。今でも少しだけ気まずいから、あまり話しはしなかったの」と言うMおばちゃん。好きだなぁ。

 

うん、今の旦那さん、すごく素敵。

うらやましいわ。

 

 

とにもかくにも

 

認知症の母との泊りがけの旅は非常に大変なものでした。だから、それをやるならこれがリミット。これから回復して状況が変わったら、また行けるのかもしれませんが、今は考えられません。

 

母自身も帰宅後言いました。

 

「もう旅は無理ね。

アキちゃんが入院するときなどがあっても、

私には行けないわ。

Mちゃんとうにちゃんにお任せする。」

 
意思確認ができて、また一歩前進です。
 
 
 

 

旅行中の食事 1日目
 
朝、出発前。

幸せ牛のバターコーヒーも入れ、
できるだけリコード法な食事で
腹を満たしたものの…

 


空港について第二の食事ガーン


だってお腹すいたって言うし、おばちゃんたちが食べると言うから…

って、私も。


探したけれど、お米がなくて食パンをジャムなしで1枚。


おばちゃんたちは加工肉NGのホットドッグだから、それよりは良いかと…

 

もちろん、グルテン対策のサプリを飲みました。


Now Foods, グルテンダイジェストNow Foods, グルテンダイジェスト、ベジタリアンカプセル60錠

 

 

 

お昼は佐賀空港からの道すがら。


ちゃんぽんは避けたい。きっと、長崎で食べることになるだろうから…とにかく違うものを、と思って入ったお店が意外に野菜重視!

 

 

ありがとう、

旬菜バイキング くう

武雄市北方町大字志久1759

 

とても美味しかったです。もちろん小麦もおおいですが、昼間の分のグルテンダイジェスト使っちゃってるえーん

 

 

伊万里と

平戸城を経て

 

 

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夕食は宿で。

 

「とりあえずビール」の気分ですが、小麦ですから、赤ワインにします。リコード法的にたまにならOKです。

グルテンダイジェストを食前にきちんと飲んでから(本来の飲み方)、食べます。お醤油にもグルテンが入ってるからね。

 

2泊3日航空券付きで夕食までついて来て5万円ってすごいな。しかもすごい量。

 

この後に釜飯も出ましたが、母はパス。

そして最後はプリン。

 

全て食べたら8時半。

 

本当は就寝までに3時間空けないといけないけれど…頑張ったけれど10時過ぎには寝落ちしていました。

 

 

 

NEW 追記:是枝監督と「記憶障害」の映像を見つけたので貼りました。英語ナレーションですが、よろしければご覧下さい。

 

このブログは 母の認知症を改善するため、UCLAのブレデセン博士のリコード法を実践する日記です。

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